17 / 17

エピローグ おじさんたちのオフ会は続く

 春の終わり、風の強い土曜の昼。
 都内。駅近のファミレスで、3人のおじさんが向かい合っていた。

 窓際の席。外では花粉と黄砂が混ざったような空気が渦を巻いている。
 テーブルの上には、ハンバーグのプレートやご飯の皿。ドリンク。唐揚げにポテト。
 年に一度の『誰得ファンミーティング』が開かれてから数ヶ月後──ナオのファンのおじさんたちは、いつものようにオフ会を開いていた。

「最近のAV女優、この子いいですよ! ナオちゃんと同じ〈スエガリ〉所属のサトコちゃん。見た目はオタクっぽいけど、アウトサイダーな雰囲気が他の子と明らかに違ってて。〈The 3rd Gen-Eros〉ってAV女優のアイドルグループでも、ポジションは下っ端ですけど、ひとりだけ超キャラ立ってるんですよ!」
 カバさんが得意げにスマホをスクロールする。Tシャツの胸元には『DVD IS FOREVER』の文字。

「そういうの、よくチェックしてますね」
 ポロさんが呆れたように笑う。頬に刻まれた皺が、深みを増す。
「私なんかもう、新作チェックする余力もないですよ。最近母親もちょっと悪くて……。仕事と親の介護で一日が終わっちゃいます」

「家族、大切にしてくださいね。うちはもう、誰もいないんで」
 カバさんはナイフとフォークでハンバーグを切りながら、軽い調子で言った。
「2人目は、僕のAV好き、わかったうえで結婚してくれましたけど……。子供ができるといろいろ変わって……。悪影響だからDVD全部捨てろって……。それとこれとは違うと思うんですけどね。まあ、娘だしな……」
 冗談のように笑うが、その笑みの裏に、少しだけ乾いた孤独がにじむ。

 あんちゃんは、それを黙って聞いていた。
 歳を重ねてちょっと小さくなったふたりと違い、彼には社会人らしい落ち着きが生まれていた。
 ナオと同じ年齢なのに30代後半と年齢を偽っていたころの面影はもうない。今は偽りの年齢に追いつきつつある。

「……ナオさん、今どうしてるんですかね」
 ふと、あんちゃんが小さな声でこぼした。

 その瞬間、3人の間に少しの沈黙が落ちた。
 ポロさんがコーヒーを啜る。その横で、ハンバーグを食べるカバさんが、何気なく言った。

「どっかのパチンコ屋で働いてるらしいよ」
「──ブッ! ……え、なんで知ってるんですか?」
 ポロさんがコーヒーを吹き出しながら、思わずツッコむ。

「いや、まあ、ちょっと気になっちゃって、つい……。まあ、これ以上はストーカーみたいだし……」
 カバさんは軽く首を振った。
「それに、もうナオちゃんではないし……。ナオちゃんのことは、僕ら3人の中の思い出にしておきましょう」

 ポロさんが頷く。
「そうですね。あの人には、救われましたから」

 ポロさんの言葉に、あんちゃんも無言で頷いた。

 会話はやがて、自然と近況へと移っていく。

 ポロさんは、札幌の自宅と北海道の田舎を往復しながら、仕事と両親の介護に追われる毎日。
「もう慣れましたけど、たまに寂しくなります。でも、あの人のAV見返すと、なんかまだやれる気がするんですよ」
 そう言って、照れくさそうに笑った。

 あんちゃんは、少しうつむき加減で言葉を続けた。
「実は俺……。あの最初のファンミーティングで……ナオさんで、童貞卒業したんです」
 ふたりの男たちが一瞬ポカンとしたあと、吹き出した。

「えっ、それ初めて聞いたんだけど!」
「マジ!? そりゃ忘れられないわ!」

 あんちゃんは顔を赤くしながらも、どこか誇らしげだった。
「ナオさんに会って、自信ついたんです。あのあと、仕事もうまくいって。今も大変ですけど、あの人のおかげで前向きにやれてます」

「いい話だなぁ……あんちゃんは俺らの希望だよ!」
「そうそう、まだ30でしょ。若いってだけで財産だよ」
 カバさんとポロさんが笑いながら肩を叩く。
 そこには、かつてナオに救われたおじさんたちの不器用な友情があった。

 食後のコーヒーを飲み終える。ざわめくファミレスの店内に、ぽつりと空白が生まれる。

 カバさんは伝票を手にすると、笑顔で言った。
「次は北海道か九州のどっちかでオフ会やりましょう! 旅行も兼ねて!」

「いいですね。みんな健康に気をつけて、次回も元気で会いましょう」
 ポロさんの声には、少しの寂しさと、確かなあたたかみが混ざっていた。

「旅行行くなら泊まりでいいとこ行きましょうよ。俺も頑張って仕事して、金貯めとくんで」
 あんちゃんの言葉に、ふたりは笑顔でうなずいた。

 3人は会計を済ませ、店の外へ出た。
 春の午後。空は高い。風はあたたかくなっていた。


***


 3人のおじさんがわいわいと話すファミレスの、すぐ近くの喫煙所。
 グレーのジャージ姿の女が、タバコをくゆらせていた。
 雑に縛った焦げ茶の髪。少し痩せた頬。

 元AV女優・ナオ。

 そこへ、ひとりの男が現れる。
 キャップを目深に被った男。AV男優・ユータ。

「撮影終わり? お疲れ」
「お疲れ。来てくれたんだ」
「うん。この辺、久々に来てみたくなって。あんま変わってないね」

 ビルの隙間の空を見上げながら、ナオが一服する。ユータはリュックからペットボトルを取り出し、水を飲む。

「今日の撮影、結構ハードだったよ」
「ふーん」
 ユータが撮影現場を振り返る。ナオは煙を吐きながら、口角だけで笑った。

 短いやりとりのあと、ナオが灰皿にタバコを落とすと、ユータがナオの手を取った。
「帰り、スーパー寄るでしょ。ホノカ、なんか食べたいのある?」
「……慣れないなぁ」
「そう? 俺はもう慣れたけど」

 まっすぐな目をしたユータに、ナオは恥ずかしそうに顔を逸らした。

「……ずっと言ってるけどさ。あたし、アユカワでもホノカでもないでしょ、キャラ的に」
「そんなことないよ、ホノカ」
「……バカじゃないの」

 ホノカ──ナオは軽く笑うと、ふたりで歩き出した。


***


 その少し先、ファミレスを出てきた3人のおじさんたちが、何気なく、逆方向から歩いてくる。

 すれ違う。

 目が合う──お互いの存在に、気付く。

 けれど、ナオとおじさんたちは、何も言わないまますれ違っていった。

 お互いの存在を感じながら、同じ昼下がりの中を通り過ぎていく。

 手を繋ぐナオとユータ、そして明るく笑い合う3人のおじさんたちの背中は、街の雑踏に溶けていった。
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。