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記録⑤ 〈共和国〉革命防衛隊軽装歩兵──ルイ
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「全員殺せ!」
のちに輝かしい夜明けと呼ばれるようになったあの日、革命防衛隊首都警備部の将軍はエルフ街を前にしてそう言った。
「エルフは革命の敵! 奴らは人間を見下し、貧民から金を巻き上げ、魔法の力で国政を誑かす諸悪の根源だ!」
将軍のエルフ嫌いは固定観念と化していた。というか、この世界の大多数の人間は、現地人にしろ転生者にしろ、大なり小なり同じようなことを思っていた。
〈ジャコバン共和国〉は「民のための国」というスローガンを国是としていた。そして、王族ら特権階級の排除と、異世界転生者を含むあらゆる種族の人々の平等を掲げ、腐敗した王政を打倒した。はずだった。
ところが国は全くよくならなかった。むしろ大混乱に陥った。権力の空白に乗じ、あらゆる派閥が主導権を握ろうと暴れ回った結果、国内の治安は終わり、〈ブルボン王国〉との戦争は連戦連敗だった。その混乱の中で、人間の純血主義を掲げ政権を握った現政権は、圧倒的多数派を占める人間種族をバックに、少数ながら特権を握ったままのエルフ種族や、下層階級が多く治安を乱しがちな獣人種族、王侯貴族の残党勢力、国の言うことを聞かないはぐれ魔術師、社会のお荷物にしかならない腐敗人種族、その他人間たちと何かしら違うあらゆる者に対しあからさまな弾圧を始めた。
特にやり玉に上がったがエルフ種族だった。彼らの誇る血の高貴さと容姿の美しさ、古くから権力に取り入る権謀術数、金銭的に裕福な家柄、エルフ至上主義と選民思想、生まれながらの魔力などのイメージは、攻撃材料としてはもってこいであり、大衆にとっても非難の的となる存在だった。
エルフの中には反抗する者も融和を唱える者もいた。しかしどんな対応をしようとも、彼らの運命はある時点で決まっていたのだと今は思う。
こうして、〈共和国〉首都の高級住宅街、エルフ街の制圧が始まった。
まず、主要な街路に炎の嵐の魔術を炸裂させた。次に、エルフ街の中に潜んでいた内偵が中心部で無数の獣を召喚した。外と内からの強襲に、エルフ街は瞬く間にパニックに陥った。炎に防がれ、召喚獣に追われたエルフたちは残された逃げ道に殺到したが、そこは革命防衛隊の重装歩兵が隊列を組み待ち構えていた。
ゆっくりとした、しかし確実な制圧作戦だった。追い立てられるエルフはこちらが手を下すまでもなく、至るところで圧死していた。
建物を制圧する際は、まず魔術兵が時限式の雷雲を投げ込み、中に潜むエルフを一網打尽に感電死させ、続いて剣と盾で武装した軽装歩兵が突入、生き残りを殺害した。私も突入時に何人か殺した。初動から抵抗は少なかった。屋根上には狙撃と物見を兼ねる弓兵が展開し、逃げるエルフを狩りつつ状況を掌握した。
エルフ狩りの作戦は滞りなく進んだ。
死体を踏むことを気にする者はいなかった。みな、音を立てて踏んでいた。進むたび、〈共和国〉の星の軍旗の先端、革命防衛隊の星と盾の軍旗の先端、そして無数の槍の穂先に掲げられる首の数は増えていった。
高級住宅街の中ほど、庭園付き邸宅から数人が現れ、命乞いをしてきた。下働きと思われる粗末な身なりの人間の中には、その主人と家族と思われる着飾ったエルフがいた。
私はどうするかを将軍に尋ねた。
「人間は保護しろ。エルフ様は殺しとけ」
将軍は下働きの人間たちを保護すると、ゴミでも見るような目で吐き捨てた。私は言われた通り、命乞いをするエルフの家族を切った。中には男の子も女の子もいたし、まだ歩けない子供もいた。だが切った。命令違反は反革命罪と同義であり、断ることなどできなかった。
何人かの兵士は死体に唾を吐いたり、蹴ったりしていた。私の部隊で一番のチンピラは、子供の死体を串刺しにして壁に磔にしていた。
追い詰められたエルフたちは〈霊魂の眠る聖所〉なる彼らの古い神を祀る教会に立て籠もった。将軍は魔術兵に命令し、炎の嵐で教会ごと彼らを焼き討ちにした。
燃え落ちる教会を眺めながら、将軍は高笑いしていた。兵士たちも歓声を上げて喜んでいた。誰も彼もが血まみれであった。みな、仕事をやり遂げたという満足げな表情をしていた。
そうして治安維持という名の虐殺が終わったあと、革命防衛隊は政府から表彰された。列席するお偉方の中には何人か日本人がいた。現政権の中心、ロベスピエール閣下は日本人転生者だった。
輝かしい夜明けという名のエルフ種族の大虐殺が終わっても、生活は大して変わらなかった。変わったことといえば、地方でもエルフ狩りが始まったことと、排斥対象がエルフから獣人種族に変わったことぐらいだった。〈ブルボン王国〉との戦争は続いているし、恐怖政治も相変わらずだった。
しかし現政権になってから、異世界転生者、特に日本人転生者の地位が向上しているのは明らかだった。革命防衛隊に20歳そこらの自分が入れてる時点で優遇されてるのは間違いなかった。
「民のための国」というスローガンを掲げて始まった革命は、一体誰のための革命だったのか──今でもわからない。でも、昔に比べて「日本人転生者だ」とバカにされることは明らかに減ったと思う。だから多分、この革命はいいことだったんだと個人的には思う。
のちに輝かしい夜明けと呼ばれるようになったあの日、革命防衛隊首都警備部の将軍はエルフ街を前にしてそう言った。
「エルフは革命の敵! 奴らは人間を見下し、貧民から金を巻き上げ、魔法の力で国政を誑かす諸悪の根源だ!」
将軍のエルフ嫌いは固定観念と化していた。というか、この世界の大多数の人間は、現地人にしろ転生者にしろ、大なり小なり同じようなことを思っていた。
〈ジャコバン共和国〉は「民のための国」というスローガンを国是としていた。そして、王族ら特権階級の排除と、異世界転生者を含むあらゆる種族の人々の平等を掲げ、腐敗した王政を打倒した。はずだった。
ところが国は全くよくならなかった。むしろ大混乱に陥った。権力の空白に乗じ、あらゆる派閥が主導権を握ろうと暴れ回った結果、国内の治安は終わり、〈ブルボン王国〉との戦争は連戦連敗だった。その混乱の中で、人間の純血主義を掲げ政権を握った現政権は、圧倒的多数派を占める人間種族をバックに、少数ながら特権を握ったままのエルフ種族や、下層階級が多く治安を乱しがちな獣人種族、王侯貴族の残党勢力、国の言うことを聞かないはぐれ魔術師、社会のお荷物にしかならない腐敗人種族、その他人間たちと何かしら違うあらゆる者に対しあからさまな弾圧を始めた。
特にやり玉に上がったがエルフ種族だった。彼らの誇る血の高貴さと容姿の美しさ、古くから権力に取り入る権謀術数、金銭的に裕福な家柄、エルフ至上主義と選民思想、生まれながらの魔力などのイメージは、攻撃材料としてはもってこいであり、大衆にとっても非難の的となる存在だった。
エルフの中には反抗する者も融和を唱える者もいた。しかしどんな対応をしようとも、彼らの運命はある時点で決まっていたのだと今は思う。
こうして、〈共和国〉首都の高級住宅街、エルフ街の制圧が始まった。
まず、主要な街路に炎の嵐の魔術を炸裂させた。次に、エルフ街の中に潜んでいた内偵が中心部で無数の獣を召喚した。外と内からの強襲に、エルフ街は瞬く間にパニックに陥った。炎に防がれ、召喚獣に追われたエルフたちは残された逃げ道に殺到したが、そこは革命防衛隊の重装歩兵が隊列を組み待ち構えていた。
ゆっくりとした、しかし確実な制圧作戦だった。追い立てられるエルフはこちらが手を下すまでもなく、至るところで圧死していた。
建物を制圧する際は、まず魔術兵が時限式の雷雲を投げ込み、中に潜むエルフを一網打尽に感電死させ、続いて剣と盾で武装した軽装歩兵が突入、生き残りを殺害した。私も突入時に何人か殺した。初動から抵抗は少なかった。屋根上には狙撃と物見を兼ねる弓兵が展開し、逃げるエルフを狩りつつ状況を掌握した。
エルフ狩りの作戦は滞りなく進んだ。
死体を踏むことを気にする者はいなかった。みな、音を立てて踏んでいた。進むたび、〈共和国〉の星の軍旗の先端、革命防衛隊の星と盾の軍旗の先端、そして無数の槍の穂先に掲げられる首の数は増えていった。
高級住宅街の中ほど、庭園付き邸宅から数人が現れ、命乞いをしてきた。下働きと思われる粗末な身なりの人間の中には、その主人と家族と思われる着飾ったエルフがいた。
私はどうするかを将軍に尋ねた。
「人間は保護しろ。エルフ様は殺しとけ」
将軍は下働きの人間たちを保護すると、ゴミでも見るような目で吐き捨てた。私は言われた通り、命乞いをするエルフの家族を切った。中には男の子も女の子もいたし、まだ歩けない子供もいた。だが切った。命令違反は反革命罪と同義であり、断ることなどできなかった。
何人かの兵士は死体に唾を吐いたり、蹴ったりしていた。私の部隊で一番のチンピラは、子供の死体を串刺しにして壁に磔にしていた。
追い詰められたエルフたちは〈霊魂の眠る聖所〉なる彼らの古い神を祀る教会に立て籠もった。将軍は魔術兵に命令し、炎の嵐で教会ごと彼らを焼き討ちにした。
燃え落ちる教会を眺めながら、将軍は高笑いしていた。兵士たちも歓声を上げて喜んでいた。誰も彼もが血まみれであった。みな、仕事をやり遂げたという満足げな表情をしていた。
そうして治安維持という名の虐殺が終わったあと、革命防衛隊は政府から表彰された。列席するお偉方の中には何人か日本人がいた。現政権の中心、ロベスピエール閣下は日本人転生者だった。
輝かしい夜明けという名のエルフ種族の大虐殺が終わっても、生活は大して変わらなかった。変わったことといえば、地方でもエルフ狩りが始まったことと、排斥対象がエルフから獣人種族に変わったことぐらいだった。〈ブルボン王国〉との戦争は続いているし、恐怖政治も相変わらずだった。
しかし現政権になってから、異世界転生者、特に日本人転生者の地位が向上しているのは明らかだった。革命防衛隊に20歳そこらの自分が入れてる時点で優遇されてるのは間違いなかった。
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