トラに花々

野中

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日誌・2 残業兼お使い

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地元に根付いた中小企業の一つであるアマクサ美装が、いつから薄暗い仕事を請け負っていたかは分からない。
ただ、五、六年前、世界の市場にかかわりを持つ巨大企業の御子柴グループ、その傘下に入った頃から、何かが変わったようだ。

当時を振り返れば、従業員の面子は数人を残して、一新された。
とはいえ、規模は小さい。

表向きの業務も細々と続けられているが、秘密厳守や隠蔽を必要とする特殊業務も中には存在する。
そのひとつ。


―――――殺人現場の清掃。


こういう場合、死体は既に片付けられている。そして、ニュースに上がることはない。
つまり、警察といった公の機関の扱いにならない、ほの暗い現場と言うことだ。

中には、公の機関が黙認するケースと言うのもある。
だがそれは稀であり、大体は『その手』の組織が、機密保持の信頼や仕上がりの確実さが確信できる業者であるアマクサにリスク込みの大金を払って依頼を寄越すパターンが大半だ。

結局金をもらえば同じ穴の狢となり、ある意味で犯罪の共犯とも言える。

それはそれと割り切ったものか、アマクサは真面目に着々と仕事の数をこなし続け、その手の玄人として、需要のある社会では信頼を勝ち取っていた。
世界の裏側に片足を突っ込んだ企業だ、情報の取り扱いには厳しく、罰則に至っては、最悪、生きて帰れないケースもある。
なにせ常に、手ひどく騙され、裏切られるリスクもまた、背負い込んでいるわけだ。
いくら慎重になっても足りないことはないだろう。
闇に首を突っ込んで、自分だけ安全でいられるわけがない。
本来なら。

石橋を、叩いて叩いて叩き壊して、渡らないで済むに越したことはないのだが。


もう渡り切っている以上、ぎりぎりの綱渡りをいっそ楽しむほかない。


「はい、専務。仕事は完了です」
マスクを外し、外の新鮮な空気を吸い込んだ真也の隣で、スマホを耳に、浩介が飄然とした声で応じた。
時間は既に深夜を回っている。

だが妙な興奮が、眠気を遠ざけていた。
背後には廃工場。今いるのは、雑草が生い茂った外周部だ。

あまり、振り返りたくはない。

雪虎はどこに、と真也が視線を巡らせた先で、彼は、もう使い物にはならない道具を、車のそばで簀巻き状態にしていた。
あれは、帰り道で専門の業者に手渡し、キッチリ処分してもらうことになる。

手伝いに行くか、と真也が腰を上げたところで。



「…今日でしたか」



浩介が沈痛な態度で呻いた。真也は目を丸くする。
隣の彼を見上げた。




基本的に、山本浩介と言う男は、冷静な男だ。なにより、頭の回転が速かった。飄々とした空気も相まって、つかみどころがない。



そんな男が、こうも内心をあらわにするなど、珍しい話だった。
だからこそ、日頃から不思議なことが一つある。

誰がどう見ても、根暗で気難しくとっつきにくい雪虎より明るく寛容に構えた浩介の方が、上であるように見えた。

なのに、浩介はあからさまに雪虎に敬意を払い、丁寧に接している。忠実な兵士のように。
分かりにくい男だが、少なくともこれだけは、演技ではない気がした。
隠しきれない誠意と尊敬が、態度に溢れているのだ。

真也から見れば、何か弱みでも握られているのかな、と言うのが正直なところ。

「はい、すみません、今日とは聞いていませんでした。…先輩から、話がなかった理由、ですか?」
先輩。
雪虎が関わる話なのか。
真也はこのまま聞いていてもいいものか、瞬間、悩む。
いや単にプライベートの話なら気にもしないが、この会社の話題は聞けば命に関わるものもあるのだ。


君子危うきに近寄らず。


真也の危惧をよそに、浩介は沈痛に答える。
「おそらく、おれが目をつけられたからだと。…ええ、迎えの役目はずっとおれでしたから」



迎え?



そこまで聞いたところで、浩介と目が合う。正直、背筋が寒くなった。


あ、これはダメなやつだ。下手したら消される。
真也はすぐ目を逸らした。


聞いたことは忘れ、気持ちを切り替えようとしたところで。





「バイトくんを?」





どうも、話は真也に飛び火したようだ。
動きを止める。
ぎくしゃく、浩介を振り向いた。


「危なくは、…まあ、そうですが」


固まり、直立不動で話が終わるのを待つ真也。
「はい、はい…承知しました。では、住所を」

浩介は、メモ帳に相手の言葉を黙々と書き留めると、通話を切った。
そのときには、いつもの雰囲気が戻っている。

「あの、コウさん」

「残業だ、バイトくん」

飄々とした雰囲気で、有無を言わさず、浩介は真也にメモの切れ端を押し付けた。
受け取った紙片を見下ろした真也は、そこが、年季が入ったアパートの住所であることを確認。

「場所は分かるな」
頷けば、メモ紙を取り上げられる。

浩介はそれを細かくちぎりながら、言葉を続けた。





「仕事帰りに、お使いをたのむわ」








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