Another Dystopia

PIERO

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2034年8月 廻り廻る(上)

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 ノアが屈強な若者と戦って数分後、ノアの手からは血のしずくが流れていた。その圧倒的な戦闘力に中田とアダムはただ沈黙していた。そしてそれは敵も同様であり、狂人は眼を開き、口をあんぐりと開けていた。

「…何故だ?貴様は我々の味方の筈…裏切ったのか!?」

「あいつと同じに扱うのは正直に言って不快だ。俺の名誉のために説明させてもらうが、あいつと俺は見た目は似ているが中身は違う。
あー、そうだな…例えるならば同じパソコンでも入っているソフトやデータ量が違うっていう話だ」

「そうか、貴様がノアというチープハッカーの劣化のことか」

 狂人は一歩も動かずに立ち上がった若者たちの後ろに隠れる。中田とアダムが若者たちに襲われている間にノアは罠を張り巡らせていたが、その結果は力ずくで破壊されてしまった。
 とはいえ、その代償に若者たちは全身から血を流している。元々捕縛程度に考えていた為、誰も欠損していない。

「『劣化』ね。まあ、それは認めるよ。現に、チープハッカーの出力だったらあの罠でそこの若い奴らはみんなバラバラだっただろう。容量、出力その二つとも叶わないだろうさ。
だけど、基本性能はともかく、応用次第で本機を上回ることだってある。まあ、そんなことはどうでもいい。君たちに一つ問いたいことがある」

「貴様のような悪魔の手下に聞く耳はない!」

「まあ、そうせかすなよ。
君たちで言う『大義』とはきっと悪魔を滅ぼすことなんだろう。だが、君たちが掲げている『悪魔』の定義が俺には理解できない。そこのところをご教授してくれないかな?」

 チープハッカーのような口調であえて狂人に問いただす。すると狂人は得意げにその問いに答え始める。

「いいだろう。説明すれば貴様らの所業を理解できるからな。
貴様らが悪魔とする理由。それはつまり、我々の職を奪い去る可能性を持ってるからに他ならない。
貴様ら悪魔が世界に普及されることで我々人間の労働という支配の鎖が消えてしまう。それがなければ我々が人間を御することができなくなってしまう。
故に、貴様ら悪魔はこの世から消えなければならない」

 その理由に中田とアダムは唖然とする。自分勝手どころではない。自己中心的なその考えにこの場にいる二人は同じ考えに至る。どっちが悪魔なのかと。

「…呆れたな。そんな理由なのか?」

「そんな理由だと?それ以上の理由があると?」

「いや、考え方は自由だ。だが、その口ぶりからすると、あんたは俺たちを消したいというわけじゃなくて、あんたにとって都合がいい世界を創りたいと聞こえるんだが?」

「そんなわけがないだろう。我らの考えはすなわち、人類全ての意見に等しい。
故に、我らは貴様らを滅ぼすのだ」

「人類の全て、ね。なら、そこに転がっている中田は俺たちと違って人間だ。それでも滅ぼすのか?」

「無論滅ぼす。言ったはずだ。悪魔は全て滅ぼすと。貴様らは所詮悪魔によって生み出された手下にすぎん。悪魔を滅ぼしてこそ、我らの大業は成しえるのだ」

「そうか。ならもう問答は終わりだ。
ああ、一つ言い忘れたよ」

 するとノアは手刀を構え、屈強な若者を標的にして振り下ろす。

「大義を掲げるのは勝手だが、因果応報ってあるだろ?
君たちのその行動にも、それなりの因果応報があると思った方がいいと思うぜ?」

 刹那、中田とアダムはノアの姿がチープハッカーの面影と重なった。ノアは手刀を振り下ろすと屈強な若者の一人が鎖骨から肺まで切断され、傷口から血が吹き出し、その場に倒れる。
 その光景に一瞬、屈強な若者たちに乱れが生じる。そしてそれが致命傷だった。ノアは一歩近づき、手刀で振り払うとまた一人と屈強な若者が切られその場に倒れる。
 そんな光景を見たら誰だって恐怖におびえるだろう。先ほどまでの勢いを失った屈強な若者は蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げようとする。

「ま、待て!貴様ら!崇高な使命を放棄するつもりか!?
戦え!戦って殉じるのだ!」

 しかし、狂人の命令に従うものはいなかった。呼び止めようとしても誰も従わない。そしてあっという間に研究室内で敵対しているのは狂人だけとなった。

「さてと、残っているのはあんただけだが…どうする?」

「ど、どうするだと…」

「逃げてもいいよ?まあ、お前の顔は覚えたからどこに逃げようとも必ず見つけるがな。
だが…さっきあんたが言ってたよな?『戦って殉じるのだ!』って。
この団体を率いているなら、責任者として、ちゃんと努めないといけないけど…どうする?」

 すると狂人は拳を強く握り、そして雄たけびを上げて脱兎のごとく逃げようとする。その様子にノアは呆れつつも、狂人のアキレス腱に向かって手刀を振る。すると狂人のアキレス腱が切断され、その場に倒れる。

「くそ!我々は…俺はこんなところで死ねないのだ!
貴様らを倒した時には世界を…」

「それが本音か。人間の虚栄心が集まったような奴だな。
アンシンしろ。命はとらない。最も、今回の騒動の責任は取ってもらうがな」

 そしてノアは狂人の頸動脈を絞め、意識を奪う。最後の抵抗とばかりに狂人は暴れるがやがて力が抜け、ぱたりとそのまま倒れる。
 全ての敵を無力化したノアは近くの壁を背にそのまま崩れる。

「ノア!大丈夫!?」

「ああ、問題ないがちょっと休ませてほしい。
瞬間的とはいえ、チープハッカーの戦闘経験のデータを使った影響で少しばかりオーバーヒートしているからな。少々頭を冷やしたい。
悪いがそこの奴らは拘束しておいてくれ」

 するとノアはその場でスリープモードに切り替わったのか瞼を閉じ、眠りにつく。アダムはどこかに運ぼうかと思い、ノアに触れるが触れた所からノアの肉体が崩れ落ちる。本当に気力を使っていたことを理解したアダムはノアは放置し、その間に狂人を拘束しようとする。

「中田さん。丈夫なロープとかあるかな?」

「確か居住エリアにあったはず。ちょっと待ってろ。すぐに取ってくる」

 中田はロープを取りに居住エリアへ向かう。その間にアダムは戦闘不能になっている狂人の様子を見る。先ほどの首絞めが効いた直後のため、目が開いたまま気絶している。最も、かなりの強面のため、鬼のような形相をしているが。

「ひい…びっくりした…」

 あまりの形相に少し悲鳴を上げたアダムは狂人は一度放置して切断された屈強な若者の様子を見る。敵対し、向こうが殺そうとしてきたため致し方ないと思いたいが、せめて埋葬すべきかと思った直後、様子が少しおかしかった。
 屈強な若者は先ほどの戦闘がなかったかのように体を起こしたのだ。

「ひやぁぁぁ!」

「うお!?びっくりした!?」

 アダムの悲鳴に屈強な若者も驚く。そしてもう一人の屈強な若者もむくりと何事もなかったかのように起き上がる。ホラー映画並みの出来事にアダムは涙目で彼らに訴える。

「え、えっと…燃やすべきかな…それとも何か宗教的な…」

「待て待て!俺たちは生きている!てか、殺さないでくれ!」

「じゃあ、何で生きているの!?切られたよね!?」

「まあ、切られたな。おかげでめっちゃ痛い。でも何故か急所までは届いていないんだよな?
不思議だよな?」

 するともう一人の屈強な若者は無言で頷く。実際、ケロッとしているがかなりの重症である。堀田のようなやせ細った体型ならば問答無用で死んでいただろう。
 それを見越してノアは屈強な若者に攻撃したのか、あるいは単純な出力不足なのか。理由はともかく関係なさそうな人が生きていたことにアダムは安堵する。

「よ、よかった~。死んじゃったと思ってたよぉ~。
って、そうじゃなくて!逃げないと…」

「ああ、待て待て。もう戦うつもりはないよ。
こいつに操られていたようなもんだからな」

 屈強な若者はその場で胡坐をかくと、自身に何があったのか経緯を語り始めた。

「まあ、最初は確かにこの狂人の言った通りの動機だったよ。
俺たちの仕事は建築業。それが確か…ニューマン?に職をとられるのは少し癪だった。ただ、同時に安全を確保できるっていう点に関しては同意的だった。
最初はこんな馬鹿げたことを止めようとしたが、周囲の奴らに取り押さえられた瞬間、あの狂人の言葉を聞いてしまったんだ。すると自然とそうすべきだっていう感情が高ぶって、結果的にこんな大騒動になってしまったんだ。本当に申し訳ない」

 すると屈強な若者はその場で土下座しようとする。アダムは慌てるも屈強な若者の肩を優しく掴む。

「そんなことしなくていいよ!それにその問題はこれから解決しないといけないから…」

「そういってもらえるとありがたい。だが、肩を掴むのはやめてほしい。マジで痛い」

 即座にアダムは手を離し、謝っていると中田が頑丈なロープをもって居住エリアから戻ってきた。屈強な若者たちが起き上がっていることに多少驚きつつも、アダムが簡潔に説明すると中田は嫌そうな表情で渋々納得する。

「まあ、理由は納得した。それでこいつが気絶したことで今頃外はどうなっている?」

「おそらくですが元に戻っていると思う。どんな手段で俺たちを操っていたのかは知らないが、気を失った時点で解除されたなら、おそらく…」

 その言葉を聞き、中田はすぐに電話で戦っているニューマンの一人に連絡を取る。すると本来ならば戦闘中にもかかわらずすぐに連絡が取れた。

「もしもし…。ああ、戦闘はどうなっている。
…そうか。わかった、ありがとう」

 中田は電話を切ると三人に振り返り、何が起きたのか淡々と語り始める。

「まあ、予想通りだ。
国会に集まっていたデモ隊の暴動が一瞬にして途切れたらしい。そしてパニックだ。何をしていたんだろうって。警察はこれが好機だと判断し、デモ隊を鎮圧するために逮捕に励んでいるそうだ。
つまり、こいつが今回の騒動の首謀者だったわけだ」

 中田は見下す目で狂人を見る。そして思い出したかのようにロープを使って狂人の手足を結ぶ。これで逃亡することはおろか、身動き一つできないだろう。
 狂人を縛り上げた中田は負傷している屈強な若者たちに対してもロープで縛ろうとする。

「まあ、今回の騒動が騒動だからな。念のため、縛らせてもらう」

「手足を結ばされるのは仕方ない。だがその前に救急車を呼んでくれないか。流石にちょっとまずい」

 その言葉を最後に屈強な若者は倒れる。もう一人の屈強な若者も見たところ、立ったまま気絶していることが分かった。
 流石にまずいと思った中田とアダムはすぐに救急車を呼び、彼らの応急手当を行うのであった。


 飛来する。飛来する。
 その鉄の塊は星を廻る。されど星が七つの点滅を始めた時、廻りは終わり、星に堕ちる。
 観測した点滅は四つ。残り三つは未だ反応がない。
 廻る。廻る。鉄はやがて形を変え、周囲の鉄を吸収する。

「って、ぼくちんなりに詩を書いてみたけど…全くセンスの欠片もない。
我ながら失敗だよ」

 それを書いた紙を宙に放り投げ、ふわふわと浮いたことを確認した寺田は室内のカメラを使って彼の友人、嘉祥寺の様子を観察する。
 チープハッカーは約束通り、嘉祥寺に対しては手を出していない。事実、先ほどまで嘉祥寺は無傷である。このまま約束を守れば寺田は傍観に徹するだろう。
 だが、その約束は先刻破られた。寺田は部屋に収納してある機材の全てを使って彼に連絡を取る。

「全く。ぼくちんは傍観に徹したかったけど、チープハッカー、君が悪いからね。
悪いけど、嘉祥寺に肩を持たせてもらうよ」

 寺田は電話を片手にとある人物に連絡をする。数コール後、電話が繋がる。

『もしもし?誰だ?』

「誰だとは随分な挨拶だね。
まあ、弁田程度の友人ならこの程度のレベルは想定するべきだったぼくちんに落ち度はあったかな?」

『どこの誰か知らないが、煽り電話なら切るぞ』

 本当に切られそうになった寺田は少しだけ焦り、先ほどの態度とは一変して真剣な声で電話の相手に命令をする。

「嘉祥寺が危ない。それを助けられるのは君、中田重優だけだ。
話を聞いてくれるかな?」

『…どういうことだ?そもそも、お前は何者だ?』

「何者と問う時間はない。
悪いが、ぼくちんの指示に従ってくれ。まあ、嘉祥寺を助けたくないっていうのであれば君の隣にいるアダムに助力してもらうけど」

 その言葉は半分嘘である。アダムに頼るというのは正解だが、肝心なアダムの連絡先を寺田は知らない。嘉祥寺の巧妙な情報管理のおかげで繋ぐ手段がないのである。
 だが、中田は話にならないと切断する男ではないことは理解している。だからこそ、次の展開は寺田にとって想定内であった。

『具体的に何をすればいい』

「即決してくれるのはいい美徳だよ。
まずは研究室のパソコンから国土交通省のホームページにアクセスしてほしい。そのあと、この電話を切るから、堀田君に加速してまっすぐ進めって伝えておいて。
それだけでまあ、何とかなるから」

『それだけか?他に何かやることは…』

「ない。悪いが、君は他にやるべきことがある。
そのためにも今は力を温存しておくべきだとぼくちんは思うよ。
それじゃあ、よろしくね」

 電話を切った寺田は国土交通省のホームページが開かれたことを確認すると、すぐに機材を使ってハッキングを開始する。当然寺田の技量でではない。使い捨ての貴重なハッキングプログラムである。
 そのプログラム一つ辺り数億もする代物だが、今の状況では惜しむといった気持ちはなかった。
 プログラムが実行されている間に寺田はもう一手仕込むために再び電話をかける。

『誰だ』

「誰だとは失礼だね。まあ、当然か。
弁田程度では、ぼくちんの声すらも理解できないからね。っと、今は馬鹿にしている場合じゃないね。
悪いけど、教授に代わってくれない?君と話すことは何もないからね」

 寺田が心底嫌いであると同時に心底信用できる人物、弁田聡にそれだけ伝えた。
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