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第3章
幕12 暗殺現場
しおりを挟む「探ろうともしなかったけど、…勝手に報告してくる輩はいるものでね」
カミラに取り入ろうとした連中だろう。
だが、彼等は当てが外れたはずだ。
カミラは、シハルヴァを切り捨てた。自分を守るために。
いいや、別の言い方をしたならば、彼女は守るものを決めなければ、すべてを失う立場にいたのだ。
それを冷酷というのは簡単だ。
しかし、自分自身を守るにも力不足となれば、誰が他人にも手を差し伸べられるというのか。
「それでも動かなかったわたくしを、あなたは責めるのかしら」
「責めてほしいと言いたげですね」
お互いに、優雅に微笑み合う。
「いやですよ、面倒です」
「やっぱり厭な男だわ。昔から」
一見楽しげに、カミラは前を向いた。
ひどく品よく。
そのくせ。
「わたくしの美に、絶対に降伏しないんだから」
…悔しさを、このように、本気で何とも思っていないような、きれいな横顔で言う女を、オズヴァルトは他に知らない。
ただし、こういう女こそ、怖いのだ。
いつか必ず報いをくれてやると言われている心地になる。
―――――わたくしには、美しさしかないのよ。
かつて、カミラはそんなことを口にしたことがある。
他人は、そんな彼女の言葉を、傲慢と取るかもしれない。
だがカミラは純粋に、それを武器という意味で使っている。
時に、相手の息の根を止める刃物として、己の美を使っているのだ。
そして彼女には。
それが、可能だった。
…昔から。
二人の間には、互いを客観的に見られるだけの距離感があり、それが近づくことは、今まで決してなかった。きっとこれからも。
いつの間にか、会場が近い。
睦まじい姿で歩きながら、互いに、前を向いた、その時。
―――――ブンッ!
大気を震わせ、カミラの頭上、オズヴァルトの耳の真横、鋭く尖ったものが矢の勢いで通り過ぎた。
それはすぐ失速、きれいに選定された茂みの中に突っ込んだ、ようだが。
前を向いたまま、オズヴァルトは淡々。
視線だけ、普段よりいっそう冷たく凍えた。
「アルドラ帝国では、外で短剣が飛び交うのが普通かね?」
「いいえ」
二人は足も止めず悠然と歩きながら、静かに言葉を交わす。
にわかに活気づいたのは、周囲にまばらに配置されていた騎士たちだ。
「皇宮で短剣が飛んだなら、理由はかなり絞られるわね」
オズヴァルトとカミラが上品に、そして、騎士たちが警戒も露わに鋭く振り向いた先。
視界を遮っていた茂みの中から飛び出して、来たのは。
―――――少女。年のほどは、16くらいだろうか。
せっかくのきれいなドレスに葉や枝の破片をまといつかせながら、出てくるなり仁王立ちになり、強い表情で周囲を見渡した。
「助けなさい!!」
腹の底からの声量が、場を殴る。
その姿は、逃げてきた、というより、今も戦いの場に立っているような、そんな態度だ。
しかも助けろと言った姿は、哀れな懇願というにはほど遠い。
乞う姿勢の一切ない態度は、ひたすら気高かった。
輝くような金髪碧眼の姿には、見覚えがあった。
(…第三皇女殿下)
名は確か、シェリー・アルドラ。オズヴァルトは目を細める。
大きくなったものだ。
ルビエラ王女とは同年代で、小さな頃二人が何の屈託もなく笑い合っている姿を垣間見た記憶がある。
夜闇の中、光に満ちた思い出が、不意にかき消えたのは。
彼女の背から、斬りかかる人影を見たからだ。だが。
オズヴァルトが動く―――――寸前に、その首が飛んだ。
背後で起こったことを、察したかのように、シェリーは慣れた態度で前へ出て、血しぶきを避ける。
踊るように振り向いた、彼女は。
喜色に満ちた声を上げた。
「お兄さま!」
首が落ちた刺客の身体を蹴倒し、あらわれたのは、第二皇子。マティアス・アルドラ。
次いで、彼を追って、数人の、顔を隠した刺客が現れる。
どうやら、人間だ。
魔族の刺客を倒し続けたオズヴァルトは、珍しい気分で、見物する。
とはいえ、人間なのが当たり前だろう。
帝国の皇族が人間だから、という理由の判断ではない。
皇宮周辺には、魔力を抑制する結界が張られていた。魔術師対策だ。
オズヴァルトがさっき切り取って元に戻してきた、アレである。
当たり前だ、皇宮で魔術を考えなしに放たれるなど、被害が大きすぎる。
確か、担当は宮廷魔術師のはず。
このような結界に入ることを魔族は嫌う。ゆえに刺客は自然と、人間に絞られる。
遅れて、騎士たちが皇族二人を取り囲んだ。
勿論、守護のためだ。…要するに、オズヴァルトが出くわしたのは。
(―――――暗殺現場)
カミラと冷めた視線を見かわす。
いずれにせよ、ついでに言うなら、暗殺は失敗に終わった。
彼等は人知れず始末されるはずだったのだろう。
それが、ターゲットが人目のある場所へきてしまった。
この時点で、刺客たちは諦めるはず。
へたをすれば依頼者に殺される。
いやもし組織に属する者なら、仲間から殺されるだろう。
だが。
顔を隠した一人が、迷わず逃亡を選択―――――しようと、して。
オズヴァルトとカミラを見た。それで、何が変わったのか。
不意に、逃亡の軌道を転じた。
また茂みの中へ戻り、少しでも身を隠そうとしていたにもかかわらず。
身を翻す。
その動きは、追おうと動いた騎士たちの意表を突いた。
ただ一人、その刺客は低い姿勢で前へ駆け、騎士たちの合間をすり抜ける。
狙いは―――――カミラ・ハミルトン。
気付いたろうに、カミラは、動じない。
なにせ、彼女の隣にいるのは。
刺客が、こちらへ馳せ寄る。早い。
その背を視線で追ったマティアスが、驚いた声を上げた。
「ハミルトン公爵夫人っ!?」
まさかこのような場所に、彼女がいるとは想像もしていなかった、そんな態度だ。
刺客の腕が目の前で振り上げられるなり、カミラは優雅に微笑み、自信に満ちた声で応じる。
「ご心配には及びません、殿下」
―――――ゆるぎない、勝ち誇ったかのような微笑に。
いっとき、呑まれたか、刺客の動きが鈍った。
「…やれやれ」
オズヴァルトは体温の低い声で他人事のように嘆息。
何とかしなさい、という無言の圧力をカミラから感じたからだ。
刺客の動きについてこられなかった騎士たちが、焦った動きを見せるのを尻目に、呟く。
「現役の騎士のわりに―――――鈍すぎないかね」
この程度に。
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