駆け出せ、メグミ 〜裸の性、裸の生き様〜

寸陳ハウスのオカア・ハン

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第6話 夢見た女の子

 その日の撮影が、業界で初めての友達との、最後の現場になってしまった。

 都内の古いレンタルハウススタジオ。床に敷かれた安っぽいラグ、剥げた壁紙、むせかえるようなスポットライトの熱気。
 企画のタイトルは、エロいワードを羅列した情報量が多すぎる系。
 内容も、複数の女優が順番に男優と絡んでいくだけの数合わせ。

 メグミは、本気で気持ちよくなろうとして、初めて絶頂を迎えた撮影を思い出しながら、ずっと考えていた。

 まだ自分の「やりたい表現」が何なのか、掴めていない。今日は数合わせの現場だけど、でも、ただ仕事をこなすことはしたくない。表現として残す一瞬を探したい。

 カメラの向こうに誰かがいる。演技の形を探せば、そこに届くものがあるはずだ──そう信じて、メグミは衣装のマイクロビキニに気持ちを込めた。

 控え室。何人かいる女優のひとり、横で衣装を直していたミサキは、笑っているような無表情でマイクロビキニのひもを結んでいた。
 その横顔に、メグミはなんとなく声をかけた。

「ミサキちゃん、緊張してない?」

「……ううん。もう、しなくなったかも」

 返ってきた声は、あのときとは違い、空気よりも薄かった。


***


 その子と初めて顔を合わせたとき、メグミはその声に少しだけ驚いた。

 〇〇ミサキ。21歳。専門学校を卒業してすぐに上京してきたらしく、自己紹介も滑舌も、まるで舞台の上みたいだった。

「演劇、やってたの。小中高って。専門は看護系だったけど、近くの劇団で活動は続けてたから」

 事務所のデスクでにこにこと笑いながら、ミサキはそう言った。メグミよりも1歳年下だけれど、場慣れしているというか、物怖じしない態度が印象的だった。

 初めての現場が同じ日で、企画も『スタートアップ』の撮影だった。
 ミサキが先で、メグミが次。控え室。入れ替わりで衣装を着替えているとき、緊張するメグミの空気を、ミサキは明るく笑い飛ばしていた。カメラの前での初めてのセックスを済ませたミサキの表情には、どこか達成感がにじんでいた。

 ミサキはメグミの撮影が終わるまで待ってくれていた。
 一緒に帰りながら、「連絡先、交換しよっか」と言われて、メグミは少しだけ救われたような気がした。

 そこから、ふたりでよく会うようになった。
 ときにはお互いの家を行き来し、ときには駅前のカフェで安いランチを食べながら、現場の話やこれからの話を語り合った。

「うち、女優になるの、親に反対されててさ。好きで演劇やるのはいいけど、芸能関係は仕事としては認めないって。あんなの虚業だとか言って、酷くない?」

 家族の話をするときも、ミサキはあっけらかんとしていた。

「だから、やるのは勝手だけど、お金は一切出ないって。普通の劇団だとバイト掛け持ちでキツくなるだろうって思って、それで、AVならお金貯めながら演技磨けるかなって。AV女優から普通の女優のルートもあるし」

 そう語るミサキの目は、どこかキラキラしていた。
 真面目で、前向きで、夢を諦めたくない気持ちがにじんでいて……。まっすぐなミサキの姿に、駆け出したばかりのメグミは、何度も勇気をもらった。

 けれど、現実はそんなふたりに優しくはなかった。

 メグミは企画単体女優として売りに出されたが、思うような反響は得られずにいた。

 それは、ミサキも同じだった。

 同じようなタイミングでふたりは企画落ちしていた。

「まーた、数合わせだったー……」

 電話越しの声に、冗談めかした口調はあったけれど、その後の沈黙がすべてを物語っていた。

「次こそ、ちゃんと見てもらおうね」
「うん、がんばろ」

 慰めあいながら、励まし合いながら、ふたりは撮影を重ねた。


***


 マイクロビキニを着て、撮影が始まる。

 女優5人に男優3人、ソファの上でランダムに絡み合う乱交気味の構成。
 その中でメグミとミサキは、ちょい役。メインを張るわけではない。ただ現場を華やかに埋める「顔と身体」だった。

 メグミにカメラが向けられる。

 ソファの端で男優に軽く頬を撫でられ、肩ひもをずらされる。
 カメラはすぐにバストアップに寄る。隠されていた乳首がツンと勃ち、快感に喘ぐ表情を切り取られる。

(本気の表現、本気のセックスって……なんだろう)

 このキスを、あの人はどう受け取るだろう?
 この喘ぎ声は、どこまで届くのだろう?
 演技と現実が交差するその狭間で、メグミは甘い吐息を重ねながら、懸命に形を探していた。

 男優の指が下腹部に忍び込む。

「ん……っ」

 自然に息が詰まる。割れ目を指で撫でられ、下腹部がきゅっと反応する。
 けれど、あのときとは違う。まだ感じてはいない。絶頂を迎えたときのような、本気の快楽ではない。
 ただのちょい役。でも、自分という存在がどう見えているか──それを常に意識する、苦しいセックスだった。

 カメラが移動したとき、ふと、メグミの視線にミサキが映った。

 ソファの反対側。
 ミサキは男優に組み敷かれていた。脚を大きく開き、ビキニの布がずらされた状態で、太ももを掴まれて腰を打ちつけられていた。

「んっ、んぅっ……あっ、ああっ……!」

 その声はよく通っていて、まるで舞台でセリフを張っているかのようだった。
 だが、その響きとは裏腹に、彼女の目はどこにも焦点を結んでいなかった。

「もっと腰使って。カメラ向こう見て笑って」

 監督の指示が飛ぶ。
 ミサキは頷いて、言われた通りに腰を振った。

 胸が揺れ、脚が絡まり、愛液が白く光る。
 男優が腰を突くたび、ミサキの身体は忠実に反応して跳ねる。
 ミサキの顔には笑みが浮かんでいた。歯を見せて、媚びるように。
 けれどメグミには、それが演技に見えなかった。いや、わからない。もしかしたら演技だったのかもしれない。

 ただ、「誰かに求められる肉体」としての演技。

「もっと奥、きて……奥の方……好きなの……♡」

 甘く潤んだ声でそう囁きながら、ミサキは男優の背中に爪を立てる。
 腰を振る。自分で身体を使ってリズムを合わせる。

 エロい。完璧だった。

 でも、その顔はまるで空っぽだった。

「乳首、もっと舐めて……ちょうだい? あっ、やっ、あっ……ああ……♡」

 ひとつひとつ、丁寧に発音される淫語。
 セリフをこなして、身体をこなして、最後には──
「あっ……あああ……っ♡」
 白濁が流れ落ち、カメラのレンズがミサキの顔に寄る。

 達したはずのその顔は、笑っていた。

 笑っていたのに、泣いているようにも見えた。


***


 撮影が終わったあと、廊下の端で水を飲むミサキの手が、わずかに震えていた。

「お疲れ様。さっき……すごかったね」

 メグミがそう言うと、ミサキはちょっと間を置いて、淡々と答えた。

「……うん。だって、ああいうの、求められるから」

「でも……本当に、感じてた?」

「……私?」

 ミサキは笑った。その笑顔は、演技でも仮面でもない、諦めだった。

「もうね、メグちゃん。気づいちゃったんだ。私って、商品なんだなって」

 ミサキは水の入ったペットボトルを見つめながら、ぽつりと呟いた。

「演技が好きだから、ここに来たのに。今、私がやってるのって……演技じゃない。喘いで、笑って、終わったら次。次の子……。あのカメラ、私じゃなくて、裸を撮ってるだけ……」

 ミサキはそこで言葉を切り、唇を噛んだ。

「……ごめん、変なこと言って」

 メグミは言葉を返せなかった。
 気の利いた励ましも、強がりも、ただのノイズにしかならない気がして。

 笑顔を作っていても、ミサキの目はまるでガラス玉のように冷たかった。


***


 そして、ある日突然、ふたりの関係は終わりを迎えた。

『ねえ……ちょっとだけ話せる?』

 夕方、メグミのスマホに届いたミサキからのメッセージ。
 そのときメグミは、次の現場の衣装合わせの帰りだった。

 返信をして電話をかけると、ミサキの声はひどく弱っていた。

「……もう、辞めようと思ってる」

 胸がざわついた。
 メグミの言いかけた言葉を遮るように、ミサキは「ごめん、また今度話す」とだけ言って、通話を切った。

 次の日、メグミはミサキの部屋を訪ねた。

 チャイムを鳴らすと、しばらくしてドアが開いた。そこに現れたミサキは、まるで別人のようだった。

 ノーメイク。乱れたぼさぼさの髪。焦点の合わない目。

「……ごめん、散らかってて」

 小さく笑って、部屋に招き入れられると、そこは本当に荒れていた。
 食べかけの菓子パン。コンビニ弁当の空き容器。洗っていないコップ。埃のかぶった台本。

「あのね……私、やっぱり違ったみたい」

 ミサキはぽつぽつと話し始めた。

「最初は、演技の糧になるって思ってた。でも、やってもやっても、誰にも見られてない気がして……。だんだん、自分が何のために裸になってるのか、わからなくなってきて……」

 言葉を詰まらせたミサキが、声を震わせる。

「わたし、女優になりたかったのに。夢、見てたのに。ただ身体を売るだけの毎日になっちゃった……」

 ぽろぽろと涙をこぼしながら、ミサキは肩を落とした。

 メグミは黙って、ゴミを集めながら、部屋の隅に落ちていた演劇のポスターをそっと拾い上げた。

「劇団とか、また入ってみたら? 小さくても、自分のやりたい演技ができる場所、きっとあるよ」

 そう言うと、ミサキは首を横に振った。

「もう、いいの。演劇も、女優も、もう目指さない。辞める」

 言葉ははっきりしていた。その目は、どこか遠くを見ていた。
 それ以上、メグミは何も言えなかった。

 それから数日後。ミサキの名前が、事務所のホームページから消えていた。
 プロフィールも、過去作も、まるで最初から存在しなかったかのように。事務所の人も多くは語らなかった。

 ただ、メグミのスマホにだけ、ひとつのメッセージが届いていた。

『ありがとう。メグちゃんのおかげで、ちょっとだけ、夢を見れたよ』


***


 メグミはしばらくスマホを見つめ、ふうっと息を吐いた。

 同じように夢を見て、同じように脱いで、でも違う場所に落ちてしまった女の子。

 演技と現実。
 夢と商品。

 夢見た女の子は、夢の先まで辿り着けなかった。
 現実の重さに、心を削られて、静かに消えていった。

 簡単な世界じゃない。誰かが笑えば、誰かが泣いている。夢を抱くことすら、許されないこともある。

 スマホを持つ手が、震えていた。

 いつか、同じように自分も折れてしまうのだろうか……。
 だけど……まだ自分には、表現の形が見つかっていない。

(私はまだ、駆け出したばかりだ)

 メグミはぎゅっと拳に力を入れた。

 思いを、ミサキの笑顔を、心に刻みながら、メグミは次の現場へと歩き出した。
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