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終幕 心行くまで
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「リュース」
名前を呼ばれ振り返ると、エリシアが眉を吊り上げて立っていた。腕を組み、身体全体で怒りを表している。
「げ」
思わず、呻きながら寄りかかっていた木の影に隠れる。だが、すぐさまつかつか近づいてきたエリシアは、「げ、じゃないわよ! げ、じゃあッ!」と両手で叩いてきた。傍目にはじゃれているように見えるかもしれないが、基礎を叩き込まれているだけあり、的確に急所を突いてくる。
「まぁた、こんなとこでサボって! 片付け、あたしだけにやらせる気?」
「サボるもなにも、ほんとはおまえの引っ越しだろーが。こっちが手伝ってやってんだろ」
さすがに言い返すが、エリシアには全く効果がないようだった。ますます目尻をきつくして、太ももに蹴りまで入れてくる。
「か弱いお姉様一人に、残りを全部やらせようだなんて、冷たい仕打ちだと思わないのっ?」
「か弱いお姉様が、ヒトの足を蹴るんじゃねぇよ」
仕方なしに、残りの荷物を部屋まで運んでいくことを了承してやる。
今日は、エリシアの引っ越しだった。とは言っても、義父母の家がある街の中での引っ越しだ。あまり遠くには住みたくないと、エリシア本人が考えてのことだった。引っ越し先がアパートメントの二階であるため、残りの大物を運ぶのは、少し骨が折れそうだ。
遠くないうちに、エリシアは孤児院を開くことになった。そもそも、近所の孤児院へは昔からよく手伝いに行っていた。行き場のない子供のための居場所を作ることが、エリシアの夢だった。もとからある孤児院も、街の規模に比べれば施設が小さいため、受け皿が増えるのは歓迎しているらしい。
資金は、リュースがこれまで稼いだ賞金から出した。そこには、アレフィオスからしっかりとせしめた報酬も含まれている。エリシアは必ず返すと言ってきかないが、リュースにとってはどうでも良かった。
アレフィオスは――あの日から数日後。帰るリュースらを、引き留めはしなかった。ただ寂しそうな目を潤ませながら、小さく手を振って見送っていた。
「大の男が。最後まで、へたれのままだな」
そう、リュースが言うと、「なら、また鍛えに来てください」と少しだけ笑ってみせた。
その周りには、警護長をはじめとしてたくさんの魔物たちがいた。だからきっと――アレフィオスは大丈夫だろう。
そう思い、リュースも一回だけ手を振り返した。
「またな――アレフ」
そう呼ばれた魔王は、少しくすぐったそうに、小さくはにかんだ。
王子一行は、結局あのごたごたの中、すぐには帰ろうとせず、何故か客人としてしっかり一晩過ごしてから、次の日、堂々と帰って行った。アレフィオスも性格上、無下にはできず、丁重にもてなしていたため、どっちもどっちなのだろう。
エネトもシオンも、なに一つ気に素振りすら見せずマイペースに過ごしていた。魔物たちに囲まれながら、大したものだと言うべきか。ノアだけは始終、なにかを考えている素振りを見せていたが、帰り際にリュースの元へやって来て、「すまなかった」と頭をわずかに下げてきた。
「貴殿は、なまくらなどではなかったな」
「……俺は、なまくらで良いんだよ」
交わした会話は、それだけだった。それだけで、充分に思えた。
きっと、彼らは城に帰っても変わらない日々を過ごすのだろう。もう、リュースらとその線が絡むこともあるまい。見送りもせずに、たださっぱりとした別れとなった。
「こりゃ……どう考えても、一人じゃ無理だろ」
馬車から降ろしてあった、リュースの背丈よりも一回り大きなタンスを階段下の地面に置きながら、リュースは呻いた。アパートメントの二階へ続く階段は狭く急で、とてもではないが、一人で二階まで運べそうにない。
しびれを切らしたエリシアがまた降りてくるまで少し休むかと、リュースはタンスから離れて、先程の木陰に座り込んだ。柔らかに吹く風が心地よい。
「それで――君はどうするんだい」
唐突に聞こえた声に、不思議と驚きはしなかった。リュースが座る木の、その反対側に、誰かが寄りかかっているのが分かった。
「……さぁな」
髪の短くなった頭を掻きながら、リュースは素直に答えた。
「もう、そんなに金を稼ぐ必要もねぇしな。……ま、もうちょい休んで、またブラブラするさ」
もっとも、もう「勇者」をやるつもりはなかった。有無を言わさず魔物と戦うのは、今となってはさすがに引け目を覚える。少なくとも、あの森の魔物たちとは敵対できそうにもない。
「あの城に、残ろうとは思わなかったのかい?」
「それも、少しは考えたけどな……でも、俺の居場所はあそこじゃねぇって、分かったからな」
それに、と声に出さず思う。
リュースを救った「父」は、リュースに語りかけていた。
「広い世界を、心行くまで味わっているだろうか」と。
だったら、自分はきっと、それに応えるべきなのだろう。自分の身体の奥底に染みついた、「父」の分まで。
「そっか」
声が、楽しそうに頷いてみせる。もしかしたら、またこちらの心を読んだのかもしれない。問いただしたところで、意味もないだろうが。
「ならまた僕らは、何処かで出会うかもしれないね」
「そいつは……面倒そうだから嫌だな」
リュースが心から言うと、声はまたくすくすと笑う。
「残念だなぁ。僕は、君を買っているのに――」
現れたときと同じ唐突さで、気配は消えた。それを確認してから、深く、息を吐く。
「リュース! なにやってんのっ!?」
遠くから、エリシアの声と、階段を駆け降りる音がする。少しだけ笑って立ち上がると、また心地の良い風が吹き抜けた。
それは――何処へでも行けそうな自由さを孕んで、リュースの短い髪を撫でて行った。
『へたれ魔王は倒せない!』
終
名前を呼ばれ振り返ると、エリシアが眉を吊り上げて立っていた。腕を組み、身体全体で怒りを表している。
「げ」
思わず、呻きながら寄りかかっていた木の影に隠れる。だが、すぐさまつかつか近づいてきたエリシアは、「げ、じゃないわよ! げ、じゃあッ!」と両手で叩いてきた。傍目にはじゃれているように見えるかもしれないが、基礎を叩き込まれているだけあり、的確に急所を突いてくる。
「まぁた、こんなとこでサボって! 片付け、あたしだけにやらせる気?」
「サボるもなにも、ほんとはおまえの引っ越しだろーが。こっちが手伝ってやってんだろ」
さすがに言い返すが、エリシアには全く効果がないようだった。ますます目尻をきつくして、太ももに蹴りまで入れてくる。
「か弱いお姉様一人に、残りを全部やらせようだなんて、冷たい仕打ちだと思わないのっ?」
「か弱いお姉様が、ヒトの足を蹴るんじゃねぇよ」
仕方なしに、残りの荷物を部屋まで運んでいくことを了承してやる。
今日は、エリシアの引っ越しだった。とは言っても、義父母の家がある街の中での引っ越しだ。あまり遠くには住みたくないと、エリシア本人が考えてのことだった。引っ越し先がアパートメントの二階であるため、残りの大物を運ぶのは、少し骨が折れそうだ。
遠くないうちに、エリシアは孤児院を開くことになった。そもそも、近所の孤児院へは昔からよく手伝いに行っていた。行き場のない子供のための居場所を作ることが、エリシアの夢だった。もとからある孤児院も、街の規模に比べれば施設が小さいため、受け皿が増えるのは歓迎しているらしい。
資金は、リュースがこれまで稼いだ賞金から出した。そこには、アレフィオスからしっかりとせしめた報酬も含まれている。エリシアは必ず返すと言ってきかないが、リュースにとってはどうでも良かった。
アレフィオスは――あの日から数日後。帰るリュースらを、引き留めはしなかった。ただ寂しそうな目を潤ませながら、小さく手を振って見送っていた。
「大の男が。最後まで、へたれのままだな」
そう、リュースが言うと、「なら、また鍛えに来てください」と少しだけ笑ってみせた。
その周りには、警護長をはじめとしてたくさんの魔物たちがいた。だからきっと――アレフィオスは大丈夫だろう。
そう思い、リュースも一回だけ手を振り返した。
「またな――アレフ」
そう呼ばれた魔王は、少しくすぐったそうに、小さくはにかんだ。
王子一行は、結局あのごたごたの中、すぐには帰ろうとせず、何故か客人としてしっかり一晩過ごしてから、次の日、堂々と帰って行った。アレフィオスも性格上、無下にはできず、丁重にもてなしていたため、どっちもどっちなのだろう。
エネトもシオンも、なに一つ気に素振りすら見せずマイペースに過ごしていた。魔物たちに囲まれながら、大したものだと言うべきか。ノアだけは始終、なにかを考えている素振りを見せていたが、帰り際にリュースの元へやって来て、「すまなかった」と頭をわずかに下げてきた。
「貴殿は、なまくらなどではなかったな」
「……俺は、なまくらで良いんだよ」
交わした会話は、それだけだった。それだけで、充分に思えた。
きっと、彼らは城に帰っても変わらない日々を過ごすのだろう。もう、リュースらとその線が絡むこともあるまい。見送りもせずに、たださっぱりとした別れとなった。
「こりゃ……どう考えても、一人じゃ無理だろ」
馬車から降ろしてあった、リュースの背丈よりも一回り大きなタンスを階段下の地面に置きながら、リュースは呻いた。アパートメントの二階へ続く階段は狭く急で、とてもではないが、一人で二階まで運べそうにない。
しびれを切らしたエリシアがまた降りてくるまで少し休むかと、リュースはタンスから離れて、先程の木陰に座り込んだ。柔らかに吹く風が心地よい。
「それで――君はどうするんだい」
唐突に聞こえた声に、不思議と驚きはしなかった。リュースが座る木の、その反対側に、誰かが寄りかかっているのが分かった。
「……さぁな」
髪の短くなった頭を掻きながら、リュースは素直に答えた。
「もう、そんなに金を稼ぐ必要もねぇしな。……ま、もうちょい休んで、またブラブラするさ」
もっとも、もう「勇者」をやるつもりはなかった。有無を言わさず魔物と戦うのは、今となってはさすがに引け目を覚える。少なくとも、あの森の魔物たちとは敵対できそうにもない。
「あの城に、残ろうとは思わなかったのかい?」
「それも、少しは考えたけどな……でも、俺の居場所はあそこじゃねぇって、分かったからな」
それに、と声に出さず思う。
リュースを救った「父」は、リュースに語りかけていた。
「広い世界を、心行くまで味わっているだろうか」と。
だったら、自分はきっと、それに応えるべきなのだろう。自分の身体の奥底に染みついた、「父」の分まで。
「そっか」
声が、楽しそうに頷いてみせる。もしかしたら、またこちらの心を読んだのかもしれない。問いただしたところで、意味もないだろうが。
「ならまた僕らは、何処かで出会うかもしれないね」
「そいつは……面倒そうだから嫌だな」
リュースが心から言うと、声はまたくすくすと笑う。
「残念だなぁ。僕は、君を買っているのに――」
現れたときと同じ唐突さで、気配は消えた。それを確認してから、深く、息を吐く。
「リュース! なにやってんのっ!?」
遠くから、エリシアの声と、階段を駆け降りる音がする。少しだけ笑って立ち上がると、また心地の良い風が吹き抜けた。
それは――何処へでも行けそうな自由さを孕んで、リュースの短い髪を撫でて行った。
『へたれ魔王は倒せない!』
終
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