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第二章 二人の果て
2-3 彷徨う者
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降り続く雨の隅で雷が鳴る。色のない陽に光が射し、そしてまたどこかで雷が鳴る。
朝。目覚めたとき、焚き火は消えていた。隣で寝ていたはずのエミリーも消えていた。ゲーフェンバウアーと一緒に寝ていたアルバレスもいなくなっていた。一人と一頭、そしてちょうど一人分の荷物がなくなっていた。
しかし、ミッコはしばらく寝惚けていた。
(大方、こっちの気を引きたいのだろう……)
残り香はまだはっきりとしていた。意識が覚醒するまでは時間がかかった。ミッコはまだ事の重大さを理解できてはいなかった。このときはまだ、エミリーが本当に一人でどこかに出ていくなど、想像すらできていなかった。
エミリーは元々貴族の令嬢である。〈教会〉の騎士である父親の影響から、女ながらに武術の心得はあるが、生活力はない。火起こしも、テントの設営も、料理も、元々できなかったうえ、今でも下手である。ここまでの道中、原野での生活はほとんどミッコが支えてきた。
有り体に言ってしまえば、エミリーは一人では何もできない。だからこそ、遠くには行っていないとミッコは勝手に思い込んでいた。
ミッコは装具を整え、その上から雨具を羽織ると、ゲーフェンバウアーを連れ廃教会から出た。
雨に濡れる廃墟街に遠雷が響く。大した雨ではなかったが、空は暗く、雲は分厚かった。
ぬかるむ地面には人と馬の足跡が残っていた。残ってはいたが、しかしその足取りは随分とフラフラしていた。追手を攪乱するための偽装でなければ、酷く覚束ないそれらは、まるで廃墟を彷徨っているかのようだった。
(こんな雨の中ぶらつくなっての……)
ミッコは溜め息をつきながら、その足跡を追い始めた。
「なぁ、どこ行ったと思う?」
何気なく、ミッコはゲーフェンバウアーに訊ねた。しかし黒馬は怒ったように鼻を鳴らすだけで、そっぽを向いてしまった。
ゲーフェンバウアーの反応に、ミッコは昨夜の諍いを思い出し、自らの子供染みた言動を思い出した。
雨のせいか、自己嫌悪に苛まれるせいか、追う足取りは重かった。一旦は、街外れまで足跡を追った。しかし街を出る直前の水溜まりで痕跡は消えていた。
水溜まりを越え、街の外へと出たのかもしれないが、ミッコは途切れる直前の、最も新しいと思われる足跡を辿った。それは石壁の廃屋へと続いており、泥の着いた靴跡は扉の向こう側へと続いていた。
ミッコは馬を降り、廃屋の中に足を踏み入れた。
僅かな、しかし確かな残り香。雨に濡れた空気が冷め、色のない陽が暗くなる。瞬間、息が苦しくなり、血の気が引いていく。
降り続く雨の隅で雷が鳴る。色のない陽に光が射し、そしてまたどこかで雷が鳴る。
蓋をしていた思考が告げる──エミリーは本当に消えたのかもしれない──そこでようやく、ミッコは事の重大さを理解した。
濡れた足音が雨音に反響する。石壁の向こうで、雷が鳴り響く。
何度目か、屋内に雷光が射す。そのとき、一瞬、部屋の隅に影が映った──人か、物か、あるいは……──しかし瞬きの間に、それは色のない陽に溶けて消えていた。
ミッコはウォーピックを握り締めた。その行為には何の意味もないとわかっていたが、しかしそうしなければ息苦しさに耐えられなかった。
深く息つき、再び足跡を辿った。靴の泥はやはり屋内を彷徨っていた。しかしどの部屋も朽ちて久しく、手掛かりはなさそうだった。
足跡を追い、裏口から庭に出た。息苦しい薄闇は晴れたが、雨に濡れる陽は相変わらず色褪せている。
また雷が鳴る。ふと、ミッコは視線を上げた。見上げた立派な枯れ木には、大小無数の影が吊るされていた。
目が合った瞬間、人だと分かった──廃墟の住人……──先ごろ、共に旅をした者たちの言葉が脳裏を過ぎった。それらは確かに人の影だった。
しかしその住人たちは動かなかった。木に吊るされた影はみな蓑虫のように揺れていた。その姿は死んでいるようであり、恐らくは死んでいた。
幾多の戦場を駆けてきたミッコにとって、これは見慣れた光景だった。しかし今、ミッコは震えていた。
これは一体何なのだ──いくら考えても答えなど出てこなかった。
ミッコは走った。柵を、塀を飛び越え、ゲーフェンバウアーのもとに走った。そしてわき目も振らず馬に跨ると、廃墟街から逃げ出した。
朝。目覚めたとき、焚き火は消えていた。隣で寝ていたはずのエミリーも消えていた。ゲーフェンバウアーと一緒に寝ていたアルバレスもいなくなっていた。一人と一頭、そしてちょうど一人分の荷物がなくなっていた。
しかし、ミッコはしばらく寝惚けていた。
(大方、こっちの気を引きたいのだろう……)
残り香はまだはっきりとしていた。意識が覚醒するまでは時間がかかった。ミッコはまだ事の重大さを理解できてはいなかった。このときはまだ、エミリーが本当に一人でどこかに出ていくなど、想像すらできていなかった。
エミリーは元々貴族の令嬢である。〈教会〉の騎士である父親の影響から、女ながらに武術の心得はあるが、生活力はない。火起こしも、テントの設営も、料理も、元々できなかったうえ、今でも下手である。ここまでの道中、原野での生活はほとんどミッコが支えてきた。
有り体に言ってしまえば、エミリーは一人では何もできない。だからこそ、遠くには行っていないとミッコは勝手に思い込んでいた。
ミッコは装具を整え、その上から雨具を羽織ると、ゲーフェンバウアーを連れ廃教会から出た。
雨に濡れる廃墟街に遠雷が響く。大した雨ではなかったが、空は暗く、雲は分厚かった。
ぬかるむ地面には人と馬の足跡が残っていた。残ってはいたが、しかしその足取りは随分とフラフラしていた。追手を攪乱するための偽装でなければ、酷く覚束ないそれらは、まるで廃墟を彷徨っているかのようだった。
(こんな雨の中ぶらつくなっての……)
ミッコは溜め息をつきながら、その足跡を追い始めた。
「なぁ、どこ行ったと思う?」
何気なく、ミッコはゲーフェンバウアーに訊ねた。しかし黒馬は怒ったように鼻を鳴らすだけで、そっぽを向いてしまった。
ゲーフェンバウアーの反応に、ミッコは昨夜の諍いを思い出し、自らの子供染みた言動を思い出した。
雨のせいか、自己嫌悪に苛まれるせいか、追う足取りは重かった。一旦は、街外れまで足跡を追った。しかし街を出る直前の水溜まりで痕跡は消えていた。
水溜まりを越え、街の外へと出たのかもしれないが、ミッコは途切れる直前の、最も新しいと思われる足跡を辿った。それは石壁の廃屋へと続いており、泥の着いた靴跡は扉の向こう側へと続いていた。
ミッコは馬を降り、廃屋の中に足を踏み入れた。
僅かな、しかし確かな残り香。雨に濡れた空気が冷め、色のない陽が暗くなる。瞬間、息が苦しくなり、血の気が引いていく。
降り続く雨の隅で雷が鳴る。色のない陽に光が射し、そしてまたどこかで雷が鳴る。
蓋をしていた思考が告げる──エミリーは本当に消えたのかもしれない──そこでようやく、ミッコは事の重大さを理解した。
濡れた足音が雨音に反響する。石壁の向こうで、雷が鳴り響く。
何度目か、屋内に雷光が射す。そのとき、一瞬、部屋の隅に影が映った──人か、物か、あるいは……──しかし瞬きの間に、それは色のない陽に溶けて消えていた。
ミッコはウォーピックを握り締めた。その行為には何の意味もないとわかっていたが、しかしそうしなければ息苦しさに耐えられなかった。
深く息つき、再び足跡を辿った。靴の泥はやはり屋内を彷徨っていた。しかしどの部屋も朽ちて久しく、手掛かりはなさそうだった。
足跡を追い、裏口から庭に出た。息苦しい薄闇は晴れたが、雨に濡れる陽は相変わらず色褪せている。
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しかしその住人たちは動かなかった。木に吊るされた影はみな蓑虫のように揺れていた。その姿は死んでいるようであり、恐らくは死んでいた。
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これは一体何なのだ──いくら考えても答えなど出てこなかった。
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