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エピローグ 私は、まだ走れる
『顔射』の撮影が終わった。
(今日もちゃんとできた。最後までやりきった)
白濁のむせ返るようなにおいの中、少し放心しながらも、メグミはまたひとつ確かな手応えを掴んでいた。
大量の精液をシャワーで洗い流し、後片付けをしている最中、スマホが震えた。
『今からお茶行こー!』
マイからのチャット。髪を乾かしながら、メグミは思わず微笑んでいた。
マイちゃん。天然で、ちょっと能天気で、でも優しくてあたたかい。あの子といると、少しだけ時間が止まる気がする。
メグミは返信を打った。
『行こっか』
スタッフにお礼を言いながら、メグミはスタジオを出た。夕方前。外はまだ明るい。
***
駅前のカフェは、放課後の学生や買い物帰りの主婦たちで賑わっていた。
メグミが扉を押して入ると、ガラス越しの窓際の席で手を振るマイの姿が目に入った。
「遅いよぉ~!」
明るい声。屈託のない笑顔。その顔を見た瞬間、メグミの頬も緩む。
「ごめんごめん、ちょっと押しちゃって」
カバンを椅子に掛けて座ると、マイは「ぜんっぜん平気だよ~」と、くるくる落書きしていた紙を見せてきた。そこには、クマともタヌキとも判別のつかない、下手な絵のゆるキャラが描かれていた。
「見てこれ。かわいくない?」
「う、うん……かわいい……かも……?」
思わず笑ってしまいそうになったが、ふっと、胸の奥にひんやりとした痛みが走った。
──レイさんも、あのとき、こんなふうに落書きしていた。
あの、さりげない線。強さと余白が同居する、静かな線。あのとき、確かに心を揺さぶられた。
でも、今目の前にあるのは、マイの不器用な、でもどこかあたたかい落書き。
「ねえ、メグちゃんも描いてよ。お絵描き勝負しよ~!」
マイは悪気なく、紙とペンを差し出す。
断る理由がなかった。メグミはペンを取った。
しかし、手が止まった。
何を描けばいい? どう描けばいい?
線が紙に落ちる前に、頭の中がぐしゃぐしゃにかき乱されていく。
そのとき──。
「お待たせしましたー。アイスコーヒーと、ラテでーす」
店員の明るい声に救われるように、メグミはペンをそっと置いた。
氷の入ったグラスがテーブルに置かれる。ストローを手にしながら、ふと目線を上げると、窓ガラスには自分の顔が映っていた。
(名前、なんだっけ……?)
〇〇メグミ──しかしそれは、仮面の名前。本名は別にある。
過去のどこかで確かに存在していた「私」の名前……。けれど、それは思い出せなかった。
心の奥に、ぼんやりと、いろいろな名前が浮かんでくる。大半はもういない。
レイさんは、あのとき去っていった。会いたくても、もう戻らない。
カナちゃんは、自分の人生を選んだ。ちゃんと、自分で終わらせていった。
ふたりとも、今はもう本当の名前に戻り、新しい生活を始めているのだろう。
(私は、どうなのかな?)
絵が描けなくなり、自分を表現できる場所を求めて踏み込んだAV業界。長い下積みを経て、やっとの思いで掴んだ専属契約。まだ終われない。終わりたくない。けれど、どこまで走ればいいのかも、わからない。
終わりが見えなくなっている。怖さが、喉元までせり上がってくる。
でも──
「ねえメグちゃん、聞いてる~?」
目の前で、マイが満面の笑みを浮かべていた。ラテの泡に描かれたハートを見て、「かわいい~!」と無邪気にはしゃいでいる。
その笑顔に、救われる。
メグミは少しだけ目をつむり、小さく息を吐いた。
(私は……)
グラスを手に取り、氷が揺れる音を聞きながら、メグミは心の中で呟いた。
(私は、まだ走れる)
そして、そっと笑った。
この身体で、この仮面で、まだ見せられるものがきっとある。
ここにいる。ちゃんと、生きてる。 AV女優・〇〇メグミとして──裸の性で、裸の生き様を。
(今日もちゃんとできた。最後までやりきった)
白濁のむせ返るようなにおいの中、少し放心しながらも、メグミはまたひとつ確かな手応えを掴んでいた。
大量の精液をシャワーで洗い流し、後片付けをしている最中、スマホが震えた。
『今からお茶行こー!』
マイからのチャット。髪を乾かしながら、メグミは思わず微笑んでいた。
マイちゃん。天然で、ちょっと能天気で、でも優しくてあたたかい。あの子といると、少しだけ時間が止まる気がする。
メグミは返信を打った。
『行こっか』
スタッフにお礼を言いながら、メグミはスタジオを出た。夕方前。外はまだ明るい。
***
駅前のカフェは、放課後の学生や買い物帰りの主婦たちで賑わっていた。
メグミが扉を押して入ると、ガラス越しの窓際の席で手を振るマイの姿が目に入った。
「遅いよぉ~!」
明るい声。屈託のない笑顔。その顔を見た瞬間、メグミの頬も緩む。
「ごめんごめん、ちょっと押しちゃって」
カバンを椅子に掛けて座ると、マイは「ぜんっぜん平気だよ~」と、くるくる落書きしていた紙を見せてきた。そこには、クマともタヌキとも判別のつかない、下手な絵のゆるキャラが描かれていた。
「見てこれ。かわいくない?」
「う、うん……かわいい……かも……?」
思わず笑ってしまいそうになったが、ふっと、胸の奥にひんやりとした痛みが走った。
──レイさんも、あのとき、こんなふうに落書きしていた。
あの、さりげない線。強さと余白が同居する、静かな線。あのとき、確かに心を揺さぶられた。
でも、今目の前にあるのは、マイの不器用な、でもどこかあたたかい落書き。
「ねえ、メグちゃんも描いてよ。お絵描き勝負しよ~!」
マイは悪気なく、紙とペンを差し出す。
断る理由がなかった。メグミはペンを取った。
しかし、手が止まった。
何を描けばいい? どう描けばいい?
線が紙に落ちる前に、頭の中がぐしゃぐしゃにかき乱されていく。
そのとき──。
「お待たせしましたー。アイスコーヒーと、ラテでーす」
店員の明るい声に救われるように、メグミはペンをそっと置いた。
氷の入ったグラスがテーブルに置かれる。ストローを手にしながら、ふと目線を上げると、窓ガラスには自分の顔が映っていた。
(名前、なんだっけ……?)
〇〇メグミ──しかしそれは、仮面の名前。本名は別にある。
過去のどこかで確かに存在していた「私」の名前……。けれど、それは思い出せなかった。
心の奥に、ぼんやりと、いろいろな名前が浮かんでくる。大半はもういない。
レイさんは、あのとき去っていった。会いたくても、もう戻らない。
カナちゃんは、自分の人生を選んだ。ちゃんと、自分で終わらせていった。
ふたりとも、今はもう本当の名前に戻り、新しい生活を始めているのだろう。
(私は、どうなのかな?)
絵が描けなくなり、自分を表現できる場所を求めて踏み込んだAV業界。長い下積みを経て、やっとの思いで掴んだ専属契約。まだ終われない。終わりたくない。けれど、どこまで走ればいいのかも、わからない。
終わりが見えなくなっている。怖さが、喉元までせり上がってくる。
でも──
「ねえメグちゃん、聞いてる~?」
目の前で、マイが満面の笑みを浮かべていた。ラテの泡に描かれたハートを見て、「かわいい~!」と無邪気にはしゃいでいる。
その笑顔に、救われる。
メグミは少しだけ目をつむり、小さく息を吐いた。
(私は……)
グラスを手に取り、氷が揺れる音を聞きながら、メグミは心の中で呟いた。
(私は、まだ走れる)
そして、そっと笑った。
この身体で、この仮面で、まだ見せられるものがきっとある。
ここにいる。ちゃんと、生きてる。 AV女優・〇〇メグミとして──裸の性で、裸の生き様を。
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