千切れた心臓は扉を開く

綾坂キョウ

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第三章 バケモノ

3-3 体育

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 自分に向かって飛んでくるボールを認識した瞬間、美邑の身体は勝手に動いていた。
 体育館を区切り、女子はバレーボール、男子はバスケットボールというのが、今日の体育の授業だった。

 ボール競技は苦手だ。チームプレーのための、細かな力加減や方向性を意識しながら、身体を動かさなければならない。

 飛んできたボールに対して膝を軽く曲げ、両腕は内側を上に向けて肘を伸ばす。ボールの弾みに合わせて腕を上下させ、相手の陣地まで飛んで行かずとも、味方の陣地に落ちれば、仲間が受け止めてくれる。その程度の力加減が好ましいはず――だったのだが。

 おそらく、ぼんやりしていた部分はあったのだろう。昨日のことは常に頭にあって、男の言葉はリフレインしていた。

 美邑の弾いたボールが体育館の高い天井まで思いきり飛んでいき、跳ね返ったそのままの勢いで地面に戻ってきて悲鳴が上がったときには、さすがにまずいと感じた。幸い人には当たらず、もう一度他の壁に当たり勢いが弱まったところで、ボールは回収されたが。


「川渡さん、力あるんだねー」


 驚いた顔で笑うチームメイトに半笑いを返すと、見学チームの中でこちらを見ている澤口が視界に入った。驚いたり笑ったりしているクラスメイトの女子たちの中で、彼女は瞬きもせず、美邑を凝視していた。その口が、極々小さく動く。


「化け物」


 聞こえもしない言葉が、脳内で補完される。澤口は隣の女子に話しかけられると、すぐに表情を変えて、談笑し始めた。音のない声が耳にべたりと張りついたような気がして、美邑は右手でそっと耳に触れた。


「川渡さーん、ボール行くよ!」


 チームメイトの言葉にハッとし、慌てて顔を上げる。伸ばした手もむなしく、今度のボールは美邑に触れることもなく、コート内のぎりぎりに落ちて点を奪っていった。
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