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資料

Note 9 A.I.R.について

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 国防軍兵士の死体から剥いだ森林迷彩を着て、森の中に潜む日が続いた。虫に集られるのは不快だったが、狙撃用にカスタムしたアサルトライフルを構え様子を窺うこと自体は悪い気分ではなかった。

 まずは農協の連中の動きをトレースし、A.I.R.に行動傾向を解析してもらった。
 傾向分析が終わると、戦闘を避けつつ、空き巣をした。農協の連中は世界が世紀末化してもなぜかどこかしらの鍵を開けっ放しにしており、特に古い家ほどその傾向が高かった。年寄りが多いせいなのだろうか、排他的で自衛意識が高いわりに、中に入ってしまえば気が抜けるほど不用心な家が多かった。

 農協の連中はやはり小金持ちだった。鹿の角や熊の毛皮などの装飾品はそのままに、水、食料、弾薬、バッテリーを漁った。

 拠点とした山奥のぽつんとした一軒家も少しずつ生活感が出てきた。以前の持ち主は読書家だったようで、物理媒体の本が至るところに置いてあった。かび臭い読書も慣れてしまえばいい暇潰しになった。
 最近はのんびりした時間が増えた。〈BATiS〉福島実験都市は地方都市とはいえそれなりに建物の密集した廃墟街であったため、戦闘は近距離での市街戦や遭遇戦になりがちだった。それに比べると、第二の拠点とした山奥の平屋から見える田園風景は日々変わることもなく、農作業をする奴隷の横で農協のスナイパーやドローンがうろついていることを除けば平和そのものだった。拠点とした山奥の家周辺は放射能汚染も少なく、外を出歩くときもガスマスクを外していられた。

 何をするでもなくごろごろするのは気持ちよかった。そのため、アイウェアは外すことが多くなっていた。

 ここ最近、A.I.R.と話す機会は目に見えて減っていた。空き巣の際も特にアドバイスやサポートはなかった。
 町の外に来てからというもの、A.I.R.はなぜか口数が少なくなっていた。理由を訊くと、「プログラムの最適化中のため」とA.I.R.は言った。

 その理由が本当なのかはわからなかった。一応コンソールからプログラムファイルのウイルスチェックもできるらしいが、やってみてもよくわからなかった。「AIの基幹部分はディープテンプルに構成され保存されている」とA.I.R.は言ったが、ディープテンプルが何なのかも含めわからないことは考えてもわからなかった。

 以前はあまり気にしたこともなかったが、そもそもA.I.R.とはどういう存在なのだろうか?

 〈BATiS〉という会社がARやAIなどの最先端テクノロジーを駆使して作ったシステム。ARとAIを組み合わせた造語だという名前。まだ研究段階であるが、しかし核攻撃以後もバッテリーさえあれば問題なく機能する完全自立型AIデバイス。インターネットとはまた違う形態で通信するディープテンプル。

 A.I.R.は完璧なシステムだったが、なぜそんな物が都合よく目覚めた場所にあったのだろうか?

 わからないことだらけだった。まぁ、答えはそのうちA.I.R.が出してくれるだろう。

 ごろ寝をしながら外を眺めた。刺激のない生活だった。でもこのままここで田舎暮らしも悪くないと思った。
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