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第34章 さのちゃん、小学校入学へ
しおりを挟む我が家、神戸での暮らしもすっかり僕のぴょん生の一部になり、穏やかなルーティンが心地よい日々を刻んでいる。幾度となく季節が巡り、僕の体も心も成長したように、家族の皆も少しずつ、でも確かに変化している。ゆうくんの大きな安心感、ききさんの揺るぎない愛情、ともくんの優しくなった手、そしてさのちゃんの無邪気な呼びかけ。彼らの成長は、僕のぴょん生という物語に、新しいページを加えていく。
冬の寒さが和らぎ、窓から差し込む陽の光が、春の優しい色を帯びてきた頃。家の中には、いつもの春とは少し違う、新しい種類のソワソワした気配が漂い始めていた。それは、さのちゃんを中心とした気配だ。
さのちゃんは、年長さんになってから、絵本や、あの不思議な形…「ひらがな」や「すうじ」…が書かれた紙に触れる時間が増えた。ききさんがさのちゃんの隣に座って、紙に何かを書いたり、それを声に出して読んだりしているのを、ケージの中からよく見かけた。さのちゃんは、ききさんの真似をして、一生懸命に鉛筆を動かしていた。
最近、その「お勉強」の時間が、以前よりもっと真剣になっているように感じられた。さのちゃんの顔つきは、遊びをしている時とは違って、きりりと引き締まっている。小さな舌をペロッと出しながら、集中して鉛筆を動かしている。時々、難しいのか、「うーん…」と小さな声を漏らしたり、「これであってる?」とききさんに尋ねたりしている。
そんなさのちゃんを見て、ききさんやゆうさんが話しているのが聞こえた。
「さの、来年はいよいよ一年生かあ」
「もうすぐ小学校入学だね。ランドセル見に行こうか」
「勉強、難しくなるのかなあ」
しょうがっこう? いちねんせい? らんどせる? 僕には言葉の意味は分からなかったけれど、さのちゃんに、これから何か新しい大きな変化が訪れるらしい、ということは感じ取れた。それは、ともくんが「小学4年生」になった時と同じような、でもさのちゃんにとってはもっと大きな出来事のようだった。
ある日、リビングに、新しい、大きくて、硬い物体が現れた。それは、赤くてツヤツヤしていて、まるで小さな箱に紐がついているみたいだった。匂いを嗅いでみると、プラスチックのような、革のような、そして、新しい匂いがした。これが、「ランドセル」というものらしい。
さのちゃんは、そのランドセルを見るなり、目をキラキラさせた。そして、ききさんに手伝ってもらいながら、それを自分の背中に背負ってみた。ランドセルは、さのちゃんの小さな体には少し大きすぎるみたいで、背中に乗せると、さのちゃんがランドセルに隠れてしまうように見えた。
「見てー! ママ、さのちゃん、しょうがくいせい!」
さのちゃんは、ランドセルを背負ったまま、リビングを嬉しそうに歩き回った。ドタドタ、といつもより重そうな足音が響く。ランドセルが、さのちゃんの背中で少し揺れている。さのちゃんの顔は、期待と誇らしさでいっぱいに輝いていた。
僕はケージの中から、ランドセルを背負って歩くさのちゃんの姿をじっと見ていた。さのちゃんの匂いがする、新しい大きな箱。これから、さのちゃんは毎日それを背負って、どこかへ行くのだろうか?
部屋んぽの時間になると、僕はさっそくそのランドセルに興味を示した。近くに置かれていたランドセルに、そっと鼻を近づけて匂いを嗅いだ。新しい匂い。そして、さのちゃんの匂い。硬くて、ツルツルしている。かじってみたらどうなるかな? と、僕は思わず前歯を立ててみた。
「あっ!くろのすけ!ダメ!ランドセルかじっちゃダメだよ!」
ききさんの慌てた声がした。ききさんがすぐに駆け寄ってきて、僕をランドセルから引き離した。ききさんは少し困った顔でランドセルを見ていた。僕にはなぜダメなのか分からないけれど、ランドセルはかじってはいけないものらしい。
ランドセルは、それからもリビングの隅に置かれていた。さのちゃんは、たまにそれを背負って、部屋の中を歩き回る練習をしていた。その度に、僕はケージの中から、あるいは部屋んぽ中、その様子を眺めていた。ランドセルを背負って、少しだけ大人になったような顔をしているさのちゃん。その姿を見るたびに、さのちゃんが僕から少しずつ、遠い世界へ向かっていくような、不思議な感覚がした。
そして、「お勉強」の時間も増えた。さのちゃんは、以前にも増して、ひらがなや数字の練習に集中していた。白い紙の上に、黒い不思議な模様を一生懸命書いている。時々、大きな声でそれを読んでいる。
「あ! い! う!」
「いち! にい! さん!」
さのちゃんが声に出して読んでいる響きは、僕には意味が分からなくても、さのちゃんが新しい世界への扉を開けようとしている努力の音に聞こえた。さのちゃんは、僕のケージのそばに座り込んで、自分が書いた紙を僕に見せてくれることもあった。
「もふもふさん、みてみて。これ、さのちゃんが書いたの!すごいでしょ?」
さのちゃんが指差す紙には、たどたどしい、でも一生懸命に書かれたひらがなや数字が並んでいる。僕にはそれが何を意味するのか全く分からないけれど、さのちゃんがそれを僕に見せてくれたことが嬉しかった。僕はさのちゃんの指先や、紙に鼻をツンツンと触れて、さのちゃんの努力を褒めるように応えた。さのちゃんは、僕の反応を見て、満面の笑みを浮かべた。
さのちゃんが新しいことを学ぶ姿を見守りながら、僕はともくんのことを思った。ともくんも、この春から「小学5年生」になるらしい。小学4年生になったともくんは、以前よりもずっと落ち着いて、僕を優しく撫でてくれるようになった。小学5年生になったら、ともくんはもっと大きくなって、もっと色々なことを知るのだろう。彼の成長は、僕との関係をより深く、穏やかなものに変えてくれた。
ともくんとさのちゃん。彼らの成長のスピードは、僕のぴょん生の時間とは違う。僕の時間は、毎日のルーティンの中で、ゆっくりと、でも確かに流れている。でも、彼らの「進級」や「入学」という節目は、僕のぴょん生に、時の流れをはっきりと感じさせてくれる。ともくんが小学3年生で僕と出会い、小学4年生になり、そして小学5年生になる。さのちゃんが年中さんで僕と出会い、「もふもふさん」と呼び始め、年長さんになり、そして小学校に入学する。彼らが成長するにつれて、僕のぴょん生も、新しい段階に進んでいく。
さのちゃんの小学校入学が近づいてきた。家の中には、お祝いの準備をするような、楽しげで、でも少しだけ忙しい気配が満ちていた。さのちゃんは、ランドセルを背負う練習をしたり、新しい靴や服を嬉しそうに見たりしていた。彼女の顔は、小学校に行くのを楽しみにしている、キラキラした表情でいっぱいだった。
さのちゃんが小学校に行くようになったら、日中、さのちゃんは家にいない時間が増えるのだろう。いつも僕のケージのそばに座って、「もふもふさん」と優しく話しかけてくれたさのちゃん。絵本を読んでくれたり、文字を見せてくれたりしたさのちゃん。その時間がなくなると思うと、僕の心には、ほんの少しだけ、寂しさが湧き上がってきた。さのちゃんの無邪気な愛情は、僕にとって、なくてはならないものだからだ。
でも、さのちゃんの顔を見ていると、寂しい気持ちよりも、さのちゃんの新しい冒険を応援したい気持ちの方が強くなった。さのちゃんは、僕という小さなうさぎのそばで、たくさんのことを学び、成長してきた。そして、これからもっと広い世界へ出て、もっとたくさんのことを学ぶのだろう。それは、さのちゃんにとって、とても大切なことだ。
さのちゃんが小学校に行っても、きっと家に帰ってきたら、僕のケージのそばに来てくれるだろう。「ただいま、もふもふさん」「ただいま、くろのすけ」と声をかけてくれるだろう。そして、あの優しい手で、僕を撫でてくれるだろう。さのちゃんとの絆は、小学校に行っても、きっと変わらない。そう信じている。
さのちゃんが小学校に入学する春。ともくんも小学5年生になる。二人の新しい一年が始まる。彼らの成長を見守りながら、僕も僕のペースで、この家でのぴょん生を生きていこう。
家の中には、ランドセルや、新しい文房具というものらしい匂いが混じり合って、新しい春の空気が満ちている。さのちゃんが小学校へ行く準備は、着々と進んでいるらしい。
さのちゃん、小学校入学おめでとう。
ともくん、小学5年生おめでとう。
僕の家族の皆が、新しい一歩を踏み出す。その一歩は、僕のぴょん生という物語にも、新しい展開をもたらすだろう。
少しだけ変わる日常への予感。でも、家族の愛情に包まれている安心感は、何も変わらない。
僕はケージの中で、さのちゃんの新しいランドセルを見つめた。赤くてツヤツヤした、希望に満ちた色だ。
さのちゃんの小学校入学。それは、僕のぴょん生に、新しい時間の流れを刻む出来事だ。
さのちゃんのこれから始まる冒険と、僕の少しだけ変わる日常に思いを馳せながら、僕は穏やかな気持ちで、来るべき新しい日を待った。
僕は、この家で、家族と一緒に、どんな変化も乗り越えていける。そう確信していた。
さのちゃん、いってらっしゃい。
そして、これからも、僕のそばにいてね。
新しい季節の始まりを感じながら、僕はケージの中で丸くなった。さのちゃんの新しい匂いと、ともくんの少し大人になった気配が、僕を温かく包み込んでくれた。
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