1 / 35
プロローグ 代理店長
しおりを挟む
おじいちゃんが病院に運ばれた。
急な報せに取るものもとりあえず、病室へ駆け込むと……
「みんな可愛えぇの~! 泣きっ面に天使じゃ!」
おじいちゃんは白衣の天使たちに囲まれ、キャッキャウフフな天国を築いていた。
「もう今川さんったら、元気になったらデートしましょうね」
「あ、ずる~い。私ともデートしましょうね~」
「うんうん、するする~!」
生涯現役を掲げる我が祖父、今川尭は、理由は分からないが齢七十を超えた今でも様々な世代の女性からモテる。数年前に亡くなった祖母は、そういう人だから、と諦めつつも、幼い頃の私にこっそりと教えてくれた。
──……あの人は絶対に私のところに帰ってくるのよ。
と、嬉しそうに、自信に満ちた笑顔で。だから、私もこれが祖父なのだとただ受け入れたのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「おじいちゃん! 看護師さんをナンパしないの! 他の患者さんにも迷惑でしょ!」
「おぉ、結貴。もう来たのか」
ギプスで固めた脚を吊られたおじいちゃんはけろりとして私に手を振った。集まっていた看護師たちは、それぞれにおじいちゃんに挨拶をしながら病室を出て行く。同じ部屋の入院患者さんにぺこぺこと頭を下げて、私はおじいちゃんのベッド脇の椅子に腰をかけた。
「心配したんだから。階段から落ちて救急車で運ばれた、なんて。お母さんたちもビックリして、新幹線に飛び乗りかけたって」
「はっはっは! 電車賃が無駄にならなくて良かったのぉ」
「笑い事じゃないってば……」
「段差を踏み外してジャンプしたまでは良かったが、まさか着地の衝撃で骨が折れるとは!」
豪快に笑うおじいちゃんは、脚以外はいつも通り元気そうで安心する。ほっと胸を撫で下ろしていると、突然目を見開いて私の肩を掴んだ。
「店は! たい焼きはどうなっとる!?」
たい焼き、というのはおじいちゃんが経営しているたい焼き屋『こちょう』のことだ。私が中学生くらいの頃にセカンドライフとして定年退職後に開いたお店で、学生街にあるスーパーの真ん前、というなかなかの好立地。近所の学生や、スーパーへ買い物に来た人がよく買ってくれるらしい。
「和泉さんがいるし、大丈夫でしょ」
私が和泉さんの名前を出すと、おじいちゃんは安心するどころか余計に顔を曇らせた。
「あいつ一人に任せるのは不安でのぉ。やはり、儂が戻って……」
「ダメだって! ゆっくりしてないと治るものも治らないし、和泉さんは開店した時からずっと一緒に働いてるんでしょ? 何が心配なの?」
宥めてみるも、唸るような声を上げるだけでおじいちゃんの表情が晴れることはない。うーんと唸りながら腕を組むと、ぼそりと小さく零す。
「せめて、儂の代わりに和泉を監視して、店を守ってくれるような奴がおればのぉ……」
嫌な予感がした。
すいーっと泳いでいた祖父の視線は、わざとらしく私の顔に照準を合わせ、キラリと瞳が輝く。
「そうじゃ、結貴がおった! 今からお前をこちょうの代理店長に任命する!」
「ムリムリムリ!」
思わず大きな声が出てしまい口を抑える。動揺しながらも、このままでは本当に押し切られてしまうと慌てて言葉を続けた。
「私、たい焼きは食べる専門だし!」
「たい焼きを好きな気持ちがあれば十分」
「店のこととか何にも分かんないし……」
「それは和泉が知っとるから聞けばいい」
「代理店長なんて、私には荷が重いというか……!」
「和泉がアホなことをやらかさないよう、監督をしてくれればいい。結貴はしっかりしとるし、和泉だけに任せるよりは儂も安心できるしの」
「で、でも……そもそも、休職中の私がそれは……」
「要するに、暇ってことだなぁ」
「ぐっ……」
言葉に詰まった私に、おじいちゃんがニヤッと笑みを浮かべる。そういう意味で言ったわけではなかったのだが、暇か暇じゃないかと言われれば、間違いなく前者だ。
急な報せに取るものもとりあえず、病室へ駆け込むと……
「みんな可愛えぇの~! 泣きっ面に天使じゃ!」
おじいちゃんは白衣の天使たちに囲まれ、キャッキャウフフな天国を築いていた。
「もう今川さんったら、元気になったらデートしましょうね」
「あ、ずる~い。私ともデートしましょうね~」
「うんうん、するする~!」
生涯現役を掲げる我が祖父、今川尭は、理由は分からないが齢七十を超えた今でも様々な世代の女性からモテる。数年前に亡くなった祖母は、そういう人だから、と諦めつつも、幼い頃の私にこっそりと教えてくれた。
──……あの人は絶対に私のところに帰ってくるのよ。
と、嬉しそうに、自信に満ちた笑顔で。だから、私もこれが祖父なのだとただ受け入れたのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「おじいちゃん! 看護師さんをナンパしないの! 他の患者さんにも迷惑でしょ!」
「おぉ、結貴。もう来たのか」
ギプスで固めた脚を吊られたおじいちゃんはけろりとして私に手を振った。集まっていた看護師たちは、それぞれにおじいちゃんに挨拶をしながら病室を出て行く。同じ部屋の入院患者さんにぺこぺこと頭を下げて、私はおじいちゃんのベッド脇の椅子に腰をかけた。
「心配したんだから。階段から落ちて救急車で運ばれた、なんて。お母さんたちもビックリして、新幹線に飛び乗りかけたって」
「はっはっは! 電車賃が無駄にならなくて良かったのぉ」
「笑い事じゃないってば……」
「段差を踏み外してジャンプしたまでは良かったが、まさか着地の衝撃で骨が折れるとは!」
豪快に笑うおじいちゃんは、脚以外はいつも通り元気そうで安心する。ほっと胸を撫で下ろしていると、突然目を見開いて私の肩を掴んだ。
「店は! たい焼きはどうなっとる!?」
たい焼き、というのはおじいちゃんが経営しているたい焼き屋『こちょう』のことだ。私が中学生くらいの頃にセカンドライフとして定年退職後に開いたお店で、学生街にあるスーパーの真ん前、というなかなかの好立地。近所の学生や、スーパーへ買い物に来た人がよく買ってくれるらしい。
「和泉さんがいるし、大丈夫でしょ」
私が和泉さんの名前を出すと、おじいちゃんは安心するどころか余計に顔を曇らせた。
「あいつ一人に任せるのは不安でのぉ。やはり、儂が戻って……」
「ダメだって! ゆっくりしてないと治るものも治らないし、和泉さんは開店した時からずっと一緒に働いてるんでしょ? 何が心配なの?」
宥めてみるも、唸るような声を上げるだけでおじいちゃんの表情が晴れることはない。うーんと唸りながら腕を組むと、ぼそりと小さく零す。
「せめて、儂の代わりに和泉を監視して、店を守ってくれるような奴がおればのぉ……」
嫌な予感がした。
すいーっと泳いでいた祖父の視線は、わざとらしく私の顔に照準を合わせ、キラリと瞳が輝く。
「そうじゃ、結貴がおった! 今からお前をこちょうの代理店長に任命する!」
「ムリムリムリ!」
思わず大きな声が出てしまい口を抑える。動揺しながらも、このままでは本当に押し切られてしまうと慌てて言葉を続けた。
「私、たい焼きは食べる専門だし!」
「たい焼きを好きな気持ちがあれば十分」
「店のこととか何にも分かんないし……」
「それは和泉が知っとるから聞けばいい」
「代理店長なんて、私には荷が重いというか……!」
「和泉がアホなことをやらかさないよう、監督をしてくれればいい。結貴はしっかりしとるし、和泉だけに任せるよりは儂も安心できるしの」
「で、でも……そもそも、休職中の私がそれは……」
「要するに、暇ってことだなぁ」
「ぐっ……」
言葉に詰まった私に、おじいちゃんがニヤッと笑みを浮かべる。そういう意味で言ったわけではなかったのだが、暇か暇じゃないかと言われれば、間違いなく前者だ。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる