へたれ魔王は倒せない!

綾坂キョウ

文字の大きさ
14 / 25

第十三話 王子の暇つぶし

しおりを挟む
 馬車の旅は、概ね平和であった。食事をいちいち立ち寄った町や村で賄ったり、多すぎる馬車を停める場所に困ったりなど、些少の不便はあったが、それはまあ想定内である。

 エネトたちも、旅には概ね満足している様子だった。途中、王都くらいでしか食べられないようなものをねだったり――北方でしか飼育されないヤム山羊のミルクで作ったチーズなど、街道の小さな食堂でごねられても困る――、農村の質素な食事に文句をつけたりということはあったが――「鳥の餌が混ざっているぞ」と雑穀の粥を前に大声を出したときには、店主への言い訳に苦労した――、まぁそれも想定内と言えば、想定内だった。

 だがそのために多少の足留めをくらうはめになり、日程は少し遅れがちだった。そして遅れたぶんだけ、時間をもてあましたエネトが、また妙なことを思いつく。


「どこかに、悪人はいないのか」


 窓の外を眺めながら、鼻唄まじりにそんなことを言い出したのは、間際の森まであと一日というところでだった。


「やはりな。王家の一員ともあろう者、民草の役に立たんとな。民は王室に尽くすが、王室は民のためにこそあるものだからな」

「それは立派なお心がけです」


 ノアは心からその言葉に頷き、そしてまた心から、先程の不穏な言葉は流されてくれないものかと願った。しかし、エネトは続ける。


「その、王室にとっても大切な民をだな、虐げる悪人があれば、それは退治するのが道理であろう」

「そういうことは、殿下が直接手を下されませんでも、国中の騎士団が日夜任務に励んでおりますので」

「おい、シオ。ノアはボクを、物知らずの馬鹿だと思っているようだぞ。騎士団の任命権と統率権が、いったい誰にあると思っているのか」

「違いますよー。ノア様は、殿下のことを『物知らずの馬鹿』じゃなくて、『余計な問題を起こしそうな馬鹿』だと思ってるだけですよー」


 フォローなのかそうでないのか、よく分からないことをシオンが告げるのに、ノアは頭を抱えた。


「殿下を馬鹿だなどと、そんなこと」

「『余計な問題を起こしそう』だとは思っているのだな? 正直者め」


 エネトがからからと笑い、再び外を見る。


「安心しろ。ボク自ら、戦おうとするわけないだろう? ショーを見物できれば、それで満足だ」


 つまりは、ノアやシオンが悪人と戦う様を、高みの見物で楽しみたいと、そういうわけか。


「まぁまぁノア様。ここは街中じゃないですし。殿下の眼鏡にかなうような悪人も、そうそういませんよ」


 シオンが呑気に言うのを聞いて、「確かに」とは思う。もしここが街道でなく街中だったなら、エネトのことだ、通りを行く老若男女に難癖をつけ、悪人にしてしまいかねない。

 その幸運に感謝し、間際の村につく前に、エネトの中でブームが終わることを祈るばかりだ。

 しかし。


「お。あれはなかなかの悪人面じゃないか?」


 それから然程もしないうちに、窓の外を見ていたエネトが嬉々として言う。


「おまえらも見てみろ」

「はぁ……」


 気が進まないノアより先に、シオンが身を乗り出して外を見る。


「あらー。ほんと、確かに悪そーな顔」


 あっさりと認めるシオンの言葉に、エネトが「そうだろう」と鼻を高くする。シオンは窓から離れると、さも当然な仕草でノアに場所を譲ってきた。仕方なく、ノアも窓を覗く。


「……あれですか」


 二人が言っていることは、見ればすぐに分かった。旅装の男が二人、こちらに向かって歩いてくる。そのうち一人はスキンヘッドで、腰には剣を帯びていた。


「まぁ……確かに、人相は宜しくありませんが」

「なにを言ってる。人間、見た目で判断されるのは周知のこと。それを、あんな見るからに悪そうなスキンヘッドにしているなど、そう見られたいからであろう」

「極端ですねぇ」


 呑気に笑いながら、シオンが狭い馬車の中で伸びをする。


「シオン……?」

「まぁ、少なくとも武器は持ってる相手みたいですし。捨て置いて、殿下にあとでうるさくされてもめんどくさいんで、わたしちょっと行ってきますよ。あ、馬車は離れたところに停めといてくださいね」


 言うなり、シオンは乗車席の扉を開け、ひょいと軽率な動作で飛び降りた。


「シオン!」


 ノアが慌てて扉から顔を出すと、シオンは片膝をつき、無事着地したところだった。ノアたちの馬車を後追いしている他の馬車が、その後ろを通り過ぎ、砂煙を上げるのに噎せ込みながら立ち上がるのが見える。


「おもしろい。見えやすいところで停めさせろ」

「殿下」


 さすがに嗜めるつもりで呼ぶが、エネトは正にどこ吹く風だ。「心配あるまいよ」と笑い、開いた扉からシオンたちの方を見つめてる。


「奴はあれで、なかなかやるもんだ」

「それは……存じておりますが」


 スキンヘッドの男らは、目を見開いてシオンを見ていた。走る馬車から、女が飛び降りたのだから当然だ。

 馭者が馬車を、道の端に停める。エネトは降りもせず、にやにやと様子を見つめている。エネトを一人にするわけにもいかず、ノアもその場から成り行きを見守る。

 最初に仕掛けたのはシオンだった。ここまでやりとりが聞こえる訳もなかったが、それにしても何か会話を交わしたようにも見えないまま、シオンは深いスリットからすらりとした脚を覗かせて、大股で男らに駆け寄る。

 男らが、明らかに動揺した顔を見せる。シオンはナイフよりも更に短い暗器を、太もものガーターベルトから両手にそれぞれ取り出すと、スピードを緩めることなく男らに肉薄した。

 反応したのは、スキンヘッドだった。剣を抜き、寸のところで、顔面に向かって迫る暗器を弾く。


「な――にすんだ急に、この女ぁッ」


 スキンヘッドの怒鳴り声が、かすかに届く。それに、シオンがなんと答えたかまでは聞こえないが――普段の彼女の言動から、大体、想像はついた。


『恨むなら、その悪人顔と髪型を恨んでくださいね』


 そのまま予備動作なしに、男の顎を蹴りあげる。最小限の動きで敵を打ち倒す戦法は、彼女の得意とするところだ。「アニキっ!」と、スキンヘッドの連れが叫ぶ。

 平衡感覚を失い、地に伏せたスキンヘッドに、シオンがなにかを話しかけている。それに対して、連れが腕をじたじたさせながら言い返し――やがて、静かになったところで、シオンがくるりとこっちを向いた。
 頭の上で腕をクロスし、バッテンを作る。


『悪人っていうのは勘違いでしたー』


 そんな気の抜けた笑顔に、ノアは肩を落とし、エネトは満足げに笑った。

※※※

 エネトの娯楽の被害にあったのは、間際の村からやってきたという、冒険者二人だった。


「間際の村には騎士団が設置されてないので、隣町まで行くところだったんです」


 二人はエネトらの身分を知ると、あっさりかしこまって平伏した。スキンヘッドは顎が腫れ上がり、痛々しいものの、いかにも慣れない口調ながら丁寧に続ける。


 「部下が勘違いをしすまなかったな」と、非をあっさりシオンに押しつけながら、エネトは笑った。


「それで。騎士団に、なんの用だ」

「それが……酒場の主人から、頼まれごとがありまして」


 躊躇いつつ、スキンヘッドがバンダナを巻いた連れを促す。バンダナが鞄から取り出したのは、一枚の紙だった。
 走り書きのような文面に、署名。ノアはそれを受け取ると眉を寄せた。


「『ごめんなさい。逃げます。探さないでください』……なんだこれは。〈東の魔王〉、だと?」


 呻くようなその声に、スキンヘッドが大きな身体を小さくする。


「実は……先日、店の中に落ちてたのを、酒場の店主が見つけたらしくて」

「いたずらじゃないんですかぁ?」


 もっともなことを、シオンが言う。


「魔王の手紙が……しかも、よりによってこんな内容のが、人間の村の酒場にあるなんて、おかしすぎですよ」

「まぁな」


 まったく、といった調子でノアも頷いた。手紙の内容自体おかしいものであり、落ちていた場所を考えれば眉唾も良いところである。


「それで、こんな不確かなものを、わざわざ隣町の騎士団まで?」


 声に呆れが含まれてしまったが、仕方あるまい。あまり隠そうともせず、ノアが確認すると、スキンヘッドは眉を寄せた。
 こちらへの不満か――と思えば、違うらしい。彼自身、首を傾げながら口を開く。


「酒場の店主が言うにはどうも、村を拓く際に、王家との約定があったそうで……魔王のことでなにかあれば、些細なことでもきちんと報告するようにと。そもそも、魔王の監視が、あの村が拓かれた元々の目的なんだそうで」


 おそらく、まだ魔王や魔物退治の気運が、今より盛んだった頃の話なのだろう。エネトをちらりと見ると、例の手紙をにやにやと眺めている。

 スキンヘッドは続けた。


「俺らとしても、そんな馬鹿みたいないたずらくらいほっとけと、そう思うんですがね。実は、瘴気の森に出る魔物に、実際異変がありまして」

「異変、ですか?」


 豊満な胸を支えるように腕を組んだシオンが、ちょこんと首を傾げる。打ち倒されておきながら、その仕草に呆けた顔で見とれていたスキンヘッドは、ハッとすると慌てて「はいっ」と頷いた。


「つい先日、森に入ったのですが、魔物の挙動がいつもと違い……。おかしいと思い撤退したんですが、村で話をしていると、同じ目にあった冒険者が何人もいて。みな、長年森に入っているベテランたちで、口をそろえておかしいと言うものだから、やはりなにかあったのかと……」

「挙動がおかしいと言うのは?」

「はぁ……戦い方が、別物みたいになっていて……簡単に言えば、強くなっているような、そんな感じで」

「強く……な」


 馬鹿馬鹿しいとは思うものの、現場で長年戦ってきた者たちが言っているのだとしたら、むげにはできない。いたずらのような手紙とどう関係あるのかは分からないが、なにかが起こっているのは確かなのだろう。


「……殿下。私が行って、調べて参ります。殿下たちは前の町に戻り、騎士団でお待ちください」


 ノアが頭を下げると、エネトの呆れ声が降ってきた。手紙をぺらぺらともてあそびながら、顔はにやりと笑っている。


「なにを言うか。ここまで来ておいて引き返すなど、選択肢にあるわけないだろう」

「しかし……魔物たちが強力化しているのだとしたら、危険です。それに、その手紙が本物ならば、そもそも魔王は城にいないということになります。だとしたら、殿下の目的も……」

「手紙は本物かもしれんし、偽物かもしれん。魔王が城にいなかったとしても、結局近くまでいかねば、なにも分からん。そもそも、魔王の城目指して来ておいて、危険もなにも今更だろう」


 それは確かにその通りで、ノアはぐっと言葉に詰まる。やれやれ、と首を振るのはシオンだ。


「ノア様、無理ですよー。殿下がワガママ言い始めたら、人の話なんて聞くわけないですし」


 「その通り」と、ワガママをあっさり認めてエネトがのたまう。


「魔王の失踪に、魔物の強化。下手したら、クーデターでも起こっているのかもしれん。便乗して、我らが城をのっとる隙すら、あるやもしれんぞ」

「それは……どうでしょうか」


 苦い顔で唸りながら、ノアは最早あきらめていた。平伏する冒険者たちも顔を見合わせ、戸惑った顔をしている。

 目的地の方向を見やると、思いの外、澄んだ青空が広がっており、ノアは旅の中で癖になりつつある溜め息を、また一つついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~

しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。 それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること! 8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。 どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ! 「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」  かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。 しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。 「今度こそ、私が世界を救って見せる!」 失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!   剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。 イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。 小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。

【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...