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1話 婚約破棄されてしまったようです
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「もう限界だ! 前々から言おうと思っていたが、フェリシア。 君との婚約はもうなかったことにする!」
華奢なワイングラスと、その鮮やかな紅の水面に、豪華に着飾った世界を反転して繊細に映し出す赤ワインとが調和した、大変煌びやかで眩しい空間にて、彼、ウィズリー=バトラーはその婚約者、フェリシア=フローレスに対して怒号した。そのために、華々しいパーティー会場の雰囲気は一変、重々しい修羅場の空気に変化してしまった。
会場の客人たちは、時が止まったかのように表情を固め、その場で静止している。
「分かるかい、はっきり言って君は邪魔なんだよ、いつもいつも。 いったいどれだけ私を苦労させれば気が済むんだい」
フェリシアは唖然とした表情でウィズリーの言葉を聞いている。ウィズリーは、静寂にこの空間の支配を許すまいとするように、言葉を続けた。
「だいたい、なんだいその汚らしい服装は。 まるで奴隷のようではないか。 自らの身だしなみすらまともに整えられないのか」
確かにフェリシアの衣装には、至る所に泥を拭き取ったかのような汚れがあった。しかしそれは宴の始まる直前、この会場を部外者から守護するために、彼女が結界を庭へ張りに行ったときに付着したものであった。
結界の力は時間と共に弱まってしまうため、結界を張るのは宴の開始時刻の直前が最も好ましい。そのため、フェリシアには衣装に付着した汚れを完全に洗い流す時間の余裕などあるはずなかった。
そして、フェリシアに結界を張ってくるよう命じたのはウィズリー本人であった。
「私の婚約者として、常に美しく居ようという努力が微塵も感じられない。 君のそんな怠惰なところが大嫌いなんだよ、昔からずっと。 君のように愚かな女は滅びてしまえばいい! おい、なんとか言ったらどうだフェリシア!」
ウィズリーは熱くなっていた。目の前の彼女に、自分の怒りの感情を全て注ぎこんでいた。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいなバトラー卿。 このような場でそのような厳しい言葉をかけては、フローレス殿があまりに可哀想ではありませんか」
そんなウィズリーを治めにいったのは彼の現恋人であり、一流貴族ファーレン家の御令嬢、セレリア=ファーレンだった。
そしてセレリアは「しかし」と続けた。
「ライン卿、オルグレン卿、レストン卿をはじめ、さもざまな高位の方々がお見えになるこの会場で、そのような醜い衣装を身に纏うとは、ウィズリーの婚約者として、また気高き貴族としてあまりふさわしくないように思います」
そう語るセレリアは、どことなく笑いを堪えているように見えた。
そのとき初めて、フェリシアは口を開いた。
「あなたは……私が今日着ている服だけを見て婚約を解消するというのですか? ウィズリー」
「いいや、そうじゃない。 このことも含めた、君の怠惰なところ、努力を怠るところ、細かい気配りができないところに、私はもう我慢がならないのだ。今までは、こんなことを言ったら君は傷ついてしまうだろうと思い口にこそ出さなかったが、もういい。 もはや君は必要ではない。 出て行ってくれたまえ。 今すぐに」
「ちょっと待ってください。 私がいつ、どこでそんな──」
「黙れ! お前は私の婚約者として十分な存在では無かった。 ただそれだけだ! 安心しろ、お前の代わりならここにいる」
そう言うとウィズリーはセレリアの腰に手をまわした。ウィズリーもセレリアも、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「──そうですか。 しかし納得がいきません。 なぜ──」
「これ以上口答えするようならば強制的に出て行ってもらうことになりますよ? ねぇウィズリー」
「そうだな愛しのセレリアよ。 フェリシア、とっとと私の視界から消えてくれ」
「理解できません! なぜですか! 今まで私は貴方にずっと一心で仕えてきたというのに──」
「仕方ない。 おい憲兵! この喚く豚をなんとかしろ」
ウィズリーの合図により、三人のスーツを着た男たちがドタバタとフェリシアのもとへ駆けつけ、縄で彼女を縛り上げたのち、彼女を会場の外へと荒々しく連れ出した。
フェリシアのいなくなったパーティー会場は水を打ったような静寂に包まれていた。
そしてその沈黙を最初に破ったのは、ウィズリーだった。
「皆さん、お騒がせいたしました。 このような形で宴を台無しにしてしまい、申し訳ございません。 この謝礼はまたいつか──」
バトラー家の御曹司ウィズリーがフェリシア=フローレスとの婚約を破棄し、新しくファーレン家の次女、セレリア=ファーレンと婚約を結んだ、という事実は、瞬く間に国内全領土に、信憑性のある噂として広まっていった。
華奢なワイングラスと、その鮮やかな紅の水面に、豪華に着飾った世界を反転して繊細に映し出す赤ワインとが調和した、大変煌びやかで眩しい空間にて、彼、ウィズリー=バトラーはその婚約者、フェリシア=フローレスに対して怒号した。そのために、華々しいパーティー会場の雰囲気は一変、重々しい修羅場の空気に変化してしまった。
会場の客人たちは、時が止まったかのように表情を固め、その場で静止している。
「分かるかい、はっきり言って君は邪魔なんだよ、いつもいつも。 いったいどれだけ私を苦労させれば気が済むんだい」
フェリシアは唖然とした表情でウィズリーの言葉を聞いている。ウィズリーは、静寂にこの空間の支配を許すまいとするように、言葉を続けた。
「だいたい、なんだいその汚らしい服装は。 まるで奴隷のようではないか。 自らの身だしなみすらまともに整えられないのか」
確かにフェリシアの衣装には、至る所に泥を拭き取ったかのような汚れがあった。しかしそれは宴の始まる直前、この会場を部外者から守護するために、彼女が結界を庭へ張りに行ったときに付着したものであった。
結界の力は時間と共に弱まってしまうため、結界を張るのは宴の開始時刻の直前が最も好ましい。そのため、フェリシアには衣装に付着した汚れを完全に洗い流す時間の余裕などあるはずなかった。
そして、フェリシアに結界を張ってくるよう命じたのはウィズリー本人であった。
「私の婚約者として、常に美しく居ようという努力が微塵も感じられない。 君のそんな怠惰なところが大嫌いなんだよ、昔からずっと。 君のように愚かな女は滅びてしまえばいい! おい、なんとか言ったらどうだフェリシア!」
ウィズリーは熱くなっていた。目の前の彼女に、自分の怒りの感情を全て注ぎこんでいた。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいなバトラー卿。 このような場でそのような厳しい言葉をかけては、フローレス殿があまりに可哀想ではありませんか」
そんなウィズリーを治めにいったのは彼の現恋人であり、一流貴族ファーレン家の御令嬢、セレリア=ファーレンだった。
そしてセレリアは「しかし」と続けた。
「ライン卿、オルグレン卿、レストン卿をはじめ、さもざまな高位の方々がお見えになるこの会場で、そのような醜い衣装を身に纏うとは、ウィズリーの婚約者として、また気高き貴族としてあまりふさわしくないように思います」
そう語るセレリアは、どことなく笑いを堪えているように見えた。
そのとき初めて、フェリシアは口を開いた。
「あなたは……私が今日着ている服だけを見て婚約を解消するというのですか? ウィズリー」
「いいや、そうじゃない。 このことも含めた、君の怠惰なところ、努力を怠るところ、細かい気配りができないところに、私はもう我慢がならないのだ。今までは、こんなことを言ったら君は傷ついてしまうだろうと思い口にこそ出さなかったが、もういい。 もはや君は必要ではない。 出て行ってくれたまえ。 今すぐに」
「ちょっと待ってください。 私がいつ、どこでそんな──」
「黙れ! お前は私の婚約者として十分な存在では無かった。 ただそれだけだ! 安心しろ、お前の代わりならここにいる」
そう言うとウィズリーはセレリアの腰に手をまわした。ウィズリーもセレリアも、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「──そうですか。 しかし納得がいきません。 なぜ──」
「これ以上口答えするようならば強制的に出て行ってもらうことになりますよ? ねぇウィズリー」
「そうだな愛しのセレリアよ。 フェリシア、とっとと私の視界から消えてくれ」
「理解できません! なぜですか! 今まで私は貴方にずっと一心で仕えてきたというのに──」
「仕方ない。 おい憲兵! この喚く豚をなんとかしろ」
ウィズリーの合図により、三人のスーツを着た男たちがドタバタとフェリシアのもとへ駆けつけ、縄で彼女を縛り上げたのち、彼女を会場の外へと荒々しく連れ出した。
フェリシアのいなくなったパーティー会場は水を打ったような静寂に包まれていた。
そしてその沈黙を最初に破ったのは、ウィズリーだった。
「皆さん、お騒がせいたしました。 このような形で宴を台無しにしてしまい、申し訳ございません。 この謝礼はまたいつか──」
バトラー家の御曹司ウィズリーがフェリシア=フローレスとの婚約を破棄し、新しくファーレン家の次女、セレリア=ファーレンと婚約を結んだ、という事実は、瞬く間に国内全領土に、信憑性のある噂として広まっていった。
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