16 / 197
日誌・15 ちぐはぐ
しおりを挟む月杜邸の離れで、秀と向き合った日は。
夏の盛り。そう。
秋口の騒動から、季節は巡り、夏が来ていた。
ようやく就職活動をはじめた雪虎は、この後は面接の申し込みの電話でもしようかと余所事を考え始めていたところだ。
そこへ、その言葉は横殴りに飛び込んできた。
秀の口が閉ざされる。
腰を浮かした格好で、雪虎は固まった。
秀の表情は、いつも通り。気まずげな様子もない。威風堂々。旧家の主に相応しい態度だ。
聞き違いかな。
今聞いた限りでは、目の前に座る眉目秀麗な男はこう言ったような気がする。
―――――たたないのだ、と。
…まずは確認だ。雪虎はぎこちなく尋ねた。
「たたないって、計画が立たないとか、家が建たないとか、…そういう…?」
めぐりの悪い頭を必死に巡らせ、雪虎は言葉を紡いだが。
首を横に振った秀は、きっぱり言い切った。
「子作りができない」
雪虎の身体から力が抜ける。座り込んだ。ソファに逆戻りだ。
よく分かった。
たたない―――――つまりは、アレのことか。
そんなこと、なぜ雪虎に話すのか。恨めしい気分になった。
気まずすぎる。
知り合いの性生活になど首を突っ込みたくはない。しかも、相手は、子供の頃からの知り合いだ。居たたまれない。
秀の顔が見られなかった。かと言って、視線を下げるのも気まずい。
妥協案で、秀の胸元に、視線を固定。
言いにくい気持ちが張り付く喉に、必死で声を通した。
「いや、けど…中学の時は、勃ってた、でしょう」
それこそ、これは、雪虎が、怒りに任せて秀を押し倒した時の話だ。
言いにくいどころか。まるで罪の告白だ。
かつて。
雪虎と言う少年は。
妬みが強く。
怒りが強く。
かつ、それらの感情に、簡単に乗っ取られた。
脆い容器に、煮えたぎった溶岩が常に煮立っているような。
容器が壊れたら、それで終わり。周囲を容赦なく巻き込んで、破滅に突き進む。
当時、生徒会長だった秀は、今よりずっと線が細く。
一見、少女のようで。
中学一年生の雪虎と比べても、中学三年生の秀の方が小柄だった。
彼は、高校生になっていきなり伸びたタイプだ。
それでも、中身は今と同じ。…とくれば。
無茶苦茶をやっていた雪虎を、その日も平気で窘めた。
当たり前のことを言って。ごく、普通に。
たった、それだけで。
雪虎の感情は爆発した。
気付けば、秀を、雪虎は力任せに床へ引き倒していた。
―――――もともと、限界までため込んでいたのだ。
いっさいが雪虎より優れていた秀への妬みを。
比較される怒りを。
それは、欲望、と言うよりも。
―――――ただ、相手を屈服させたい。そんな、理由で。
思い出すたび、ひどく息苦しくなる。
半日もの拘束の後、ようやく解放された秀は、
―――――これで、満足か。
他人事のように言った。
無茶苦茶にされているのに、まったく、けがれていない態度で。
それで、雪虎は芯まで理解した。
秀にとって、雪虎のすることなど。
一筋の傷にだって、ならないのだ。
惨めだった。
ひたすら。
空しかった。
秀は、今―――――その時と同じような、他人事然とした態度で、告げる。
「あのとき以前も以後も、私のモノがあのような状態になったことはない」
つまり、勃起したことは雪虎の前以外では、一度もないということだ。
…あるのだろうか、そんなことが。
男性器の勃起など、排泄と同じレベルの話で、ごく自然な生理現象ではないのだろうか。
昨今、スキップができないとか、正座ができないとか言う子供がいるそうだが、それとはまた別の問題のはずだ。
第一、それが事実なら。
これほどの男が、一度も誰も抱いたことがないことになる。
雪虎は遠い目になった。確信。
ないだろう。
茜なら、真相を知っているだろうが。
彼女の顔を思い出し、内心、首を横に振る。
聞けるものではない。
だが万が一、事実なら。つい、難しい顔になる。
(俺の、せい、…とか?)
まさかな、と自嘲。秀にとって、雪虎がそこまで重い存在のはずがない。
彼の行為が、秀に傷を残すなんて、…そんなふうには、自惚れられない。
仮に。
そう、仮に、だ。
事実なら。
これは、真性か? だったら、病院に行け、としか言いようがないが。
雪虎は知っている。
かつて秀は、行為の最中、―――――反応した。
いっとき、目が据わる。
嘘か本当か、もう一度、試すのが手っ取り早いが。
雪虎は信じきれない気持ちを隠さず、胡乱な態度で尋ねた。
「他人の裸を見ても? …あー、男女関係なくって前提で」
「裸は裸だろう」
赤色は赤色、という態度で秀は断言。動揺も情緒もへったくれない。
それが逆に、雪虎にとっては救いだった。言いにくさが、少しは減る。
この際だ、とばかりに聞きにくい言葉を重ねた。
「エロ本見ても、セックスの動画見ても、―――――映画、小説、漫画、なんでもいい、巷に溢れ返った刺激物は、どんな興奮も会長にもたらさなかったんですか?」
言いながら、途中で思う。
そんなもの、秀が目にするものか。周囲が、まず、止める。だが。
「ああ、皆が遠慮がちにすすめてきたあれらか」
勧めたのか。周りが。
雪虎は絶句。
とはいえ、確かに皆、心配になるだろう。
秀の身体の状態が、自己申告通りだと信じれば。
とはいえ、いくら秀でも、そういった自身の状態は、身内の信頼できる相手にしか話していないだろうが。
「それはそういうもの、としか判断できなかった。刺激となるのか、ああいうものが」
普通の顔をしているが、まったく理解していないことは理解できた。
話していると、分かる。何かが、ちぐはぐだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる