たい焼き屋のベテランバイトは神様です

柳田知雪

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第6話 祭り前夜の焦燥③

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 それは和泉さんを? それとも、何か別の……?
 そもそも、私は完全に和泉さんの話だと思っているけど、違っていたらちょっと恥ずかしいかもしれない。
「劇の中で龍神の社が三つあるって言いましたよね。ひとつはたちばな商店街に、残りのふたつはこの辺りを通っていたすずかり川の上流と下流にあったのですが、川を埋め立てる時に一緒に社も取り壊されてしまったようです……」
 宇迦さんも、街の開発で川が埋め立てられたって言ってた。でも、まさか他にあったふたつの社まで取り壊されてた?
「俺はその上流の方にある社が無くなる前に一度行ったことがあって、その時に空を舞いあがっていく黒い龍を見たんです! この龍はその時の記憶を頼りに真昼に作ってもらいました!」
 和泉さんは自分を龍神だと言っているけれど、人以外の姿は見たことがない。ただ、劇の中で宙を漂っていた黒い龍と、和泉さんのさらさらとした黒髪が脳内で重なる。
「龍を見たのは、何年くらい前の話なんですか?」
「え、十五年前ですけど……もしかして、信じてくれるんですか!?」
 勢いよく立ち上がった牛尾くんに手を握り締められる。ぶんぶんと手を上下に振られて、その勢いで身体が激しく揺すられた。
「この話をしても、煙を見間違えたんだとか、夢だとか言われるばっかりで、こんなにちゃんと話聞いてくれた人初めてです!」
「そっ、そう、なんっ、だ……!」
「ちょっと牛尾! ストップ!」
 真昼くんが手を振り解いてくれた頃には、視界がぐらんぐらんと回っていた。
 このエネルギーの違いは年齢差によるものだろうか。それとも、元々の気質の違いだろうか。
 牛尾くんの龍神話はその後もマシンガンのように止まらず、あの日見た龍神の正体を調べているうちにこの劇の元になった龍神伝説を見つけたらしい。みすず、という名前もその伝説の中に出てくるのだとか。
「よかったら、また練習見に来てください!」
「ありがとう。次は差し入れ持ってくるね。えっと……たい焼きは好き?」
 牛尾くんのこの勢いに慣れているのか、羽鳥くんも猪川さんも卯野さんもやれやれという顔で一緒に私を見送ってくれた。
 この後バイトだから、と一緒に商店街に向かって歩いていた真昼くんがぽつりと零す。
「牛尾はさ、初めショックだったんだって。たちばな商店街に自分が見たかもしれないって龍神の神社があったのに、気付いた時にはそれがなくなってて。それで何か残さなきゃ、って今回の劇に辿り着いたんだって」
 そんな話を聞きながら、和泉さんの社のことを思い浮かべていた。
 結局言いそびれてしまったが、たい焼き屋の裏にまだちゃんと社が残っていることを伝えた方がよかったかもしれない。あれだけ興奮していた牛尾くんが社を前にした時、一体どんな反応をするのかは予想ができないけれど。
「……なくなってないかもしれないのにね」
「あぁ、そういえば店の裏にある社も龍神さまを祀ってるんだっけ?」
 真昼くんは社の形を思い出すように、指先を宙でくるくると回した。
 牛尾くんが見たという龍神と同じかは確証がないけれど、和泉さんの社はひっそりとまだたい焼き屋の裏に残っている。宇迦さんに言われるまで私も気付かなかったくらいだから、なくなったと思われてしまうのも、しょうがないのかもしれないけれど。
「祭りの日にでも教えてあげたら喜ぶんじゃない? 牛尾のことだから気絶しちゃうかも」
「ふふっ、そうだね。和泉さんにも……」
 教えてあげれば、と言いかけて口を噤む。
つい和泉さんの日常的な神アピールのせいで忘れそうになるが、あまり正体を周りに明かしたいわけでもないだろう。そもそも、信じてもらえるとも思えないけれど。
 ちょうど店が見えてきたこともあってか、真昼くんはあ、と声をあげる。
「やばい、思ってたより時間ギリギリ! じゃあね、結貴さん! 今日はありがとう!」
 言葉の続きを追求されずに済んだとほっとしながら、私もたい焼き屋の裏口から店へと入っていった。
 店の扉を開けた瞬間、ちょうどソフトクリームをカップの中に巻いていた和泉さんが私に気付き、開口一番……
「おっせーわ!」
 と外に響かない程度に怒号が飛ぶ。
「ごめんなさい……!」
「客待たせてるから、注文と会計!」
「分かりました!」
 今日も暑いせいか、ソフトクリームがよく売れた。冷やしフルーツたい焼きも完売して、ドタバタとしているうちにあっという間に閉店時間がやってきたのだった。
「すみません、思ったより帰りが遅くなっちゃって……」
「そふとくりぃむはたい焼きほど慣れてねーんだよ、ったく」
「誠にご迷惑をおかけして……」
 深々と謝ると、隣でからからとおじいちゃんが笑う。
「すまんの。儂が店に出られたら良かったんじゃが」
「ううん、ゆっくりリハビリしてけばいいよ」
 和泉さんを含め、今日も三人で遅めの夕食を囲んでいる。
 夏はやはりそうめんが美味しい。つるつると食が進んで、めんつゆの味で舌とお腹に満足感が広がっていく。時折混ぜる薬味もまた風味を変えて手を休ませなかった。
 斜め前で同じようにそうめんを啜る和泉さんに、ふとあの劇で龍神がみすずさんを抱きかかえていた姿が脳裏に過る。
 あれは、やはり和泉さんの話だったのだろうか。
 そんな疑問をつい、確かめたくなってしまった。
「遅れたのはその、今度のたちばな夏祭りでやる出し物を見学させてもらってました」
「あぁ、毎年いろいろやってるやつな」
「真昼くんの友達が、龍神さまの伝説を劇にしたんですよ」
 その言葉に、和泉さんはぴたりと手を止める。隣では、ほうと感心するようにおじいちゃんが声を上げた。
 一瞬、私を見たかと思うと、ふんと皮肉っぽく笑って再びそうめんをすすった。
「どうせ、ろくでもない伝説だろ」
「ろくでもない?」
「俺は負けた側だからな」
「負けた側って、雷神さまにってことですか? でも、みすずさんの話は……」
「みすずも出てくるのか!?」
 その反応で、やはりあの話は和泉さんの話だと確信を得た気がした。みすずさんの名前を出してからは、興味津々という顔で話の続きを促す。
 ざっとした劇の内容を和泉さんに伝えていくと、途中難しそうな顔を浮かべながら、うんうんと頷いていた。
「なるほど、そう伝わったのか」
「ものすごく含みのある言い方ですね。真実は違うとでも言いたげな」
「まぁ、違うな。まず、みすずは自分から生贄になるような殊勝な女じゃねーし」
「え?」
「あいつは確かにこの辺りの村の出だが、持ち前の霊力の強さっつーのかな。その才能を見込まれてしかるべき神社で修行を積んだ、とんでもねー巫女だ」
 霊力、巫女……と慣れない単語の並びに混乱してしまう。確かに和泉さんや宇迦さんと出会って、そういうものへの理解は多少深めたつもりだったが、完璧な耐性がついたというわけでもない。
「巫女さんだから、和泉さんの生贄になったんですか……?」
「いーや、生贄のふりして俺を退治するつもりだったんだ。ご立派な式神まで連れてな」
「えぇ!? それって大分伝承と違いません!?」
「それはイカした女じゃのぅ!」
 祖父まで可笑しそうに笑いだし、だろ、と和泉さんはまんざらでもなさそうな顔で豪快に笑っていた。
「だから、伝承なんてそんなもんなんだよ。改竄されたり、誇張されたり、適当なもんだ」
「はぁ……」
 語り手も千年以上前の話だと言っていた。それに和泉さんという存在がなければ、こんな伝承は何かの比喩や教訓として残っているものと片付けていただろう。
「え、じゃあ、恋人になったっていうのは?」
「それは……嘘じゃねーけど」
 まるで恋バナをする女子高生のごとく、和泉さんは急に頬をぽっと火照らせる。
 思いの外可愛らしい反応に目をぱちくりさせていると、私の視線から逃げるように和泉さんは腰を上げた。
「この話は終わりだ!」
「えーもうちょっとみすずさんとの話聞かせてくださいよ!」
「そうじゃそうじゃ!」
「うるせぇ! 俺はもう風呂に入って寝る!」
「あ、待ってください! まだお風呂溜まってないですよ!」
 和泉さんがお風呂に入ってしまうと、そのまま浴槽に水を溜めて寝てしまう。龍神という性質のせいか、水がある場所の方が落ち着くとのことだが、寝てしまうと朝まで絶対に浴槽から動こうとしない。
「そういえば、既婚者だって言ってましたけど、もしかして、みすずさんと結婚までいったってことですか!?」
「今日のお前、本当にうるせーな! さっさと風呂溜めろ!」
 ひとまず食べた後の食器は流しに置いて、急いで風呂の支度を整える。軽く湯船を洗っていると、リビングの方から和泉さんとおじいちゃんの会話が薄っすらと聞こえてきた。
「ま、どうせその伝承も忘れるんだろーな……」
 どこか投げやりなその声に、リビングに戻っても聞き返すことはできないのだった。
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