たい焼き屋のベテランバイトは神様です

柳田知雪

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第6話 祭り前夜の焦燥⑥

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 結局、何もできないまま、たちばな夏祭りが明日に迫っていた。
 宇迦さんの術の効果なのか分からないが、顔を出したリハーサルではこれ以上ない完成度に劇は仕上がっていたけれど。
「はぁ……」
「辛気臭い溜息吐くんじゃねーよ。手も止まってんぞ」
「すみません……」
 明日からの祭りに向け、それらしく店を飾ろうと色紙でソフトクリームや夏らしいモチーフを作っていた。
「そういう和泉もさっきからろくに作れてないじゃろう」
「こういう細けーのは苦手なんだよ」
 祖父と和泉さんのやり取りに笑みが零れる。
 しかし、どうにも宇迦さんと部室で話した時の苦し気な表情が脳裏を過って、すぐに視線を落としてしまった。
「何だよ、気になることでもあんのか? あいすも容器も仕入れ注文はしたし、カラクリも調子良さそうだし、何も心配することねーだろ!」
 得意げに胸を張る和泉さんは、やはりたい焼きを焼くこと以外はポンコツなようで、祖父の言う通り、色紙に折り目ばかりつけて作業が進んでいない。
「そこはこう折るんですよ」
 ひょいと手を伸ばして、よれよれになった紙を手で伸ばしながら折ってみせる。和泉さんはわざとらしく、感心するように声を出した。
「ほぉ、なるほどな。で、次は?」
「次はこうして……って、私に全部させようとしないでください!」
 和泉さんに乗せられそうになり、慌てて色紙を突き返す。ニヤニヤと笑う彼の姿に、ついまた宇迦さんの声が耳の中でこだまする。

──……和泉を和泉たらしめるのは人の信仰、人の想いだよ。それが途絶えれば、いくら小銭集めしようと意味はない!

 最初にこのたい焼き屋に来たのは、おじいちゃんのこの借家を使ってもいい、という誘惑が始まりだった。半ば和泉さんに流されるようにたい焼き屋の手伝いを始めて……でもその中で、口は悪いけど和泉さんに背中を押されて、少しずつ自分というものを取り戻せた。
 新しいメニューも作って、代理店長というふわふわした立場でも、やりたいことをやらせてもらえて。そして、自分のやりたいことは商品開発なのだと改めて思った。
 どれもこれも、和泉さんが支えてくれたから。私は神様のことなんて全然詳しくないけれど、和泉さん自身が消えたくないと足掻いているのだから、今度は私がそれを手伝ってあげたい。
「お前、最近ずっと難しい顔してるよな」
「そうですか? 和泉さんこそ、明日はかき入れ時なんですから、前みたいに急に倒れないでくださいよ」
「なんか最近は調子いいんだよ。お前が鳥居作ってくれたおかげかもな」
 どこまで本気か分からないけれど、いつもより少しだけ優しい声音だった。
 そう言われてみると、あの日から体調が悪そうな様子を見たことがない。むしろ、家の中で時折眼鏡を外した時に見る瞳は、以前よりも輝きが増しているような気さえした。
「あの鳥居でも、力になってるんですか?」
「想いの大きさと見た目のしょぼさは比例しねーってことだな」
「しょぼいとは思ってるんですね……」
「そりゃ、昔の社に比べたらな!」
 和泉さんは手を振りあげて、昔の社にあった鳥居の大きさをジェスチャーで教えてくれようとする。嬉しそうに話す様からは、確かに立派な社の情景が瞼に浮かんだ。
「今はこんなになっちまったけど、もし昔みたいに力があって土地にも縛られず自由にあちこち飛んでいけたら……ってたまに思うよ」
「え、飛んで行っちゃうんですか?」
「悪ぃかよ」
「だって、一応土地神さまじゃないですか。長生きしたいのもその土地を見守りたいから、とかじゃないんですか?」
 劇でみすずさんとのやり取りを見て、つい彼女との約束を果たすためにやっているのかと思っていた。しかし、和泉さんはキョトンとした顔をして、次の瞬間には盛大に笑い始める。
「その通り! 俺はあくまで勝手に祭り上げられた“一応”の土地神なんだよ。守るなんて柄じゃねーって、お前も分かってんだろ?」
 確かにそうだった。演劇の中で見た和泉さんも、好きで暴れていたし、好きでみすずさんと一緒になった。それを雷神に邪魔されて、怒りのまま喧嘩して、結果村が豊かになったにすぎないのかもしれない。
「じゃあ、どうして長生きしたいんですか?」
「そんなの、おもしれーからだよ!」
 ビシッと指を突き出され、あまりにもシンプルな回答に言葉に詰まる。
「この前行った病院なんて、見たことねーカラクリしかなかっただろ? それに、たい焼きは冷やしても美味しくなるなんて、お前が作るまでは考えもしなかった」
「つまり……?」
「長生きすればするほど、世の中にはおもしれーもんが増えてくんだよ。それを味わえずに死ぬなんてもったいねーだろ?」
「な……ふっ、あはははっ!」
 その答えはどうしようもなく和泉さんらしかった。
「和泉の言う通り、長生きはいいぞ。いつモテ期が来るか分からんからのぉ」
と、笑いを堪えきれなかった私と一緒におじいちゃんも笑い出す。そんな私たちに和泉さんはふんと胸を張った。
「だから、もしもっと力を取り戻せたら、俺はまだ自分が見たこともないような菓子を片っ端から食べる旅に出る。で、満足したら戻ってきてやるよ」
「えっ」
「戻ってきたら、そのありがた~い俺の知識でお前の冷やしたい焼きよりおもしれーたい焼き作ってやるから期待してろ」
 まさか、そんなことを考えているなんて思わなかった。
 未だに洗濯機も使えないくせに、和泉さんはずっとずっと先の未来を見ているらしい。私の何百倍も生きていながら、その好奇心は尽きることがないのだろうか。
 そしてまたふと思う。和泉さんのその夢に向かって旅立てるのはいつなのか。どれくらいの旅の期間を想定しているのか。
 その間も、ずっとこちょうは彼の帰りを待てるのだろうか、と。
「……私だって、和泉さんには負けませんよ」
 いつの間にか、ずっと靄がかかっていた胸の内に一筋の道が拓けていた。
それが正解かどうかは分からない。けれど、その道の先には未来が見えた気がした。
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