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英雄的死
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2020年、世界は混乱へと陥る。アメリカ合衆国大統領が演説中に銃撃に遭い殺害されたのだ。それがきっかけとなり合衆国は内戦へと突入してしまう。またそれを好機と捉えた一部東側諸国は越境して軍事行動を開始するなどの行為に出た。人類が恐れていた第三次世界大戦はついに始まってしまったのだ。
2023年、ロシアと国境を要する街
撃ち込まれた砲弾の硝煙が立ち込める病院の中は中世の人間が描いた地獄の絵のようだった。壁にもたれかかった死体、我が子を抱きしめながら死んだのであろう母親とその子供の死体、ハエが群がる擦り潰されたような死体。生きているのか死んでいるのかわからない虫の息をする負傷者、必死に手に持った十字架に祈る者、その様子は終末という言葉が一番当てはまる。
「クソ、ロシアの野郎が入ってきたぞ!」
とうとう敵が自分達が守る病院に侵入してきたようだ。戦死というものがここまでに迫ってきている。今、ここで戦って死ねば最後まで民間人を守るために戦い抜いた英雄として慰霊碑に名前が残るだろうか。小銃を持つ手に自然と力がこもる。
「ああ、撃たれた!!」
衛生兵という叫び声が聞こえる。だがそんな悲痛な叫びは銃声によって掻き消される。自分の足元になにかが当たった感触がする。震えながら下を見る。そこにはピンの外された手榴弾が落ちていた。
「グレネード!」
今出せる精一杯の声を叫んでそれを掴んで、敵がいる方向に投げ返す、そのコンマ数秒後に耳の奥まで響き渡る爆発音が室内にこだました。
「RPG!!」
隣にいた同僚が叫ぶ。前からは楕円状の擲弾が飛来する。直撃こそはしなかったが後ろの壁に当たり至近距離でそれは爆発した。頭に走る激しい衝撃と共に自分の視界は白い光に包まれた。
私は白い天井が見える部屋で目を覚ました。どうやらベッドの上で寝ていたようだ。しかし、なにか違和感というものがある。両腕の重さが釣り合っていないように感じるのだ。左腕が軽い。私はまさかと思い左腕を自分の視界に入る位置まで恐る恐るあげる。そこには何もなかった。左腕がなくなっているのだ。
「あ、あ。あああ」
右手で左腕があった場所を必死につかもうとするのだが、ただ右の手の指は空を切るだけだった。左腕がなくなったという事実を理解すると自然とまぶたから涙が流れ出した。動悸も早くなり過呼吸に陥る。軍医がそれに気付いたのか急いで私の元に駆け寄り鎮静剤が投与された。鎮静剤の効果でどうにか気分が落ち着く。その後はしばらく寝ることにした。
「戦争は終わったんですか…!」
眠りから覚めて精神が安定したと判断されたようで私は自分が寝ている間になにがあったのかを知らされた。どうやらロシア軍の激しい攻撃により私達が守っていた街は陥落してしまったようだ。NATO上層部も状況の悪化を重くみたようで戦争を終結させるためにロシア政府が提示した終戦条件を受け入れたらしい。何よりもアメリカインド太平洋軍が人民解放軍に対して降伏したことが決定打になったのかもしれない。どのような形にしても戦争は終結したのだ。その事実だけが私の心を支えてくれている。これで祖国に、故郷に帰れるのだ。
数日後、祖国へ帰還するべく私はすし詰めのトラックの荷台に乗った。私が防衛についていた町から祖国までは直線距離で二千キロほど離れている。荷台から見える黄金色に染まった小麦畑はまるで戦争など無かったと言わんばかりに陽に照らされ輝いている。祖国に着く頃には二日ほど経っているだろうか。半日と数時間が過ぎた頃に私の乗るトラックはポーランドへと入った。国境付近の街には隣国からの避難民が溢れている。だが、私の目に映ったのは難民キャンプに群がる避難民では無かった。そこには難民キャンプの前で抗議を行う街の住民の姿だった。抗議者が掲げるプラカードには「Migrant Go Home」(移民は出て行け)」という文字が書かれていたのだ。
「なんて様だ」
私は思わず口に出してしまった。すると、私の周りで談笑していた帰還兵達は黙り込んでしまった。目の前に映る景色は我々が戦争に敗れた結果だ。全員その事実から目を背けようとしていた時に私の一言が現実に彼らを連れ戻してしまったのだ。私は気まずさからか申し訳なさからかわからないが、無意識的に口の中で舌をゴニョゴニョ動かす。そして、右手で顎を掻いた。それでもやはり気持ちが落ち着かなかったので下を向いたまま眠った。
「ああ…」
まぶたの隙間から入り込む日差しによって目を覚ました。すでにポーランドと祖国の国境近くまで来ているようである。レンガで作られた家が広がっている、ついに祖国に帰って来たのだ。二年も祖国を離れて戦争をしていたのだ。家族は元気にしているだろうか。派兵された時は四歳のだった娘と二歳の息子は大きく育っているだろうか。子供の面倒を一人で見させてしまった妻には感謝をしなければいけないな。そんなことを頭に浮かべる。戦争には負けてしまったが、今は少しでも家族と過ごしていたい。せっかく帰って来たのだ。少し高いレストランに夕飯を食べに行ってもいいかもしれない。
「帰ってきたぞ!」
帰還兵の一人がそう歓喜の声を上げた。他の帰還兵も喜びの言葉を口々に言う。皆、祖国の大地が恋しかったのだ。そして、私もそれは同じだった。天を見上げて神に心の中で感謝をする。差し込む陽の光が眩しいので思わず手で目を覆う。そこから、私達は幾分か話した。家族の話や趣味の話、一番盛り上がったのはフットボールの話だった。そんなふうな楽しい時間もすぐに終わった。基地に着くと帰宅のための手続きなど終わらせた時には空が紺とオレンジ色に染まっていた。
基地から自宅の近くまで軍が手配したタクシーで送ってもらうことになった。タクシーの運転手は薄くなった白髪に白くなった髭を生やした老いた男だった。私は運転をしている男に話しかける。
「この二年の間の戦争でなにかあったか?」
男はそうだなぁと呟き少し考えるような素振りをする。フロントガラスに反射する男の顔はどこか遠くを見るようなものだった。しかし、表情の奥には悲しさや寂しさが混じっているように見えた。少しして赤くなった信号の前で止まったあとに男は口を開く。
「せがれが死んだよ、戦死したんだ」
その言葉を聞いて私は黙り込んでしまった。どうにか会話を途切らさせないために頭を使う。そしてなんとか考えついた最大限の言語を口から絞り出す。
「そうか、それは…」
次の言葉が出なかった、いや違う。出してはいけない気がしたのだ。それを出してしまえば悲劇的な死を迎えた英雄を否定してしまう気がしたのだ。私は兵士として彼らの戦死を讃えないといけない。彼らの死を否定することは許されないのだ。
「なにも言わなくていいよ。あんたが一番わかってるだろうから」
老いた男はそう言った。私がそう言わせてしまったのだ。私はどこからかくる罪悪感で肩を締め付けられた。そして、今こうして生きている己を恥じるべきとさえ思った。サイドミラーに映る私の顔は醜く婉曲しており、私の情けなさを表しているようにも見えた。
「すまない…」
必死の思いで出した謝罪の言葉をきりに私も老いた男も黙り込んだ。次に声を出したのはここで降ろして欲しいというものだった。
おぼつかない足取りで家へと歩く。自分の家の方から青い光とけたたましいサイレンの音がした。
「なんだ!」
不意に嫌な予感が頭によぎり私は走り始める。パトカーが止まっているのは自分の家だった。私はその場に無意識のうちに立ち尽くしてしまった。
2023年、ロシアと国境を要する街
撃ち込まれた砲弾の硝煙が立ち込める病院の中は中世の人間が描いた地獄の絵のようだった。壁にもたれかかった死体、我が子を抱きしめながら死んだのであろう母親とその子供の死体、ハエが群がる擦り潰されたような死体。生きているのか死んでいるのかわからない虫の息をする負傷者、必死に手に持った十字架に祈る者、その様子は終末という言葉が一番当てはまる。
「クソ、ロシアの野郎が入ってきたぞ!」
とうとう敵が自分達が守る病院に侵入してきたようだ。戦死というものがここまでに迫ってきている。今、ここで戦って死ねば最後まで民間人を守るために戦い抜いた英雄として慰霊碑に名前が残るだろうか。小銃を持つ手に自然と力がこもる。
「ああ、撃たれた!!」
衛生兵という叫び声が聞こえる。だがそんな悲痛な叫びは銃声によって掻き消される。自分の足元になにかが当たった感触がする。震えながら下を見る。そこにはピンの外された手榴弾が落ちていた。
「グレネード!」
今出せる精一杯の声を叫んでそれを掴んで、敵がいる方向に投げ返す、そのコンマ数秒後に耳の奥まで響き渡る爆発音が室内にこだました。
「RPG!!」
隣にいた同僚が叫ぶ。前からは楕円状の擲弾が飛来する。直撃こそはしなかったが後ろの壁に当たり至近距離でそれは爆発した。頭に走る激しい衝撃と共に自分の視界は白い光に包まれた。
私は白い天井が見える部屋で目を覚ました。どうやらベッドの上で寝ていたようだ。しかし、なにか違和感というものがある。両腕の重さが釣り合っていないように感じるのだ。左腕が軽い。私はまさかと思い左腕を自分の視界に入る位置まで恐る恐るあげる。そこには何もなかった。左腕がなくなっているのだ。
「あ、あ。あああ」
右手で左腕があった場所を必死につかもうとするのだが、ただ右の手の指は空を切るだけだった。左腕がなくなったという事実を理解すると自然とまぶたから涙が流れ出した。動悸も早くなり過呼吸に陥る。軍医がそれに気付いたのか急いで私の元に駆け寄り鎮静剤が投与された。鎮静剤の効果でどうにか気分が落ち着く。その後はしばらく寝ることにした。
「戦争は終わったんですか…!」
眠りから覚めて精神が安定したと判断されたようで私は自分が寝ている間になにがあったのかを知らされた。どうやらロシア軍の激しい攻撃により私達が守っていた街は陥落してしまったようだ。NATO上層部も状況の悪化を重くみたようで戦争を終結させるためにロシア政府が提示した終戦条件を受け入れたらしい。何よりもアメリカインド太平洋軍が人民解放軍に対して降伏したことが決定打になったのかもしれない。どのような形にしても戦争は終結したのだ。その事実だけが私の心を支えてくれている。これで祖国に、故郷に帰れるのだ。
数日後、祖国へ帰還するべく私はすし詰めのトラックの荷台に乗った。私が防衛についていた町から祖国までは直線距離で二千キロほど離れている。荷台から見える黄金色に染まった小麦畑はまるで戦争など無かったと言わんばかりに陽に照らされ輝いている。祖国に着く頃には二日ほど経っているだろうか。半日と数時間が過ぎた頃に私の乗るトラックはポーランドへと入った。国境付近の街には隣国からの避難民が溢れている。だが、私の目に映ったのは難民キャンプに群がる避難民では無かった。そこには難民キャンプの前で抗議を行う街の住民の姿だった。抗議者が掲げるプラカードには「Migrant Go Home」(移民は出て行け)」という文字が書かれていたのだ。
「なんて様だ」
私は思わず口に出してしまった。すると、私の周りで談笑していた帰還兵達は黙り込んでしまった。目の前に映る景色は我々が戦争に敗れた結果だ。全員その事実から目を背けようとしていた時に私の一言が現実に彼らを連れ戻してしまったのだ。私は気まずさからか申し訳なさからかわからないが、無意識的に口の中で舌をゴニョゴニョ動かす。そして、右手で顎を掻いた。それでもやはり気持ちが落ち着かなかったので下を向いたまま眠った。
「ああ…」
まぶたの隙間から入り込む日差しによって目を覚ました。すでにポーランドと祖国の国境近くまで来ているようである。レンガで作られた家が広がっている、ついに祖国に帰って来たのだ。二年も祖国を離れて戦争をしていたのだ。家族は元気にしているだろうか。派兵された時は四歳のだった娘と二歳の息子は大きく育っているだろうか。子供の面倒を一人で見させてしまった妻には感謝をしなければいけないな。そんなことを頭に浮かべる。戦争には負けてしまったが、今は少しでも家族と過ごしていたい。せっかく帰って来たのだ。少し高いレストランに夕飯を食べに行ってもいいかもしれない。
「帰ってきたぞ!」
帰還兵の一人がそう歓喜の声を上げた。他の帰還兵も喜びの言葉を口々に言う。皆、祖国の大地が恋しかったのだ。そして、私もそれは同じだった。天を見上げて神に心の中で感謝をする。差し込む陽の光が眩しいので思わず手で目を覆う。そこから、私達は幾分か話した。家族の話や趣味の話、一番盛り上がったのはフットボールの話だった。そんなふうな楽しい時間もすぐに終わった。基地に着くと帰宅のための手続きなど終わらせた時には空が紺とオレンジ色に染まっていた。
基地から自宅の近くまで軍が手配したタクシーで送ってもらうことになった。タクシーの運転手は薄くなった白髪に白くなった髭を生やした老いた男だった。私は運転をしている男に話しかける。
「この二年の間の戦争でなにかあったか?」
男はそうだなぁと呟き少し考えるような素振りをする。フロントガラスに反射する男の顔はどこか遠くを見るようなものだった。しかし、表情の奥には悲しさや寂しさが混じっているように見えた。少しして赤くなった信号の前で止まったあとに男は口を開く。
「せがれが死んだよ、戦死したんだ」
その言葉を聞いて私は黙り込んでしまった。どうにか会話を途切らさせないために頭を使う。そしてなんとか考えついた最大限の言語を口から絞り出す。
「そうか、それは…」
次の言葉が出なかった、いや違う。出してはいけない気がしたのだ。それを出してしまえば悲劇的な死を迎えた英雄を否定してしまう気がしたのだ。私は兵士として彼らの戦死を讃えないといけない。彼らの死を否定することは許されないのだ。
「なにも言わなくていいよ。あんたが一番わかってるだろうから」
老いた男はそう言った。私がそう言わせてしまったのだ。私はどこからかくる罪悪感で肩を締め付けられた。そして、今こうして生きている己を恥じるべきとさえ思った。サイドミラーに映る私の顔は醜く婉曲しており、私の情けなさを表しているようにも見えた。
「すまない…」
必死の思いで出した謝罪の言葉をきりに私も老いた男も黙り込んだ。次に声を出したのはここで降ろして欲しいというものだった。
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作家 蔵屋日唱
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