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第7話 見つけた道と狐の舞台③
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宇迦さんの声に、真昼くんがテント内の音響設備から曲を流し始める。曲が流れ始めてからは、舞台周りの観客が声を潜める雰囲気が伝わってきた。
羽鳥くんの操る龍に、宇迦さんの語り部。やがて、自分の番がやってくる。
「行ってらっしゃい」
真昼くんの激励を含んだ声が私の背中を押す。舞台へ続く階段を上っていき、セットの中へと飛び込んだ。
みすずさんは龍に怯えて転んだ語り部の元へと駆け寄っていく。駆け寄って、最初の台詞だ。私の台詞は……
その時、観客の中から頭ひとつ飛び出た和泉さんの顔が見えた。いや、見えてしまった。
向こうも驚いているが、冷静になれば私だって今の状況は信じられないだろう。和泉さんなら、宇迦さんのことだって見れば分かるはず。というか、自分の伝説を元にした舞台って最初に聞いた時は興味なさそうだったのに、ひとりで見に来てることにも驚いた。
そうして、一瞬にして様々な思考が駆け抜けていった。その言葉の濁流に、言うべきはずの台詞が埋もれてしまう。こちらに向けられるたくさんの目に、頭が、真っ白になる……──
「覚悟を決めたんだよね? “みすずさま”」
「!」
私に身体を支えられていた宇迦さんが、ふわりと手で弧を描く。その動きに合わせるように霧が現れ、それはあっという間に舞台上に広がり、やがて周りの観客までも包んでいった。立ち込めた霧は色を持ち、演じている当時の時代の背景へと周囲の光景を変えていく。
「狐は、化かすのが得意なんだ」
私にだけ聞こえるように、宇迦さんは囁いた。
「なにこれ、すごい!」
「演出凝ってんじゃん! プロジェクションなんとかってやつ!?」
観客は演出として受け取っているようで、私が言葉に詰まったことなど気にも留めていない。観客の興奮が冷めやらぬうちに、私はようやく掘り起こした言葉を口にした。
「『私の巫女としての力を使えば、あの龍を退治することも可能でしょう』」
私の周りを漂ってきた霧が、ふわりと形を変え狐の姿を象る。その緋色の毛並みと、普通の狐にはない紋章は、おそらく式神である宇迦さんの本来の姿だった。そっと霧の狐を撫でると、狐は応えるように尻尾を揺らす。
せっかく宇迦さんが用意してくれた最高の舞台装置。無駄にするわけにはいかない。
「『私が生贄のふりをして、龍の懐に潜り込みます』」
「『待ちなさい、みすず!』」
「『今こそ、故郷への恩を返す時なのです』」
そこからは、本当にみすずさんの人生を追体験しているような心地だった。宇迦さんの術でただの張りぼての龍は瑞々しい鱗を持つ姿へと変わり、襲ってくる猪川さん演じる雷神からは本物の稲妻のような閃光がバチバチと辺りに走った。
雷光を纏った矛は龍を切り裂き、流れた血は川を作る。霧にできた川が観客の上をさらさらと流れていき、夢見心地で観客たちは小さな歓声を上げた。
「『裂けた身体は巨大な石となり、その石をご神体として、龍神の怒りを鎮めようと三つの社が建てられました。そのひとつが、この、たちばな商店街に……』」
語り部による締めの台詞。しかし、言葉はふいに途切れる。
「どうしたの……」
「牛尾もまさか、無理してたんじゃ……」
舞台袖で一緒に見守っていた真昼くんがぼそりと呟き、改めて宇迦さんを見遣った。
舞台袖から見る宇迦さんの顔からは血の気が失せて真っ青だ。胸を抑える手は青白く、立っていることさえ苦しそうに見える。
その時、時間がないと言っていた宇迦さんの言葉が蘇った。
──……僕も元はただの式神なんだよ。今はまだ、みすずさまが残してくれた霊力と、みすずさまの家族が作ってくれた祠への信仰で身体を保てているけど。それもぎりぎりなんだよ。
これだけの人に幻覚を見せ続けるために、どれだけの力を要したのだろう。ぎりぎりだと言っていた状態で、それは彼にどれだけの負荷をかけたのか。
「……っ!」
アドリブでも何でもいい。とにかく、ここまでもたせた宇迦さんの舞台をどうにか終わらせなければ。それはきっと、和泉さんの信仰へと繋がる、と信じているから。
舞台へと駆けあがり、彼の横へと並び立つ。後ろから支えるように身体を掴めば、残り火のような心許ない宇迦さんの瞳が私を見上げた。
観客の上で揺蕩う川はぐにゃりとひしゃげ、今にも消えかけている。しかし、死んだはずのみすずさんが出てきて、観客は川よりも私へと視線を向けていた。
「『彼は、私との約束なんて関係ないのかもしれない』」
これは舞台だ。死んだ人が喋ったって、それは演出として魅せられるはず。
「『でも、まだ彼はここにいる。川が埋められてどれだけ姿が変わろうと、ずっとずっとこのたちばなの街で彼は好きに生きている。気まぐれにこの街と人を愛してる』」
金のため、と言いながら和泉さんは一度たい焼きを買いにきてくれたお客さんのことは忘れない。そんな彼が、これからも好きに生きていけるように……
「『どうか、見えなくなっても忘れないでほしい。この街で生きた私たちを』」
「君……」
宇迦さんは、ひどく尊いものを見るように私を見つめた。見開いた瞳いっぱいに私を映しだし、じわりとその輪郭が霞んでいく。
その瞬間、風が渦のようになって辺りに吹き荒れた。宇迦さんの霧は吹き飛ばされ、集まった観客からは小さな悲鳴が漏れる。宇迦さんとその場にしがみつく間もなく、風によって宙へと舞い上げられた。
次に目を開いた時には自分が一瞬どこにいるのか分からず、必死に辺りへと視線を彷徨わせる。
手が届きそうな距離にある雲。はるか眼下に見えるたちばな商店街の街並み。そして自分が乗っているそれは、黒い鱗が連なるまさに龍だった。蛇のように身体をうねらせながら優雅に空を飛んでいく姿は、まさに宇迦さんの幻覚で見た龍の姿だった。
羽鳥くんの操る龍に、宇迦さんの語り部。やがて、自分の番がやってくる。
「行ってらっしゃい」
真昼くんの激励を含んだ声が私の背中を押す。舞台へ続く階段を上っていき、セットの中へと飛び込んだ。
みすずさんは龍に怯えて転んだ語り部の元へと駆け寄っていく。駆け寄って、最初の台詞だ。私の台詞は……
その時、観客の中から頭ひとつ飛び出た和泉さんの顔が見えた。いや、見えてしまった。
向こうも驚いているが、冷静になれば私だって今の状況は信じられないだろう。和泉さんなら、宇迦さんのことだって見れば分かるはず。というか、自分の伝説を元にした舞台って最初に聞いた時は興味なさそうだったのに、ひとりで見に来てることにも驚いた。
そうして、一瞬にして様々な思考が駆け抜けていった。その言葉の濁流に、言うべきはずの台詞が埋もれてしまう。こちらに向けられるたくさんの目に、頭が、真っ白になる……──
「覚悟を決めたんだよね? “みすずさま”」
「!」
私に身体を支えられていた宇迦さんが、ふわりと手で弧を描く。その動きに合わせるように霧が現れ、それはあっという間に舞台上に広がり、やがて周りの観客までも包んでいった。立ち込めた霧は色を持ち、演じている当時の時代の背景へと周囲の光景を変えていく。
「狐は、化かすのが得意なんだ」
私にだけ聞こえるように、宇迦さんは囁いた。
「なにこれ、すごい!」
「演出凝ってんじゃん! プロジェクションなんとかってやつ!?」
観客は演出として受け取っているようで、私が言葉に詰まったことなど気にも留めていない。観客の興奮が冷めやらぬうちに、私はようやく掘り起こした言葉を口にした。
「『私の巫女としての力を使えば、あの龍を退治することも可能でしょう』」
私の周りを漂ってきた霧が、ふわりと形を変え狐の姿を象る。その緋色の毛並みと、普通の狐にはない紋章は、おそらく式神である宇迦さんの本来の姿だった。そっと霧の狐を撫でると、狐は応えるように尻尾を揺らす。
せっかく宇迦さんが用意してくれた最高の舞台装置。無駄にするわけにはいかない。
「『私が生贄のふりをして、龍の懐に潜り込みます』」
「『待ちなさい、みすず!』」
「『今こそ、故郷への恩を返す時なのです』」
そこからは、本当にみすずさんの人生を追体験しているような心地だった。宇迦さんの術でただの張りぼての龍は瑞々しい鱗を持つ姿へと変わり、襲ってくる猪川さん演じる雷神からは本物の稲妻のような閃光がバチバチと辺りに走った。
雷光を纏った矛は龍を切り裂き、流れた血は川を作る。霧にできた川が観客の上をさらさらと流れていき、夢見心地で観客たちは小さな歓声を上げた。
「『裂けた身体は巨大な石となり、その石をご神体として、龍神の怒りを鎮めようと三つの社が建てられました。そのひとつが、この、たちばな商店街に……』」
語り部による締めの台詞。しかし、言葉はふいに途切れる。
「どうしたの……」
「牛尾もまさか、無理してたんじゃ……」
舞台袖で一緒に見守っていた真昼くんがぼそりと呟き、改めて宇迦さんを見遣った。
舞台袖から見る宇迦さんの顔からは血の気が失せて真っ青だ。胸を抑える手は青白く、立っていることさえ苦しそうに見える。
その時、時間がないと言っていた宇迦さんの言葉が蘇った。
──……僕も元はただの式神なんだよ。今はまだ、みすずさまが残してくれた霊力と、みすずさまの家族が作ってくれた祠への信仰で身体を保てているけど。それもぎりぎりなんだよ。
これだけの人に幻覚を見せ続けるために、どれだけの力を要したのだろう。ぎりぎりだと言っていた状態で、それは彼にどれだけの負荷をかけたのか。
「……っ!」
アドリブでも何でもいい。とにかく、ここまでもたせた宇迦さんの舞台をどうにか終わらせなければ。それはきっと、和泉さんの信仰へと繋がる、と信じているから。
舞台へと駆けあがり、彼の横へと並び立つ。後ろから支えるように身体を掴めば、残り火のような心許ない宇迦さんの瞳が私を見上げた。
観客の上で揺蕩う川はぐにゃりとひしゃげ、今にも消えかけている。しかし、死んだはずのみすずさんが出てきて、観客は川よりも私へと視線を向けていた。
「『彼は、私との約束なんて関係ないのかもしれない』」
これは舞台だ。死んだ人が喋ったって、それは演出として魅せられるはず。
「『でも、まだ彼はここにいる。川が埋められてどれだけ姿が変わろうと、ずっとずっとこのたちばなの街で彼は好きに生きている。気まぐれにこの街と人を愛してる』」
金のため、と言いながら和泉さんは一度たい焼きを買いにきてくれたお客さんのことは忘れない。そんな彼が、これからも好きに生きていけるように……
「『どうか、見えなくなっても忘れないでほしい。この街で生きた私たちを』」
「君……」
宇迦さんは、ひどく尊いものを見るように私を見つめた。見開いた瞳いっぱいに私を映しだし、じわりとその輪郭が霞んでいく。
その瞬間、風が渦のようになって辺りに吹き荒れた。宇迦さんの霧は吹き飛ばされ、集まった観客からは小さな悲鳴が漏れる。宇迦さんとその場にしがみつく間もなく、風によって宙へと舞い上げられた。
次に目を開いた時には自分が一瞬どこにいるのか分からず、必死に辺りへと視線を彷徨わせる。
手が届きそうな距離にある雲。はるか眼下に見えるたちばな商店街の街並み。そして自分が乗っているそれは、黒い鱗が連なるまさに龍だった。蛇のように身体をうねらせながら優雅に空を飛んでいく姿は、まさに宇迦さんの幻覚で見た龍の姿だった。
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