駆け出せ、メグミ 〜裸の性、裸の生き様〜

寸陳ハウスのオカア・ハン

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第9話 まだ生きてます

 風が冷たくなってきた。年の瀬の冬、吐く息は白くなっていた。

 撮影所の駐車場でひと息つくメグミの身体には、まだ熱が残っていた。
 今日の現場も、無事に終えた。『制欲処理係のOLたち』という企画のAV。なんてことない設定だったが、男優やスタッフからの扱いは、以前より明らかに変わっていた。

「メグミちゃん、現場慣れしてきたね」
「今日、他の子たちフォローしてくれて助かったわ。おかけで空気よくなったよ」
 そう言ってもらえることが、素直に嬉しかった。
 春、専業のAV女優としてスタートしたころは、こんなふうに声をかけてもらえることすらなかった。とにかく自分がどう見られているかばかり気にして、ぎこちなく笑っていた。たぶん、カメラの前でも空回りしていた。
 でも今は違う。たくさんの撮影とセックスを経験して、少しずつ、自分の立ち位置が見えてきている。

 特に大きかったのは──ハルカとの共演だった。

 「本気のセックス」がしたい、表現したい、届けたいと模索していたとき、偶然巡り合った、常に本気でセックスする快楽主義者。彼女の、あの圧倒的な性の匂いに触れて、何かが開いた。
 並んで撮影するのは怖かったけど、終わったあとは、ちゃんと胸を張れた。演技と本気、仕事としての性、作品への向き合い方、いろんなことに自信が持てるようになった。

(私は、できた。やれたんだ)

 あのあと、ハルカとは、プライベートでもやり取りしていた。
 おもしろい子だった。ぶっ飛んでいるように見えるが、彼女なりに考えてることは多く、その視点から得るものは多かった。

 撮影所から出るとき、入れ替わりで入ってきたチームの中で、久々に顔を合わせた人たちがいた。

 頑固なラーメン屋のような男が、自販機の前でコーヒーを買っていた。
「……メグミ? お、久しぶり。元気でやってるか?」
 かつてローション風呂の撮影のとき、自分に「演技と本気の違い」を教えてくれた監督のトミタカは、にっと笑って言った。
「はい、どうにか……。まだ生きてます」
 思わず、背筋が伸びた。メグミは一度、深くお辞儀をした。

 監督の隣には、あのとき共演した男優、ハセもいた。
「最近どう? ちゃんとやれてる?」
「……はい。なんとか、少しずつ……」
 メグミは目を逸らしながら、小さく頷いた。
 初めてセックスで絶頂したときの相手。しかもAVの撮影中での出来事。思い出すと、嬉しいような、恥ずかしいような、いろんな感情が込み上げてくる。

「そっか。それならよかった」
 ハセは何でもない様子で優しく微笑むと、缶コーヒーを手渡してくれた。

 3人でコーヒーを飲みながら話した。手元の缶コーヒーはあたたかかった。他愛のない会話だったが、メグミは嬉しかった。

 そんなとき、トミタカが思い出したように言った。
「あ、そういえば見たよ。あのハルカとのやつ。あれ、すげぇよかったって噂になってるぜ」

「えっ……!」

「あの子と最後まで渡り合ってて、スタッフもびっくりしてた。男優も、メグミのおかげで最後までやれたって言ってたし」

 メグミは思わず目を伏せた。けれど胸の奥が、ふっとあたたかくなる。

「メグミの本気、伝わってるよ」

「……ありがとうございます」

「頑張って。お前、まだまだ伸びるからさ」

 監督の言葉が、心に染みた。
 メグミはふたりに何度も頭を下げて、その場を離れた。肩に乗っていた何かが、すっと軽くなるのを感じながら……。


***


 事務所に戻ると、マネージャーのムライがパソコンの前で呼び止めてきた。

「おかえり。あ、メグミさん、ちょっと面白いデータ出てたから、見てって」

「データ?」

 パソコンの画面には、事務所のホームページに掲載されているメグミの女優紹介ページと、広報用のSNSアカウント、そして英数字の羅列が映っていた。何の画面が訊くと、アクセスログだと彼は言った。

「これね。ここ一週間くらいで、メグミさんのページに異常にアクセスが集中してる時間帯があってさ……」

 マウスを動かしながら、ムライさんが説明する。

「短時間でページ遷移してるし、紹介動画も視聴履歴がある。SNSの閲覧回数も一気に増えてて、いいねされた時間もリンクしてる。でも、IPは同じところからなんだよね」

「……えっと、つまり?」

「ひとりの、かなり熱心なファンだと思う。機械的じゃない、手動の動き方してるしね」

 ムライは、プロっぽい手付きでウィンドウを切り替えながら、ツールを立ち上げ、IPアドレスの確認の仕方や、アクセス元の地域推定、履歴の解析方法まで、ざっと説明してくれた。ただし、メグミは全然ついていけてなかったが……。

「すごい……。そんなふうに、わかるんですね」
「まあね。ログって、嘘つかないから」
 ディスプレイに映る、繰り返されるアクセスの記録。夜遅く。早朝。休日の昼間。
 何度も、何度も、自分の名前を検索して、ページを開いて、作品を見てくれている──そんな誰かがいる。

 メグミは静かにモニターを見つめた。

「……ちょっと、嬉しいかも」

 ぽつりと漏らすと、ムライがふっと笑った。

「ね? ちゃんと見てる人、いるでしょ」

 メグミは頷いた。

 まだ、生きている。この仕事も、この身体も、このセックスも。ちゃんと誰かに届いている。

 そう思えたことで、ほんの少しだけ、自分が強くなれた気がした。

 夜。メグミは事務所の窓ガラスに映る自分の顔を見た。
 特別美人でも、スタイルが良いわけでもない。地味で、身体はそこそこ。どこにでもいそうな、そんな人間。

 でもメグミは、「そこにいる」という実感を得ていた。

 目立たなくても、派手さはなくても、画面の内と外での戦いは、静かに続いている。
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