圏ガク!!

はなッぱち

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蜜月

誤解

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「ほんと何やってんだよ!」

 オレは問答無用に先輩の腕を掴んで歩き出す。

「セイシュン、どこに行く気だ?」

 抵抗する事なく、腕を引かれるまま歩いてくれる先輩は、本当に分かっていない口振りで更にオレを苛つかせる。

「医務室行くんだよ! 頭痛いだろ! つか、なんであんな無茶やるんだよ!」

 流血を指摘してやると「あぁ、ちょっと切れたか」と暢気に笑いやがったので、オレはスピードを上げ、半ば走るような勢いで旧館に向かった。

 じいちゃんの拷問まがいの治療を受けさせてやろうと思ったが、医務室の主は不在だった。仕方がないので、消毒薬と絆創膏を勝手に拝借して、オレが先輩の手当をする事になった。

「痛かったら言えよ」

 ブシュッと市販の消毒液を額の傷に吹きかける。

「ん、消毒液が目に入りそうだ」

 念入りにシュッシュしていると、傷を撫でた消毒液が目の上をダラダラと流れ落ちていた。ティッシュを探すが見当たらず、とりあえず自分の袖で拭ってやると、不安そうな声で先輩が呼んだ。

「セイシュン、服が汚れるぞ」

 目元をしっかり拭いてやると、そろりと先輩が目を開ける。そして困ったように笑って、医務室にある手洗い場を指さした。視線を向けると、そこにはティッシュの箱が置いてあり、ちゃんと探せと無言の説教を受けつつ取りに行く。

「なんでいきなり棚に頭突きなんかしたんだよ」

 傷口も軽くティッシュで押さえると、じわりと血の色が滲んだ。

「消毒は十分だ。絆創膏を貼ってくれるか?」

 消毒薬に手を伸ばしかけたオレを制するよう、先輩が口を開いた。そして、一瞬躊躇うような間を作り、オレの手元を狂わせるような事をさらっと言ってのけた。

「ん……さっき……倉庫の中で理性が吹っ飛んじまった。すまん」

 単純に傷を覆うよう貼るだけなのに予備に持って来ていた分の絆創膏を全て消費し、ようやく簡易治療が完了する。

「今は?」

 赤裸々な先輩の言葉に一人ドキドキしながら、貼り付けた絆創膏を指の腹で撫でる。二人きりの空気が期待値を上げたが、こちらの期待を全力で裏切る力強い返事が返ってきてしまった。

「大丈夫だ。今はしっかりある」

 先輩は自分の胸を叩いて言う。確固たる自信に満ちた表情に気圧されるが、スッパリ諦められるほど聞き分けは良くないのだ。

「嫌だって言っちゃったけど、先輩が嫌とかそういうのじゃ……あそこ生徒会の盛り場らしいってのを聞いた事があって、その嫌なイメージが頭を過ぎっただけと言うか、その、先輩を拒否った訳じゃあないから勘違いすんなよ」

 言い訳に『続き』の催促を混ぜながら迫ってみる。

「ん、分かってる。時と場所が悪かったな」

 困ったように笑う先輩は「反省してる」と律儀に頭を下げた。

 催促は先輩に全く通じず、駄目推しで医務室の扉の鍵をかけ、再び先輩の理性を吹き飛ばそうと試みたが、タイミング悪くじいちゃんが部屋に戻ってきて不発に終わった。

 その後もどっしりと居座る理性のおかげで、オレの努力は悉く失敗した。先輩との触れ合いが、週末まで容赦なくお預けになった事を理解するのに時間はかからなかった。

 たった数日、されど数日。先輩の告白でオレの理性はとっくに吹っ飛ばされている訳で、このお預けは非常に辛い事が予想された。ヤルだけが全てじゃあないが、それでもヤリたいのだ。柏木なんぞに気を取られた自分の愚かさを呪うしかない。

 そんな悶々とした放課後を過ごし、旧館の貧相な食事で虚しさを飲み込み、烏の行水を済ませた後、何故か二年から呼び出しを食らった。

 殺気立った出迎えに、皆元が応戦しそうになるのを止めて、素直に連行されると、随分とご立腹な矢野君が待ち構えていた。

『旧館では現在、ホモは問答無用で私刑になります』

 山センの忠告を思い出したが、矢野君らにリンチされるイメージが湧かず、どうにも危機感が欠ける。合体している現場を押さえられたでもなし、言い訳はなんとでも出来ると、いつも通りに用件を尋ねた。

「夷川、てめぇ自分が何したか分かってんのか?」

 割と本気でキレてる雰囲気に足が後退しそうになる。とは言え、問答無用で殴られないのは、夏前には考えられない進歩だ。

「別に何もしてねーよ。なんで怒ってんの?」

 疑問符で返すと、矢野君は襟ぐりを掴んで、オレを壁に叩きつけた。ぶつけたのは頭ではなく背中だったが地味に痛い。

「体育倉庫で金城先輩に手ぇ出しただろ」

「出してない」

「嘘吐いてんじゃねーぞ。頭から血流してる金城先輩をお前が追いかけ回してる所を見た奴らがいる」

 自称運動部の奴らが矢野君にチクったのか。オレはげんなりしながらも、襟ぐりを掴んだ手を払いのける。

「山センに隠されたキャンプ道具を倉庫で探してたら、先輩が棚に頭ぶつけたんだよ。洗うだけで済まそうとしてたから、追いかけて医務室連れてった」

 事情を説明すると、矢野君はあっさりと納得してくれた。まあ違う意味では、かなり手を出しまくってたりするので多少の罪悪感はあるが、それを理由に殴られるのも馬鹿らしい。

 誤解が解けたならそれでいい、部屋に帰っていいかと聞こうとした時、ちょっと遠くを見ながら矢野君が妙な事を言い出した。

「金城先輩に連れが出来てよかったと思ってる。あの人、ずっと一人だったからな」

 先輩……後輩にぼっちを本気で心配されとる。笑いそうになるのを我慢して、神妙な顔で頷くと、矢野君は「これからも仲良くしてやれよ」とちょっと鼻を啜った。

「うん、先輩はオレに任せてくれ」

 吹きそうになるのを堪え、意味はかなり違うけど本心からそう答えた。いや、そう違ってもいないか。もう、先輩を一人にするつもりはなかったからな。
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