偉大なる父親

変色したハムカツ

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選択肢A

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 ニュースです。国内外で反移民のデモが拡大しています。一週間前に大学から帰宅中のキャロライナさんを性的暴行を加えその後殺害した疑いで逮捕されたアフリカ系移民の容疑者が無罪になったことに対して、市民は裁判所の前で大規模デモを実施しました。当局は警察の治安部隊を出勤させ暴徒化したデモ参加者を鎮圧、多数の負傷者が出ています。以上、EBCがお伝えしました。

 ホテルの部屋の備え付けられたテレビでニュースを見る。画面の中ではライオットシールドを持った警察官が市民を警棒で殴っていた。私はその映像に激しい違和感を感じた。その違和感は不思議なものだ。モヤがかかっているがはっきりと説明ができる。しかし、それは思ってはいけない、ましては口にすることができない恐ろしいものだった。

 その違和感を持ちながらは妻の母親の家へとエミールを預けに行った。私は警察署からに行くように勧められたカウンセリングのセンターへと向かっていた。
 カウンセリングの内容はありきたりだった。どう前に進むべきかと、どう向き合うべきだとかと言う内容だった。カウンセリングが終わった後、同じ部屋にいた青年が私に話しかけてきた。

「あんたはどうしてここにいるんだい」

 その青年は私より一回り小さく明るい茶色の髪をしていた。私は急に話しかけた青年にとまどいつつ返答する。

「妻と子どもが殺されたんだ」

 そういうと青年は少しうつむく。返す言葉を考えているようだ。少ししてから彼は口を開く。

「あんたは移民が憎いか?」

 青年はそう言うと、オオカミのような目つきで私を見た。その目にはなにかに対する殺意がこもっていた。

「ここに来るやつの大抵は何かの形で移民に酷い目にあわされてる」

 青年の話は続く。青年の口調は強く声は低い。

「俺は姉を殺された、大学から帰る途中を襲われたんだ。だから俺はあいつらを憎んでいる」

 その青年の次に言葉が私の頭の中のモヤを一瞬にして取り除き、私が考えないようにしていた疑念を強制的に目の前に写した。

「俺の姉は祖国の移民政策のせいで死んだ。祖国に殺されたんだ」

 青年は歯を食いしばって私の方を見る。私の脈は高くなっていた、なぜだかはっきりわかる。私のなかの終わりなき愛国心に出口が見えたからだ。それが恐ろしくてたまらないのだ。私は祖国を愛している、だから戦争にも行けた。しかし、帰ってきて見た祖国はかつての姿では無かった。どこかが酷く歪みおかしくなっていたのだ。そして、いま私の前に立つ青年はためらうこともなくそれを口にした。それで、私の偉大なる祖国への思いが揺らいだからだ。

「あんた名前は、俺はドミトルだ」

 青年は私の名前を聞きながら握手を求めてくる。私は不思議と彼の手を掴み名前を答える。

「アドルフ・ゴールドスタインだ」

 ドミトルは私の手を離すと妙なことを語りかけてくる。

「アドルフ、俺についてきてくれ」

 ただそうと言い、ドミトルは歩き始めた。センターから出て五分経つほど歩きドミトルは少し古びた灰色のビルの中に私を招いた。ビルには地下がある。これはソ連との冷戦で核攻撃から避難するために作られたものらしい。地下室を構成するコンクリートには無機質的な感じがする。

「ドミトルだ、開けてくれ。を連れてきた」

 ドミトルがそう言うと扉がゆっくりと開いた。中には四人の男と二人女がいた。部屋は意外にも広かったがどこか閉塞感がある。壁には<祖国よ永遠に>や<母なる祖国に感謝>などと書かれたポスター、白黒の現在の首相の写真、議事堂の内部構造が描かれた地図などが貼られており異様な雰囲気を放っている。

「そいつは本当に客人かドミトル」

 私の一人の男が近づく、その男の額には大きな火傷の跡があり赤黒い。声はとても低く私は萎縮してしまう。

「客人とは随分と大袈裟な、私は彼に連れてこられただけだ」

 私はドミトルを指さした。ドミトルは火傷の男と私の間に入る。

「疑うのはよしてくれイバン、アドルフは信頼できる」

 ドミトルが言った後、火傷の男ことイバンは下がる。私は今の状況をうまく理解できない。ただ、彼らがただの市民でないことはなんとなく感じた。頭では早くここを出たほうがいいと思ったが、心が私をこの場所に釘付ける。

「君たちは何者なんだ、ただの市民じゃないんだろう?」

 実際、彼らが何者かわからない。だが、得体の知れないなにかを私は感じた。そのなにかを確定させることを私はできない。

「俺たちはFEUだ、自由ヨーロッパ連合Freedom Europa Unionの略称だがな」

 彼が言ったFEUについて、私は教えてもらった。どうやら、移民を祖国から排除することを目的とした組織であるようで、ここにいるもの全員が移民によって家族や恋人の命を奪われているらしい。

「それで私にFEUの入れとでも言いたいのか」

 私は彼らの考えに反発する。しかし、心の奥底のどこかで彼らの考えに賛同する自分がいる。むしろ、その考えが正義とすら考えてしまう。それは私が今日こんにちの朝から抱えているモヤの答えのように感じる。だが、私は一人の軍人として、祖国に忠誠を誓った者としてそれを口にすることは許されないのだ。私は祖国がいかに暗闇に進もうが正しいと言わなければならない。それが愛国心だと信じているからだ。しかし、その果てなき愛国心が終わりを迎えようとしているのだ。その原因はいま、目の前にいる青年の言葉だ。

『あんたは移民が憎いか?』 

 憎いに決まっている。ヨソから来たものに国家の祖国の安寧が壊されようとしている。しかもそれは政府が推進する移民政策によってだ。許されるはずがない。そして、その移民によって愛する家族の命すらも奪われたのだ。疑問がはっきりとする、とても恐ろしい答えだ。

「アドルフ、君は自分の家族が『祖国によって奪われた』と思わないのか」

 イバンの言葉が私の瞳孔をこじ開けた。彼は私が考えることさえ嫌だったことを言ったのだ。私は必死に動揺を隠そうとしたが不可能だった。私は黙り込んでしまう。

「おい、ドミトル持ってこい」

 するとドミトルは椅子に縛られたなにかを引きずって私の前に置いた。なにかは人だった。拷問をされたのか爪が剥がされ指があらぬ方向を向いている。麻袋で顔を覆われているが手の色からして黒人だろう。

「そいつは移民だ、公園で遊んでいた子どもを殴り殺したクズだ」

 そう言いながらイバンは手に何かを持って私の方に歩いてくる。そして、銃を私に差し出した、リボルバーだ。弾が一発だけ装填されている。

「そいつを撃つんだ、アドルフ。こんなやつ死んだところで誰も気にしない」

 私は無意識的にリボルバーに手をかけた。この男を撃てば私は人殺しだ。戦争ではないのだ。国家の防衛という理由で人を撃つわけじゃない。憎しみという私情で撃つのだ。大義などはないのだ。

「移民が憎いだろアドルフ」

 そうだ、移民は憎い。けど、祖国が憎いわけじゃない。だが今の祖国はどうだ、私が、勇敢な英雄たちが命を落として守ろうとした祖国はどうだ。腐りきっている、ヨソから連れてきた移民が我が物面をして街を歩いている。それに反対した罪なき市民を警察という国家権力を使いなぶっている。これが私たちが守ろうとした祖国の姿か。

『愛国心』はある、しかし、『今の』祖国は憎い。

 選択肢は一つしかない。変えるのだ、私の力で祖国を、すべての移民を排除する。戦争で死んだ英雄たちが愛した祖国を取り戻す。それしかないのだ。

 その日、コンクリートで作られた無機質な地下室に一つ破裂音が響いた。
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