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圏外生活はじめました!
はじまりのおわり
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「な、なに、何しとんねん、自分ら!」
番長の声にハッとして、急激に頭の中が整理されていく。気持ちよくなってしまい意識がぼうっとして、執拗な男の舌に自分の舌も答えるよう、ねっとりと絡んでいた。そんな自分をまともに受け止められるはずもなく、現実をバッサリ切り捨てて欲しくて、番長へと視線をやる。
突然男同士で舌を吸い合う奴らに向けられるのは、嫌悪の感情、軽蔑の眼差し、奇異への好奇心だろう。そういった客観的な対応に晒されてでも、少し冷静になりたかった。今のオレは変だったからだ。自制心を鬼にしなければ、奇行に走る男を振り払う所か、その首に腕を絡ませて自分から更に引き寄せてしまいそうになっていたから……だと言うのに、
「な、なん、なんなんや一体。あぁっ! ちょぉお、い、いぃいい加減にせ、せぇーよ」
この髭、全く役に立たねえ。動揺しすぎだろ、つかそんな耳まで紅潮させて、初めてエロ本見た小学生みたいな顔すんな。せめて、普通に気持悪がってくれ。さっきまでの貫禄どこやったんだよ、マジで。
男も髭の様子に気付いたのか、舌が名残惜しそうに口内をなぞり、最後に下唇を軽く吸うと、ゆっくりと唇を離していった。放心状態のオレは、口を半開きにしたままだったせいか、唾液が未練のように糸を引いている。男は舌先を覗かせて自分の口端を舐めると、親指でオレの口元も拭い、汚れた指先も見せつけるように舐めた。
心臓が痛いくらい鳴っている。さっきと同じ状態なのに、今は全身が火照ったように熱い。頭の中では、次から次に疑問が浮かび、何故という思いで一杯になった。頭を満たすそれらの割合は、男が奇行に走った事にではなく、自分が男の行為に嫌悪感を持てない事で大半を占められていた。
「俺が夷川を呼び出したのって、こうゆう事なんだ」
「こーゆーって……ど、どどないとったらええねん」
「昼間見て気に入ったから、夜に呼び出して無理矢理同衾させたんだよ」
ガンと良い音がした。後退した髭が部室の扉に後頭部を思い切りぶつけたらしい。随分と古風な言い方だなと思ったが、それよりもオレを見る髭の目つきがヤバかった。鼻血でも出しかねん勢いで、顔を真っ赤にしている。だから、その顔を止めろと言うのに……エロガキみたいな顔すんな。
男は腕時計で時間を確認すると、言葉にならない羞恥があるのか、金魚みたいな色をしながら金魚みたく口をパクパクさせている髭に、追い打ちをかける。
「まだ朝飯までに時間あるから、真山がどうしてもって言うなら、お前もやっとくか?」
「や、やらんわ! アホか!」「なにさせる気だ! ボケ!」
オレの肩に手を置いて、とんでもない事を言い出す男に迷わず蹴りを入れた。
「冗談だよ、本気で蹴るなって」
オレ程度の蹴りなんて、まったく効いてないくせに、痛そうな顔をしやがった。なんか腹が立ったので、もう一発と思ったのだが、その意思を阻むように男の大きな手がオレの頭に乗せられる。
「夕べはあんまり寝かせてないんだ。少しでも休ませてやりたいんだが……真山、返事をくれないか?」
優しく撫でるみたいに髪を梳かれると、皮膚の内側、その何処とも知れない場所がゾワッとなったような気がした。鳥肌が立つ感じではなく、もっと別のモノがどうにかなりそうなヤバイ感じだ。
「や、やらん言うとるやろ! 何を朝からアホな事言うとるんじゃ」
「いや、それは冗談だからな、真山」
「わ、分かっとるわ! 当たり前やないけ」
ちょっと残念そうな顔をする髭は、わざとらしく咳払いをすると、かき集めたつぎはぎのような威厳をなんとか形にして男と再び対峙した。
「その夷川は、お前にとって舎弟やのうて女なんやな」
「誰がおんっ!」
誰が女だと抗議しようとしたが、ややこしくなると思ったのだろう、男の手がオレの口を容赦なく塞いだ。
「まあそんな所だ。セイシュンの事は全面的に俺のせいだから、今回は見逃してくれ」
何度目かの男の頼みに、髭は仕方ないと言いたげに頷いた。しかし、顔の赤味はだいぶ引いているが、耳はまだ真っ赤でどうにも元のイメージでは見れないな。
チラッとこっちを見た瞬間、かき集めた威厳がまた落っこちそうになったりしてるもんで、どうにも自分の命運を握る相手だとは思えなくなっていた。その上、なんでそこまでオレを意識してるのか分からず、その不安の方が今は大きい。
「夷川の方は見逃したる。コイツだけやぞ、他は知らんからな」
髭がそう言うと、男はオレに視線をやり、安心したように笑った。
「他の連中にも伝えといてくれよ。あーでも、出来れば口外しないでくれないか。そのー、俺がセイシュンを無理矢理どう」
「分かっとうわ! 適当に理由付けとくから、いらん心配すな。……よう話さんわ、んな話」
ブツブツ言いながら、話しは終わったとばかりに部室の中に入ろうとした髭は、ふと思い出したように立ち止まり振り返った。
「見逃すのは今回だけや。これに懲りたら、もうしょーもない事すんな」
「おう、分かった」
「お前に言うたんちゃうわ! とっとと去ね!」
最後まで締まらない番長の髭は、そう言うと部室の扉を勢い良く閉めてしまった。
どうやら今回は、男の妙な機転のおかげで、お咎め無しで済んだらしい。
薄暗かった空が徐々に明るくなっていたが、敷地の外から広がっていた霧は、まだ粘り強く残っている。それでも、引き際は弁えているようで、森から離れた所から、朝の爽やかな空気に取って代わっているようだった。
部室棟から寮への道を男と歩く。自分の嘘をそれらしく見せる為か、オレはまた男に手を引かれて歩いていた。女呼ばわりされたのは腹立たしいが、そのおかげで全治一ヶ月を免れたのは事実だ……礼を言うべきなのに、口を開くと文句や訳の分からない事を言い出してしまいそうで、頭の中が落ち着くまで黙ったまま、男に握られた自分の手を眺めていた。
なんでキスなんかしたんだろう、この人は。髭の異常とも思える初心な反応を思い返すと、言葉だけの嘘でも十分通じそうだったし……そりゃ手っ取り早いと言えばそうなんだが、もっと他に理由があったり、しないだろうかとか、考えて……ようやく我に返った。
オレは何を期待してるんだ。期待の内容に思い至って愕然とした。なんかオレ、ホモになりかけてる!? これが圏ガクの噂で聞いた『山を下りる頃には半分近い生徒がホモになっている』って現象なのかもしれない。恐い、恐すぎる。これが、この感情がマジなら、全治一ヶ月どころの騒ぎじゃない。
このままではヤバイと思い、まずこの繋がれた手を離さなければと焦りだした頃。ふいに男がなんの前触れもなく、手を離して立ち止まった。
「セイシュン」
振り返った男の顔はやっぱりどこか暢気で、それがどうしてか堪らなくて、オレの胸の中を引っかき回す。男のオレを呼ぶ一声は、一瞬前まで考えていた焦りをまとめてオレの頭の中から掃き出してしまった。
「この学校な、今は本当に穏やかに見えるかもしれないけど、この状態にするまでに結構な修羅場越えて来てるんだ」
期待外れな言葉は、男の顔をちょっとだけ怒ったような表情に変えてしまった。面白くないなと思ってしまった。
「今までに血を見てきた奴らが仕切ってる場所だから、あまり目立った事をすると容赦なく叩かれるって、ちゃんと覚えておいて欲しい」
男の目を真っ直ぐに見つめると、本当にオレは馬鹿な期待をしているのだと思い知る。きっと、オレじゃなくても……同じ状況に居る奴を見たら、この男はきっと同じ事をするのだと悟ってしまう。口を吸われようが、そこに男の感情は何も無いんだ。本当に面白くない。
「……うん……わかった」
ふて腐れたような自分の声に自己嫌悪だ。せめてタメ口をどうにかしろ。びっくりするくらい落ち込んでいく自分は、もう笑うしかないぐらい子供染みていた。
「よし、良い子だな」
オレの態度が可笑しかったのか、からかうように笑い、男はオレの頭をグラグラ揺らしながら撫でた。子供扱いが心地よくて、それが悔しくて泣きそうになる。
男の唇の感触を塗りつぶしたくて、下唇を噛んだ。野郎同士でキスとか、ただの罰ゲームじゃねぇか。そう思い込もうして、何度も失敗する。目の前で笑っている男が、そんなふうに思っていたらと考えてしまって、見えない何処かが嫌な音を立てて軋む。
「ん、じゃあ、俺はもう行くよ」
頭の揺れがおさまると、男はもう背中を向けていた。ぐだぐだと下らない事を考えていて、何一つお礼を言っていない。ふて腐れてないで、もっとちゃんと伝える事があったはずなのに……ますます自己嫌悪が激しくなるが、慌てて口を開こうとすると、同時に男が振り返った。
「またインスタントが恋しくなったら、遊びに来てもいいぞ」
楽しそうに笑いながらも「ただし、消灯前にな」と付け加える。オレは考えるよりも先に、勢い良く頭を下げて、
「はい! ありがとうございました!」
大きめの声で、色々な感情を詰め込んだ簡潔な返事をした。
男は軽く手を振りながら、また学校の方へと歩いて行ってしまった。あの部屋は男の私室なのだろうか。ぼんやりとその背中を見送りながら、オレはようやく気が付いた事があった。
「結局、名前すら聞かなかったな」
ようやく顔を出し始めた朝日を感じ、オレもまた歩き出す。数歩進むとすぐに、側に建っていた体育館の壁が途切れ、目の前に新館旧館の二棟の寮が見えた。振り返ると、さっきまで自分たちが居た場所は、体育館の影になっていて見えない。気を遣ってくれたのか、はたまた見られたくなかっただけか。考えるまでもなく前者だろう、何故かそう思った。それは単なる自分の希望ではなく、一晩の付き合いですら思い知った男のお人好しな性分が根拠だ。
振り返ったついでに、視界に入る圏ガクを改めて眺めてみた。敷地内を囲うフェンスを意識すると、ここはまるで檻の中のようにも見える。気軽に町へ繰り出す事もなければ、嫌々帰る家もない。全てが広いとは言い難い檻の中に用意されている、箱庭のような場所での生活が日常になると思うと、楽しい気分には慣れなかった。それなのに、ここに来るまでは、ずっと強ばっていた頬の力が抜けて、不思議と今オレは自然と笑っていた。
番長の声にハッとして、急激に頭の中が整理されていく。気持ちよくなってしまい意識がぼうっとして、執拗な男の舌に自分の舌も答えるよう、ねっとりと絡んでいた。そんな自分をまともに受け止められるはずもなく、現実をバッサリ切り捨てて欲しくて、番長へと視線をやる。
突然男同士で舌を吸い合う奴らに向けられるのは、嫌悪の感情、軽蔑の眼差し、奇異への好奇心だろう。そういった客観的な対応に晒されてでも、少し冷静になりたかった。今のオレは変だったからだ。自制心を鬼にしなければ、奇行に走る男を振り払う所か、その首に腕を絡ませて自分から更に引き寄せてしまいそうになっていたから……だと言うのに、
「な、なん、なんなんや一体。あぁっ! ちょぉお、い、いぃいい加減にせ、せぇーよ」
この髭、全く役に立たねえ。動揺しすぎだろ、つかそんな耳まで紅潮させて、初めてエロ本見た小学生みたいな顔すんな。せめて、普通に気持悪がってくれ。さっきまでの貫禄どこやったんだよ、マジで。
男も髭の様子に気付いたのか、舌が名残惜しそうに口内をなぞり、最後に下唇を軽く吸うと、ゆっくりと唇を離していった。放心状態のオレは、口を半開きにしたままだったせいか、唾液が未練のように糸を引いている。男は舌先を覗かせて自分の口端を舐めると、親指でオレの口元も拭い、汚れた指先も見せつけるように舐めた。
心臓が痛いくらい鳴っている。さっきと同じ状態なのに、今は全身が火照ったように熱い。頭の中では、次から次に疑問が浮かび、何故という思いで一杯になった。頭を満たすそれらの割合は、男が奇行に走った事にではなく、自分が男の行為に嫌悪感を持てない事で大半を占められていた。
「俺が夷川を呼び出したのって、こうゆう事なんだ」
「こーゆーって……ど、どどないとったらええねん」
「昼間見て気に入ったから、夜に呼び出して無理矢理同衾させたんだよ」
ガンと良い音がした。後退した髭が部室の扉に後頭部を思い切りぶつけたらしい。随分と古風な言い方だなと思ったが、それよりもオレを見る髭の目つきがヤバかった。鼻血でも出しかねん勢いで、顔を真っ赤にしている。だから、その顔を止めろと言うのに……エロガキみたいな顔すんな。
男は腕時計で時間を確認すると、言葉にならない羞恥があるのか、金魚みたいな色をしながら金魚みたく口をパクパクさせている髭に、追い打ちをかける。
「まだ朝飯までに時間あるから、真山がどうしてもって言うなら、お前もやっとくか?」
「や、やらんわ! アホか!」「なにさせる気だ! ボケ!」
オレの肩に手を置いて、とんでもない事を言い出す男に迷わず蹴りを入れた。
「冗談だよ、本気で蹴るなって」
オレ程度の蹴りなんて、まったく効いてないくせに、痛そうな顔をしやがった。なんか腹が立ったので、もう一発と思ったのだが、その意思を阻むように男の大きな手がオレの頭に乗せられる。
「夕べはあんまり寝かせてないんだ。少しでも休ませてやりたいんだが……真山、返事をくれないか?」
優しく撫でるみたいに髪を梳かれると、皮膚の内側、その何処とも知れない場所がゾワッとなったような気がした。鳥肌が立つ感じではなく、もっと別のモノがどうにかなりそうなヤバイ感じだ。
「や、やらん言うとるやろ! 何を朝からアホな事言うとるんじゃ」
「いや、それは冗談だからな、真山」
「わ、分かっとるわ! 当たり前やないけ」
ちょっと残念そうな顔をする髭は、わざとらしく咳払いをすると、かき集めたつぎはぎのような威厳をなんとか形にして男と再び対峙した。
「その夷川は、お前にとって舎弟やのうて女なんやな」
「誰がおんっ!」
誰が女だと抗議しようとしたが、ややこしくなると思ったのだろう、男の手がオレの口を容赦なく塞いだ。
「まあそんな所だ。セイシュンの事は全面的に俺のせいだから、今回は見逃してくれ」
何度目かの男の頼みに、髭は仕方ないと言いたげに頷いた。しかし、顔の赤味はだいぶ引いているが、耳はまだ真っ赤でどうにも元のイメージでは見れないな。
チラッとこっちを見た瞬間、かき集めた威厳がまた落っこちそうになったりしてるもんで、どうにも自分の命運を握る相手だとは思えなくなっていた。その上、なんでそこまでオレを意識してるのか分からず、その不安の方が今は大きい。
「夷川の方は見逃したる。コイツだけやぞ、他は知らんからな」
髭がそう言うと、男はオレに視線をやり、安心したように笑った。
「他の連中にも伝えといてくれよ。あーでも、出来れば口外しないでくれないか。そのー、俺がセイシュンを無理矢理どう」
「分かっとうわ! 適当に理由付けとくから、いらん心配すな。……よう話さんわ、んな話」
ブツブツ言いながら、話しは終わったとばかりに部室の中に入ろうとした髭は、ふと思い出したように立ち止まり振り返った。
「見逃すのは今回だけや。これに懲りたら、もうしょーもない事すんな」
「おう、分かった」
「お前に言うたんちゃうわ! とっとと去ね!」
最後まで締まらない番長の髭は、そう言うと部室の扉を勢い良く閉めてしまった。
どうやら今回は、男の妙な機転のおかげで、お咎め無しで済んだらしい。
薄暗かった空が徐々に明るくなっていたが、敷地の外から広がっていた霧は、まだ粘り強く残っている。それでも、引き際は弁えているようで、森から離れた所から、朝の爽やかな空気に取って代わっているようだった。
部室棟から寮への道を男と歩く。自分の嘘をそれらしく見せる為か、オレはまた男に手を引かれて歩いていた。女呼ばわりされたのは腹立たしいが、そのおかげで全治一ヶ月を免れたのは事実だ……礼を言うべきなのに、口を開くと文句や訳の分からない事を言い出してしまいそうで、頭の中が落ち着くまで黙ったまま、男に握られた自分の手を眺めていた。
なんでキスなんかしたんだろう、この人は。髭の異常とも思える初心な反応を思い返すと、言葉だけの嘘でも十分通じそうだったし……そりゃ手っ取り早いと言えばそうなんだが、もっと他に理由があったり、しないだろうかとか、考えて……ようやく我に返った。
オレは何を期待してるんだ。期待の内容に思い至って愕然とした。なんかオレ、ホモになりかけてる!? これが圏ガクの噂で聞いた『山を下りる頃には半分近い生徒がホモになっている』って現象なのかもしれない。恐い、恐すぎる。これが、この感情がマジなら、全治一ヶ月どころの騒ぎじゃない。
このままではヤバイと思い、まずこの繋がれた手を離さなければと焦りだした頃。ふいに男がなんの前触れもなく、手を離して立ち止まった。
「セイシュン」
振り返った男の顔はやっぱりどこか暢気で、それがどうしてか堪らなくて、オレの胸の中を引っかき回す。男のオレを呼ぶ一声は、一瞬前まで考えていた焦りをまとめてオレの頭の中から掃き出してしまった。
「この学校な、今は本当に穏やかに見えるかもしれないけど、この状態にするまでに結構な修羅場越えて来てるんだ」
期待外れな言葉は、男の顔をちょっとだけ怒ったような表情に変えてしまった。面白くないなと思ってしまった。
「今までに血を見てきた奴らが仕切ってる場所だから、あまり目立った事をすると容赦なく叩かれるって、ちゃんと覚えておいて欲しい」
男の目を真っ直ぐに見つめると、本当にオレは馬鹿な期待をしているのだと思い知る。きっと、オレじゃなくても……同じ状況に居る奴を見たら、この男はきっと同じ事をするのだと悟ってしまう。口を吸われようが、そこに男の感情は何も無いんだ。本当に面白くない。
「……うん……わかった」
ふて腐れたような自分の声に自己嫌悪だ。せめてタメ口をどうにかしろ。びっくりするくらい落ち込んでいく自分は、もう笑うしかないぐらい子供染みていた。
「よし、良い子だな」
オレの態度が可笑しかったのか、からかうように笑い、男はオレの頭をグラグラ揺らしながら撫でた。子供扱いが心地よくて、それが悔しくて泣きそうになる。
男の唇の感触を塗りつぶしたくて、下唇を噛んだ。野郎同士でキスとか、ただの罰ゲームじゃねぇか。そう思い込もうして、何度も失敗する。目の前で笑っている男が、そんなふうに思っていたらと考えてしまって、見えない何処かが嫌な音を立てて軋む。
「ん、じゃあ、俺はもう行くよ」
頭の揺れがおさまると、男はもう背中を向けていた。ぐだぐだと下らない事を考えていて、何一つお礼を言っていない。ふて腐れてないで、もっとちゃんと伝える事があったはずなのに……ますます自己嫌悪が激しくなるが、慌てて口を開こうとすると、同時に男が振り返った。
「またインスタントが恋しくなったら、遊びに来てもいいぞ」
楽しそうに笑いながらも「ただし、消灯前にな」と付け加える。オレは考えるよりも先に、勢い良く頭を下げて、
「はい! ありがとうございました!」
大きめの声で、色々な感情を詰め込んだ簡潔な返事をした。
男は軽く手を振りながら、また学校の方へと歩いて行ってしまった。あの部屋は男の私室なのだろうか。ぼんやりとその背中を見送りながら、オレはようやく気が付いた事があった。
「結局、名前すら聞かなかったな」
ようやく顔を出し始めた朝日を感じ、オレもまた歩き出す。数歩進むとすぐに、側に建っていた体育館の壁が途切れ、目の前に新館旧館の二棟の寮が見えた。振り返ると、さっきまで自分たちが居た場所は、体育館の影になっていて見えない。気を遣ってくれたのか、はたまた見られたくなかっただけか。考えるまでもなく前者だろう、何故かそう思った。それは単なる自分の希望ではなく、一晩の付き合いですら思い知った男のお人好しな性分が根拠だ。
振り返ったついでに、視界に入る圏ガクを改めて眺めてみた。敷地内を囲うフェンスを意識すると、ここはまるで檻の中のようにも見える。気軽に町へ繰り出す事もなければ、嫌々帰る家もない。全てが広いとは言い難い檻の中に用意されている、箱庭のような場所での生活が日常になると思うと、楽しい気分には慣れなかった。それなのに、ここに来るまでは、ずっと強ばっていた頬の力が抜けて、不思議と今オレは自然と笑っていた。
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