15 / 197
日誌・14 事件の解決、そしてはじまり
しおりを挟む
あの頃は、一日一日が、ひどかった。
妹が自分から命を手放して。
父の罵声と、言うなりに耐える母との生活に一旦、戻った頃。
雪虎の父・辰巳が信じられない行動に出たのだ。
事態は、なにもかも、雪虎の手に負えなかった。
妹は学生の頃、親公認で婚約した相手がいた。社会人だ。妹の就職先も決まり、結婚の時期も迫っていたらしい。それが。
他界する数日前、妹は相手から婚約破棄を申し入れられている。
父は、妹が死んだのは、それが原因だと告げた。
間違いない、と。
確信をもって。
だが。
妹の机にあった遺書は真っ先に父が読み、以後、誰の目にも触れられていない。
燃やしたのかもしれない。…父が。
だから、正直なところ。
妹の自殺の理由は、誰も知らない。
遺書に書かれてあったなら父親は知っているだろうが、彼がなんと言おうと、彼以外が遺書の中身を見ていない以上、本当のところは分からないとしか言いようがなかった。
こうなると、父にとって、不利なことが書かれていた可能性の方が、高い。
雪虎の父は、そういう人間だった。
なんにしろ彼は、こう言った。
―――――妹の元婚約者に非がある。
そうして、相手の家族に、慰謝料を請求した。
応じないとみると。
相手の職場へ出向き、目立つ場所に居座り、大声で怒鳴り散らすという行動に出た。
それで結局、いくばくかの金を受け取ったようだが。
味を占めたのか、その迷惑行為を繰り返し続けた。挙句。
相手が知り合いの弁護士を雇い、警察も巻き込んだ騒動に発展しかけたわけだ。
おろおろとするばかりの母親は、息子の雪虎に縋った。
どうにかしてくれ、と。
―――――お父さんを前科者にしたいの?
母は、そういう人間だった。
自分では何もしようとしないくせに、善人のような言葉を口にして、他人に責任を投げつける。妹の美鶴は、彼女によく似ていた。
なんにしろ、父親がどうなろうと、疲れ切っていた雪虎はどうでもよかった。
それでも、雪虎が重い腰を上げた理由は。
こんな、情けない騒ぎの口実にされた妹が哀れだったからだ。
所詮雪虎だ、妹の美鶴と仲のいい兄妹だったわけではない。とはいえ。
もう、いい。死ねば仏だ。今はただ、そっとしておいて、あげたかった。
雪虎が動いたのは、それだけの、小さな気持ちが、原動力だ。
けれどもすぐ、自身だけではどうにもならないと雪虎は判断―――――悩みに悩んだ挙句、プライドをすべて捨てて、月杜邸を訪れた。
そして、当時既に当主であり、結婚していた秀に、頭を下げたのだ。
事態を鎮めるのに助力してほしい、と。
恥知らずにも、願った。昔、彼に対して何をしたか、はっきり覚えていながら。
その時には、秀は八坂家に起きたすべてを聞き知っていたのだろう。
彼は余計なことは一つも言わず、即座に了承した。
遠縁の八坂家が、これ以上の見苦しさを晒すのは、秀にも耐えがたいものだったのかもしれない。
その代わり、と。
秀は、条件を出した。
雪虎から見れば、首をひねらずにいられない条件を。
―――――すべてが安全の範囲内で収まったら、相談に乗ってくれないかね。
相談。
月杜の当主が。こんな、情けない男に何を言うつもりなのか。
そもそも、雪虎が学生時代にしでかした数々を思い出せば。
相談に適さない相手だと、唾棄されるのが普通だ。
何もかも承知で、雪虎を選ぶ理由は何なのか。
いい推測はひとつも浮かばなかった。
秀にとって、雪虎への報復が前提だったとしても。
…仕方がない、話だ。
すべて身から出た錆。
なんでもしよう、と雪虎は頷いた。自嘲気味に。結果。
秀が動けば、解決は早かった。
どんな手段を使ったのか詳しくは聞いていないが、すべては元のさやに納まり、―――――一番問題だった、父親が大人しくなった。
もちろん、すぐに収まったわけではない。少しずつ少しずつ、…しかし、確実に。
手段がどうだろうと、結果が望み通りなのだ。文句はなかった。
事態が落ち着いて、しばらく後のこと。
雪虎は秀と、この離れで落ち合った。
ソファに座り、向き合い、礼を言った雪虎に、秀は静かに頷く。
…そうして、どれだけの時間が経ったのか。
秀は口を開かなかった。向かいに座った雪虎の膝を見つめ、黙り込んだまま。
相談、と言うのを待っていた雪虎は、内心、やっぱり止すことにしたのだと勝手に判断した。
というか、望んだ。
肩透かしの気分で、同時に、ホッとしながら、立ち上がる。
―――――なら、俺はこれで。
雪虎が立ち去ろうとするなり、秀が放った言葉。
それを思い出して。
雪虎はおもむろに息を止め。
適量たまった湯の中に、勢いよく頭のてっぺんまで沈んだ。
妹が自分から命を手放して。
父の罵声と、言うなりに耐える母との生活に一旦、戻った頃。
雪虎の父・辰巳が信じられない行動に出たのだ。
事態は、なにもかも、雪虎の手に負えなかった。
妹は学生の頃、親公認で婚約した相手がいた。社会人だ。妹の就職先も決まり、結婚の時期も迫っていたらしい。それが。
他界する数日前、妹は相手から婚約破棄を申し入れられている。
父は、妹が死んだのは、それが原因だと告げた。
間違いない、と。
確信をもって。
だが。
妹の机にあった遺書は真っ先に父が読み、以後、誰の目にも触れられていない。
燃やしたのかもしれない。…父が。
だから、正直なところ。
妹の自殺の理由は、誰も知らない。
遺書に書かれてあったなら父親は知っているだろうが、彼がなんと言おうと、彼以外が遺書の中身を見ていない以上、本当のところは分からないとしか言いようがなかった。
こうなると、父にとって、不利なことが書かれていた可能性の方が、高い。
雪虎の父は、そういう人間だった。
なんにしろ彼は、こう言った。
―――――妹の元婚約者に非がある。
そうして、相手の家族に、慰謝料を請求した。
応じないとみると。
相手の職場へ出向き、目立つ場所に居座り、大声で怒鳴り散らすという行動に出た。
それで結局、いくばくかの金を受け取ったようだが。
味を占めたのか、その迷惑行為を繰り返し続けた。挙句。
相手が知り合いの弁護士を雇い、警察も巻き込んだ騒動に発展しかけたわけだ。
おろおろとするばかりの母親は、息子の雪虎に縋った。
どうにかしてくれ、と。
―――――お父さんを前科者にしたいの?
母は、そういう人間だった。
自分では何もしようとしないくせに、善人のような言葉を口にして、他人に責任を投げつける。妹の美鶴は、彼女によく似ていた。
なんにしろ、父親がどうなろうと、疲れ切っていた雪虎はどうでもよかった。
それでも、雪虎が重い腰を上げた理由は。
こんな、情けない騒ぎの口実にされた妹が哀れだったからだ。
所詮雪虎だ、妹の美鶴と仲のいい兄妹だったわけではない。とはいえ。
もう、いい。死ねば仏だ。今はただ、そっとしておいて、あげたかった。
雪虎が動いたのは、それだけの、小さな気持ちが、原動力だ。
けれどもすぐ、自身だけではどうにもならないと雪虎は判断―――――悩みに悩んだ挙句、プライドをすべて捨てて、月杜邸を訪れた。
そして、当時既に当主であり、結婚していた秀に、頭を下げたのだ。
事態を鎮めるのに助力してほしい、と。
恥知らずにも、願った。昔、彼に対して何をしたか、はっきり覚えていながら。
その時には、秀は八坂家に起きたすべてを聞き知っていたのだろう。
彼は余計なことは一つも言わず、即座に了承した。
遠縁の八坂家が、これ以上の見苦しさを晒すのは、秀にも耐えがたいものだったのかもしれない。
その代わり、と。
秀は、条件を出した。
雪虎から見れば、首をひねらずにいられない条件を。
―――――すべてが安全の範囲内で収まったら、相談に乗ってくれないかね。
相談。
月杜の当主が。こんな、情けない男に何を言うつもりなのか。
そもそも、雪虎が学生時代にしでかした数々を思い出せば。
相談に適さない相手だと、唾棄されるのが普通だ。
何もかも承知で、雪虎を選ぶ理由は何なのか。
いい推測はひとつも浮かばなかった。
秀にとって、雪虎への報復が前提だったとしても。
…仕方がない、話だ。
すべて身から出た錆。
なんでもしよう、と雪虎は頷いた。自嘲気味に。結果。
秀が動けば、解決は早かった。
どんな手段を使ったのか詳しくは聞いていないが、すべては元のさやに納まり、―――――一番問題だった、父親が大人しくなった。
もちろん、すぐに収まったわけではない。少しずつ少しずつ、…しかし、確実に。
手段がどうだろうと、結果が望み通りなのだ。文句はなかった。
事態が落ち着いて、しばらく後のこと。
雪虎は秀と、この離れで落ち合った。
ソファに座り、向き合い、礼を言った雪虎に、秀は静かに頷く。
…そうして、どれだけの時間が経ったのか。
秀は口を開かなかった。向かいに座った雪虎の膝を見つめ、黙り込んだまま。
相談、と言うのを待っていた雪虎は、内心、やっぱり止すことにしたのだと勝手に判断した。
というか、望んだ。
肩透かしの気分で、同時に、ホッとしながら、立ち上がる。
―――――なら、俺はこれで。
雪虎が立ち去ろうとするなり、秀が放った言葉。
それを思い出して。
雪虎はおもむろに息を止め。
適量たまった湯の中に、勢いよく頭のてっぺんまで沈んだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる