トラに花々

野中

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「お互い、楽しもう」

これは、気遣いや、誘惑などではない。単なる本音だ。



ただ、強調したいのは、楽しもう、というよりも、一方的なのは嫌だ、と言外に告げた方の言葉だ。



どんな反応が返るのかと思いきや、





「…いいの?」





聴こえたのは、弱々しい声。

許しを乞うような言葉。


恭也の本音を探るように、思わず雪虎は半眼になった。

押し倒しておいて、この物言い。
どこまでも強気のくせに、肝心なところで臆するのは、一体どうしたわけか。

憮然となった雪虎が、口を開く寸前、


「ぼくがこのまま進めても、トラさんは」
恭也は、差し伸べられた雪虎の手を掴んだ。
子供のように稚い仕草で、縋るように。

しっかり、掴んでから、真剣に尋ねてくる。







「死なない?」







―――――その瞳に、いつもの余裕は欠片もない。

何の冗談だ、と笑い飛ばそうとした雪虎は、寸前で止めた。

印象的な紺碧の瞳は、燃え上がるようにまっすぐで。



…切実だった。



そこで、ようやく思い出す。
恭也が今まで身体を重ねた相手は雪虎以外、…確か、全員――――――。


雪虎は、ふ、と身体の芯が冷える心地を覚えた。


感じたのは、自身の身の安全に対する不安ではない。
そうではなく、ただ、…痛ましかった。

恭也が抱える、奥深い闇が。


それは『悪魔』そのものとは違う。







『悪魔』という存在を抱えた人間の歪みだ。







なるほど、だから。

恭也は雪虎に手を出しかねていたのか。
怯えているのだ。この死神が。下手なことをすれば、雪虎を殺してしまうかもしれない、その可能性に。
この時。

突き付けられたこの事実だけに、雪虎は目を奪われていた。ゆえに。





あまり、考えもしなかった。
もし、雪虎を殺すかもしれない、という抑制の鎖が外れたならば。

―――――死神という存在が自身の欲望をちゃんと堪えられるか、ということを。





「…何度も試したろう」
気付けば、雪虎は微笑んでいた。
慰めるように。励ますように。



恭也は、どこか、呆然とした表情を浮かべている。顔は、強張っていた。…恐怖に。



(死神が、相手に与えるかもしれない死を恐れる、なんてな)

雪虎は、掴まれていない方の手で、そうっと恭也の腕に触れる。



あとから雪虎は、この時恭也に告げた言葉と、誘ったことを心から悔いることになるが、少なくともそれは今ではない。



「逆も大丈夫だ。ただし」
ただ、この時真剣に願ったことは。


「乱暴には、するな」


どうも恭也は、加減というか、相手の体力を思いやることが下手だ。自身の体力が無尽蔵なためだろう。

だからと言って、他人を自分と同じように見られては困る。
それにやはり、もともとの力が素で強い。

下手に受け身を選び取れば、雪虎の身体が壊れそうだ。なにより、今となっては、体格に差がある。

言い聞かせるように雪虎が触れれば、恭也の身体が、小さく震えた。
まるで、恭也の方がか弱いような態度だ。

促されるように、恭也は掴んでいた、雪虎の手を持ち上げて。




「…うん」




恭也は、真剣な顔で、その指先に口づけた。目は、雪虎を見つめたままだ。

視線を雪虎から外さず、恭也は。





今度は、雪虎の掌に唇を押し付けた。忠実な騎士のように、丁寧に。そう、して。


いっきに、手首まで舐め下ろす。寸前とは打って変わって、ケダモノめいた仕草で。


そのときにはもう、不安そうな子供のようだった眼差しが。




野性の獣めいたものに変わっている。―――――恐ろしく挑戦的で、挑発的。




頭から食われそうな感じに、雪虎の、心のどこかが竦んだけれど、それ以上に。

雪虎は楽しくなった。
思わず、不敵に笑ってしまう。

そう来なくては、風見恭也ではない。

こうなれば、竦んだままでは、本当に、恭也に壊されてしまう。
これから始まるのは、油断のならないセックスだ。なに、恭也相手なら、いつもと同じ。

身を屈めてくる恭也の頭を胸に抱き寄せながら、雪虎は尋ねた。




「で? ―――――俺たちが、伝承を継承し続ける理由ってのは?」

身体への刺激に溺れ、翻弄されないためには、意識をしっかり保っている必要がある。
意識を身体から逃がすには、この話題は絶好のものだった。




合間に、恭也が、雪虎の喉元に口付ける。
反射で仰け反ったのは、それなりに、雪虎も緊張しているからだ。

受け身の経験がないわけではないが、少ない。どうしても、身体が強張る。
恭也は、どこか上の空の態度で答えた。



「欲望だよ」



「…それは、『悪魔』の話か?」
『悪魔』の話であるなら、そうかもしれない。
だが月杜の場合は、欲望がきっかけではないだろう。

どちらかと言えばその発祥は、妬みにある。

「まあ、『悪魔』への願いなんて、ソレしかないよね。誰かが望んだから、その望みが『悪魔』を呼び、力をふるうようになった」
首筋に、恭也の息がかかった。くすぐったさに肩を竦めれば、今度は強く吸い上げられる。

目立つ場所に痕を残されるのは困る。

が、下手なことを言えば恭也がどう出るか読めない。
言いあぐねている間に、服の下へ、恭也の手が潜り込んできた。

身体の輪郭をじっくり確かめるように肌を直接撫でる感触に、雪虎は息を詰める。



「前から思ってたけど、トラさんて」



遊びの一つもない真面目な声で、恭也。


「肌きれいだよね」


きれいというなら、恭也の方が格段に上だと思うが。
あえて異論は挟まず、そうか、と頷くにとどめた。

だが、恭也が本気でそう思っていることは、手の動きで分かる。
指先が舐めるように、雪虎の身体の線を辿っていく。

「なら、欲望ってのは、はじまりのきっかけに過ぎないんじゃないか? 続く理由も欲望なのか?」

「そうだよ」
恭也は息だけで笑った。



「今なお『悪魔』の力が続いているのは、それをずっと望み続ける誰かの欲望があるからだ」



―――――恐怖しながらも望み続けるとは、人間も業が深い。
だがその気持ちも分からないでもなかった。

恭也が周囲にもたらすものは根深い破滅だが、それは強力だ。

失うには惜しいと考える者も出てくるだろう。





雪虎の体質などは、使い道がなくて手元にあっても困るだけだが。





「『悪魔』を滅ぼしたいなら、コレを知り、望む者全員を始末しなきゃならないかもね」
恭也は他人事のように言った。

「…それ以外に方法はないのか」

「警戒しないでよ。そんなことしないから。現実的じゃないでしょ」

言うなり。
恭也の指先が、雪虎の乳首を捕らえた。その刺激に、雪虎がふっと息を引いた、刹那。







「月杜の『祟り』もそうだよ」

言葉の内容を、雪虎がきちんと理解する寸前。
緊張にか、すっかり勃ち上がっていたそれを、恭也の指先が強くひねった。



「望まれるからこそ、産まれるんだ」







「…っ、ばか、言うな…っ」









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