たい焼き屋のベテランバイトは神様です

柳田知雪

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第2.5話 変わらない流儀(和泉目線)

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 トントン、と包丁が食材を刻む音。
 米の炊ける少し甘い匂い。
 そんな懐かしさを覚える空気に、ゆっくりと意識が浮上していく。
「ここは……」
「あ、和泉さん。目が覚めました?」
 聞こえてきた声にゆっくりと重い身体を起こす。
 黒髪を後ろで束ね、台所に向かう姿に胸の奥から熱いものが込み上げて、視界がぼやけた。
「みすず……」
「……和泉さん?」
 余韻を打ち破るように名前を呼ばれ、瞬きを繰り返せば幻影は消えていく。くっきりと浮き出てくる光景は見慣れた尭の家の中で、台所に立つのは尭の孫だった。
「お前、料理できんのか?」
「一応できますよ、簡単なものだけですけど。というか、さっきから呼んでるみすずさんって誰ですか?」
「お前には関係ねーよ……」
 意識が曖昧としていたとは言え、まさかみすずの名前まで口に出すとは思わなかった。自分でも思っている以上に、身体は悲鳴をあげ始めているのかもしれない。孫にみすずを重ねてしまった自分が少し悔しかった。
「あ! ってか、店! 今、何時?」
「店より、今はとにかくご飯を食べてください」
 それは質素な膳だった。白米に鮭の塩焼き、たくあんと野菜がたっぷり入った味噌汁。
 本当に簡単なものだけであったが、身体は正直だ。それまで店のことしかなかった頭が、一気に食欲に支配されてしまう。神としてもてはやされていた頃は、食はただの娯楽だったのに。
「食べ物を粗末にするのは気が引けるからな……」
「はい、どうぞ。召し上がれ」
 皿に盛られた料理はどれも貧相な見た目ではあったが、恐る恐る口に運んだ味は悪くない。特に味噌汁は尭が作るものより出汁のうまみが強く、味噌は少なめと優しい味がした。
「今朝は俺の世話なんて御免だ、って感じだったのに、どういう風の吹き回しだよ」
「さすがに目の前で倒れた人を放っておけませんから」
「人じゃなくて神だけどな」
 冗談めかして言えば、孫はまた困ったように微妙な笑みを浮かべる。そんな反応が楽しくて、つい神という単語を出してしまうのだけれど。
 よほどお腹が空いていたのか、あっという間に皿は空になった。気力も湧いてきたし、宇迦が何かしてくれたのか身体も幾分軽くなった気がする。
「ごちそうさま。意外と美味かった」
「それはどうも。和泉さんもだいぶ顔色がいいですね」
 少し遅れて食べ終わった孫が気遣わし気にこちらを窺う。そして視線が交わりそうになると、ぱっとずらして食器を片付け始めた。
 心配はしてくれているのだろう。そういうことを素直に言えない感じは、尭と似ている。
「あ! そういえば給料日、昨日だったな。通りで身体が重いはずだ」
 尭が入院をしてしまったせいで今月分の給料をもらい損ねている。俺のことを全く孫に伝えていなかった尭が、給料日のことを伝えているとも思えなかった。
 自分から言うべきだったかもしれないが、なんだかんだと尭に頼りっぱなしだったつけが回ってきたのだろう。
 溜息を吐く俺に、孫は食器を水につけながら不思議そうに尋ねてくる。
「給料と体調って関係があるんですか?」
「お前も見てただろ。この賽銭箱にお金が入ってくところ。給料もさ、ここに入れてもらってんだよ」
 首から提げた手作り賽銭箱を掲げてみせる。これは尭の手作り賽銭箱だ。
 以前、どこぞの酔っ払いが俺の賽銭箱を叩き落としたせいで半壊し、それを見かねた尭が段ボールで作ってくれた。そんな縁もあって、尭と一緒にたい焼き屋で働く切欠のひとつとなったのだが……
 そんな社以上に見た目だけはしょぼい賽銭箱を見た孫は、点と点が繋がったのか閃いたように目を見開く。
「じゃあ、そこにお給料……いや、お賽銭を入れればいいってことですか?」
 宇迦と何やら喋っていたようだが、一体どこまで何を吹き込まれたのやら。
「呼び名は何でもいい。お供えだろうと給料だろうとお駄賃だろうと。信仰なんてふわっとした概念じゃなくて、金は数えられるし、分かりやすくていいだろ?」
 昔は何も考えなくても、そこに存在できた。土地神として祀られるようになれば猶更だ。
 しかし、今はそんな風にも言っていられない。
 別段、それを嘆いているわけでもなかったが、思いの外言葉は強くなってしまった。そんな俺に、孫は洗い物の手を止める。
「……ごめんなさい」
「何だよ、急に」
 目が覚めてから、孫はどこかしおらしかった。今朝はあんなに喧々していたというのに。
「あんなしょぼい社を見て、哀れみでも覚えたか?」
「違います! そうじゃなくて……」
 そこまで言って口籠る。そして改まるように、俺の前にちょこんと座り直した。
「神社に戻ればいいのにとか、事情を知らずにいろいろ言ってごめんなさい。和泉さんとは全然理由は違うんですけど、私も自分の家に帰りたくなかったんです。だから、おじいちゃんに代理店長をすれば、この家を貸してもらえると聞いて喜んだんですけど、和泉さんが居候してるって知って、当てが外れて……八つ当たりみたいなことしてしまいました。本当、最低です。ごめんなさい……」
 喋れば喋るほどに、孫は身体を縮こまらせていく。このまま喋らせれば、道端の小石くらいになってしまうのではないだろうか。
 それも面白そうだが、貴重なこちょうの働き手になる可能性のあるこいつを小石にさせてしまうのは惜しい。
「おい、孫」
 謝り倒すのを遮れば、弾かれたように顔を上げる。
「なんでそんなに謝るんだよ」
「え、だって……」
「俺の事情を知らなかったのは、俺が話そうとしなかったからなんだよ。大体、事情を知って、謝って、お前はどうすんだ。帰りたくもない自分の家におめおめ帰んのか?」
「そうするしか、ないじゃないですか……」
 もごもごと明らかに不本意そうに呟く。昨日、生き生きと店番をしていたのと同じ人間とは思えないくらいの覇気のなさだ。
「いいか、孫! 一度決めたんなら、欲しいものは何が何でも手に入れるんだよ!」
 呆然とする孫を前に、ぐっと拳を握りしめる。突然の喝に、孫はびくりと肩を跳ねさせた。
「俺はそうやって土地も酒も女も、欲しいものは全部掴んできた。確かに昔ほどの力はなくなったけどな、それでも今も亡くしたくねーこの命に必死にしがみついてんだよ。まだ消えるにはもったいねーからな」
 それまで沼のように沈んでいた孫の瞳の中に、小さな光がぽっと灯る。
「じゃあ……私がこの家にひとりで住みたいから出ていってくださいって言ったら、和泉さんはどうするんですか?」
「いやだ、って言う」
 当然とばかりに言ってのけると、なぜか孫は笑い始めた。口を開いて可笑しそうに笑う顔を、ようやくちゃんと見られた気がする。
「そんなの、話し合いが平行線のままじゃないですか」
「しょうがねーだろ、この時代にこの姿で野宿はいろいろとまずいからな。そもそも、尭は一緒に住んでたんだ。なんでお前は嫌がるんだよ」
「なんでって、寝る場所とかいろいろその、今のところ予定はありませんけど、嫁入り前ですので……」
「安心しろ。俺は一応、妻帯者だ」
「え?」
「まぁ、嫁さんは死んだけどな。俺からしたらお前は孫以上でも以下でもないというか……あぁ、そうだな。俺がお前の保護者代理にでもなってやろうか?」
「保護者代理って、もういい大人なんですけど……」
「俺から見たら赤ん坊みたいなもんだよ。あと寝る場所なら問題ねーよ。俺、いつも風呂で水に浸かったまま寝てるし、この部屋は孫がひとりで使えばいい」
「え、いや、え……?」
 ぱくぱくと口の開閉を繰り返し、何も言葉にできないまま、手だけが宙を彷徨っている。ひどく戸惑っているようだが、尭が療養中の今、働き手と自分の世話係を一気に手に入れられるまたとない機会だ。
 俺に隙を見せたお前が悪い。
 目的のためなら、こちらは遠慮なくいかせてもらう。それが俺の、昔からの流儀だからな。
「どうだ? 他に理由がないなら、今日からここがお前の家だ」
「私の、家……?」
 噛みしめるように孫が呟き、それに頷き返す。はにかむように口元を緩ませた孫の表情が、全ての答えのようだった。
「ってわけで、代理店長さま? 早速ですがお給金くれると助かるんだけどなぁ」
 賽銭箱をずいっと差し出す。角のよれた段ボールの箱の中に投じられたそれは、ゆっくりと身体の深い部分まで染み込んでいくようだった。
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