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エピローグ おじさんたちのオフ会は続く
春の終わり、風の強い土曜の昼。
都内。駅近のファミレスで、3人のおじさんが向かい合っていた。
窓際の席。外では花粉と黄砂が混ざったような空気が渦を巻いている。
テーブルの上には、ハンバーグのプレートやご飯の皿。ドリンク。唐揚げにポテト。
年に一度の『誰得ファンミーティング』が開かれてから数ヶ月後──ナオのファンのおじさんたちは、いつものようにオフ会を開いていた。
「最近のAV女優、この子いいですよ! ナオちゃんと同じ〈スエガリ〉所属のサトコちゃん。見た目はオタクっぽいけど、アウトサイダーな雰囲気が他の子と明らかに違ってて。〈The 3rd Gen-Eros〉ってAV女優のアイドルグループでも、ポジションは下っ端ですけど、ひとりだけ超キャラ立ってるんですよ!」
カバさんが得意げにスマホをスクロールする。Tシャツの胸元には『DVD IS FOREVER』の文字。
「そういうの、よくチェックしてますね」
ポロさんが呆れたように笑う。頬に刻まれた皺が、深みを増す。
「私なんかもう、新作チェックする余力もないですよ。最近母親もちょっと悪くて……。仕事と親の介護で一日が終わっちゃいます」
「家族、大切にしてくださいね。うちはもう、誰もいないんで」
カバさんはナイフとフォークでハンバーグを切りながら、軽い調子で言った。
「2人目は、僕のAV好き、わかったうえで結婚してくれましたけど……。子供ができるといろいろ変わって……。悪影響だからDVD全部捨てろって……。それとこれとは違うと思うんですけどね。まあ、娘だしな……」
冗談のように笑うが、その笑みの裏に、少しだけ乾いた孤独がにじむ。
あんちゃんは、それを黙って聞いていた。
歳を重ねてちょっと小さくなったふたりと違い、彼には社会人らしい落ち着きが生まれていた。
ナオと同じ年齢なのに30代後半と年齢を偽っていたころの面影はもうない。今は偽りの年齢に追いつきつつある。
「……ナオさん、今どうしてるんですかね」
ふと、あんちゃんが小さな声でこぼした。
その瞬間、3人の間に少しの沈黙が落ちた。
ポロさんがコーヒーを啜る。その横で、ハンバーグを食べるカバさんが、何気なく言った。
「どっかのパチンコ屋で働いてるらしいよ」
「──ブッ! ……え、なんで知ってるんですか?」
ポロさんがコーヒーを吹き出しながら、思わずツッコむ。
「いや、まあ、ちょっと気になっちゃって、つい……。まあ、これ以上はストーカーみたいだし……」
カバさんは軽く首を振った。
「それに、もうナオちゃんではないし……。ナオちゃんのことは、僕ら3人の中の思い出にしておきましょう」
ポロさんが頷く。
「そうですね。あの人には、救われましたから」
ポロさんの言葉に、あんちゃんも無言で頷いた。
会話はやがて、自然と近況へと移っていく。
ポロさんは、札幌の自宅と北海道の田舎を往復しながら、仕事と両親の介護に追われる毎日。
「もう慣れましたけど、たまに寂しくなります。でも、あの人のAV見返すと、なんかまだやれる気がするんですよ」
そう言って、照れくさそうに笑った。
あんちゃんは、少しうつむき加減で言葉を続けた。
「実は俺……。あの最初のファンミーティングで……ナオさんで、童貞卒業したんです」
ふたりの男たちが一瞬ポカンとしたあと、吹き出した。
「えっ、それ初めて聞いたんだけど!」
「マジ!? そりゃ忘れられないわ!」
あんちゃんは顔を赤くしながらも、どこか誇らしげだった。
「ナオさんに会って、自信ついたんです。あのあと、仕事もうまくいって。今も大変ですけど、あの人のおかげで前向きにやれてます」
「いい話だなぁ……あんちゃんは俺らの希望だよ!」
「そうそう、まだ30でしょ。若いってだけで財産だよ」
カバさんとポロさんが笑いながら肩を叩く。
そこには、かつてナオに救われたおじさんたちの不器用な友情があった。
食後のコーヒーを飲み終える。ざわめくファミレスの店内に、ぽつりと空白が生まれる。
カバさんは伝票を手にすると、笑顔で言った。
「次は北海道か九州のどっちかでオフ会やりましょう! 旅行も兼ねて!」
「いいですね。みんな健康に気をつけて、次回も元気で会いましょう」
ポロさんの声には、少しの寂しさと、確かなあたたかみが混ざっていた。
「旅行行くなら泊まりでいいとこ行きましょうよ。俺も頑張って仕事して、金貯めとくんで」
あんちゃんの言葉に、ふたりは笑顔でうなずいた。
3人は会計を済ませ、店の外へ出た。
春の午後。空は高い。風はあたたかくなっていた。
***
3人のおじさんがわいわいと話すファミレスの、すぐ近くの喫煙所。
グレーのジャージ姿の女が、タバコをくゆらせていた。
雑に縛った焦げ茶の髪。少し痩せた頬。
元AV女優・ナオ。
そこへ、ひとりの男が現れる。
キャップを目深に被った男。AV男優・ユータ。
「撮影終わり? お疲れ」
「お疲れ。来てくれたんだ」
「うん。この辺、久々に来てみたくなって。あんま変わってないね」
ビルの隙間の空を見上げながら、ナオが一服する。ユータはリュックからペットボトルを取り出し、水を飲む。
「今日の撮影、結構ハードだったよ」
「ふーん」
ユータが撮影現場を振り返る。ナオは煙を吐きながら、口角だけで笑った。
短いやりとりのあと、ナオが灰皿にタバコを落とすと、ユータがナオの手を取った。
「帰り、スーパー寄るでしょ。ホノカ、なんか食べたいのある?」
「……慣れないなぁ」
「そう? 俺はもう慣れたけど」
まっすぐな目をしたユータに、ナオは恥ずかしそうに顔を逸らした。
「……ずっと言ってるけどさ。あたし、アユカワでもホノカでもないでしょ、キャラ的に」
「そんなことないよ、ホノカ」
「……バカじゃないの」
ホノカ──ナオは軽く笑うと、ふたりで歩き出した。
***
その少し先、ファミレスを出てきた3人のおじさんたちが、何気なく、逆方向から歩いてくる。
すれ違う。
目が合う──お互いの存在に、気付く。
けれど、ナオとおじさんたちは、何も言わないまますれ違っていった。
お互いの存在を感じながら、同じ昼下がりの中を通り過ぎていく。
手を繋ぐナオとユータ、そして明るく笑い合う3人のおじさんたちの背中は、街の雑踏に溶けていった。
都内。駅近のファミレスで、3人のおじさんが向かい合っていた。
窓際の席。外では花粉と黄砂が混ざったような空気が渦を巻いている。
テーブルの上には、ハンバーグのプレートやご飯の皿。ドリンク。唐揚げにポテト。
年に一度の『誰得ファンミーティング』が開かれてから数ヶ月後──ナオのファンのおじさんたちは、いつものようにオフ会を開いていた。
「最近のAV女優、この子いいですよ! ナオちゃんと同じ〈スエガリ〉所属のサトコちゃん。見た目はオタクっぽいけど、アウトサイダーな雰囲気が他の子と明らかに違ってて。〈The 3rd Gen-Eros〉ってAV女優のアイドルグループでも、ポジションは下っ端ですけど、ひとりだけ超キャラ立ってるんですよ!」
カバさんが得意げにスマホをスクロールする。Tシャツの胸元には『DVD IS FOREVER』の文字。
「そういうの、よくチェックしてますね」
ポロさんが呆れたように笑う。頬に刻まれた皺が、深みを増す。
「私なんかもう、新作チェックする余力もないですよ。最近母親もちょっと悪くて……。仕事と親の介護で一日が終わっちゃいます」
「家族、大切にしてくださいね。うちはもう、誰もいないんで」
カバさんはナイフとフォークでハンバーグを切りながら、軽い調子で言った。
「2人目は、僕のAV好き、わかったうえで結婚してくれましたけど……。子供ができるといろいろ変わって……。悪影響だからDVD全部捨てろって……。それとこれとは違うと思うんですけどね。まあ、娘だしな……」
冗談のように笑うが、その笑みの裏に、少しだけ乾いた孤独がにじむ。
あんちゃんは、それを黙って聞いていた。
歳を重ねてちょっと小さくなったふたりと違い、彼には社会人らしい落ち着きが生まれていた。
ナオと同じ年齢なのに30代後半と年齢を偽っていたころの面影はもうない。今は偽りの年齢に追いつきつつある。
「……ナオさん、今どうしてるんですかね」
ふと、あんちゃんが小さな声でこぼした。
その瞬間、3人の間に少しの沈黙が落ちた。
ポロさんがコーヒーを啜る。その横で、ハンバーグを食べるカバさんが、何気なく言った。
「どっかのパチンコ屋で働いてるらしいよ」
「──ブッ! ……え、なんで知ってるんですか?」
ポロさんがコーヒーを吹き出しながら、思わずツッコむ。
「いや、まあ、ちょっと気になっちゃって、つい……。まあ、これ以上はストーカーみたいだし……」
カバさんは軽く首を振った。
「それに、もうナオちゃんではないし……。ナオちゃんのことは、僕ら3人の中の思い出にしておきましょう」
ポロさんが頷く。
「そうですね。あの人には、救われましたから」
ポロさんの言葉に、あんちゃんも無言で頷いた。
会話はやがて、自然と近況へと移っていく。
ポロさんは、札幌の自宅と北海道の田舎を往復しながら、仕事と両親の介護に追われる毎日。
「もう慣れましたけど、たまに寂しくなります。でも、あの人のAV見返すと、なんかまだやれる気がするんですよ」
そう言って、照れくさそうに笑った。
あんちゃんは、少しうつむき加減で言葉を続けた。
「実は俺……。あの最初のファンミーティングで……ナオさんで、童貞卒業したんです」
ふたりの男たちが一瞬ポカンとしたあと、吹き出した。
「えっ、それ初めて聞いたんだけど!」
「マジ!? そりゃ忘れられないわ!」
あんちゃんは顔を赤くしながらも、どこか誇らしげだった。
「ナオさんに会って、自信ついたんです。あのあと、仕事もうまくいって。今も大変ですけど、あの人のおかげで前向きにやれてます」
「いい話だなぁ……あんちゃんは俺らの希望だよ!」
「そうそう、まだ30でしょ。若いってだけで財産だよ」
カバさんとポロさんが笑いながら肩を叩く。
そこには、かつてナオに救われたおじさんたちの不器用な友情があった。
食後のコーヒーを飲み終える。ざわめくファミレスの店内に、ぽつりと空白が生まれる。
カバさんは伝票を手にすると、笑顔で言った。
「次は北海道か九州のどっちかでオフ会やりましょう! 旅行も兼ねて!」
「いいですね。みんな健康に気をつけて、次回も元気で会いましょう」
ポロさんの声には、少しの寂しさと、確かなあたたかみが混ざっていた。
「旅行行くなら泊まりでいいとこ行きましょうよ。俺も頑張って仕事して、金貯めとくんで」
あんちゃんの言葉に、ふたりは笑顔でうなずいた。
3人は会計を済ませ、店の外へ出た。
春の午後。空は高い。風はあたたかくなっていた。
***
3人のおじさんがわいわいと話すファミレスの、すぐ近くの喫煙所。
グレーのジャージ姿の女が、タバコをくゆらせていた。
雑に縛った焦げ茶の髪。少し痩せた頬。
元AV女優・ナオ。
そこへ、ひとりの男が現れる。
キャップを目深に被った男。AV男優・ユータ。
「撮影終わり? お疲れ」
「お疲れ。来てくれたんだ」
「うん。この辺、久々に来てみたくなって。あんま変わってないね」
ビルの隙間の空を見上げながら、ナオが一服する。ユータはリュックからペットボトルを取り出し、水を飲む。
「今日の撮影、結構ハードだったよ」
「ふーん」
ユータが撮影現場を振り返る。ナオは煙を吐きながら、口角だけで笑った。
短いやりとりのあと、ナオが灰皿にタバコを落とすと、ユータがナオの手を取った。
「帰り、スーパー寄るでしょ。ホノカ、なんか食べたいのある?」
「……慣れないなぁ」
「そう? 俺はもう慣れたけど」
まっすぐな目をしたユータに、ナオは恥ずかしそうに顔を逸らした。
「……ずっと言ってるけどさ。あたし、アユカワでもホノカでもないでしょ、キャラ的に」
「そんなことないよ、ホノカ」
「……バカじゃないの」
ホノカ──ナオは軽く笑うと、ふたりで歩き出した。
***
その少し先、ファミレスを出てきた3人のおじさんたちが、何気なく、逆方向から歩いてくる。
すれ違う。
目が合う──お互いの存在に、気付く。
けれど、ナオとおじさんたちは、何も言わないまますれ違っていった。
お互いの存在を感じながら、同じ昼下がりの中を通り過ぎていく。
手を繋ぐナオとユータ、そして明るく笑い合う3人のおじさんたちの背中は、街の雑踏に溶けていった。
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