へたれ魔王は倒せない!

綾坂キョウ

文字の大きさ
25 / 25

終幕 心行くまで

しおりを挟む
「リュース」


 名前を呼ばれ振り返ると、エリシアが眉を吊り上げて立っていた。腕を組み、身体全体で怒りを表している。


「げ」


 思わず、呻きながら寄りかかっていた木の影に隠れる。だが、すぐさまつかつか近づいてきたエリシアは、「げ、じゃないわよ! げ、じゃあッ!」と両手で叩いてきた。傍目にはじゃれているように見えるかもしれないが、基礎を叩き込まれているだけあり、的確に急所を突いてくる。


「まぁた、こんなとこでサボって! 片付け、あたしだけにやらせる気?」

「サボるもなにも、ほんとはおまえの引っ越しだろーが。こっちが手伝ってやってんだろ」


 さすがに言い返すが、エリシアには全く効果がないようだった。ますます目尻をきつくして、太ももに蹴りまで入れてくる。


「か弱いお姉様一人に、残りを全部やらせようだなんて、冷たい仕打ちだと思わないのっ?」

「か弱いお姉様が、ヒトの足を蹴るんじゃねぇよ」


 仕方なしに、残りの荷物を部屋まで運んでいくことを了承してやる。

 今日は、エリシアの引っ越しだった。とは言っても、義父母の家がある街の中での引っ越しだ。あまり遠くには住みたくないと、エリシア本人が考えてのことだった。引っ越し先がアパートメントの二階であるため、残りの大物を運ぶのは、少し骨が折れそうだ。

 遠くないうちに、エリシアは孤児院を開くことになった。そもそも、近所の孤児院へは昔からよく手伝いに行っていた。行き場のない子供のための居場所を作ることが、エリシアの夢だった。もとからある孤児院も、街の規模に比べれば施設が小さいため、受け皿が増えるのは歓迎しているらしい。

 資金は、リュースがこれまで稼いだ賞金から出した。そこには、アレフィオスからしっかりとせしめた報酬も含まれている。エリシアは必ず返すと言ってきかないが、リュースにとってはどうでも良かった。




 アレフィオスは――あの日から数日後。帰るリュースらを、引き留めはしなかった。ただ寂しそうな目を潤ませながら、小さく手を振って見送っていた。


「大の男が。最後まで、へたれのままだな」


 そう、リュースが言うと、「なら、また鍛えに来てください」と少しだけ笑ってみせた。

 その周りには、警護長をはじめとしてたくさんの魔物たちがいた。だからきっと――アレフィオスは大丈夫だろう。

 そう思い、リュースも一回だけ手を振り返した。


「またな――アレフ」


 そう呼ばれた魔王は、少しくすぐったそうに、小さくはにかんだ。




 王子一行は、結局あのごたごたの中、すぐには帰ろうとせず、何故か客人としてしっかり一晩過ごしてから、次の日、堂々と帰って行った。アレフィオスも性格上、無下にはできず、丁重にもてなしていたため、どっちもどっちなのだろう。

 エネトもシオンも、なに一つ気に素振りすら見せずマイペースに過ごしていた。魔物たちに囲まれながら、大したものだと言うべきか。ノアだけは始終、なにかを考えている素振りを見せていたが、帰り際にリュースの元へやって来て、「すまなかった」と頭をわずかに下げてきた。


「貴殿は、なまくらなどではなかったな」

「……俺は、なまくらで良いんだよ」


 交わした会話は、それだけだった。それだけで、充分に思えた。

 きっと、彼らは城に帰っても変わらない日々を過ごすのだろう。もう、リュースらとその線が絡むこともあるまい。見送りもせずに、たださっぱりとした別れとなった。




「こりゃ……どう考えても、一人じゃ無理だろ」


 馬車から降ろしてあった、リュースの背丈よりも一回り大きなタンスを階段下の地面に置きながら、リュースは呻いた。アパートメントの二階へ続く階段は狭く急で、とてもではないが、一人で二階まで運べそうにない。

 しびれを切らしたエリシアがまた降りてくるまで少し休むかと、リュースはタンスから離れて、先程の木陰に座り込んだ。柔らかに吹く風が心地よい。


「それで――君はどうするんだい」


 唐突に聞こえた声に、不思議と驚きはしなかった。リュースが座る木の、その反対側に、誰かが寄りかかっているのが分かった。


「……さぁな」


 髪の短くなった頭を掻きながら、リュースは素直に答えた。


「もう、そんなに金を稼ぐ必要もねぇしな。……ま、もうちょい休んで、またブラブラするさ」


 もっとも、もう「勇者」をやるつもりはなかった。有無を言わさず魔物と戦うのは、今となってはさすがに引け目を覚える。少なくとも、あの森の魔物たちとは敵対できそうにもない。


「あの城に、残ろうとは思わなかったのかい?」

「それも、少しは考えたけどな……でも、俺の居場所はあそこじゃねぇって、分かったからな」


 それに、と声に出さず思う。
 リュースを救った「父」は、リュースに語りかけていた。


「広い世界を、心行くまで味わっているだろうか」と。


 だったら、自分はきっと、それに応えるべきなのだろう。自分の身体の奥底に染みついた、「父」の分まで。


「そっか」


 声が、楽しそうに頷いてみせる。もしかしたら、またこちらの心を読んだのかもしれない。問いただしたところで、意味もないだろうが。


「ならまた僕らは、何処かで出会うかもしれないね」

「そいつは……面倒そうだから嫌だな」


 リュースが心から言うと、声はまたくすくすと笑う。


「残念だなぁ。僕は、君を買っているのに――」


 現れたときと同じ唐突さで、気配は消えた。それを確認してから、深く、息を吐く。


「リュース! なにやってんのっ!?」


 遠くから、エリシアの声と、階段を駆け降りる音がする。少しだけ笑って立ち上がると、また心地の良い風が吹き抜けた。

 それは――何処へでも行けそうな自由さを孕んで、リュースの短い髪を撫でて行った。









『へたれ魔王は倒せない!』

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~

しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。 それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること! 8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。 どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ! 「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」  かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。 しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。 「今度こそ、私が世界を救って見せる!」 失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!   剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。 イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。 小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。

【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...