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第23話 人生の分岐点
事務所の車に揺られながら、メグミは膝の上で両手を重ねた。
窓ガラスに映る自分の顔──専業AV女優になってから4年目。素人として出演していた学生時代を含めれば6年。夏には26歳を迎える。
窓ガラス越しに表情を作る。自信に満ち溢れた笑顔。もう迷いはない。
メグミは、ついにメーカーとの専属契約を勝ち取った。
期間は半年、本数は6本。相変わらず大きくは跳ねていないし、その先も安定するかどうか確約はない。
地味な中堅であることに変わりはない。でも、遅咲きだが、ようやくここまで来た。
今日の撮影は、メーカーが新しくシリーズ化を狙う作品。コンセプトは『顔射』。男たちの欲望を浴びる女優の顔を、いかに美しく切り取るか。ラストには大量ぶっかけフィニッシュも予定されている。
鉄板ではなく、いわゆる試金石。それでも、企画名よりも自分の名前がメインに記されていることに、気持ちは震えた。
車から降りる。現場は、都内の大型スタジオビル。入り口からして小洒落た空間で、内部も複数のスタジオに区切られていた。
「あ、メグミさん。お久しぶりです」
行き交う人の中で、ばったりと出会ったのはジュリアだった。どうやら、隣のスタジオでグラビアの撮影予定らしい。
「ジュリアちゃん……。なんか大人っぽくなったね」
「例のビーチから2年くらいですかね? 私も、今年で24歳ですから」
夏。かつて例のビーチで一緒に撮影をした後輩。プラチナブロンドだった髪は落ち着いたトーンに染まり、アイラインも前より控えめになっている。ただ、カメラを向けられたら彼女はいつも輝くのだろう、とメグミは思った。
「最近すごいね。〈TOKYO湾ナイト・ロックナインズ〉にも参加して。もうすっかりトップアイドルだね」
「あぁー、あれは事務所から言われて一時参加しただけです。それに、そろそろ辞めようと思ってますし」
「えー、もったいないよ。ジュリアちゃんなら、ロクキュウの中でもキレイめモデルキャラでやって行けると思うよ」
「あ、いや、辞めるのはロクキュウじゃなくて、AVです」
さらっと落とされた「AVを辞める」という言葉に、メグミは反応できなかった。
ジュリアが引退を考えている。
例のビーチで2日半を一緒に過ごした後輩。『大乱交スプラッシュギャルズSEX! トーナメント!』という雑な企画の出演者の中で、唯一売れた女優。誰よりもスタッフ受けがよくて、作品数も増え続けて、AV女優のアイドルユニットにも参加して、テレビにまで出始めていた彼女が──。
「そういえば、カナさん辞めたんですよね? チナさんはあのあとすぐ辞めて今はスタッフですし、ハルカさんも最近名前聞かないですし」
「うん……。なんか、みんなどっか行っちゃったね……」
笑って言ったつもりだったが、ジュリアの目はメグミの笑みの奥を見ているようだった。
「私も、そろそろかなって思ってます」
もう一度、彼女はそう言った。メグミはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
***
メイクルームで、メグミは鏡越しに映る自分を見た。
顔は地味で、背は低く、胸も尻もそこそこしかない。ジュリアのようにみんなから注目を浴びる見た目ではない。
それでも、この名前で、この顔で、この身体で、ここまでやってきた。
勝負できるところがあると思えたから、やれてきた。そして、自分はまだやれると思っている。
(私は、メグミとして生きていく)
そう、小さく胸の内に刻みつけた。
撮影前の準備中、ベッドセットの横でメグミが待機していると、男がひとり、声をかけてきた。
「メグミさん、久しぶりっす」
一瞬わからなかったが、すぐに記憶がフラッシュバックした。
「……ユータくん!? え、久しぶり! 元気してた?」
ユータ。同い年の同期で、あの夏、例のビーチで絡んだ男優である。
今日はメインのカットにクレジットはない。聞くと、ラストのぶっかけ要員としての参加らしい。
「メグミさん、調子よさそうで安心しました」
「うん……ありがとう。ユータくんも、元気そうでよかった」
「まだ生きてはいます。まあ……最近はまた汁っすけど……。あ、今日は頑張ってメグミさんにかけますから」
ユータは冗談混じりに笑ったが、その言葉が思ったよりも深く胸に刺さった。
撮影が始まる。
スタッフの声。スポットライトの熱。カメラの視線。いつも通りの段取り。それらは今、全て自分に向いている。
メグミはひとり、舞台で裸になった。
表面では調子が良さそうに見えている。実際、専属契約を勝ち取り、メインで呼ばれている。
現場では空気を掴み、スタッフとも自然に会話ができる。女優同士の関係も、きちんと構築できている。
自分なりの表現の仕方を求めて、自分にしかできない表現をしようと駆けてきた──だけど今、胸の奥は空っぽだった。
レイは、何も言わずに去っていった。
友達になれたカナは、自ら幕を引いた。
あれだけいきいきとAV女優をしていたハルカは、いつの間にか消えていた。
そして、あんなに可愛くて眩しかったジュリアも、辞めようとしている。
メグミはセックスに没頭した。
身体を求める。男優とのリズム、呼吸、視線。声の強弱、身体の震え、溢れ出る性欲。それらすべてを演技に還元する。熱に浮かされるまま、心の空白を快楽で塗り潰すように……。
全てを曝け出すつもりで、本気でセックスした。
でも、溺れることはなかった。舌を這わし、声を出し、快感の表情を作りながら、メグミはどこかで冷静な自分を見ていた。
ラストシーン。汁男優たちによるぶっかけ。
画面映えする量が必要なので、半分は擬似だが、カメラに抜かれる部分はリアリティ重視で人が行う。
メグミに白い飛沫が降りそそぐ。顔に、身体中に、白い熱がかけられる。
顔にかかった白濁のにおいに、思わずむせる。
それを笑顔で誤魔化しながら、カメラの位置を確認すべく、重たくなったまぶたをうっすら開く。
駆け寄ってくるユータが見えた。メグミは口を開いた。
喉奥で受けた飛沫は、一段と熱かった。それを感じたとき、ほんの一瞬だけ、例のビーチの記憶がよみがえった。
砂の熱さ、海の匂い、蝉の声、混沌とした大乱交の撮影……。
雑でグダグダな現場だったけれど、あのときはみんなが対等だった。みんなが一生懸命だった。
彼もまた、汗をかきながら頑張っていた。何とか画を成立させようと、彼なりに気を使ってくれていたのを、メグミは覚えている。
乱暴に犯されていたカナを一緒に助けてくれた。
チャラ男にナンパされて快楽堕ちするという即席の設定に付き合って、最後まで演じてくれた。
今日、彼は「メグミさんの調子が良さそうで安心しました」と言った。
そのあと、「今日は頑張ってメグミさんにかけますから」と、冗談っぽく続けた。
口の中の精液を、笑みと一緒にこぼして、舌先から垂らす。
白濁にまみれながら、メグミは微笑んだ。でも今は、少しだけ泣きそうだった。
顔も、名前も、画面には映らない。でも、今日のラストショットを締めたのは、彼だった。
メグミは、誰にも気づかれないように、そっと思いを飲み込んだ。
もうあの夏は2度と来ない。
でも、その熱さを思い出す瞬間だけ、メグミは自分がどこかに置いてきたものを、見つめられるような気がした。
窓ガラスに映る自分の顔──専業AV女優になってから4年目。素人として出演していた学生時代を含めれば6年。夏には26歳を迎える。
窓ガラス越しに表情を作る。自信に満ち溢れた笑顔。もう迷いはない。
メグミは、ついにメーカーとの専属契約を勝ち取った。
期間は半年、本数は6本。相変わらず大きくは跳ねていないし、その先も安定するかどうか確約はない。
地味な中堅であることに変わりはない。でも、遅咲きだが、ようやくここまで来た。
今日の撮影は、メーカーが新しくシリーズ化を狙う作品。コンセプトは『顔射』。男たちの欲望を浴びる女優の顔を、いかに美しく切り取るか。ラストには大量ぶっかけフィニッシュも予定されている。
鉄板ではなく、いわゆる試金石。それでも、企画名よりも自分の名前がメインに記されていることに、気持ちは震えた。
車から降りる。現場は、都内の大型スタジオビル。入り口からして小洒落た空間で、内部も複数のスタジオに区切られていた。
「あ、メグミさん。お久しぶりです」
行き交う人の中で、ばったりと出会ったのはジュリアだった。どうやら、隣のスタジオでグラビアの撮影予定らしい。
「ジュリアちゃん……。なんか大人っぽくなったね」
「例のビーチから2年くらいですかね? 私も、今年で24歳ですから」
夏。かつて例のビーチで一緒に撮影をした後輩。プラチナブロンドだった髪は落ち着いたトーンに染まり、アイラインも前より控えめになっている。ただ、カメラを向けられたら彼女はいつも輝くのだろう、とメグミは思った。
「最近すごいね。〈TOKYO湾ナイト・ロックナインズ〉にも参加して。もうすっかりトップアイドルだね」
「あぁー、あれは事務所から言われて一時参加しただけです。それに、そろそろ辞めようと思ってますし」
「えー、もったいないよ。ジュリアちゃんなら、ロクキュウの中でもキレイめモデルキャラでやって行けると思うよ」
「あ、いや、辞めるのはロクキュウじゃなくて、AVです」
さらっと落とされた「AVを辞める」という言葉に、メグミは反応できなかった。
ジュリアが引退を考えている。
例のビーチで2日半を一緒に過ごした後輩。『大乱交スプラッシュギャルズSEX! トーナメント!』という雑な企画の出演者の中で、唯一売れた女優。誰よりもスタッフ受けがよくて、作品数も増え続けて、AV女優のアイドルユニットにも参加して、テレビにまで出始めていた彼女が──。
「そういえば、カナさん辞めたんですよね? チナさんはあのあとすぐ辞めて今はスタッフですし、ハルカさんも最近名前聞かないですし」
「うん……。なんか、みんなどっか行っちゃったね……」
笑って言ったつもりだったが、ジュリアの目はメグミの笑みの奥を見ているようだった。
「私も、そろそろかなって思ってます」
もう一度、彼女はそう言った。メグミはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
***
メイクルームで、メグミは鏡越しに映る自分を見た。
顔は地味で、背は低く、胸も尻もそこそこしかない。ジュリアのようにみんなから注目を浴びる見た目ではない。
それでも、この名前で、この顔で、この身体で、ここまでやってきた。
勝負できるところがあると思えたから、やれてきた。そして、自分はまだやれると思っている。
(私は、メグミとして生きていく)
そう、小さく胸の内に刻みつけた。
撮影前の準備中、ベッドセットの横でメグミが待機していると、男がひとり、声をかけてきた。
「メグミさん、久しぶりっす」
一瞬わからなかったが、すぐに記憶がフラッシュバックした。
「……ユータくん!? え、久しぶり! 元気してた?」
ユータ。同い年の同期で、あの夏、例のビーチで絡んだ男優である。
今日はメインのカットにクレジットはない。聞くと、ラストのぶっかけ要員としての参加らしい。
「メグミさん、調子よさそうで安心しました」
「うん……ありがとう。ユータくんも、元気そうでよかった」
「まだ生きてはいます。まあ……最近はまた汁っすけど……。あ、今日は頑張ってメグミさんにかけますから」
ユータは冗談混じりに笑ったが、その言葉が思ったよりも深く胸に刺さった。
撮影が始まる。
スタッフの声。スポットライトの熱。カメラの視線。いつも通りの段取り。それらは今、全て自分に向いている。
メグミはひとり、舞台で裸になった。
表面では調子が良さそうに見えている。実際、専属契約を勝ち取り、メインで呼ばれている。
現場では空気を掴み、スタッフとも自然に会話ができる。女優同士の関係も、きちんと構築できている。
自分なりの表現の仕方を求めて、自分にしかできない表現をしようと駆けてきた──だけど今、胸の奥は空っぽだった。
レイは、何も言わずに去っていった。
友達になれたカナは、自ら幕を引いた。
あれだけいきいきとAV女優をしていたハルカは、いつの間にか消えていた。
そして、あんなに可愛くて眩しかったジュリアも、辞めようとしている。
メグミはセックスに没頭した。
身体を求める。男優とのリズム、呼吸、視線。声の強弱、身体の震え、溢れ出る性欲。それらすべてを演技に還元する。熱に浮かされるまま、心の空白を快楽で塗り潰すように……。
全てを曝け出すつもりで、本気でセックスした。
でも、溺れることはなかった。舌を這わし、声を出し、快感の表情を作りながら、メグミはどこかで冷静な自分を見ていた。
ラストシーン。汁男優たちによるぶっかけ。
画面映えする量が必要なので、半分は擬似だが、カメラに抜かれる部分はリアリティ重視で人が行う。
メグミに白い飛沫が降りそそぐ。顔に、身体中に、白い熱がかけられる。
顔にかかった白濁のにおいに、思わずむせる。
それを笑顔で誤魔化しながら、カメラの位置を確認すべく、重たくなったまぶたをうっすら開く。
駆け寄ってくるユータが見えた。メグミは口を開いた。
喉奥で受けた飛沫は、一段と熱かった。それを感じたとき、ほんの一瞬だけ、例のビーチの記憶がよみがえった。
砂の熱さ、海の匂い、蝉の声、混沌とした大乱交の撮影……。
雑でグダグダな現場だったけれど、あのときはみんなが対等だった。みんなが一生懸命だった。
彼もまた、汗をかきながら頑張っていた。何とか画を成立させようと、彼なりに気を使ってくれていたのを、メグミは覚えている。
乱暴に犯されていたカナを一緒に助けてくれた。
チャラ男にナンパされて快楽堕ちするという即席の設定に付き合って、最後まで演じてくれた。
今日、彼は「メグミさんの調子が良さそうで安心しました」と言った。
そのあと、「今日は頑張ってメグミさんにかけますから」と、冗談っぽく続けた。
口の中の精液を、笑みと一緒にこぼして、舌先から垂らす。
白濁にまみれながら、メグミは微笑んだ。でも今は、少しだけ泣きそうだった。
顔も、名前も、画面には映らない。でも、今日のラストショットを締めたのは、彼だった。
メグミは、誰にも気づかれないように、そっと思いを飲み込んだ。
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