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日誌・140 過去の彼方
しおりを挟む痛みの中に、微かだが、むず痒いような感覚が走る。
反射で仰け反った。
枕に後頭部を押し付けた状態で、雪虎は首を横に振る。驚きというより、困惑に。
まさか、そんなのは、あり得ない。
―――――『祟り』を望む者が存在するなど。
…もし、それが本当だとしたら。
誰が望む。
なんのために?
秀が宿すような『鬼』。
恭也が宿すような『悪魔』。
そして、大河が宿すような『妖』。
それらのように、現実的として、実際に有用な力足り得るそれらなら、ともかく。
―――――祟りなど。何の利益にもならない。誰の役にも立たない。むしろ、邪魔なだけだ。
そんなものを、あえて望む者がいるとしたら。
…理由は、なんだ?
雪虎では、思いつきもしない。
「ほんと、ばかだよね?」
いきなりひどい扱いを受け、熱を孕んだ雪虎の肉芽を、恭也は次に、執拗に指先で撫でまわし始める。
雪虎の背に、さざ波めいた痙攣が走った。
一瞬、胸元に雪虎が気を取られた刹那、恭也は耳元で囁く。
「帰ったら、聞いてみるといい」
いっそ優しげに、次に続いた言葉こそ、…悪魔の囁きと言えたかもしれない。
「…月杜の『鬼』は祟り憑きの存在を望むのかと」
いっとき、雪虎の思考が止まる。息さえ忘れた。
その言葉は、無防備だった心に、ストン、と落ちて―――――激情となって、跳ね返った。
「殺し屋、お前…っ!」
湧き上がった憤怒に突き動かされ、恭也を突き飛ばそうと雪虎の手が、のしかかってくる身体の肩を掴む。
恭也の言い方では、まるで。
―――――望んでいるのは、秀だ、と言っているようではないか。
いや、まるで、ではない。恭也はそう言っているのだ。
(会長に限って、そんなバカな話が…っ)
雪虎の視界の端に、恭也の口元が笑みの弧を描いたのが見えた。刹那。
雪虎の身体が反転。
気付けば、枕に顔を埋めていた。
うつ伏せにされている。
両腕は自由、だが。恭也が背にのしかかっていて、ろくに動けない。
さらに、怒気を孕んだ声を上げかけた雪虎を制するように、
「―――――…知りたがったのは」
恭也は氷のように冷酷は声を放った。
「トラさんだよ」
冷水を浴びせられた気分だ。
…その通りだ。落ち着け、と雪虎は自身に言い聞かせた。
恭也の性は、『悪魔』だと、知っているではないか。今更、何を動じるのか。
これでは、雪虎の動揺は、恭也の言葉を真実だと認めているようなものだ。
恭也にどんなつもりがあるか知らないが、そんなわけがない。
月杜秀は巌のように不動の、冷静沈着な男だ。『祟り』を根絶やしにしたいと考えるならともかく、出現を待ち望んだりするはずがない。
長い月日がかかっても、月杜の血の中から浄化できないほど、受け止めた『祟り』は強烈だった―――――それだけの話だ。
顔を横に向け、雪虎は大きく息を吐きだした。
幾分か、落ち着いた声で言った。
「月杜が、『祟り』の消滅を願うならともかく、…望む理由なんて、ないだろ」
とたん、まるで簡単な足し算の答え合わせでもするように、恭也はさらりと告げる。
「愛してたんでしょ?」
聞くなり。
一見、何の脈絡もない言葉に、雪虎は内心、首をひねった。
…愛していた。いったい、何の話だ。
「月杜の、はじまりの物語を思い出してよ」
言いながら、恭也は雪虎の背中に胸を合わせてくる。だが、先ほどのように、のしかかる感じではない。
恭也の身体で、雪虎の身体を包み込んでくるような。だからこそ、逆に。
ぴったりと、身体が重なり合う感覚が強まる。とたん、微かに、雪虎の下腹部が震えた。そこから、覚えのある何かが這いあがろうとしている。
雪虎はそれを、奥歯を食いしばるようにして、押し殺す。
そうしながら、はじまりの物語へ思いを馳せた。
脳裏に蘇ったそれは、さやかの声をしている。
その合間にも、恭也が耳元で悪戯気に囁いてきた。
「始祖の鬼は」
言いながら、恭也の手が動く。
急くように、下着ごと雪虎のズボンをずりおろした。
性急さに、シーツを掴んだ雪虎の手が、ぴく、と動揺に跳ねる。
敏感に察した恭也が、息だけで笑った。
跳ねた手を、揶揄するように、一方の手で上から握りこんでくる。
「祟り憑きを」
もう一方で、晒された雪虎の腰骨付近を、つ、と指先で辿り。
恭也は、臀部の肉を掴んだ。捏ねるように、押し揉めば。緊張にか、雪虎の息が乱れた。
雪虎が、額を枕に押し付ける。
何かを堪えるように、恭也の眼下にある雪虎の首筋に、緊張が走った。
恭也が触れた結果の―――――新鮮な雪虎の反応に。
恭也の中で、ぞくりと疼きが生じる。それはかつてない強い興奮をもたらした。
雪虎に触れた。
それだけで、乱れそうになる息を抑え、
「愛してた。…でしょ?」
念を押すように、恭也は繰り返す。…ただ。
『鬼』はその女性を愛していた、と記述は残っているが、逆は書かれていない。
不思議なほど、女性側の気持ちの記述はなかった。
そこに何らかの思惑があったのか、それとも単に男尊女卑の思想の顕れかは、今となっては不明だ。
ただ、確かなことは。
代々、血統に現れる祟り憑きを守ると定めた『鬼』が何を望んだかということ。
鬼はおそらく―――――強く望んだ。
生と死の境界すら跳ねのけるほど強く。
その女と、再び生を共にすることを。
本当は愛し合っていなかったから、『再び』を望んだのかもしれない。
もしくは、正反対に。
本気で愛し合っていたから、『再び』を望んだのかもしれない。
真実は、過去の彼方に消え去って、今では知る由もない。いずれにせよ。
「『鬼』が望むからこそ生まれるんだ」
言いながら、恭也は淫猥な動きで、雪虎の尻の肉を押し広げた。
「祟り憑きは、ね」
「…まるで」
うつ伏せのまま、雪虎は不敵に笑う。
「真実みたいに言うじゃないか。…会長が嫌いなのか?」
子供っぽいことを言ってしまったな、とすぐ雪虎が後悔するなり。
「ぼくが嫌いなのは、月杜の御方じゃないよ」
雪虎の不機嫌に気付いていながら、恭也は平然と応じた。
「あの人とは、端から立ち位置が違う。その意味で言えば」
一瞬、視線を横へ流し、恭也は鼻を鳴らす。
「ぼくは山本ってやつが嫌いだね」
思わぬところで本音を吐かれ、雪虎は戸惑った。意外だ。
恭也が、好きだとか嫌いだとか言う感情を抱くことが。なにより、それを素直に口に出したことが。
「…後輩が?」
思わず呆気にとられ、呟く。が、恭也はそれ以上、言葉を重ねる気配はなかった。
雪虎は嘆息。
なんにしたって、恭也の言葉を鵜呑みには、しかねた。
信じかねる、というのが、事実だ。それでも、きっと。
(…聞く他、ないか)
雪虎は、恭也の提案とおりにするのだろう。
愚直にも、雪虎は秀に真っ直ぐ尋ねる方法しか思いつかない。
―――――あなたは祟り憑きの存在を望むのか、と。
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