原初の魔女と雇われ閣下

野中

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第1章

3幕 お弁当と卵焼き

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―――――一平が、彼女と出会ったのは、三年前だ。

その時、まだタマは中学生だった。思春期真っ最中である。

今は太陽のように明るいが、…当時は奈落の底にでもいるように暗かった。



当時と今とでは、全くの別人だ。



出会ったのがここ、墓場であったことから、タマが精神的に何かを抱えているのははっきりしているだろう。
このくらいの年の子など、親が手を引いてでも連れてこない限り、自発的に毎日ぼんやり墓石の裏で座り込んでいたりしないはずだ。
しかも、学校が終わった夕方あたりから、日が落ちてからも…一人で。

一平は彼女から、詳しく家庭の事情を聞いたことはない。
が、事情を推察できる台詞は、ちらほら耳にしていた。

彼女の母親は、夜の店で働いており、家によく男を連れ込んでいたようだ。
タマの父親はどこの誰だかわからない。

ただ、この墓地に、タマを可愛がってくれた祖父母の墓があるらしい。
そこへ、彼女は毎日通っていたのだ。

最初、タマを見た時、一平は思った。



幽霊など初めて見るな。だが、足があった。



その頃一平は毎朝毎夕、両親と妻と子の墓に、おはようと行ってきます、そしてただいまを言いに来ていた。
そこで、よくタマと顔を合わせることになる。

となれば、当然のごとく、挨拶をするようになった。
タマは最初びっくりしていたようだ。
だが、繰り返しているうちに、挨拶を返してくれるようになった。

一平は、彼女のことをしかるべき場所へ通報でもすべきかとも考えた。
しかし、どこへ連絡すればいいのかわからず、気にはかけていたものの、タマに対してそれ以上はしてやれずにいる内に。

タマがオズを見つけた。
いや、時に、オズが一平にくっついて墓の中までついてきていたから、その時に見かけたようだ。

彼女はえらくオズを気に入った。

結果、逃げるようにこもっていた墓場の中から、オズを見るため、今度は毎日駐車場へ通うようになった。
そして、最初は近寄れず、ただ、よく遠くからオズに見惚れていたものだ。

(オズくんはきれいだからな)

そんなタマが口にしているのがいつも決まって、菓子だったり、菓子パンだったり、甘いジュースだったりしたものだから、とうとう、一平は余計なお節介を焼いてしまった。


―――――ちゃんとしたご飯を食べなさい。


「ありがとう、おじさん。今日も美味しかった」
今日も今日とて、きちんと風呂敷に包んだお弁当箱を、タマが手渡してきた。
これが、最初はうまく結べなかったのだ。しかし、元来が器用な質らしく、今では一平がやるより上手に包んで返してくる。
野猿が女子に進化したというか。受け取った一平は、

「来週は私が作る番だね。期待しててよ」
キラキラした目で見上げてくる少女に、つい苦笑。


…本音を言えば。
知らないおじさんが作ったお弁当を、無防備に口にしてはいけません、と説教したいところだ。
世の中、誰もが善意で行動してくれるとは限らない。

しかし、出会ったばかりの頃のタマには、怒ってくれる大人もおらず、一平に反発したり反抗したりする力もなかったようだ。一平を怪しむ余裕も。

ただ、タマの心が元気を取り戻した頃、聞いた話では。
手作りのお弁当を、同級生に羨ましがられたそうだ。
本人もご飯は楽しみで、その上、周囲への自慢なのだとはにかんだ。

嘘か本当かは知らないが、そんなことを言われては張り切ってしまう。倍以上に、こそばゆいけれど。


とはいえ、考えてみればお互いに、今になっても、相手の家がどこにあるかも知らないのだから不思議だ。

「楽しみにしているよ。だがまあ、無理はせず、学業と友達を優先しなさい」
最近、タマの爪はきれいに整えられ、色づけられている。
きちんとリップもして、薄化粧もばっちりだ。
出会ったばかりの頃の暗さなどみじんもない。

高校生にしてはおとなびている。
だが、一平から見れば十代など、どこからどう見ても子供に過ぎない。
タマは、純粋でいい子である。

ただし彼女なりのこだわりがあるようで、そういった点に関しては、絶対に譲らない。

例をあげるなら、…そう、タマは何度か、ここまで友達を連れてきたことがある。
最近の子は本当に足が長いなと感心しきりだが、それ以上に―――――スカートの短さが気になった。
スカートをもっと長く、せめて冷やさないようにタイツをはけ、と文句を言いたくなるのを呑み込むのが毎回大変だ。
タマだけならはっきり言うのだが。いうたび、タマは白けた顔で、


―――――おじさんっておじさんだよね~。


とそっぽを向く。
そして、決して直さない。
わかっているのに、一平はまた繰り返す。

なんだか最近の、これはお約束だった。

「ふふん、舐めないでよね。最近、私、料理の腕が上がったんだから。お弁当一つ作るくらい大した手間じゃないしぃ」

タマの手から逃れるように、一平の後ろに回ったオズを名残惜しげに見遣り、彼女はスマホをポケットに入れた。
オズを見下ろしたまま、首を傾げる。
つやつや輝く髪が揺れた。

「あれ、今日、オズさまはおじさんについていくの? じゃ、とうとうおじさんちで飼うんだ?」
何をどう判断したか、嬉しそうにタマが手を叩く。だが、

「それはないよ、タマちゃん」
一平は首を横に振った。


「オズくんの主人は一人だけでね。誰も代わりにはなれない」


「そうなの? って、そんなの確信持って言うところ、不思議ちゃんだよね、おじさんて」
不思議ちゃん。どういう評価だ。
子供の言葉は理解できないところが多い。
難しい顔になった一平に、


「オズさまと会話してる感じがする」


少しムッとしながら言ったタマに、一平はぎくり。同時に、足元のオズも身体を強張らせた。とはいえ。
―――――実際のところを、タマが知るはずもない。

「そうなんだよ」

軽く流して、一平は再度自転車にまたがった。
「ただ、なんにしろ、今日はちょっと、オズくんとやることがあってね」

タマがオズを見下ろす。
「犬の病気の予防接種とか? あれってご近所で定期的にあるらしいね?」

一平がオズを見下ろせば、彼はふるふる、首を横に振った。
知らない、と言っているのか、嫌だ、と言っているのか。

「そうなんだ」
いいことを聞いた、と一平は頷く。
いつか連れて行かなければ。だが狼に犬用の注射は効くのだろうか。

毒になるならやめたほうがいいだろう。

「さて、私はもう行くよ。気を付けて帰りなさい、タマちゃん。それともこれから遊びに行くのかね」
「うん、友達と約束しているから、これから駅に行くんだ」
にこにこ笑って、タマはふと何かを思いついた顔で言った。

「そう言えば、おじさん、白澤くんって知ってる?」

タマの言葉に、一瞬、一平は表情を消す。
「白澤は、親戚だが」

言いさして、タマが高校生だと思い出した。改めて、彼女の制服を見るなり、ある子供を連想。


「…もしかして、優也くんと同じ学校かね」

白澤優也。
それは、一平の従兄弟の次男の名だ。


「そう、白澤優也くん。やっぱり知ってるんだ? うん、同クラス」
「それはそれは」
思わぬ縁に、すぐには言葉もない。
タマも、少し驚いたか、目を瞠っている。

「白澤くんがなんだかおじさんのこと知ってるみたいだったから、どういう知り合いかと思ったんだけど…あ、そうか、『おじさん』って言ってたから、まんまで、甥っ子ってこと?」

「いや、あの子の父親は、私の従兄弟でね」
しかし、なにがきっかけで、優也とタマの間で、一平の話になどなったのか。思うなり、

「お弁当の卵焼きをあげたら、知った味だって言ってた。それでおじさんの話になったの」
タマが言う。どういう成り行きで卵焼きをあげることになったのかも気になるが。

一平が思い出したのは、甘い卵焼きなんて初めて食べた、と言っていた小さな頃の少年の姿だ。
いったいどういう状況だったのかと言えば。
従兄弟夫妻が多忙で行けなかった運動会や授業参観に、時に代打で妻と参加していた。

その、運動会の時の話だ。



「覚えていたのかあ」




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