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資料

Note 2 世紀末と化した日本への転生

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 今日はスカベンジングのために外に出た。

 外に出る際はガスマスクをした。ガスマスクは口と鼻を覆うだけのアイウェアには干渉しないタイプであるが、それでも息苦しさや窮屈さにはまだ慣れない。

 実験棟から外に出ると、灰色の空気が視界を覆い、A.I.R.の姿を曇らせる。

 アイウェアの向こう側に見えるのは廃墟だけだった。高くもない駅ビル、単線の線路と数両編成の電車、閑散とした住宅街、だだっ広い道路と燃え尽きた車列、農地なのか空き地なのかもわからない荒地、そして草木の枯れ果てた山々。どこにでもある無個性な日本の中小都市、その成れの果てである。
 かつて町を彩っていたであろうあらゆる色は消えていた。その中で唯一、〈BATiS〉と書かれた看板のネオンはまだ光っていた。

 「ここは〈BATiS〉という会社が所有する、福島研究都市の中だ」とA.I.R.は言った。〈BATiS〉はAIを基幹とした先端技術関連の会社らしく、自立型アシスタントAIであるA.I.R.システムとそのヴァーチャルアシスタントをAR技術で実在させるアイウェア、スマートフォンの後継コンソールなどの開発をしつつ、別事業で過疎化が進んだ町を買い取っては実験都市を作っていたらしい。ただし、ここもよその例に漏れず「戦争によって破壊された」とA.I.R.は続けた。

 A.I.R.も、〈BATiS〉も、戦争も、何もかも知らない話ばかりだった。唯一わかったのは、以前も今も、ここが日本であるということだったが、しかし世界は完全に様変わりしていた。

 以前、ここに来る前のことについては特に書くことがない。別に何もない、平凡な人生を過ごすただの日本人だった。

 そして今、この世界の日本は中国との戦争に負け、核攻撃により崩壊していた。

 第二次日中戦争後、ほとんど間を置かず始まった第三次日中戦争は、終始中国軍の優勢で事が進んだ。「国恥報復」を掲げる中国軍は日本の完全屈服による戦争終結に向け、日本本土への上陸、そして首都東京の占領へ乗り出した。それに対し日本の亡命政府は国民総武装化計画により対抗。結果として、中国軍による東京決戦は失敗に終わった。そしてあらゆる街路が死体で溢れかえるほどの甚大な損害を出した両軍は、やがて退くも進むもできなくなり、泥沼の地上戦に突入しようとしていた。
 日本の亡命政府が対応にまごつく横で、〈偉大なる指導者〉率いる中国政府の決断は早かった。中国政府は戦争の長期化を避けるべく、東京を含む日本の主要都市への核攻撃に踏み切った。前線の自軍もろとも巻き添えで消滅することになるが、〈偉大なる指導者〉にとってそんなものは些細な数字でしかなかった。

 歴史上唯一の被爆国である日本は、再び核攻撃を受けた。しかし世界は、「まぁ日本なら仕方ないよね」と日本を見捨てた。実際、一度被曝しているという理由から使用側にとってのハードルは低かったらしいが、結局のところ、世界にとって日本はその程度のどうでもいい存在でしかなかったということだったのだろう。

 歴史上三度目の核攻撃は日本にとって致命傷となった。日本という土地は残ったが、日本という国家は文字通り滅んだ。日本は〈偉大なる指導者〉の名の許、核の実験場となった。日本の亡命政府の非難も虚しく、その後も中国による核攻撃と、腹いせに近いロシアの核攻撃、どさくさ紛れの北朝鮮の核実験、韓国のいつものお祝いメッセージのプレゼント、アメリカによる日本近海に展開する中国海軍への核威嚇などは続いた。

 そして第三次日中戦争は終わり、今に至る。戦争そのものは様々なところに飛び火し続いているようだが、日本はもうプレイヤーではなくなっていた。

 事の顛末を語るA.I.R.の語り口は淡々としていたが、話自体はとても面白かった。記録を残すという意味でこうして日記に書いていても、内心ワクワクは止まらなかった。

 スカベンジングの最中、A.I.R.と一緒に空を見た。廃墟の先に見える灰色の空は濁っていた。何もかもが死に絶え、もはや遺跡のようにさえ見える廃墟群は静かだった。しかしA.I.R.と二人だけのその静けさは心地よかった。

 凄い世界に転生したと思った。核戦争で文明が崩壊し、世紀末と化した日本。楽しくないわけがないし、楽しくて仕方ない。
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