原初の魔女と雇われ閣下

野中

文字の大きさ
24 / 79
第2章

13幕 一世一代の大芝居

しおりを挟む



だが、ビアンカが言ってくれた。



「あなた様以外の誰が、真の後継者たり得るでしょうか」



その言葉に背を押され、オズヴァルトは足を踏み入れた。

ビアンカの言い分からすれば、一平は、オズヴァルトから正式に後を託された存在であり、誰に文句を言われる立場ではないという。なによりも。




―――――霊獣ヴィスリアが彼を認めている。ならば、誰も文句は言えない。




それでも、こう尋ねずにはいられなかった。

オズヴァルトでないものが、オズヴァルトのふりをしてそこにいることは、許せないのではないか、と。
果たして、ビアンカは―――――オズヴァルトの乳母だった女は…今の見た目は童女であるが。

首を横に振った。



「生命を持つすべての者にとっての敵である災厄を、一部なれど滅したのはどなたでしょうか」



ビアンカは真っ直ぐオズヴァルトを見上げる。
「天人となった英雄に、無礼な考えを持つ者はおりません」

その時点で、オズヴァルトは天人とは何かの話を聞いた。刹那。





…彼は悟った。
彼が、友人オズが還る道を閉ざしたのだと。

その事実は、さらなる衝撃だったが、余計、立ち止まるわけにはいかなくなった。





重い足を引きずるようにしてやってきた彼を見上げ、ビアンカは強い瞳で言った。

「なんにしたところで、あの方があなた様をこの世界へ送り込まなければ、このような事態にはなりませんでした。あなた様が死ぬこともなかった。そして、ここで負わなくてもいい責任を負うことも」
彼女の言葉に、目が覚めた気分で、オズヴァルトはビアンカを見下ろす。



「天秤にかければ、あなた様が負う負担の方が大きい。それを、恨むことはありませんか」



「まさか、そんなこと…あるわけがない」

とはいえ、確かに、オズ本人が負っていた責任は、今の彼には重すぎた。
どこから手を付ければいいのかすら、すぐには思いつかない。
「それと同じです」

「…なに?」


「あなた様が恨まないように、あの方も、わたくしも…あなた様を恨んだりしません」


力づけるように淡く微笑み、ビアンカは頷いた。
ビアンカから見れば、天人として目の前のオズヴァルトが認められているのは明白だった。

つまり、災厄を、その一部であったと言っても消滅させたのは…本当に。



オズヴァルトの肉体の中に、一平の魂が入った状態の、オズヴァルト・ゼルキアンだったということ。



ビアンカは厳しい表情で、足を止めた。
少し先に行ったオズヴァルトが、足を止め、どうした、と問うように振り向く。



―――――…こういったところはやはり違う、とビアンカは思った。



彼女の若さまは、奥方と息子以外に、このようなささやかな配慮や気遣いすら見せなかったのだ。

貴族、それも、家門の長であったなら、それは当然の話である。
ある意味、今のオズヴァルトは貴族の家長らしくない。

だが、それならそれでいいだろう。彼らしく、あればいいのだ。


わざと以前のオズヴァルトをまねるほうが危険だった。ボロがでる。


考えながら、ビアンカは、その場で、丁重に跪いた。

「感謝、致します」

じっとビアンカを見下ろしてくるオズヴァルトに対し、祈るように手を組んだ。




「あなた様が災厄を滅ぼしてくださることで、この地は解放されました。あの方がやり残し、動けなくなった代わりに、成し遂げて下さったことは、…奇跡に等しい」




「よせ」
オズヴァルトは、体温が低い抑揚のない声で言い、顔をしかめる。

彼が行ったことは、ただ偶然が重なっただけの結果に過ぎない。
大げさな反応には、どう対応すればわからない。

結果、そっけなく命じた。


「立て、ビビ。命令だ」


「はい」
素直に従ったビアンカは、顔を伏せたまま、

「恨むとすればむしろ…あの方の弱さです」
呟き、どこかが痛む顔で、前へ向き直る。

その言葉に、同じ方向を向いていたオズヴァルトは弱く首を横に振った。なにせ。





あまりに惨い記憶は、今なおオズヴァルトの身体に染みついていたからだ。





痛ましい記憶ごと、それはオズヴァルトを今も…別人の魂を持つ今も、苛んでいる。
別人の記憶とはいえ、それを思い出すのは、酷い苦痛を伴った。


臨戦状態のように、心臓が激しく脈打ち、全身に冷たい汗をかいて夜中に目覚める。


いますぐここから逃げ出したい衝動にかられ、自身を抑え込むので手いっぱいになる、そんな夜を幾度か過ごせば、ため息も深くなるというものだ。





「彼は公の立場をとった自身を、天秤にかける必要があった立場を、…憎んでいた」





「それでもあの方は!」

声を張りかけ、不意に、何かを呑み込むように、弱い声でビアンカは続けた。





「…霊獣ヴィスリアの子孫、ゼルキアン家の―――――…長です」





…そうあれ、と当たり前のようにオズヴァルトは受け入れ、生きていた。

それはそんなにも、彼を追い詰めたのだろうか?
今更だ。すべて、今更だった。

ビアンカの声の激しさは、愛しさの裏返しだろう。…本当は。



彼女は、オズヴァルトを出迎えたかったはずだ。英雄として。



今のオズヴァルトには何も言えなかった。
一見不愉快そうに重く押し黙ったオズヴァルトを見上げ、ビアンカは呆れた目になる。

「その上、唯一のご友人に対して、…このような。まさか、友達には甘えてしまう方だったなんて思いもしませんでした」

オズヴァルトはさらに難しい顔になった。
「…………………ここに、友人はいなかったのかね」

「はい」
容赦なく頷くビアンカ。
「追従者や憧れを抱く者は多くおりますが、逆にご友人がおらず…今までの唯一の友は、奥方でいらっしゃいました」


「…………………私も、他人のことは言えないが…」


言葉を濁したのは、ビアンカの台詞があまりにキツかったせいだろう。
構わず、ビアンカは続けた。



「なので、あの方をよく知る他人は、この世にもうおりません。他者との接触に、それほど気負われることはありませんから、ご安心を」



意識してオズヴァルトを演じる必要はない、とビアンカはしれっと告げる。
あまり表情を浮かべないオズヴァルトが、わずかに小首を傾げる。
ビアンカは、ふっと息を呑んだ。


(あの方は、こんな仕草もされなかった)


つい比べてしまう、そんなビアンカこそが気を付けなくてはならない。思った矢先、



「いいや、彼をよく知る人なら、目の前にいる。違うかね」



低く熱のない声で―――――鋭いことを言う。

ビアンカはつい、自嘲気味の笑みを浮かべた。
なるほど、この方に対して、おそらくオズヴァルトは頭が上がらなかったことだろう。



「ところで」



霊廟の中の、壮麗な内部を意識しながら、ビアンカは冷静にオズヴァルトを見上げる。
「若さま、なぜ、霊廟に?」




若さま―――――呼び方が、変わった。『あなた様』ではない。




ビアンカの中で、整理はついたという証だろう。
その呼びかけに、なじんでいるような、不慣れなような感覚が湧いた。

オズヴァルトは一瞬、むず痒いような顔を見せる。




ビアンカは言った。




酷いことを頼むようだが、どうか、オズヴァルトとして生きてくれ、と。








―――――一世一代の芝居を打ってほしい。












しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...