たい焼き屋のベテランバイトは神様です

柳田知雪

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第3話 楽しいが一番③

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「うーん……やっぱり、反応がいまいち」
 それから毎日投稿をしているものの、そもそものフォロワー数の少なさのせいか大した反応が返ってくることはなかった。
 和泉さんってそこそこイケメンだし、うまくやればファンとしてお客さんもついてくれそうなのに……私の撮影技術の無さのせいだろうか? いや、やっぱりこの奇天烈なポーズのせいのような……それとも根本的に方向性が間違ってる? 高級たい焼きを売るって目的がこちょうの経営方針として間違っているのでは……和泉さんは楽しめ、って言うけどおじいちゃんのお店だし、下手に赤字を出したりなんかしたら……
 考え出すと自然とネガティブな方向へと思考が巡ってしまう。
 肺に溜まった重い溜息を吐き出し、止まりかけた足を進め、買い出し先のドラッグストアへと向かっていたところだった。
 駅前で敷布を広げて小さな出店をしている高校生くらいの男の子がいた。商品は木彫りの動物たち。デフォルメされた可愛らしいものから、リアルな造形の彫刻まである。店番をしながらも、彼は夕日に照らされる手元でショリショリと手の平サイズの木の塊に刀を入れていた。
 器用なものだな、と思いつつ眺めていると、
「真昼くん! 注文したやつ受け取りに来ました!」
 元気な声と共に、女子大生くらいの女の子が出店の前へと駆けていく。真昼くん、と呼ばれた彼が彼女の方へと顔を上げると、俯いていた時よりももう少し大人びて見えた。
「あ、待ってたよー! はい、ご注文のきなこちゃん」
 真昼くんが布の上に飾っているのとは別に、布に包まれた商品を取り出す。受け取った彼女が布を解くと、中から可愛らしい猫の置物が現れた。
「うわー表情とかそっくり! よくこんな顔するんだよね」
「大変だったよ、ピントのボケてる写真ばっかりでさぁ。ってわけで、約束通り五千円ね」
「うんうん、この出来なら満足! 頼んで良かったー、大事に飾るね!」
 彼女がお札を取り出そうとすると、真昼くんはさりげなく自身の商品の方を手で示す。
「一緒にこの猫用座布団の置物とかどう?」
「え、なにこれ模様とか細かっ! でも、可愛い!」
「きなこちゃんを乗せると二倍、いや四倍可愛いと思うんだけど。しかもこっちは五百円!のところ……今日セットで買ってくれたら、さらに二百円引きで三百円!」
「んー確かに可愛いし……ま、三百円ならいっか!」
 真昼くんって子、可愛い顔して案外商売上手かもしれない。五千円出した後だと、三百円って安く感じるし財布の紐も緩くなっている。そこにさらにセットで買えば安くなる、と言われたら悩んでしまうのが人の心理というものだ。
 何かこちょうにも活かせる手がないか、と考えていたところでふと真昼くんと目が合ってしまう。先ほどまで会計を済ませていた女の子はいつの間にか帰ってしまったらしい。
「こんにちは、良かったら見ていってってね!」
「あ、どうも……」
 誘われるまま、商品をよく見ようと身を屈めたその時だった。
「こらー! またお前か、彫刻学生!」
「あ、やべっ。お姉さん、こっち!」
「えっ!?」
 敷布を一気にまとめた真昼くんに腕を引かれ、そのまま飛んできた怒声と逆方向へと走っていく。状況がよく把握できないままちらりと後ろを振り返れば、青い制服を来たおまわりさんの姿が見えて、それ以降は恐ろしくて振り返ることができなかった。
 ジグザグに知らない路地を何度も曲がり、ようやく真昼くんが足を止めた時には近くの住宅街に抜け出ていた。
「はぁー! ようやく振り切った!」
「振り切ったって……君、まさかお尋ね者じゃないよね?」
 可愛い顔にそんなことはない、と信じたくなるが人は見た目では判断できない。しかし、そんな私の不安を吹っ飛ばすように彼は輝くような笑みを浮かべる。
「まぁ、ある意味お尋ね者? 俺さ、自分の商品をいろんな人に見てほしくて、たまに駅前で露店やってるんだよね」
「それがどうしてお尋ね者に?」
「無許可だから!」
 あっけらかんと笑う彼に、どこから指摘したものかとこちらも毒気が抜かれてしまう。
「だって許可って面倒でしょ? 俺は店を出したい時に出したいのに。でも今日は見つかるの早かったなぁ。いつもはもう少し日が暮れてから来るのに」
 いい大人なら、ここで何か注意するべきなのだろうか。しかし、初対面の子に、自分ごときが説教を垂れるのも気が引ける。
「じゃあ、どうして私と一緒に?」
 逃げている時は何となく警察の方にお世話になるのが怖くて必死だった。しかし、今思えばお世話になる理由も、ましてや逃げる理由もなかったはずだ。
 私の質問に、真昼くんはまたこともなげに笑う。
「俺の作品、欲しそうに見えたから」
「え……?」
 少年のような男の子だと思っていたが、ふと浮かべられた微笑みはまるで達観しきった大人のような顔だった。短めの前髪の下で輝く真ん丸の瞳には一体何が見えているのか、自分のことをどこまでも見透かされているような不安を覚えてしまう。
「俺さ、基本はさっき並べてた動物を象った彫刻が得意なんだけど、立体系の創作は基本何でも好き。椅子とか、ジオラマとか。だから、作って欲しいのあったら作るよ。値段は相応の額を払ってもらうけど」
「作って欲しい、か……」
 急に言われても何も思いつかない。しかし、彼に言われた『欲しそうに見えた』という言葉が何となく胸に引っ掛かる。
「まだ分からないなら、分かった時に教えてよ。俺、大学にいるからさ」
「大学?」
「橘樹大学の芸術学部に通ってるんだ。キャンパス入って彫刻科のアトリエまで来たら会えるよ」
 キャンパスってそんなに簡単に部外者が入れるものだろうか。しかし、彼の話ぶりを聞いていると、こうして誘われている人間は私だけではないような気がする。
「それか、また出店に来て」
「出店って……さっきみたいにまた怒られるかもしれないのに、どうしてまたやろうと思うの?」
 質問で返すと、真昼くんはきょとんと目を見開く。そして、ふっとその真ん丸な瞳を細めた。
「楽しいからに決まってるじゃん!」
「楽しい……?」
「さっきみたいに予約したお客さんが喜ぶ顔を見るのも、お姉さんみたいに通りすがりの人が目を留めてくれるのも。俺の作品がそうさせてるんだ、って思うと楽しいでしょ?」
 楽しい……まだ学生の真昼くんに、どれだけ商売という感覚があるのかは分からない。でも、私だって最初は研究が楽しくて、それを職にできたらと研究職のある会社を志望していたはずだ。結果は営業職に配属されてしまったけど、きっかけは楽しさからだった。

──……孫ももっと楽しめよ。

 和泉さんだって、そう言ってくれていたのに。代理店長になったのだからちゃんとしなきゃと、荷を下ろしたばかりの肩にすぐにまた違う荷を背負おうとしていた。勝手に自分で自分を追い詰めようとしていたのだ。
「……ねぇ、真昼くん。やっぱり今日、注文してもいいかな」
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