原初の魔女と雇われ閣下

野中

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第2章

幕21 女帝

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× × ×






女帝。

千年を生きたいにしえの魔女。すべての魔女のまとめ役と目されている存在。
魔女とは、生まれつき精霊を使役できる者のことだ。
皆、女性―――――だがその理由は解明されていない。
その上、魔女の因子は遺伝しない。

中でも女帝は、天変地異を起こせるほどの力を保有している。

大陸の歴史を振り返れば、彼女が残したあまたの業績が綺羅星のごとく輝いていた。
それはもちろん、褒められたことばかりではない。

ちなみに表沙汰になっていないところで何をやらかしているのか、どの国の王も頭が上がらないと聞く。
踏み込んで言えば、あらゆる王室、皇室の秘密を熟知しており、そのために誰も手が出せないのだとか。
ゆえに、女帝はその力も知識も禁忌―――――つまり存在自体が災害級の女性。とはいえ。

これだけの力の持ち主である、どれだけ恐ろしくとも、お近づきになりたいと冒険を試みる者は多かった。

そんな彼女は、なぜか。


(オズヴァルト・ゼルキアンが誕生した時から、彼に興味を持っていた…)


オズヴァルト自身の記憶にも、そのように残っている。
だが、記憶の中の女帝の印象は、穏やかなものとは程遠かった。

期待に満ちた目を見たのは、最初に出会った一度きり。

あとの対応は、ごく淡々としたものだった。
関心を持っていたようだが、彼女がオズヴァルトに情があったとは、とてもではないが感じられない。


そんな彼女とは一度、生死の狭間で会ったことがある。


それも、一週間前の話だ。

―――――そんな彼女が、今、オズヴァルトを訪ねてきた。





雪深い門を開けるよう乞うて、正門から。…正門から。―――――…正門から。





「真正面から、お越しになったと?」

「はい」
「本当に、正面から、いらっしゃったのか?」


「間違いございません」


その点について、つい、何度か確認を取ってしまったのも無理はない。
傍若無人で傲慢な長寿の魔女は、今までオズヴァルトの都合などお構いなしに行動してきた。



勝手に空間転移で室内に入り。
言いたいことだけを言って。
やりたいことだけをやり―――――そして身勝手に帰っていく。

そういう、存在だったはずだ。



それが。
―――――正面からやってきて、扉を叩き、相手の都合を聞いて、おとなしく応接室で待っている、など。

どこからの営業だ…いや。

「…人違いではないのか?」
疑念を正直に口に出すオズヴァルト。

「魔族の変装では?」
慎重に口を挟むビアンカ。

「お二方のお気持ちはよくわかりますが」

ルキーノは困った顔で答えた。
こんな時でも彼が漂わせるのは底抜けにお人好しな雰囲気。

だが言うことは鋭い。


「簡単にあの方に化けられる存在が、この世に存在するでしょうか」


ないな。

オズヴァルトの記憶の中にあるのは、女帝の、燃え上がらんばかりの生命力。
ひどく淡々とした女帝の態度とは裏腹に、その印象は苛烈とさえ言えた。

「そうか」
静かに頷いたオズヴァルトは立ち上がる。


「若さま」
行くのか、と確認するビビアンに、


「ルキーノが判断したのだ、間違いはないだろう」

オズヴァルトは言って、扉へ向かった。
ルキーノとビアンカが、扉を開き、丁重に頭を下げる。

当然のようにその間を通り、オズヴァルトは廊下へ出た。貴賓のための応接室へ向かう。
ビアンカと共に、彼に続いたルキーノは、感慨深いような表情を主人の背に向ける。瞳に浮かぶのは、隠しきれない誇らしさ。

「女帝が私に会いに来たとして、要件は何か言っていたか」

ゆったり進むオズヴァルトの歩調に、ルキーノはちらとビアンカを見遣った。
ふわふわ揺れる白金の髪を見下ろし、納得した態度で頷いたルキーノも歩調を合わせる。

「はい。ただ、おかしなことに、」
ルキーノはわずかに言い淀んだ。すぐ思い切った態度で言葉を続ける。


「忙しいようなら、出直す、と」


「…おかしいな」
本人ばかりか、周囲の体温まで低くしそうな声で、億劫そうにオズヴァルト。

「おかしいですね」
ビアンカの声も、心なしか渋い。期せずして全員の心が完全に一致した。

彼女は決して、相手の都合に合わせるような殊勝な人物ではない。



―――――何を企んでいるのだろう。



女帝は自身が法律という存在だ。
傲慢というより、マイペースというべきだろうが。

「女帝が他人の都合を気にするなど、明日は雹が千の矢となって天から降るかもしれませんね」
言ったビアンカは本気だ。困惑に眉根を寄せるルキーノ。
「早急に対策を取りますか」
具体策を取らなければ城が壊れるかもしれない、と心配を口調ににじませる。

「平気よ。ゼルキアン城はそう簡単に破壊されない…いえ、壊せないから」
確かに、霊獣ヴィスリア謹製である。滅多なことでは陥落しないだろう。

一見、本気の態度だが、冗談に決まっている。

二人の会話に、オズヴァルトは口を挟んだ。
「本当に女帝かね? 他に違和感は」

「…その、格好が」
ルキーノが珍しく言い淀んだ。
「どうした」
オズヴァルトが促せば、思い切ったように、

「格好が変わっています」
「格好?」
ビアンカが首を傾げる。

「それは、服のこと?」

ルキーノは一瞬、弱った表情になった。
彼女の言葉に、オズヴァルトの前で、女帝が常にどんな衣服を身に着けていたか、すぐ脳裏に蘇る。

(千夜一夜物語にでも出て来そうな、エキゾチックな恰好だったな)


よく似合うのだが、挑発的なほど露出が高い。
ただ、それによって感じるのは性的な誘惑というより、芸術品に感動するのに似た心地の方が強かった。


今回はそんな姿ではない、ということだろうか。
ルキーノが、考え考え口を開く。

「いつも通りではないと同時に…地味と言いますか」

説明に苦慮している様子に、
「構わない」
オズヴァルトは口を挟んだ。
「会えばわかる」

「はい」
ビアンカがすぐ口を閉ざした。ルキーノもわずかに頭を下げて沈黙。
オズヴァルトは黙々と進みながら戸惑った。


二人はなぜ、ついてくるのか。


城内で危険があるわけでもなし。
だが、オズの記憶の中に、答えはあった。

(大体、いつも誰かが側についているようだな…)

以前、ちょくちょく来ていた時もそうだったが、理由は見張りも兼ねてのことだと思っていた。
ところが、今、オズヴァルトを見張る理由はあるまい。

ということは、オズヴァルトに誰かがついているのは、常態ということだ。


…要するに、慣れる他ない。


応接室にたどり着いたのは、すぐだ。
扉近くで客人のためにか控えていた侍従が、オズヴァルトの姿に姿勢を正す。
「我が君」
お手本のように、丁寧に頭を下げてくるのに、

「ご苦労」
頷けば、輝かせた顔を上げた彼が、意気揚々と応接室の扉に向き直った。
ノックをし、絶妙な間をおいて、扉を開ける。
中へ入り、オズヴァルトのために道を開けながら、中にいる客人へ告げた。

「主が参りました、お客人」
重い気分を隠し、無言でゆったりと室内へ踏み入ったオズヴァルトは。





(…は?)





驚愕のあまり、一度足を止めた。








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