Another Dystopia

PIERO

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2033年 6月 作戦決行(下)

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 チープハッカー否、ノアがゆっくりと歩みを始める。恐怖のあまり私は何をすればいいのか考えることができなかった。
 アカネは私の様子を見て舌打ちをする。嘉祥寺は私に何か叫んでいるが、一切聞こえない。
 そしてそのままノアは私たちの前に立ち、

「…え?」

 何が起きたのか理解できなかった。何もできずに殺される。そう思ったが、何もせずにそのまま立ち去っていくことに私は違和感を感じた。
 そのリアクションにノアは耐え切れなかったのか目元を隠して大声で笑った。

「ハハハハハ!君はいい表情をしてくれる。サイコウだ」

「…どういうこと?あなたは私たちを殺すつもりじゃなかったのかしら?」

「ああ、そうだな。そういったな。
だけど、別に俺が手を下す必要性は無いだろう?
元々、この作戦で俺の正体はばれる。それが早まっただけの話だ」

 だが、とノアは話を続ける。

「それに、君たちはもう詰みだ。俺がどうこうしたところで結果は何も変わらない。
つまり、君たちは死ぬ運命ということは変わらない。
そして、これがそのスイッチだ」

 ノアは私の携帯機を見せつける。直後、私はポケットを探る。しかし、入っていたはずの携帯機がなくなっていた。
 あの一瞬のすれ違いで携帯機を盗んだということを即座に理解すると私の顔色が変わる。そしてそれは嘉祥寺も同様だった。

「青ざめたな?
じゃあ、ゲームを始めようか。君たちが生き残るか否か。ベットは君たちの命だ」

 私は駆け出してたしかし、既に手遅れだった。ノアは私の携帯機を使ってボタンを操作する。
 そして作戦第二段階の完了を送信する。

「やられたな…」

 嘉祥寺が呟く。するとノアは悠々とこの場から去る瞬間、最後に一言呟いた。

「君たちも弁田くんのように俺の想像を超えて見せてくれ。また会えることを期待しないで待っているよ。
では、ゴキゲンヨウ」

 気が付くとノアの姿は消えていた。この場に残ったのは何もできなかったという結果、私たちの無力感と作戦が決行されてしまったという事実だけだった。



「赤沢殿。よくぞ我らの手を貸してくれた。感謝する」

「いえいえ、わしもあなた方FRの力を借りれるのは非常に心強い」

 客間で話し合っていた赤沢は注意深くFRの男と酒を交わす。話を聞く限り、目の前の眼帯の男はFRの人類守護派の創始者に当てはまる人間らしい。
 印象はわしと同様に最悪。傲慢極まったこの人物が何故組織を運営できたのかすら理解できない。きっと人類守護派の参謀が何とかまとめている状態なのだろう。そう結論を出し、くだらない雑談をする。

「そういえば赤沢殿。例のものはあるな?」

「ああ、持ってきている。おい、持ってこい」

 部下に厳重に密封している危険物を眼帯の男に見せる。すると満面な笑みでそれを受け取ろうとするが、即座にその箱をわしの手元に引き寄せる。すると、勢いよく立ち上がり先ほどの表情と一変し、鬼の形相になった眼帯の男は怒鳴り始める。

「どういうことだ?てめぇ説明しろよ」

「ただで渡すなぞ、言うていたか?
そもそも、わしの約束を忘れてもらっては困る。これを渡すのはわしの約束を果たしてから。それが道理というものだろう」

「…ああ、そういうことか。
なら、その道理はちゃんと通さないとな」

 怒りから納得。喜怒哀楽が激しいこの男は理由に納得したのか、ドスンと乱暴に座る。
 だが、と眼帯の男は話を続ける。

「ぶつはちゃんと確認すべきだろう。
万が一、別のものだった場合はそれこそ、ちゃんと落とし前をするべきだろう」

「まあ、一理ある」

 くいっと指を曲げると付き人の一人が箱を開け、中身を取り出す。中身は金属、プルトニウムの塊である。天然物を手に入れるにはかなり時間や手間がかかったが、満足そうに眼帯の男はその金属を見る。

「確かに本物だな」

「わかるのか。正直に言ってわしは専門外故、金属など、同じように見えてしまうのだが…」

「この組織に入る前、俺はそういう金属を扱っていた。最も、そのおかげで片目が失明したが」

 眼帯をめくるとそこには火傷の痕跡が刻まれていた。わしはそうかとだけ呟き、酒を飲みつつ、もう一つのことを考え始める。

(わしを嫌っている輩がそろそろ突撃してくる頃合いだと思うが…やけに遅いな)

 真のわしの計画の目的は、わしの派閥の人間以外の誰かがこの場を目撃し、一斉に粛清される。そうすることでこの組織に住まうであろう癌を取り除くことができる。無論、わしの直属の部下には既に話を通しており、愚かだがわしと一緒に粛清を受ける心意気だ。

「さて、赤沢殿。早速だが、天辺を取りに行く作戦について聞かせてくれ」

 眼帯の男が話をかけてきた途端、廊下から騒がしい足音が響き渡る。ようやくかと安堵した途端、現れたのはわしの部下だった。眼帯の男はイラついたように大きな音で舌打ちをする。

「何だお前?俺の気分を台無しにする気か?」

「申し訳ありません!緊急の要件故、会合の途中に参加させていただきました!」

 わしの部下の様子を見る限り、全身に汗を流し、相当息を切らしている。その様子からただ事ではないことを察した。

「それで、何があった?」

「FBIが突入してきました!お逃げください!」

 その言葉を聞き、わしと眼帯の男は驚きを隠せなかった。



「それじゃあ、あいずもきたしぃ~、とつにゅうするよぉ~」

 武装した鮫島は部下を引き連れて小林組の敷地内に突入する。門番をしていた輩に対しては既に無力化されている。
 真剣な表情で制圧をしていく最中、たった一人だけ遠足気分の人物に呆れていた。

「某を勝手に外に置いた落とし前をつけてやるざんす!
手始めにこの建物を破壊してやるざんす!」

「それやったら~きみをたいほすることになるけどいいのかねぇ~」

「親友の家なら何ら問題ないざんす!」

「いや、ありありだよぉ~。それをやったからきみはさっきおいだされたんでしょうがぁ~」

 しかし、堀田の破壊工作のおかげで作戦が順調に進んでいるのもまた事実。意図してかあるいは偶然なのか知らないが、小林一家に入った時に退路として使う道が全て潰されていた。元々そこに何人か人員を割く予定だったが、その必要がなくなった。そのおかげもあって、制圧が予定以上に早く行える。

「ほんぶぅ~。どれくらいせいあつできたかい?」

『現在四十パーセントです。我々の見込みよりも敷地がかなり広いです』

「そうかぁ~。それはちょっとだけごさんだったねぇ~。
それじゃあ、まえもってきめていたチームにわかれようかぁ~」

 鮫島はハンドサインで合図を送ると、FBIの部隊は速やかにチームに分かれる。そして鮫島が何も指示を出さずに各自行動を始めた。
 全部で五部隊分散したことを確認すると、残された隊員と共に鮫島は作戦を告げた。

「それじゃあ、ぼくたちもほんかくてきにうごくよぉ~。
もくひょうは~こばやしぐみのむりょくかとFRのかくほ。ふかのうなら~やっていいよぉ~」

 合図した瞬間、廊下から銃声が響き渡る。先の合図でこの場は戦場となった。後は着実に作戦を進行し、無力化していくことを進めていくだけだ。
 鮫島は部下へ振り返ると、ふと一人の気配が消えていることに気が付く。

「おんやぁ~?ほったくんはどこにきえたのかねぇ~」

 周囲を見渡しても堀田の影も形もなかった。どうしようかと考えたが、鮫島は頭を掻き、マイク越しに連絡をする。

「こちら鮫島ぁ~。きょうりょくしゃがひとりゆくえふめい。どくだんこうどうしているから、かくじ、みつけしだいほごをたのむよぉ~」

 鮫島は本部に連絡すると、やれやれと溜息をつく。

「たんどくこうどうはげんきんだっていうのにぃ~。
これは…あとでおしよきだねぇ~」

 鮫島は心の中で確定事項を一つ増やし、部下と共に廊下の奥へと進んでいく。作戦は順調に進んでいる。そう確信して周囲を警戒していった。



『それで、作戦はどうだ?』

「まあ、それなりに、だ。ところで、もう一度確認するが…本気なのか?」

『本気だ。ヒューマンテストは完了した。試験段階ならともかく、完成品なら何ら問題はあるまい」

 チープハッカーは嘉祥寺たちと別れた後、報告のため、教授と連絡をしていた。本来の連絡は三時頃だったが、少し予定が狂ったことと、思った以上に作戦が進んでいることを報告したほうがいいと考えての連絡であった。
 事実、その判断は正しかったらしく、教授は「そうか…」とため息交じりに答えていた。

「さて、俺はまた暗躍しに戻るとするよ」

『待て。報告はそれだけじゃないだろう。
お前が報告するときは大体やらかしたときに限る。そうだろう』

 チープハッカーは沈黙する。その様子に電話越しにやれやれと呆れた声が電話に響き渡る。

『沈黙は肯定を意味する。せめて言い訳の一つでも言ったらどうだ?』

「言い訳しないように仕込んだのは誰だよ。
まあいい。やらかしたことは事実だ。嘉祥寺と連れの二人に俺の正体がばれた。口封じしておくべきか悩んだが、生かしておいた。俺が思い当たるやらかしたそれだけだ」

『っち。また嘉祥寺か。嫌なタイミングで本当に邪魔をしてくる…。
まあ、それは誤差だ。生かしておいたのは正しい判断だ。
ところで、連れが二人といったが、三人の間違いじゃないのか?』

 珍しく驚愕している様子にチープハッカーは戸惑いを隠せなかった。今までの報告や連絡においても質問してくるということはなかった。
 チープハッカーは驚きながらもその質問に答える。

「ああ、嘉祥寺の連れは二人だけだった。何なら映像を送ろうか?」

『いや、必要ない。事前の情報とは異なったがそういう誤差はあるだろう。大方、はぐれたに違いない』

「そうか。なら、俺はこのまま作戦を続行するぜ。それで問題ないんだろう?」

『そうだな。既にFBIが突入して混乱している状態だろう。その隙に我々の脅威となる三名を殺せ』

 そこで通話が切れる。チープハッカーは電話を胸に埋め込みその場から去ろうと歩みを進める。しかし、直後にその歩みを止め、振り返る。
 廊下には人影はない。だが、チープハッカーは誰かいると確信をもって大声で叫ぶ。

「なあ、聞いているだろう?隠れていないで出て来いよ」

 そう叫ぶが何も動かない。チープハッカーはやれやれと呆れながら手刀を作り、狙いを定めたかのように手刀を一度二度と切り返す。
 直後、切り返した軌道上の壁や部屋の襖が刻まれる。三度目の切り返しをした時、金属がはじかれる音が響き渡り、チープハッカーはにやりと笑う。
 手刀のまま、はじかれた軌道上に隠れていた人物、雪花伊吹を面白そうに見る。

「驚いたな。あんたが出張ってくるのはもう少し先だと思っていたんだが…」

「あんな場所で電話しているなら嫌でも耳に入る。そうだろ?チープハッカー」

 正体を言われ、チープハッカーの表情から笑いが消える。何故と思ったが、ばれた理由に思い当たる節があった。
 嘉祥寺たちにばれた時、あの時雪花が隠れていたのだろう。そこで俺が一人になり、油断するまでの間追跡をしていたに違いない。そう結論したチープハッカーは再び笑う。

「しくったな。ばれるのはもう少し後だっていうのに。パーティーのメインイベントを台無しにするつもりかい?」

「生憎、メインイベントは俺と佐夜の結婚式と決めている。
お前たちが出張る隙間はない」

「そりゃあごもっともだ。じゃあ、始めようか」

 チープハッカーは手刀を構え、雪花に近づく。それに応じて雪花は鞘から刀身を抜き、抜刀術の応用でチープハッカーに切りかかる。
 誰も見ていない廊下の中、二つの意思の戦いが始まった。
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