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第30話 三隈とゼファーχ、中央自動車道を走って、甲府盆地へ下っていく
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三台のバイクは、談合坂SAを出て中央自動車道本線につながるランプに入った。
先頭を走る亜紀は、ランプでバイクを八十キロメートル以上に加速させ、中央道本線に入った。
夏美と三隈もその後に続くように、本線に入ろうとした。
夏美は、亜紀の後ろについてフルスロットルで加速して本線に入った。排気量が小さいバイクのため、高回転まで回さないと、十分なパワーが出ないためである。
三隈も夏美に続いて加速して本線に入ろうとしたが、その時、三隈の右横に大型トラックが並走してきた。このままでは、合流路で本線を走るトラックとぶつかる形になる。
本来ならトラックが右車線に移って、合流する車両を入れるスペースを作るのがマナーだ。
しかし、追越車線に車が併走している場合、トラックは車線変更ができないため、本線に入ってくる車両のスペースを空けることができない。
三隈は、トラックが車線変更をしないのを見てから、一旦ブレーキをかけ減速をしてトラックをやり過ごし、それから加速してトラックの後ろに付けるように、バイクを走行車線に入れた。
三隈は、トラックとある程度の間を空けてバイクを本線に入れたつもりだったが、風にあおられてハンドルを少し取られた。
そこで、トラックのアルミバンが起こす乱気流に巻き込まれないように、バイクをさらに後方にへ下げた。
三隈の姿が、トラックに遮られて見えなくなった事で、亜紀が心配してインカムにしゃべった。
「-・三隈ちゃん、大丈夫、本線に・・入ることは・できた・の」
スピーカーから聞こえてきた心配そうな途切れ気味の声を聞いて、三隈は答えた。
「大丈夫です。本線に入ることは出来ました。すぐ追い付きますから、そのままの速度で走っていてください」
言い終わった三隈は、バックミラーと目視で右車線に車がいない事を確認してから、右ウィンカーを出して、ステアリングバーに体重をかけるようにやや前屈みの姿勢をとり、スロットルをひねった。
ゼファーχは、フロントタイヤを浮かしぎみにした状態になり一気に加速を始めた。
同時に三隈の体に、かかる風圧が強くなる。
ミニウィンドシールドに体を隠すように体を低くしても、ネイキッドバイクであるゼファーは、体に当たる風圧が弱くなるといった程度だ。
誰もが高速走行の時だけは、大きなカウルがほしいと思ってしまう。
ドラマの中とはいえ、ノーヘルでネイキッドバイクに乗って、公道を爆走していた藤岡弘を尊敬してしまう。
ゼファーは、トラックの後ろから右車線に飛び出して加速を続け、あっという間にトラックを追い抜いた。
三隈は、バックミラーでトラックとの車間距離が空いたのを確かめてから、ゼファーを左側の走行車線に戻した。
このときも左後方を見て、車が来てないことを確認してからの車線変更をした。
三車線ある道路の中央車線をトラックが低速で走っている場合、高級スポーツカーがとんでもない高速で左端の車線を走ってきて、追突される危険があるからだ。
動画サイトやSNSで、ミサイルのように突っ込んできた高級スポーツツカーが前走車に追突する動画は、時折見かけることがある。
三隈は、前方に二台のバイクが走っているのを見つけた。亜紀と夏美のバイクだ。
三隈は、夏美の後ろについて行くようにバイクをつけると、素早くシフトアップを繰り返しエンジン回転数を落とした。
エンジンを高回転させたまま走行すると、空冷エンジンは廃熱が追いつかず熱ダレ気味になるため、エンジン回転数をある程度落として走行することが、快適な走行をするために必要だからだ。
三隈は、シフトチェンジなど一連の操作が終わると、インカムに向かって、
「亜紀さん、夏美さん、なんとか追いつきました。今夏美さんの後ろを走っています」
と言った。
亜紀と夏美は、バックミラーで後ろにいる三隈の姿を見つけた。そして二人は、三隈に見えるように、大きく左手を振った。
三隈が後ろに付いている姿を見つけたという合図だ。三隈も手を振り返した。
「よかった~、三隈ちゃんが追いついてこれるか、心配だったからね。でも速いね~」
亜紀が三隈の追越の素早さに、感心した声で言ってきた。
「ええ、追越はメリハリを付けて一気にやらないと、ほかの車に迷惑をかけますから」
三隈の言葉を聞いた亜紀は感心した。
「普通はスピードを出すのが怖いから、ゆっくり追い抜くんだけどね」
高速道路の走行車線を低速走行している大型トラックが、90km/hで走っているトラックを追い越そうと、リミッター限界の95km/hで追い抜きにかかる事が多い。そして、乗用車でも100km/h程度の速度で追越車線をノロノロ走る車は多い。
法律上は100km/h以上出してはいけないことになっているが、わずか5km/hの速度差だと、併走している時間が長くなる。必然的に、後ろで待たされる乗用車は、イライラしてくる。
だから、高速道路に慣れた乗用車やリミッターが付いていない小型トラック等のドライバーは、渋滞を避けるために一気に抜く。
高速道路に慣れていない者は、100km/hでものすごい高速だと思っているが、高速道路に慣れた者は、100km/h+αの速度でも物足りないくらいだ。
そのため、高速道路に慣れた者と慣れてない者の認識の差が、時として事故の原因になることがある。
でなければ、高級スポーツカーがミサイルみたいに突っ込んでくる追突事故が起きる理由が説明できない。
三隈はインカムに向かって、
「バイクで追越車線の走行を続けることは、危険すぎますから、さっと追い越した方が安全だと思いましたから。それより、少し走る速度が遅い気がします。もう少し速く走りませんか」
と言った。
亜紀たちは、遅れた三隈を待つために時速80キロメートル程度で走っていた。この速度だと空冷のゼファーχのエンジンに熱がこもってしまう。それで、三隈は速度を上げるように亜紀に頼んでみたのだ。
「分かった、100キロメートルまで速度上げるね。夏美は付いてくるのが無理なら、早めに無理と言ってね」
「・・・、亜紀ちゃん、分かったよ~」
夏美のレブルは、三台の中で一番排気量が小さい。そのため、上り坂が続くこの区間で100キロメートルの走行ができるかどうか、実際に走ってみないと分からない。
夏美の返事を聞いた亜紀は、NC750Xのスロットルをひねって加速を始めた。続いて、夏美のレブルも加速を始めた。
それを見た三隈も、ゼファーχのスロットルをひねった。
亜紀のNC750Xは鋭く加速したが、夏美のレブルの加速が鈍い。排気量が小さいバイクは高速域での加速が悪くなる傾向がある。
三隈は、レブルとの距離と詰めないように、ゆっくりと加速した。
先行した亜紀が、夏美との車間がさっきより離れている事に気づいて、少し速度を落として夏美が追いつくのを待っていた。夏美との車間が詰まってきたのを見て、今度はまたゆっくりと加速し始めた。
夏美のレブルは、今度は亜紀に離される事もなく加速を続けた。
三隈も、夏美の後を追って加速を続けた。
亜紀は、速度計の針が百キロメートルを指したので、加速をやめて速度を維持しながら、バックミラーで後ろを確認した。
夏美と三隈は、離れる事なく付いてきている。
亜紀は、夏美に尋ねた。
「夏美、今百キロメートルで走っているけど、この速度で走り続ける事はできそうなの」
「・・・、うん、大丈夫みたい。エンジンは爆音立てているけど、速度は維持できているから」
夏美は、ちょっと不安そうな声で答えた。
次に亜紀は、三隈に尋ねた。
「三隈ちゃんは、ちゃんと走れているの」
「ええ、エンジンからの熱風が足にあまり当たる感じがしないので、さっきより走りやすくなりました」
三隈も、元気な声で答えた。
三台のバイクは、中央道の上り坂を登り続けた。
やがて、前方に「右コース」「左コース」「2km先」と書かれた看板が見えてきた。
その看板に三人ともほぼ同時に気づいたが、真っ先に言い始めたのは夏美だった。
「亜紀ちゃん、右と左、どっちのコースに行くの」
夏美は、高速道路を走った経験があるが、二人の意見が聞きたかった。
亜紀は、その声を聞いて、答えた。
「私は、右、左、どっちでもいいよ、三隈ちゃんはどっちがいい」
その質問を聞いた、三隈はいい大人が年下に振るなよと思いながら、言った。
「私は、左コースがいいと思います」
亜紀が再び三隈に聞いた。
「三隈ちゃんは、ゆっくりがいいってことなの」
「ええ、左側コースは、トラックがやや多いですが比較的ゆっくり走る車が多いから、100キロメートルで走ることができます。でも右コースは、追越車線の感覚で飛ばす車が多いと思いますから、油断していると、100キロメートルくらいだと、あおられると思います」
亜紀は三隈の回答に感心して、
「なるほどねえ」
と言った。
三隈は、亜紀の感心した声に続けていった。
「夏美さんのレブルに100キロメートルを超える高速走行をさせることは、バイクの性能からちょっと厳しいと思います。だから、ゆっくり走れる左コースがいいと思います。夏美さん、レブルで120~130キロメートル出す自信がありますか」
三隈は、この話の言い出しっぺの夏美に振った。
「レブルだと120キロメートルは、無理だと思う。ねえ、亜紀ちゃん、左コース行こうよ」
「そうね、じゃ、左コースに行こうか、三隈ちゃんもそれでいいの」
亜紀の質問を聞いた三隈も、
「私も、左コースがいいです」
と答えた。
二人の意見を聞いた亜紀は、NC750を一番左端の車線に移した。それについて行くように、レブルとゼファーχも続いた。
三台のバイクは、「左コース」と書かれた看板の下をくぐり、2車線に減った道路を大月ジャンクションに向かって、走って行った。
トンネルを抜けてから続く、右に左に緩やかなカーブを、3台のバイクが走って行く。
一度分かれた右コースと再び合流して少し走ると、大月ジャンクションだ。ジャンクションを左に曲がると、富士吉田方面へ向かう。
今回は、三隈は北杜市、亜紀と夏美は諏訪湖方面へ向かうので、ジャンクションを右というか直進して中央道を走り続ける。
大月ジャンクションを通過すると、さっきより上り坂がきつくなる。
三隈は、速度を維持するためにゼファーχのスロットルをさらに開けた。
前方から、レブルが少しずつ近づいてきている。レブルの速度が落ちてきているようだ。
三隈は、夏美に声をかけた。
「夏美さん、大丈夫ですか」
「え、エンジンがすごい爆音をあげている、ちょっと怖いよ~」
「エンジンから足に当たる風は、熱いですか」
「熱くないよ」
「じゃあ、大丈夫です。もう少しスロットルを開けてください。目一杯開けても速度が維持できにないようなら、言ってください」
「え~、分かった、怖いけど開けてみる」
夏美がスロットルを全開にするつもりで開けると、レブルはゆっくりと加速をして、少し離されかけたNC750に少しずつ近づいていった。
三隈は、夏美が亜紀に追いつくのを見てホッとしていた。
排気量250CCのバイクは、一般道では動力性能に不満はあまり出ないが、100キロメートルを超える高速域での加速は、かなり遅くなる。
しかも、今走っている場所は、峠越えのトンネルに向かって上り坂の道だ。
100キロメートルを維持するには、スロットルをほぼ全開にする必要がある。
それでも、速度が維持できないなら、シフトダウンをしなければならない。そうすると、エンジンがレッドゾーン近くまで回るかも知れない。
大きくなったエンジン音に夏美がビビれば、速度を落とさざるを得ない。
三隈のゼファーχは400CCだ。たった150CCの差だが、高速域での余力が違ってくる。
三隈は、夏美にまた声をかけた。
「夏美さん、もう少しですよ。前に見える長いトンネルを抜けたら下り坂になりますから、もう少し辛抱してください」
「本当なの、三隈ちゃん」
夏美は不安そうな声で言った。
「本当です、とにかくこの速度を維持してください」
三隈は、夏美を安心させるように、落ち着いた声でしゃべった。
二人の会話を聞いた、亜紀が話に割り込んできた。
「三隈ちゃん、ありがとね~、今まで夏美は、ちょっとスピード出すと怖い怖いと言って、スピード出さなかったヘタレなんだよね~」
「亜紀~、ヘタレは無いでしょ、ヘタレは」
「だけど、今の夏美の本音は、若い子には負けられないと言ったとこかな~」
「う~、亜紀、そんなこと言わないでよ~」
夏美は、ちょっと悔しそうな声で亜紀に言い返した。おそらく顔を赤くしているだろう。
三隈は、二人の関心が外れるように、違うことを言った。
「もうすぐ、トンネルに入りますよ。このトンネルを越えれば、甲府南まで下り坂ですから、楽に走れますよ」
「「えっ、そうなの」」
二人が同時に返事をした。
三隈は、亜紀が返事をした事に少々あきれていた。
「夏美さんが慣れていないことは分かりますが、亜紀さんはバイク歴が長いと思っていましたが、中央道を走ったことが無かったんですか」
「あはは、中央道はあんまり使ったことなかったの、だからどこがサミットか分からなかった、ははは」
あっけらかんと、から笑いする亜紀に、三隈は心の中でため息をついた。
亜紀が連れのバイクは小排気量車なのだから、アップダウンが多い山道は避けるぐらいの発想があってもいいと思った。
だが、二人が信州の温泉に入りたいと思って、諏訪湖方面に向かっているのなら、三隈の考えは余計なお世話だ。
100キロメートルで走りたいというのは、三隈の都合であって、二人の都合では無い。
彼女が一緒に走ると決めた以上、ある程度二人に合わせる必要があるのも確かだ。
三隈がそんなことを考えている内に、三台のバイクはトンネルに入った。
三台のバイクの爆音が、トンネルの壁や天井に反響して、響き渡る。
インカムを通して聞こえるはずの声が、聞こえにくい。
トンネルの中を走っていると、亜紀と夏美が三隈を引き離し始めた。
どうやら、峠を越えたようだ。
スロットルを同じように開けているはずなのに、バイクの速度が次第に上がっていくのは、道路が上り坂から下り坂に変わったと言うことだ。
三隈のゼファーχも、スロットルを開けたわけでも無いのに、前を走る二台について行くように加速していった。
甲府盆地へ下っていく中央道を、三台のバイクが走っていく。
走行車線を、100キロメートル前後で右や左のコーナーを駆け抜けていく。
三隈は、亜紀に話しかけた。
「亜紀さん、下り坂になりましたから、夏美さんを先頭にしてみても、いいんじゃないですか」
「それいいかもね。夏美、先頭走ってみる~」
「ええっ、亜紀、ちょっと怖いよ」
夏美は、ちょっとビビった声で答えた。
「大丈夫ですよ、夏美さん。今まで100キロメートルで走ってこれたじゃ無いですか、これから下り坂ですから、楽に運転できますよ」
三隈は、夏美を安心させるように、言ってみた。
亜紀も、夏美を励ますように、言った。
「そうよ、三隈ちゃんが言っている通りよ、何事も体験よ。一度走ってみてどうしても無理なら、次は三隈ちゃんに先頭になってもらうから」
夏美は、亜紀から三隈の名前が出たことに反応して、返事をした。
「分かった、亜紀。先頭を走ってみるね」
そう言った、夏美は、レブルのスピードを少し上げて、亜紀を追い抜きにかかった。
亜紀もNC750を少し減速して、夏美を先頭を譲った。
こうして、中央道の下り坂を、三台のバイクは下っていった。
先頭を走る亜紀は、ランプでバイクを八十キロメートル以上に加速させ、中央道本線に入った。
夏美と三隈もその後に続くように、本線に入ろうとした。
夏美は、亜紀の後ろについてフルスロットルで加速して本線に入った。排気量が小さいバイクのため、高回転まで回さないと、十分なパワーが出ないためである。
三隈も夏美に続いて加速して本線に入ろうとしたが、その時、三隈の右横に大型トラックが並走してきた。このままでは、合流路で本線を走るトラックとぶつかる形になる。
本来ならトラックが右車線に移って、合流する車両を入れるスペースを作るのがマナーだ。
しかし、追越車線に車が併走している場合、トラックは車線変更ができないため、本線に入ってくる車両のスペースを空けることができない。
三隈は、トラックが車線変更をしないのを見てから、一旦ブレーキをかけ減速をしてトラックをやり過ごし、それから加速してトラックの後ろに付けるように、バイクを走行車線に入れた。
三隈は、トラックとある程度の間を空けてバイクを本線に入れたつもりだったが、風にあおられてハンドルを少し取られた。
そこで、トラックのアルミバンが起こす乱気流に巻き込まれないように、バイクをさらに後方にへ下げた。
三隈の姿が、トラックに遮られて見えなくなった事で、亜紀が心配してインカムにしゃべった。
「-・三隈ちゃん、大丈夫、本線に・・入ることは・できた・の」
スピーカーから聞こえてきた心配そうな途切れ気味の声を聞いて、三隈は答えた。
「大丈夫です。本線に入ることは出来ました。すぐ追い付きますから、そのままの速度で走っていてください」
言い終わった三隈は、バックミラーと目視で右車線に車がいない事を確認してから、右ウィンカーを出して、ステアリングバーに体重をかけるようにやや前屈みの姿勢をとり、スロットルをひねった。
ゼファーχは、フロントタイヤを浮かしぎみにした状態になり一気に加速を始めた。
同時に三隈の体に、かかる風圧が強くなる。
ミニウィンドシールドに体を隠すように体を低くしても、ネイキッドバイクであるゼファーは、体に当たる風圧が弱くなるといった程度だ。
誰もが高速走行の時だけは、大きなカウルがほしいと思ってしまう。
ドラマの中とはいえ、ノーヘルでネイキッドバイクに乗って、公道を爆走していた藤岡弘を尊敬してしまう。
ゼファーは、トラックの後ろから右車線に飛び出して加速を続け、あっという間にトラックを追い抜いた。
三隈は、バックミラーでトラックとの車間距離が空いたのを確かめてから、ゼファーを左側の走行車線に戻した。
このときも左後方を見て、車が来てないことを確認してからの車線変更をした。
三車線ある道路の中央車線をトラックが低速で走っている場合、高級スポーツカーがとんでもない高速で左端の車線を走ってきて、追突される危険があるからだ。
動画サイトやSNSで、ミサイルのように突っ込んできた高級スポーツツカーが前走車に追突する動画は、時折見かけることがある。
三隈は、前方に二台のバイクが走っているのを見つけた。亜紀と夏美のバイクだ。
三隈は、夏美の後ろについて行くようにバイクをつけると、素早くシフトアップを繰り返しエンジン回転数を落とした。
エンジンを高回転させたまま走行すると、空冷エンジンは廃熱が追いつかず熱ダレ気味になるため、エンジン回転数をある程度落として走行することが、快適な走行をするために必要だからだ。
三隈は、シフトチェンジなど一連の操作が終わると、インカムに向かって、
「亜紀さん、夏美さん、なんとか追いつきました。今夏美さんの後ろを走っています」
と言った。
亜紀と夏美は、バックミラーで後ろにいる三隈の姿を見つけた。そして二人は、三隈に見えるように、大きく左手を振った。
三隈が後ろに付いている姿を見つけたという合図だ。三隈も手を振り返した。
「よかった~、三隈ちゃんが追いついてこれるか、心配だったからね。でも速いね~」
亜紀が三隈の追越の素早さに、感心した声で言ってきた。
「ええ、追越はメリハリを付けて一気にやらないと、ほかの車に迷惑をかけますから」
三隈の言葉を聞いた亜紀は感心した。
「普通はスピードを出すのが怖いから、ゆっくり追い抜くんだけどね」
高速道路の走行車線を低速走行している大型トラックが、90km/hで走っているトラックを追い越そうと、リミッター限界の95km/hで追い抜きにかかる事が多い。そして、乗用車でも100km/h程度の速度で追越車線をノロノロ走る車は多い。
法律上は100km/h以上出してはいけないことになっているが、わずか5km/hの速度差だと、併走している時間が長くなる。必然的に、後ろで待たされる乗用車は、イライラしてくる。
だから、高速道路に慣れた乗用車やリミッターが付いていない小型トラック等のドライバーは、渋滞を避けるために一気に抜く。
高速道路に慣れていない者は、100km/hでものすごい高速だと思っているが、高速道路に慣れた者は、100km/h+αの速度でも物足りないくらいだ。
そのため、高速道路に慣れた者と慣れてない者の認識の差が、時として事故の原因になることがある。
でなければ、高級スポーツカーがミサイルみたいに突っ込んでくる追突事故が起きる理由が説明できない。
三隈はインカムに向かって、
「バイクで追越車線の走行を続けることは、危険すぎますから、さっと追い越した方が安全だと思いましたから。それより、少し走る速度が遅い気がします。もう少し速く走りませんか」
と言った。
亜紀たちは、遅れた三隈を待つために時速80キロメートル程度で走っていた。この速度だと空冷のゼファーχのエンジンに熱がこもってしまう。それで、三隈は速度を上げるように亜紀に頼んでみたのだ。
「分かった、100キロメートルまで速度上げるね。夏美は付いてくるのが無理なら、早めに無理と言ってね」
「・・・、亜紀ちゃん、分かったよ~」
夏美のレブルは、三台の中で一番排気量が小さい。そのため、上り坂が続くこの区間で100キロメートルの走行ができるかどうか、実際に走ってみないと分からない。
夏美の返事を聞いた亜紀は、NC750Xのスロットルをひねって加速を始めた。続いて、夏美のレブルも加速を始めた。
それを見た三隈も、ゼファーχのスロットルをひねった。
亜紀のNC750Xは鋭く加速したが、夏美のレブルの加速が鈍い。排気量が小さいバイクは高速域での加速が悪くなる傾向がある。
三隈は、レブルとの距離と詰めないように、ゆっくりと加速した。
先行した亜紀が、夏美との車間がさっきより離れている事に気づいて、少し速度を落として夏美が追いつくのを待っていた。夏美との車間が詰まってきたのを見て、今度はまたゆっくりと加速し始めた。
夏美のレブルは、今度は亜紀に離される事もなく加速を続けた。
三隈も、夏美の後を追って加速を続けた。
亜紀は、速度計の針が百キロメートルを指したので、加速をやめて速度を維持しながら、バックミラーで後ろを確認した。
夏美と三隈は、離れる事なく付いてきている。
亜紀は、夏美に尋ねた。
「夏美、今百キロメートルで走っているけど、この速度で走り続ける事はできそうなの」
「・・・、うん、大丈夫みたい。エンジンは爆音立てているけど、速度は維持できているから」
夏美は、ちょっと不安そうな声で答えた。
次に亜紀は、三隈に尋ねた。
「三隈ちゃんは、ちゃんと走れているの」
「ええ、エンジンからの熱風が足にあまり当たる感じがしないので、さっきより走りやすくなりました」
三隈も、元気な声で答えた。
三台のバイクは、中央道の上り坂を登り続けた。
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「亜紀ちゃん、右と左、どっちのコースに行くの」
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「私は、左コースがいいと思います」
亜紀が再び三隈に聞いた。
「三隈ちゃんは、ゆっくりがいいってことなの」
「ええ、左側コースは、トラックがやや多いですが比較的ゆっくり走る車が多いから、100キロメートルで走ることができます。でも右コースは、追越車線の感覚で飛ばす車が多いと思いますから、油断していると、100キロメートルくらいだと、あおられると思います」
亜紀は三隈の回答に感心して、
「なるほどねえ」
と言った。
三隈は、亜紀の感心した声に続けていった。
「夏美さんのレブルに100キロメートルを超える高速走行をさせることは、バイクの性能からちょっと厳しいと思います。だから、ゆっくり走れる左コースがいいと思います。夏美さん、レブルで120~130キロメートル出す自信がありますか」
三隈は、この話の言い出しっぺの夏美に振った。
「レブルだと120キロメートルは、無理だと思う。ねえ、亜紀ちゃん、左コース行こうよ」
「そうね、じゃ、左コースに行こうか、三隈ちゃんもそれでいいの」
亜紀の質問を聞いた三隈も、
「私も、左コースがいいです」
と答えた。
二人の意見を聞いた亜紀は、NC750を一番左端の車線に移した。それについて行くように、レブルとゼファーχも続いた。
三台のバイクは、「左コース」と書かれた看板の下をくぐり、2車線に減った道路を大月ジャンクションに向かって、走って行った。
トンネルを抜けてから続く、右に左に緩やかなカーブを、3台のバイクが走って行く。
一度分かれた右コースと再び合流して少し走ると、大月ジャンクションだ。ジャンクションを左に曲がると、富士吉田方面へ向かう。
今回は、三隈は北杜市、亜紀と夏美は諏訪湖方面へ向かうので、ジャンクションを右というか直進して中央道を走り続ける。
大月ジャンクションを通過すると、さっきより上り坂がきつくなる。
三隈は、速度を維持するためにゼファーχのスロットルをさらに開けた。
前方から、レブルが少しずつ近づいてきている。レブルの速度が落ちてきているようだ。
三隈は、夏美に声をかけた。
「夏美さん、大丈夫ですか」
「え、エンジンがすごい爆音をあげている、ちょっと怖いよ~」
「エンジンから足に当たる風は、熱いですか」
「熱くないよ」
「じゃあ、大丈夫です。もう少しスロットルを開けてください。目一杯開けても速度が維持できにないようなら、言ってください」
「え~、分かった、怖いけど開けてみる」
夏美がスロットルを全開にするつもりで開けると、レブルはゆっくりと加速をして、少し離されかけたNC750に少しずつ近づいていった。
三隈は、夏美が亜紀に追いつくのを見てホッとしていた。
排気量250CCのバイクは、一般道では動力性能に不満はあまり出ないが、100キロメートルを超える高速域での加速は、かなり遅くなる。
しかも、今走っている場所は、峠越えのトンネルに向かって上り坂の道だ。
100キロメートルを維持するには、スロットルをほぼ全開にする必要がある。
それでも、速度が維持できないなら、シフトダウンをしなければならない。そうすると、エンジンがレッドゾーン近くまで回るかも知れない。
大きくなったエンジン音に夏美がビビれば、速度を落とさざるを得ない。
三隈のゼファーχは400CCだ。たった150CCの差だが、高速域での余力が違ってくる。
三隈は、夏美にまた声をかけた。
「夏美さん、もう少しですよ。前に見える長いトンネルを抜けたら下り坂になりますから、もう少し辛抱してください」
「本当なの、三隈ちゃん」
夏美は不安そうな声で言った。
「本当です、とにかくこの速度を維持してください」
三隈は、夏美を安心させるように、落ち着いた声でしゃべった。
二人の会話を聞いた、亜紀が話に割り込んできた。
「三隈ちゃん、ありがとね~、今まで夏美は、ちょっとスピード出すと怖い怖いと言って、スピード出さなかったヘタレなんだよね~」
「亜紀~、ヘタレは無いでしょ、ヘタレは」
「だけど、今の夏美の本音は、若い子には負けられないと言ったとこかな~」
「う~、亜紀、そんなこと言わないでよ~」
夏美は、ちょっと悔しそうな声で亜紀に言い返した。おそらく顔を赤くしているだろう。
三隈は、二人の関心が外れるように、違うことを言った。
「もうすぐ、トンネルに入りますよ。このトンネルを越えれば、甲府南まで下り坂ですから、楽に走れますよ」
「「えっ、そうなの」」
二人が同時に返事をした。
三隈は、亜紀が返事をした事に少々あきれていた。
「夏美さんが慣れていないことは分かりますが、亜紀さんはバイク歴が長いと思っていましたが、中央道を走ったことが無かったんですか」
「あはは、中央道はあんまり使ったことなかったの、だからどこがサミットか分からなかった、ははは」
あっけらかんと、から笑いする亜紀に、三隈は心の中でため息をついた。
亜紀が連れのバイクは小排気量車なのだから、アップダウンが多い山道は避けるぐらいの発想があってもいいと思った。
だが、二人が信州の温泉に入りたいと思って、諏訪湖方面に向かっているのなら、三隈の考えは余計なお世話だ。
100キロメートルで走りたいというのは、三隈の都合であって、二人の都合では無い。
彼女が一緒に走ると決めた以上、ある程度二人に合わせる必要があるのも確かだ。
三隈がそんなことを考えている内に、三台のバイクはトンネルに入った。
三台のバイクの爆音が、トンネルの壁や天井に反響して、響き渡る。
インカムを通して聞こえるはずの声が、聞こえにくい。
トンネルの中を走っていると、亜紀と夏美が三隈を引き離し始めた。
どうやら、峠を越えたようだ。
スロットルを同じように開けているはずなのに、バイクの速度が次第に上がっていくのは、道路が上り坂から下り坂に変わったと言うことだ。
三隈のゼファーχも、スロットルを開けたわけでも無いのに、前を走る二台について行くように加速していった。
甲府盆地へ下っていく中央道を、三台のバイクが走っていく。
走行車線を、100キロメートル前後で右や左のコーナーを駆け抜けていく。
三隈は、亜紀に話しかけた。
「亜紀さん、下り坂になりましたから、夏美さんを先頭にしてみても、いいんじゃないですか」
「それいいかもね。夏美、先頭走ってみる~」
「ええっ、亜紀、ちょっと怖いよ」
夏美は、ちょっとビビった声で答えた。
「大丈夫ですよ、夏美さん。今まで100キロメートルで走ってこれたじゃ無いですか、これから下り坂ですから、楽に運転できますよ」
三隈は、夏美を安心させるように、言ってみた。
亜紀も、夏美を励ますように、言った。
「そうよ、三隈ちゃんが言っている通りよ、何事も体験よ。一度走ってみてどうしても無理なら、次は三隈ちゃんに先頭になってもらうから」
夏美は、亜紀から三隈の名前が出たことに反応して、返事をした。
「分かった、亜紀。先頭を走ってみるね」
そう言った、夏美は、レブルのスピードを少し上げて、亜紀を追い抜きにかかった。
亜紀もNC750を少し減速して、夏美を先頭を譲った。
こうして、中央道の下り坂を、三台のバイクは下っていった。
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