311 / 411
蜜月
教師の苦労、生徒は知らず
しおりを挟む
「すまんな。字を書くの難しくて……読みにくいだろ……いや、その前に読めるか?」
器用に鉛筆を尖らせていくなぁと見とれてしまった。
「大丈夫。ちゃんと読めるよ。筆圧は強いけど、丁寧に書いてあるから。これって、板書をそのまま写したんだよね」
「うん、正直それだけで授業中はいっぱいいっぱいになってる」
困ったように笑って課題に取りかかる先輩を見て納得する。字を書くという作業が先輩にとって、かなり労力を要すると人目で分かってしまったからな。
習字でもやっているような慎重さ。ボキボキと芯が折れる度、不安からか手が止まる。オレが持ってきたシャーペンでも渡そうかと思ったが、物理的に無理だな。
「先輩、一度ボールペン使ってみて。これなら芯折れないよ」
ボールペンを貸してみる。恐る恐る使い出した先輩は、ぱあっと表情を明るくした。
「セイシュン! これ、すごいぞ! 字がマジックみたいに書けるぞ」
マジックペンは使ってたけど、ボールペンは初めてだったらしい。嬉しそうな顔を見ていると、ついこっちまで朗らかになってしまうが、気を引き締めてオレは自分の作業に戻る。
「あぁっ! しまったッ! セイシュン、これは消しゴムが使えないのか!? 字が、紙が大変な事になったぞ!」
乾いていないインクを消しゴムで擦ったらしく、課題のプリントに大きな黒いモヤが出来ていた。
「先輩、ペン使う時は消しゴムじゃあなくて、こっちを使って、修正テープ。使い方は……こう……で、後はこの上から書く。すぐに擦るとまたインク滲むから気を付けて」
先輩のノートは板書を丸ごと写しているようだった。時代に取り残された学校である圏ガクでは、プロジェクターやタブレットとは無縁。
その上、チョークは白の一色のみなので、非常に分かりにくい。オレは私物のマーカーで重要な部分を目立たせながら、授業内容を確認していく。
今、使っている物を持ってきて貰ったのだが、今までの分も見ておきたいな。明日にでも、先輩の部屋に行って確認するか。
数冊のノートを流し見し、次は課題に手を伸ばす。
「……?」
課題の一つを見ていて、オレは不思議な感覚に捕らわれた。ちょっと前に見た事のあるような内容に首を傾げる。いや、まさかなと、次々に課題の内容を確認して、オレは先輩に気付かれないよう息を呑んだ。
先輩の卒業は予想以上に難易度が高そうだと、悟るのに時間は必要なかった。
「セイシュン、今日はありがとうな。勉強に付き合ってくれて。一人でやりよりずっと捗った」
先輩が漢字の書き取りを終えたのが、きりの良い時間だったので、本日はそれで解散する事にした。現状の把握は一応だが出来たので、オレとしては早急に今後のスケジュールを練らなければならない。
申し訳なさからだろうか、控えめに嬉しそうな顔を見せ部屋に戻る先輩を見送り、オレは旧館の事務室へ足を伸ばす。
「夷川です。自習終わりました」
担任に空き部屋を借りた時、終わったら声をかけるようにと言われていたのだ。どの部屋も旧館使用なので、もちろん鍵などないのだが、さっと掃除だけは済ませてある。こちらとしても、明日以降も使用させて貰えるよう、改めて声をかけておきたかった。
「おう、入れ」
事務室から聞こえた声は担任のものではなかった。聞き覚えのある声に一瞬身構えてしまったが、逃げる理由もない。素直に扉を開け、入室する。
「金城のおつむの世話してくれんだって?」
部屋で待ちかまえていたのは、先輩の担任でもある守峰だった。手にしているのはブラックの缶コーヒーなのに、居酒屋で一杯やっている雰囲気が漂っているのは何故だろうか。何者か知らずに目の前に現れたら、間違いなく堅気の人間には見えないな。
「まあ、座れや。金城のやってる事を見たんだろ。聞きたい事の一つや二つあるだろうと思ってな」
勧められたイスに座る。手持ちぶさたなのか、指先を揉んだ後、耳の中を掻きながら、ため息のような煙草臭い息を吐き出す。
「先輩は授業に全くついて行けてないんですね」
答えてくれるならば、単刀直入に聞いておこう。先輩の前では言えなかった事をズバリ尋ねる。守峰は「そうだ」と頷く。
「元々、うちの学校に来るような奴らは、まともに義務教育受けてない奴が大半なんだよ。入試もないしな。だから、一年の時はふるいにかける。お前もやっただろ、一学期は丸ごと中学ん時の内容をやって、それぞれの進行度合いを計るんだ。んで、個別に指導して、なんとか同じスタートラインに立たせる」
大変だなと他人事ながら思ってしまう。いや、他人事ではなかったな。
「九九が分からん奴も珍しくないが、金城の場合は特殊でな。頭の出来は悪くないが、いかんせん小学校から始める必要があった。それにプラスして警察官採用試験ってのも乗っかって、まあ正攻法ではどうにもならんかったんだよ」
「試験対策を優先してたんですか?」
器用に鉛筆を尖らせていくなぁと見とれてしまった。
「大丈夫。ちゃんと読めるよ。筆圧は強いけど、丁寧に書いてあるから。これって、板書をそのまま写したんだよね」
「うん、正直それだけで授業中はいっぱいいっぱいになってる」
困ったように笑って課題に取りかかる先輩を見て納得する。字を書くという作業が先輩にとって、かなり労力を要すると人目で分かってしまったからな。
習字でもやっているような慎重さ。ボキボキと芯が折れる度、不安からか手が止まる。オレが持ってきたシャーペンでも渡そうかと思ったが、物理的に無理だな。
「先輩、一度ボールペン使ってみて。これなら芯折れないよ」
ボールペンを貸してみる。恐る恐る使い出した先輩は、ぱあっと表情を明るくした。
「セイシュン! これ、すごいぞ! 字がマジックみたいに書けるぞ」
マジックペンは使ってたけど、ボールペンは初めてだったらしい。嬉しそうな顔を見ていると、ついこっちまで朗らかになってしまうが、気を引き締めてオレは自分の作業に戻る。
「あぁっ! しまったッ! セイシュン、これは消しゴムが使えないのか!? 字が、紙が大変な事になったぞ!」
乾いていないインクを消しゴムで擦ったらしく、課題のプリントに大きな黒いモヤが出来ていた。
「先輩、ペン使う時は消しゴムじゃあなくて、こっちを使って、修正テープ。使い方は……こう……で、後はこの上から書く。すぐに擦るとまたインク滲むから気を付けて」
先輩のノートは板書を丸ごと写しているようだった。時代に取り残された学校である圏ガクでは、プロジェクターやタブレットとは無縁。
その上、チョークは白の一色のみなので、非常に分かりにくい。オレは私物のマーカーで重要な部分を目立たせながら、授業内容を確認していく。
今、使っている物を持ってきて貰ったのだが、今までの分も見ておきたいな。明日にでも、先輩の部屋に行って確認するか。
数冊のノートを流し見し、次は課題に手を伸ばす。
「……?」
課題の一つを見ていて、オレは不思議な感覚に捕らわれた。ちょっと前に見た事のあるような内容に首を傾げる。いや、まさかなと、次々に課題の内容を確認して、オレは先輩に気付かれないよう息を呑んだ。
先輩の卒業は予想以上に難易度が高そうだと、悟るのに時間は必要なかった。
「セイシュン、今日はありがとうな。勉強に付き合ってくれて。一人でやりよりずっと捗った」
先輩が漢字の書き取りを終えたのが、きりの良い時間だったので、本日はそれで解散する事にした。現状の把握は一応だが出来たので、オレとしては早急に今後のスケジュールを練らなければならない。
申し訳なさからだろうか、控えめに嬉しそうな顔を見せ部屋に戻る先輩を見送り、オレは旧館の事務室へ足を伸ばす。
「夷川です。自習終わりました」
担任に空き部屋を借りた時、終わったら声をかけるようにと言われていたのだ。どの部屋も旧館使用なので、もちろん鍵などないのだが、さっと掃除だけは済ませてある。こちらとしても、明日以降も使用させて貰えるよう、改めて声をかけておきたかった。
「おう、入れ」
事務室から聞こえた声は担任のものではなかった。聞き覚えのある声に一瞬身構えてしまったが、逃げる理由もない。素直に扉を開け、入室する。
「金城のおつむの世話してくれんだって?」
部屋で待ちかまえていたのは、先輩の担任でもある守峰だった。手にしているのはブラックの缶コーヒーなのに、居酒屋で一杯やっている雰囲気が漂っているのは何故だろうか。何者か知らずに目の前に現れたら、間違いなく堅気の人間には見えないな。
「まあ、座れや。金城のやってる事を見たんだろ。聞きたい事の一つや二つあるだろうと思ってな」
勧められたイスに座る。手持ちぶさたなのか、指先を揉んだ後、耳の中を掻きながら、ため息のような煙草臭い息を吐き出す。
「先輩は授業に全くついて行けてないんですね」
答えてくれるならば、単刀直入に聞いておこう。先輩の前では言えなかった事をズバリ尋ねる。守峰は「そうだ」と頷く。
「元々、うちの学校に来るような奴らは、まともに義務教育受けてない奴が大半なんだよ。入試もないしな。だから、一年の時はふるいにかける。お前もやっただろ、一学期は丸ごと中学ん時の内容をやって、それぞれの進行度合いを計るんだ。んで、個別に指導して、なんとか同じスタートラインに立たせる」
大変だなと他人事ながら思ってしまう。いや、他人事ではなかったな。
「九九が分からん奴も珍しくないが、金城の場合は特殊でな。頭の出来は悪くないが、いかんせん小学校から始める必要があった。それにプラスして警察官採用試験ってのも乗っかって、まあ正攻法ではどうにもならんかったんだよ」
「試験対策を優先してたんですか?」
0
あなたにおすすめの小説
春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
狂わせたのは君なのに
一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※この物語はフィクションです。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。
■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる