34 / 49
第三章 魅せるもの、魅たいもの、魅せたいもの
3-4 騎士殺しの黒騎士②
しおりを挟む
風が火の粉をまとい、暗闇を薙ぎ払う。
騎士殺しの黒騎士のサーベルが、真っ暗になったミッコの左目を掠める。
「ちょっと待って下さいって! 俺、怪我してんですけど!?」
「怪我人だからって手加減してもらえると思うなよ!」
「それに武器も持ってないのに……!」
「泣き言ばっか言ってんじゃねぇよ! 武器がなくたって戦うぐらいできるだろうが!」
黒騎士の言い分はめちゃくちゃだったが、しかし実際その通りでもあった。戦場では手負いの者から殺される。そして相手が襲ってくる以上は、武器がなくともどうにかして戦うしかない。
咄嗟に、ミッコは篝火の一つを蹴飛ばした。赤熱する薪が地面を転がり、燃え上がる火が黒騎士を焦がした。暗闇に燃える騎士殺しの黒騎士は笑っていた。
ミッコは篝火のそばにあった火かき棒を手に取った。戦闘用のサーベルに対抗するにはあまりにも非力だが、ないよりはマシだった。それに者は使い様である。うまく使えば殺すことはできなくとも、無力化するぐらいはできる。
病み上がり、しかも左目が見えないという状況の焦りはあったが、得物を手にしたことでミッコは少し冷静になることができた。そして打ち合うことで、しっかりと状況を計ることができた。
目にも止まらぬ剣戟──ということはなかった。左目が見えないことを除いても、その動きは確実に捉えることができた。
そもそも騎士殺しの黒騎士は決して強くはない。体躯も武勇も人並みであり、強い者はいくらでもいる。ミッコが黒騎兵に兵士として従軍し始めた時点で、騎兵としてはすでに老境に達しており、途中からはより上位の軍団の指揮官に昇進して最前線からは離れていた。若いときを知らないが、初老となった今では、その気迫に体の動きが明らかに追い付いていない。それでも、見えない左目を執拗に狙う狡猾さは、その性格の悪さが十二分に滲み出ている。
風が哭く。断続的、しかし執拗なサーベルの刃が暗闇を薙ぐ。
戦いは基本的には攻撃側が主導権を握る。守っているだけでは、攻撃せねば戦いには決して勝てない。
ミッコは間合いを計りつつ、反撃に転じた。
剣戟を避け、踏み込み、火かき棒の先端で黒騎士の胸甲を突く──お互いに驚きはなかった。ただの一撃であっさりと形勢は逆転した。
オンボロの火かき棒は今や必要さえなかった。ミッコは火かき棒で牽制しつつ、相手の腕を抑え、サーベルを奪い取った。
それで形勢は決したが、しかし黒騎士はなおも諦めず、サーベルを奪い返そうと襲いかかってきた。懐に潜り込まれ、組み付かれたので、仕方なくミッコは応戦し、殴り返した。そして黒騎士に馬乗りになると、体重を乗せ、サーベルを首に押し当てた。
一筋の血が首元から流れ、刃を濡らす。あと少し力を入れれば、首が落ちる。
「これまでです! 勝負は着きました! もう終わりにしてください!」
「終わりにしたいならお前の手で片付けてみろ! 俺はまだお前を殺すつもりだぞ!」
「いい加減に諦めてください! この状況でどうやって……!? このままだと死にますよ!」
「死人の首を切るぐらいなんだ! そんなこともできねぇのか!? お前はそんなお利口ちゃんじゃねぇだろうが!」
元上官の往生際の悪さにミッコは呆れ、閉口し、そして思い出した──決して優れた人間ではない騎士殺しの黒騎士を一角の将軍たらしめているもの──どんな逆境にも活路を見出そうとする、その不屈の精神を。
「戦い始めたら殺し切れ! そんな舐めたマネしてるからお前は負けて全部奪われたんだ!」
ずっと神経を逆撫でしてきた言葉が、ついに逆鱗に触れた。
「やれ! やってみろ! 殺せるもんなら殺してみろ!」
浴びせられる罵詈雑言の中、ミッコは吼えた。そして力任せにサーベルを首に押しつけた。
肉と骨を断つ感覚とともに、騎士殺しの黒騎士の首が落ちる。血飛沫と流血の中、漆黒の胸甲騎兵の軍装が赤く染まり、物言わなくなった瞳が暗闇を仰ぐ。
しばらくの間、ミッコはへたり込み、暗闇に沈む死体と塔を見ていた。
戦いは終わった。そして勝った。しかしこの感覚は、〈帝国〉と〈教会〉の最後の戦いが終わったときに似ていた。
「気は済んだか?」
どれほどのときが経ったのだろうか。唐突な声が静寂を破った。
「おい、何か言えよ」
声なき者──で、あるはず──の声が聞こえた。ミッコは我に返り、我を疑った。
騎士殺しの黒騎士の生首は確かに唇を動かし、喋っていた。その死んだような黒い瞳には、うっすらと光が灯っていた。
「やっぱりお前は強かったな」
そう言って黒騎士の生首は微笑んだ。
ミッコは完全に自分の頭がおかしくなったと思った。
遥かなる地平線への旅の道中、ミッコは様々なものを見た。何もかもが新鮮な、しかしどこまでも色褪せた風景の中には、明らかに現実離れしてるものもあった。マルーン神父は、地平線は様々なものを魅せるといった。もしこれがそれだとしたら、文明の最東端と伝わる〈塔の国〉は〈東の覇王〉に滅ぼされてよかったと思った。これが塔の女王が魅せるものだとしたら、〈神の奇跡〉も〈神々の児戯〉も、どんな強大な魔法もどんな偉大な神秘も、秘匿し忘れ去られるべきだと思った。
ミッコは死んだみんなに会いたかった。しかしこんな再会の仕方を望んではいなかった。ミッコは生前の彼らに会いたかったのであり、何かに囚われてしまった彼らが魅たいわけではなかった。
騎士殺しの黒騎士のサーベルが、真っ暗になったミッコの左目を掠める。
「ちょっと待って下さいって! 俺、怪我してんですけど!?」
「怪我人だからって手加減してもらえると思うなよ!」
「それに武器も持ってないのに……!」
「泣き言ばっか言ってんじゃねぇよ! 武器がなくたって戦うぐらいできるだろうが!」
黒騎士の言い分はめちゃくちゃだったが、しかし実際その通りでもあった。戦場では手負いの者から殺される。そして相手が襲ってくる以上は、武器がなくともどうにかして戦うしかない。
咄嗟に、ミッコは篝火の一つを蹴飛ばした。赤熱する薪が地面を転がり、燃え上がる火が黒騎士を焦がした。暗闇に燃える騎士殺しの黒騎士は笑っていた。
ミッコは篝火のそばにあった火かき棒を手に取った。戦闘用のサーベルに対抗するにはあまりにも非力だが、ないよりはマシだった。それに者は使い様である。うまく使えば殺すことはできなくとも、無力化するぐらいはできる。
病み上がり、しかも左目が見えないという状況の焦りはあったが、得物を手にしたことでミッコは少し冷静になることができた。そして打ち合うことで、しっかりと状況を計ることができた。
目にも止まらぬ剣戟──ということはなかった。左目が見えないことを除いても、その動きは確実に捉えることができた。
そもそも騎士殺しの黒騎士は決して強くはない。体躯も武勇も人並みであり、強い者はいくらでもいる。ミッコが黒騎兵に兵士として従軍し始めた時点で、騎兵としてはすでに老境に達しており、途中からはより上位の軍団の指揮官に昇進して最前線からは離れていた。若いときを知らないが、初老となった今では、その気迫に体の動きが明らかに追い付いていない。それでも、見えない左目を執拗に狙う狡猾さは、その性格の悪さが十二分に滲み出ている。
風が哭く。断続的、しかし執拗なサーベルの刃が暗闇を薙ぐ。
戦いは基本的には攻撃側が主導権を握る。守っているだけでは、攻撃せねば戦いには決して勝てない。
ミッコは間合いを計りつつ、反撃に転じた。
剣戟を避け、踏み込み、火かき棒の先端で黒騎士の胸甲を突く──お互いに驚きはなかった。ただの一撃であっさりと形勢は逆転した。
オンボロの火かき棒は今や必要さえなかった。ミッコは火かき棒で牽制しつつ、相手の腕を抑え、サーベルを奪い取った。
それで形勢は決したが、しかし黒騎士はなおも諦めず、サーベルを奪い返そうと襲いかかってきた。懐に潜り込まれ、組み付かれたので、仕方なくミッコは応戦し、殴り返した。そして黒騎士に馬乗りになると、体重を乗せ、サーベルを首に押し当てた。
一筋の血が首元から流れ、刃を濡らす。あと少し力を入れれば、首が落ちる。
「これまでです! 勝負は着きました! もう終わりにしてください!」
「終わりにしたいならお前の手で片付けてみろ! 俺はまだお前を殺すつもりだぞ!」
「いい加減に諦めてください! この状況でどうやって……!? このままだと死にますよ!」
「死人の首を切るぐらいなんだ! そんなこともできねぇのか!? お前はそんなお利口ちゃんじゃねぇだろうが!」
元上官の往生際の悪さにミッコは呆れ、閉口し、そして思い出した──決して優れた人間ではない騎士殺しの黒騎士を一角の将軍たらしめているもの──どんな逆境にも活路を見出そうとする、その不屈の精神を。
「戦い始めたら殺し切れ! そんな舐めたマネしてるからお前は負けて全部奪われたんだ!」
ずっと神経を逆撫でしてきた言葉が、ついに逆鱗に触れた。
「やれ! やってみろ! 殺せるもんなら殺してみろ!」
浴びせられる罵詈雑言の中、ミッコは吼えた。そして力任せにサーベルを首に押しつけた。
肉と骨を断つ感覚とともに、騎士殺しの黒騎士の首が落ちる。血飛沫と流血の中、漆黒の胸甲騎兵の軍装が赤く染まり、物言わなくなった瞳が暗闇を仰ぐ。
しばらくの間、ミッコはへたり込み、暗闇に沈む死体と塔を見ていた。
戦いは終わった。そして勝った。しかしこの感覚は、〈帝国〉と〈教会〉の最後の戦いが終わったときに似ていた。
「気は済んだか?」
どれほどのときが経ったのだろうか。唐突な声が静寂を破った。
「おい、何か言えよ」
声なき者──で、あるはず──の声が聞こえた。ミッコは我に返り、我を疑った。
騎士殺しの黒騎士の生首は確かに唇を動かし、喋っていた。その死んだような黒い瞳には、うっすらと光が灯っていた。
「やっぱりお前は強かったな」
そう言って黒騎士の生首は微笑んだ。
ミッコは完全に自分の頭がおかしくなったと思った。
遥かなる地平線への旅の道中、ミッコは様々なものを見た。何もかもが新鮮な、しかしどこまでも色褪せた風景の中には、明らかに現実離れしてるものもあった。マルーン神父は、地平線は様々なものを魅せるといった。もしこれがそれだとしたら、文明の最東端と伝わる〈塔の国〉は〈東の覇王〉に滅ぼされてよかったと思った。これが塔の女王が魅せるものだとしたら、〈神の奇跡〉も〈神々の児戯〉も、どんな強大な魔法もどんな偉大な神秘も、秘匿し忘れ去られるべきだと思った。
ミッコは死んだみんなに会いたかった。しかしこんな再会の仕方を望んではいなかった。ミッコは生前の彼らに会いたかったのであり、何かに囚われてしまった彼らが魅たいわけではなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる