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第16話 届きたい
『黒ギャルのヒカリ、白ギャルのメグミ!』
例のビーチでの撮影以降、しばらくの間、そんなキャッチコピーで売り出された。
現場での評判は悪くなかった。プロ意識の塊のようなヒカリとの掛け合いはやりやすいし、スタッフ受けも良好。けれど売上や再生数は、いまいち伸び悩んでいた。
(まあ、そんなもんか)
特別な打ち上げもなかった夏の終わりを思い出しながら、メグミはそう心の中で呟いた。
でも、何もかもが空振りだったわけじゃなかった。
ネットやSNS、匿名掲示板の片隅で、メグミの名前を挙げる声がちらほらと目に入るようになった。
『演技がうまいだけじゃない。本気でセックスしてるし、たまにマジイキしてる』
『見た目地味だけど、リアルにいそうな感じがいい。着痩せするむっちりDカップのエロボディが生々しい』
『この子、なんか伝わってくるし、応援したくなる。がんばれメグミ!』
目立つわけじゃない。でも、確かに見てくれてる人がいる。
──届いてるんだ。ほんの少しでも、自分の思いが、自分の表現が、自分のセックスが。
そんな実感が、メグミの胸を静かに満たしていた。
***
「メグミさん。レイさんと、もう一回やってみない?」
夏の暑さが消え、夜の風が冷たくなり始めた秋、マネージャーのムライが切り出した。
昼下がりの事務所。メグミは飲んでいたペットボトルの水を、一瞬止めた。
「レイさん……と?」
「うん。今度はガチのドラマ企画。主演はレイさんで確定だけど、共演者についてはあっち側から指名来てる。レイさんが、メグミさんはどうかって」
心臓が、どくん、と跳ねた。
「……私、で?」
「そう。例のビーチのやつとか、白ギャルのメグミのキャラで勢いあるし、面白いかもって。どう? やる?」
顔が引き攣っている自覚はあった。
怖い……。また、前と同じように圧倒されたらと思うと……正直、逃げたかった。
でも、例のビーチを乗り越えた自分なら、今なら、立てるかもしれない。
「……やります。お願いします」
声に少し震えが混じった。でも、メグミは前に踏み出していた。
「メグミさんなら大丈夫。よろしくね」
ムライはノートパソコンを開くと、メールを作成しながら、満足げに頷いた。
撮影は2ヶ月後……。その日から、メグミの準備が始まった。
***
メグミはまず、自分の心身を整えることから始めた。
疲れや肌荒れの改善、コンディションを維持するため、食事に気を遣うようになった。
「料理って、ほんと苦手で……」
久しぶりに連絡を取ったカナにそう打ち明けると、クスッと笑われた。
「バーベキューのときも言ったじゃん! あれ、料理ってほどのもんじゃないって!」
週末、カナに自宅へ来てもらい、一緒に料理を作った。
教わった味噌汁は、やけに優しかった。食べながら、メグミの目には涙がにじんでいた。
「最近、何かあったの?」
一緒にご飯を食べているとき、カナが訊いてきた。
「……〇〇レイって女優さん、知ってる? 今度、またその人と共演することになって」
レイの名前を口にした瞬間、メグミの手は止まっていた。
「前にも一度撮影したんだけど。そのときは何もできなくて……、それで……。また同じようになったらどうしようって考えると……ちょっと、怖いんだ」
箸を持つ指先が震えていた。
メグミが答えると、カナはふっと息を吐いて、顔を上げた。
「怖いって思うの、いいことだと思うよ?」
「え?」
「メグちゃんは、挑戦しようとしてるからそう感じるんだよ。最初から諦めてたら、別に何も思わないもん」
そう言って笑うカナの目は、飾り気がなく、不思議な温かさを湛えていた。
「例のビーチのときだってそうだったよ。暑くて、雑で、グダグダな現場だったけど、メグちゃんは自分で考えて、ちゃんと仕事として向き合って、走り切ったじゃん。すごいと思ったよ、私は」
「……私、そんなに立派じゃないよ」
思わず、自嘲が漏れる。
「立派とかじゃなくてさ。メグちゃんの覚悟や本気って、周りを動かす力があるんだよ。生き様っていうか、パワーっていうか。私だけじゃなくて、みんなにもちゃんと伝わってる。だから、レイさんって人との撮影でも、きっと大丈夫だよ」
カナの言葉に、胸の奥がすっと軽くなった。
メグミの胸の奥に、小さな火が灯る。
孤独でも、ひとりきりでもない。カナは信じてくれている。それだけで、目の奥がじんわりと熱くなった。
***
食生活の改善と合わせて、メグミはネットでレイの過去作を漁った。
メーカー専属としてデビューした作品をクリックする。
驚いた。表紙のビジュアルからして、今のレイとは別人だった。厚い化粧、派手な衣装、どこか不安げな笑顔。蛇をイメージさせるミステリアスな視線もなければ、身体つきもどこか野暮ったい。
メグミは動画を購入すると、興味半分、怖さ半分で再生ボタンを押した。
「〇〇レイ。20歳です。身長は155cmで、スリーサイズは、上から86、59、87……。バストは……、Dカップです」
──違う。
映像の中のレイは、確かに綺麗だった。でも、ぎこちなかった。セリフ回しも硬く、体の使い方もどこか不自然で……。
そして中盤、男優の激しいピストンの最中、ふと目が泳いだ。
「……っ、ひゃ、あ、あっ……!」
小さく、吐息が漏れた。
スリップしてる。演技ではなく、本気で感じてしまった痕跡。
だがメグミには、それが「人間らしさ」に思えた。
「……レイさんも、最初は同じだったんだ」
完璧に見えていた人にも、はじまりはあった。
自分と同じように、戸惑い、飲まれ、それでもその先に進んだ人。
──届くかもしれない。いや、届きたい。
メグミは初めて、レイへと繋がる道筋を見た気がした。
***
「台本、上がったみたい」
企画ものの撮影後、マネージャーのムライが台本を手渡してきた。
内容は『不倫ドラマ』
レイは妻役、メグミは不倫相手役。あとは夫役の男優がひとり。守る女と奪う女。構図はシンプルだ。
メグミは頭の中で何度も台本をなぞった。動き、セリフ、展開を叩き込み、シミュレーションした。
でも、まだ足りない。イメージが作りきれていない。今のままでは、レイの出方に対応できない。
演技とセックスの精度の向上、そしてレイの人物像について、さらなる具体化が必要だった。
スケジュールをこなしながら、現場では様々な関係者に話を聞いた。
「レイさんって、どんな人なんですか?」
ただの好奇心ではない。メグミは、AV女優のレイについて、真剣に知ろうとしていた。
「なになに。レイさんがどうしたの?」
中には興味本位で茶化されたり、鼻で笑われることもあった。でも、真面目に答えてくれる人もいた。
「現場のコントロール力はずば抜けているけど、受けに回るのは苦手っぽいね」
「今でこそすっかり演技派女優だけど、デビューしたてのころは、男優の責めでタジタジだったよ」
「レイさんはレイってキャラを演じてるんだよ。もし演技が崩れたら……そのときは、素が出てくるかもね」
一言一言が重かった。メグミはそれらを噛み締め、自分の内側に染み渡らせていった。
レイの仮面は、厚くて硬い。5年というキャリアの差も、埋めがたい。
だから、自分はやる。準備できることは、事前にやれることは、全部やる。
レイとの共演に向け、メグミは自分の思いを、自分の表現を、自分のセックスを追求し続けた。
***
撮影当日の朝。カナからメッセージが届いた。
『撮影、がんばってね』
一言。だけど、心から励まされた。
メグミはスマホをタップし返信すると、自宅玄関の扉を開けた。
冬の空は暗く重い。でも、もう心は決まっている。
メグミは、撮影場所へと歩き出した。
撮影は始まってしまえば一瞬──だから、一瞬だけでも、届きたい──その気持ちだけが、今の自分を動かしている。
例のビーチでの撮影以降、しばらくの間、そんなキャッチコピーで売り出された。
現場での評判は悪くなかった。プロ意識の塊のようなヒカリとの掛け合いはやりやすいし、スタッフ受けも良好。けれど売上や再生数は、いまいち伸び悩んでいた。
(まあ、そんなもんか)
特別な打ち上げもなかった夏の終わりを思い出しながら、メグミはそう心の中で呟いた。
でも、何もかもが空振りだったわけじゃなかった。
ネットやSNS、匿名掲示板の片隅で、メグミの名前を挙げる声がちらほらと目に入るようになった。
『演技がうまいだけじゃない。本気でセックスしてるし、たまにマジイキしてる』
『見た目地味だけど、リアルにいそうな感じがいい。着痩せするむっちりDカップのエロボディが生々しい』
『この子、なんか伝わってくるし、応援したくなる。がんばれメグミ!』
目立つわけじゃない。でも、確かに見てくれてる人がいる。
──届いてるんだ。ほんの少しでも、自分の思いが、自分の表現が、自分のセックスが。
そんな実感が、メグミの胸を静かに満たしていた。
***
「メグミさん。レイさんと、もう一回やってみない?」
夏の暑さが消え、夜の風が冷たくなり始めた秋、マネージャーのムライが切り出した。
昼下がりの事務所。メグミは飲んでいたペットボトルの水を、一瞬止めた。
「レイさん……と?」
「うん。今度はガチのドラマ企画。主演はレイさんで確定だけど、共演者についてはあっち側から指名来てる。レイさんが、メグミさんはどうかって」
心臓が、どくん、と跳ねた。
「……私、で?」
「そう。例のビーチのやつとか、白ギャルのメグミのキャラで勢いあるし、面白いかもって。どう? やる?」
顔が引き攣っている自覚はあった。
怖い……。また、前と同じように圧倒されたらと思うと……正直、逃げたかった。
でも、例のビーチを乗り越えた自分なら、今なら、立てるかもしれない。
「……やります。お願いします」
声に少し震えが混じった。でも、メグミは前に踏み出していた。
「メグミさんなら大丈夫。よろしくね」
ムライはノートパソコンを開くと、メールを作成しながら、満足げに頷いた。
撮影は2ヶ月後……。その日から、メグミの準備が始まった。
***
メグミはまず、自分の心身を整えることから始めた。
疲れや肌荒れの改善、コンディションを維持するため、食事に気を遣うようになった。
「料理って、ほんと苦手で……」
久しぶりに連絡を取ったカナにそう打ち明けると、クスッと笑われた。
「バーベキューのときも言ったじゃん! あれ、料理ってほどのもんじゃないって!」
週末、カナに自宅へ来てもらい、一緒に料理を作った。
教わった味噌汁は、やけに優しかった。食べながら、メグミの目には涙がにじんでいた。
「最近、何かあったの?」
一緒にご飯を食べているとき、カナが訊いてきた。
「……〇〇レイって女優さん、知ってる? 今度、またその人と共演することになって」
レイの名前を口にした瞬間、メグミの手は止まっていた。
「前にも一度撮影したんだけど。そのときは何もできなくて……、それで……。また同じようになったらどうしようって考えると……ちょっと、怖いんだ」
箸を持つ指先が震えていた。
メグミが答えると、カナはふっと息を吐いて、顔を上げた。
「怖いって思うの、いいことだと思うよ?」
「え?」
「メグちゃんは、挑戦しようとしてるからそう感じるんだよ。最初から諦めてたら、別に何も思わないもん」
そう言って笑うカナの目は、飾り気がなく、不思議な温かさを湛えていた。
「例のビーチのときだってそうだったよ。暑くて、雑で、グダグダな現場だったけど、メグちゃんは自分で考えて、ちゃんと仕事として向き合って、走り切ったじゃん。すごいと思ったよ、私は」
「……私、そんなに立派じゃないよ」
思わず、自嘲が漏れる。
「立派とかじゃなくてさ。メグちゃんの覚悟や本気って、周りを動かす力があるんだよ。生き様っていうか、パワーっていうか。私だけじゃなくて、みんなにもちゃんと伝わってる。だから、レイさんって人との撮影でも、きっと大丈夫だよ」
カナの言葉に、胸の奥がすっと軽くなった。
メグミの胸の奥に、小さな火が灯る。
孤独でも、ひとりきりでもない。カナは信じてくれている。それだけで、目の奥がじんわりと熱くなった。
***
食生活の改善と合わせて、メグミはネットでレイの過去作を漁った。
メーカー専属としてデビューした作品をクリックする。
驚いた。表紙のビジュアルからして、今のレイとは別人だった。厚い化粧、派手な衣装、どこか不安げな笑顔。蛇をイメージさせるミステリアスな視線もなければ、身体つきもどこか野暮ったい。
メグミは動画を購入すると、興味半分、怖さ半分で再生ボタンを押した。
「〇〇レイ。20歳です。身長は155cmで、スリーサイズは、上から86、59、87……。バストは……、Dカップです」
──違う。
映像の中のレイは、確かに綺麗だった。でも、ぎこちなかった。セリフ回しも硬く、体の使い方もどこか不自然で……。
そして中盤、男優の激しいピストンの最中、ふと目が泳いだ。
「……っ、ひゃ、あ、あっ……!」
小さく、吐息が漏れた。
スリップしてる。演技ではなく、本気で感じてしまった痕跡。
だがメグミには、それが「人間らしさ」に思えた。
「……レイさんも、最初は同じだったんだ」
完璧に見えていた人にも、はじまりはあった。
自分と同じように、戸惑い、飲まれ、それでもその先に進んだ人。
──届くかもしれない。いや、届きたい。
メグミは初めて、レイへと繋がる道筋を見た気がした。
***
「台本、上がったみたい」
企画ものの撮影後、マネージャーのムライが台本を手渡してきた。
内容は『不倫ドラマ』
レイは妻役、メグミは不倫相手役。あとは夫役の男優がひとり。守る女と奪う女。構図はシンプルだ。
メグミは頭の中で何度も台本をなぞった。動き、セリフ、展開を叩き込み、シミュレーションした。
でも、まだ足りない。イメージが作りきれていない。今のままでは、レイの出方に対応できない。
演技とセックスの精度の向上、そしてレイの人物像について、さらなる具体化が必要だった。
スケジュールをこなしながら、現場では様々な関係者に話を聞いた。
「レイさんって、どんな人なんですか?」
ただの好奇心ではない。メグミは、AV女優のレイについて、真剣に知ろうとしていた。
「なになに。レイさんがどうしたの?」
中には興味本位で茶化されたり、鼻で笑われることもあった。でも、真面目に答えてくれる人もいた。
「現場のコントロール力はずば抜けているけど、受けに回るのは苦手っぽいね」
「今でこそすっかり演技派女優だけど、デビューしたてのころは、男優の責めでタジタジだったよ」
「レイさんはレイってキャラを演じてるんだよ。もし演技が崩れたら……そのときは、素が出てくるかもね」
一言一言が重かった。メグミはそれらを噛み締め、自分の内側に染み渡らせていった。
レイの仮面は、厚くて硬い。5年というキャリアの差も、埋めがたい。
だから、自分はやる。準備できることは、事前にやれることは、全部やる。
レイとの共演に向け、メグミは自分の思いを、自分の表現を、自分のセックスを追求し続けた。
***
撮影当日の朝。カナからメッセージが届いた。
『撮影、がんばってね』
一言。だけど、心から励まされた。
メグミはスマホをタップし返信すると、自宅玄関の扉を開けた。
冬の空は暗く重い。でも、もう心は決まっている。
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