たい焼き屋のベテランバイトは神様です

柳田知雪

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第1話 たい焼き屋『こちょう』②

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「え?」
 頭の上から声が降ってくる。ドスの効いた声に、説教を垂れる上司の顔が一瞬脳裏を過って背筋が凍った。恐る恐る顔を上げると、頭一つ分ほど高い位置からサングラスの青年が見下ろしている。
 しかし、彼の首からはまるで幼稚園児が作った工作のような『奉納』と書かれた小さな段ボール箱がぶら下がっていて、一見チャラそうな外見からは随分と浮いていた。そんな見覚えのある恰好にあっと声が漏れる。
「たい焼き買わねーのに店の前でボーッと突っ立ってんじゃねぇ。営業妨害だ」
「和泉さん、私です。結貴です」
「あ? あぁ、尭の孫!」
 尭、とまるで友人のようにおじいちゃんの名前を呼ぶ和泉さんの白い頬に、さらりと艶やかな黒髪がかかる。なぜか年中かけている薄い水色のサングラスのせいで瞳の表情は分かりづらい。しかし、サングラスの奥からこちらを見つめているというのは肌で感じられた。
「なんだ孫かぁ、久しぶりだな。悪ぃが尭なら朝出ていったきりでさ。今日はデートなんて言ってなかったんだが、ま、そのうち帰ってくるだろ」
 最初の威圧感が嘘のように、あっけらかんと彼は笑う。笑った表情は、以前顔を合わせた時にも見覚えのあるそれだった。むしろ、数年経っても全く変わらない彼の若々しさに違和感すら覚える。童顔というわけでもない精悍な顔つきなのに、こうも年を感じさせないものだろうか。
「せっかくだし、待ってる間にたい焼きでも食うか?」
 慣れた手つきで和泉さんが鉄のたい焼き器に油を引き始め、慌てて待ったをかけた。
「もしかして、聞いてませんか?」
「何が?」
「おじいちゃん、入院したんです。階段で転んで……あ、でも脚以外は元気なので」
 おじいちゃんから言わせれば転んでない、と反論されそうだが、今はとにかく入院したという事実が伝わればいい。口の中で小さく入院、と言葉を繰り返した和泉さんはピタリと固まって動かなくなる。
 店長であるおじいちゃんが急に入院となったら、雇われている側としてはやはり不安だろう。だからと言って、代理店長を引き受けるとも決めていないし、何より引き受けたところで店のことを何も知らない私がいても、彼にはお荷物なだけだ。
 なんと言葉をかけたものかと悩む私の耳に、突然、くくっと喉を揺らすような笑い声が聞こえてくる。
「ってことは実質、しばらくは俺がこの店の店長ってことでいいんだよな?」
「え、あ、いや……?」
 店長代理の話はした方がいいのだろうか。
 そんなことを悩んでいるうちに、彼は力強く拳を握った。
「いよっし!」
 驚く私をよそに、彼は受取口に出していたポスターを掴むとマジックで何か書き込んでいく。次に店頭に出されたポスターには『たい焼きひとつ一二〇円』だったものが『たい焼きひとつ四九〇円』と書き換えられていた。
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