婚約していたのに、浮気され虐められた底辺貴族、実は 姉＝聖女 弟＝最強の魔術師 で、王政そのものをぶっ潰すようです

２話 夜の更けた頃の御伽話（１）

　深夜。ほの明るい月光が静寂に包まれた森の洋館を淡く照らし出している。その洋館の古びた玄関に一歩、二歩と歩み寄る、ひとつの人影があった。
　その人影は扉の前で立ち止まり、ドン、と一度ノックをした。

　その物音を聞いた、屋敷の中にいた人間──この地域一帯を治める領主である──テヴィン＝フローレスは、手に持っていた本と飲みかけのコーヒーを置き、ゆっくりと立ちあがった。

　──こんな夜更けに、一体誰だろうか。

　ささやかな不信感を持ちつつ、護身用の猟銃を戸棚から取り出して、彼はいそいそと玄関の方へ向かった。

「──どなたでしょうか？」

　扉を解錠する前に、板一枚挟んだ向こう側の相手の身元を確認する。

　返事は、一呼吸の間が置かれた後に帰ってきた。

「……私です……お父様……助けて……くだ……さい……」

　その美しく、されど掠れた弱々しい声を聞いたテヴィンは、慌てた様子で急いで扉の鍵を開けた。
　森の人影は戸の内側に倒れ込み、ランプの光を受けてその正体を表した。

「──フェリシア⁉︎」

　そこには、王都で開かれた貴族の宴にて大々的に婚約を解消された、フェリシア＝フローレスの荒んだ姿があった。