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第8話 龍は飛ぶ①
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「え、えぇぇーーっ!!??」
「騒ぐな! 鬱陶しい」
「い、和泉さん、なんですか……?」
少し声は低いが、その口調は確かに和泉さんのものだった。
「この姿、何年ぶりかな。久しぶりに見たよ」
隣にいた宇迦さんは、いつの間にか本来の姿に戻っている。そして、懐かしそうに鱗を撫でた。
「宇迦さん!? あれ、じゃあ牛尾くんの身体は……?」
「さっきの風で引き剥がされちゃってね。多分、舞台の上で寝てるんじゃないかな」
「おい、お前ら……人の上で好き勝手くっちゃべってるんじゃねーぞ」
不機嫌そうな和泉さんの声が響く。彼の身体に乗っているせいか、その声は身体全体に響いてくるようだった。
「言いたいことは山ほどあるが、お前ら本当に分かってねー!」
「え?」
予想外の第一声にぽかんと口を開け、うねる身体の先にある角の生えた頭を見遣る。わずかに首を捻って振り返った彼は、黄金に輝く瞳でギロリとこちらを睨んだ。巨大な瞳に、蛇に睨まれた蛙よろしく竦み上がってしまう。
「宇迦も孫もみすずも、俺のこと見くびってんだろ! 俺はそんなにやわじゃねーんだよ!」
和泉さんの言い方が拗ねた子供のように聞こえたからかもしれない。睨んでくる視線に少し可愛げを感じて、固まった肩から力が抜けた。
「雷神にだってな、ちょっと斬られたくらいで俺は死なねーってのにみすずは庇うし、わざわざ宇迦が出しゃばらなくても、伝承は所詮伝承なんだよ。あってよーが間違ってよーが俺としてはどーでもいい! それに孫!」
「は、はい!」
「『忘れないで』、だ? この! 俺を! 忘れさせるわけねーだろうが!」
「えぇ……」
実際、社は路地裏で小さく佇み、人々の目に入らないものへとなっている。それなのに、その自信はどこから来るのだろう。
しかし、そう言われるだろうとも予想はしていた。同じことを考えていたのか、宇迦さんと目があってくすくすと笑い合ってしまう。
「何笑ってんだよ!」
「いえ、別に」
「……まぁでも、久々にこの姿になれたのはお前たちのおかげかもな」
ぼそりと呟くような声は、風の音で掻き消されそうになりながらも確かに耳に届いた。そして、私たちから視線を外した和泉さんは、身体をうねらせながら高度を下げていき、やがて緑に囲まれ、細い渓流が流れるその場所へと降りていく。
上から見ている時には分からなかったが、宇迦さんと共にその場所に降ろされてようやく気付く。その場所には見覚えがあった。幼い頃に祖父と釣りに来た、あの渓流。つまり祖父母が住んでいた家の近くの森だった。
「どうしてここに……」
「ここはお前たちの言うすずかり川の上流。俺の社のひとつがあった場所で、宇迦の祠がこれだ」
いつの間にか人の姿に戻った和泉さんの視線を追うと、川のほとりに小さな屋根のついた祠があった。その中に、手の平サイズの狐の石像がちょこんと佇んでいる。その狐の額にある紋章は、劇の最中に見た宇迦さんと思われる狐のそれと似ていた。
「じゃあ、牛尾くんが龍神を見た場所って……」
視線を上げれば、『すずかりゴルフ場』の看板が立っている。祖母がまだ生きていた頃にこんな看板はなかったことを思うと、ここ十数年の間にできたのかもしれない。牛尾くんの話や伝承から考えると、和泉さんの社はゴルフ場の建設の際に取り壊されてしまったのだろうか。
「あ……」
まだこの近くに社があった頃、祖父との釣り対決に夢中で迷子になってしまったことがあった。同じ場所に来てみて、ようやくうやむやだった記憶が鮮明に思い出されてくる。
渓流をずっと登っていった先で、私は森の中で佇むその人と出会ったのだ。迷子になって不安に泣く私を慰めてくれたのは……
「宇迦さん……」
祠の前で蹲る宇迦さんを見て、はっとする。宇迦さんの身体がぼんやりと光り、火の粉が空に昇っていくかのように光の粒がふわりふわりと宙に溶けていた。
「宇迦さん!? 身体が消えて……」
「今日、あれだけ派手に姿を見せたんだから、これでしばらくは和泉も安泰だね」
ふっと儚げに笑う宇迦さんは、透けていくその姿にも満足そうだった。
「お前まで俺を置いていく気かよ。ってか、お前がいないと高級たい焼きに使う小豆の仕入れが面倒になんだろ。勝手に消えようとするんじゃねー」
「ふふっ、すっかりたい焼き屋の一員だね。でも、全てはいつか消えてしまうものなんだよ。ずっと分かっていただろう?」
気付けば、どんどん薄れていく宇迦さんの肩を掴んでいた。諦め混じりの言葉が、自分を軽んじるような発言が、胸を搔き乱したから。
「人には消えるな、って言っておきながら自分は消えるなんて……そんなの勝手です、ずるいですよ……」
「勝手、か……和泉ほどではないと思うんだけどなぁ」
口から零れる声に力はない。タイムリミットが近付いていることが分かって、どうにか彼の存在をそこに押し留められないかと、肩を掴む手に力を込めた。
「牛尾くんが和泉さんの社を見る瞬間を確認しなくていいんですか? きっと今頃、本物の龍神さまが現れたって商店街は大騒ぎですよ? これから和泉さんへの信仰が戻ってくるかもしれないのに、それをみすずさんの代わりに見届けなくていいんですか?」
「まったく君は……ただの式神に求めすぎだよ」
ふっと笑って私の頭に手を乗せる。やんわりと髪の毛を滑っていく手は、やはり優しかった。その手の感触をずっと昔から知っていたのだと、やっと思い出したというのに。
「宇迦さん、消えないでください……また、たい焼きの試食してほしいんです。それでいつか、和泉さんが作るたい焼きも一緒に食べましょうよ」
優しい手に撫でられると、息を引き取る直前に見た祖母の笑みを思い出してしまう。そんな私の思考を掻き消すように、和泉さんは強い口調で言い放つ。
「方法が残ってるのに、簡単に諦めようとするのが気に食わねー!」
和泉さんは祠の中で佇む狐の石像を手に取った。何をするのかと思えば、それをごくりと飲み込んでしまった。
「騒ぐな! 鬱陶しい」
「い、和泉さん、なんですか……?」
少し声は低いが、その口調は確かに和泉さんのものだった。
「この姿、何年ぶりかな。久しぶりに見たよ」
隣にいた宇迦さんは、いつの間にか本来の姿に戻っている。そして、懐かしそうに鱗を撫でた。
「宇迦さん!? あれ、じゃあ牛尾くんの身体は……?」
「さっきの風で引き剥がされちゃってね。多分、舞台の上で寝てるんじゃないかな」
「おい、お前ら……人の上で好き勝手くっちゃべってるんじゃねーぞ」
不機嫌そうな和泉さんの声が響く。彼の身体に乗っているせいか、その声は身体全体に響いてくるようだった。
「言いたいことは山ほどあるが、お前ら本当に分かってねー!」
「え?」
予想外の第一声にぽかんと口を開け、うねる身体の先にある角の生えた頭を見遣る。わずかに首を捻って振り返った彼は、黄金に輝く瞳でギロリとこちらを睨んだ。巨大な瞳に、蛇に睨まれた蛙よろしく竦み上がってしまう。
「宇迦も孫もみすずも、俺のこと見くびってんだろ! 俺はそんなにやわじゃねーんだよ!」
和泉さんの言い方が拗ねた子供のように聞こえたからかもしれない。睨んでくる視線に少し可愛げを感じて、固まった肩から力が抜けた。
「雷神にだってな、ちょっと斬られたくらいで俺は死なねーってのにみすずは庇うし、わざわざ宇迦が出しゃばらなくても、伝承は所詮伝承なんだよ。あってよーが間違ってよーが俺としてはどーでもいい! それに孫!」
「は、はい!」
「『忘れないで』、だ? この! 俺を! 忘れさせるわけねーだろうが!」
「えぇ……」
実際、社は路地裏で小さく佇み、人々の目に入らないものへとなっている。それなのに、その自信はどこから来るのだろう。
しかし、そう言われるだろうとも予想はしていた。同じことを考えていたのか、宇迦さんと目があってくすくすと笑い合ってしまう。
「何笑ってんだよ!」
「いえ、別に」
「……まぁでも、久々にこの姿になれたのはお前たちのおかげかもな」
ぼそりと呟くような声は、風の音で掻き消されそうになりながらも確かに耳に届いた。そして、私たちから視線を外した和泉さんは、身体をうねらせながら高度を下げていき、やがて緑に囲まれ、細い渓流が流れるその場所へと降りていく。
上から見ている時には分からなかったが、宇迦さんと共にその場所に降ろされてようやく気付く。その場所には見覚えがあった。幼い頃に祖父と釣りに来た、あの渓流。つまり祖父母が住んでいた家の近くの森だった。
「どうしてここに……」
「ここはお前たちの言うすずかり川の上流。俺の社のひとつがあった場所で、宇迦の祠がこれだ」
いつの間にか人の姿に戻った和泉さんの視線を追うと、川のほとりに小さな屋根のついた祠があった。その中に、手の平サイズの狐の石像がちょこんと佇んでいる。その狐の額にある紋章は、劇の最中に見た宇迦さんと思われる狐のそれと似ていた。
「じゃあ、牛尾くんが龍神を見た場所って……」
視線を上げれば、『すずかりゴルフ場』の看板が立っている。祖母がまだ生きていた頃にこんな看板はなかったことを思うと、ここ十数年の間にできたのかもしれない。牛尾くんの話や伝承から考えると、和泉さんの社はゴルフ場の建設の際に取り壊されてしまったのだろうか。
「あ……」
まだこの近くに社があった頃、祖父との釣り対決に夢中で迷子になってしまったことがあった。同じ場所に来てみて、ようやくうやむやだった記憶が鮮明に思い出されてくる。
渓流をずっと登っていった先で、私は森の中で佇むその人と出会ったのだ。迷子になって不安に泣く私を慰めてくれたのは……
「宇迦さん……」
祠の前で蹲る宇迦さんを見て、はっとする。宇迦さんの身体がぼんやりと光り、火の粉が空に昇っていくかのように光の粒がふわりふわりと宙に溶けていた。
「宇迦さん!? 身体が消えて……」
「今日、あれだけ派手に姿を見せたんだから、これでしばらくは和泉も安泰だね」
ふっと儚げに笑う宇迦さんは、透けていくその姿にも満足そうだった。
「お前まで俺を置いていく気かよ。ってか、お前がいないと高級たい焼きに使う小豆の仕入れが面倒になんだろ。勝手に消えようとするんじゃねー」
「ふふっ、すっかりたい焼き屋の一員だね。でも、全てはいつか消えてしまうものなんだよ。ずっと分かっていただろう?」
気付けば、どんどん薄れていく宇迦さんの肩を掴んでいた。諦め混じりの言葉が、自分を軽んじるような発言が、胸を搔き乱したから。
「人には消えるな、って言っておきながら自分は消えるなんて……そんなの勝手です、ずるいですよ……」
「勝手、か……和泉ほどではないと思うんだけどなぁ」
口から零れる声に力はない。タイムリミットが近付いていることが分かって、どうにか彼の存在をそこに押し留められないかと、肩を掴む手に力を込めた。
「牛尾くんが和泉さんの社を見る瞬間を確認しなくていいんですか? きっと今頃、本物の龍神さまが現れたって商店街は大騒ぎですよ? これから和泉さんへの信仰が戻ってくるかもしれないのに、それをみすずさんの代わりに見届けなくていいんですか?」
「まったく君は……ただの式神に求めすぎだよ」
ふっと笑って私の頭に手を乗せる。やんわりと髪の毛を滑っていく手は、やはり優しかった。その手の感触をずっと昔から知っていたのだと、やっと思い出したというのに。
「宇迦さん、消えないでください……また、たい焼きの試食してほしいんです。それでいつか、和泉さんが作るたい焼きも一緒に食べましょうよ」
優しい手に撫でられると、息を引き取る直前に見た祖母の笑みを思い出してしまう。そんな私の思考を掻き消すように、和泉さんは強い口調で言い放つ。
「方法が残ってるのに、簡単に諦めようとするのが気に食わねー!」
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