原初の魔女と雇われ閣下

野中

文字の大きさ
53 / 79
第3章

幕13 すべて守り抜く

しおりを挟む



呆れつつ、オズヴァルトは軽く地面を蹴った。直後。



「―――――…は?」



騎士たち数人が、呆気にとられた声をもらす。
呻くような息とともに。

なにせ、彼等の目には。



突如、刺客の背から刃が生えたように見えたからだ。

刺客が手にしていた短剣が、自らの胸を貫いたのだときちんと把握できたものは、何人いただろうか。



正確に言えば。

真横から刺客の手首をつかんだオズヴァルトが、それとほとんど同時に、刺客の手首を捻り、関節を壊し、相手の胸を貫いていた。


言葉で言えば簡単だが、やろうと思って簡単にできることではない。
「あら」
真正面で行われたことを、悲鳴も上げず見ていたカミラは、冷静に言った。



「殺さなかったのですね」



「死体を見たいなら」
血と共に、乾いた息を短く吐き出し、攻撃の気力を失い、オズヴァルトの存在に肝を冷やした刺客から、彼は興味を失った態度で手を離す。



「コロッセオへ行ってください」



「殺さないと後悔するわよ」

カミラの声は、唆すというより、単に事実を語っているかのようだ。
実際、そういった側面もあるだろう。
こうまでした相手が、まさか、オズヴァルトを恨まずに済ませるなどあり得ない。
そもそも、相手はこちらを殺すつもりで刃を振り上げたのだ。

である以上、殺されたって文句は言えない。

今、刃が貫いたのは、刺客の心臓ではない。肺だ。
長くは保つまい。
そうできるだけの力があった、にもかかわらず、オズヴァルトはそうしなかったのだ。

即死させたほうが、慈悲深いだろうか?

無論―――――どんな悪人であっても、命に、罪はない。

である以上、できることなら命は尊ぶべきだ、という考えが、オズヴァルトの中では根強かった。『冬見一平』の意識の影響だろう。

傷つけておきながら、偽善だろうが。その半面で。



自分を、そして、自分が大切にしているものを殺そうとした者には、オズヴァルトは一片の慈悲すらかけるつもりはなかった。



オズヴァルトは、決めたのだ。





せめて、これから、自分がいるこの世界では―――――大事にしているモノを、すべて守り抜くと。たとえそれが欲張りだとしても。





失って、失って、失い続けた、過去を振り返って。

これ以上、もう失わないために。

この決意だけは決して、揺らがないだろう。


大切なものを守るために必要ならば、オズヴァルトはどこまでも冷酷になれる。
もし刺客がオズヴァルトの肉親ともいえる魔人たちなら、行動に迷うことなどなかった。
ただ、今回は。





「情報を得る必要があるでしょう」





オズヴァルトにとって、とばっちりを受けた状況に過ぎない。

彼はアルドラ皇族の刺客であり、その刃は、アルドラ帝国貴族にまで向けられた。
ただし相手はカミラだ。人質に取ろうとした可能性もある。

なんにしたって、オズヴァルトはたまたまその近くにいただけだ。

カミラは優雅で柔和な貴婦人の微笑を保ちながら、冷めた声で呟く。
「理解できないわね。…昔から、」
そんなことを告げる、うつくしい顔に浮かぶ微笑に、見惚れる者は多いだろう。




「冷酷で、退屈な男よ、あなたは」




殺しを生業にする者から、情報を引き出そうとするなら、それなりに残忍な拷問が必要になってくるだろう。
そんなものにさらされるより、いっそ殺すほうが慈悲かもしれない。

ゆえにカミラは、オズヴァルトを冷酷と評したのだ。

だがこの後、生き残りたければ努力をすべきは、それができるのは、本人だけだ。
オズヴァルトにできるのは、ただ、命を奪わず済ますことのみ。
それ以上の責任は彼にはなかった。

「結構」
カミラの評価に、オズヴァルトは安堵し、退屈そうに応じた。


「あなたを楽しませたらどんな無理難題を吹っ掛けられるか、そちらが恐ろしいですね。…さて、殿下」


どこまでも冷え切った声で言いながら、胸を押さえた刺客が後退するままに放置し、顔を上げたオズヴァルトは皇子に告げる。





「その刺客。治癒を施し、拷問すれば、情報を引き出せるかもしれませんよ」





無論、放置すれば、待つのは死のみだ。
オズヴァルトは、…どちらでもいい。

刺客の、生存か死か、選ぶのは、被害者だ。

冷酷とすら言える言葉を、まるで、別の世界の出来事のように、オズヴァルトはどうでもよさげに淡々と言った。
胸を貫かれた短剣もそのままに、他の騎士たちにあっさり捕獲された刺客は、また盛大に血を吐いた。
目の焦点が合っていない。

オズヴァルトを鋭い眼差しで見遣ったマティアス皇子は。
一瞬、目を細めた。

記憶の中の何かを見定めようとするように。直後。




その碧眼を大きく見張り、幽霊にでも出くわした顔で、呆然と呟いた。






「…まさか…―――――オズヴァルト・ゼルキアン公爵閣下…?」






その、名に周囲の騎士たちが、緊張と警戒で身を鎧った。

かつてはともかく、現在において。







オズヴァルト・ゼルキアンの名から連想するのは、悪名―――――何よりも、『死』の気配に違いない。
大陸の歴史の中でも数少ない天人であるといえど、尊崇の対象とはなり得なかった。

そのくせ。



その名に恐怖を抱きながらも、同時に感じる恐怖と同じくらいに慕う者は多い。



災厄に沈んだシハルヴァの領土は、―――――本来ならば。







『消失』したはずなのだ。









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...