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反逆の家畜
お泊まり
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「爺さん、この子もさっき来た奴と一緒だ。ただの腹痛じゃないよ」
薬の強烈な臭いに口へ放り込もうか二の足を踏んでいたオレの元に、スバルを寝かしつけた先輩が戻って来てくれた。ジジィは、手をシャッシャと上へと動かし、服を捲って見せてみろと言った。言われた通りに服を捲ると、自分の腹を見て「うわぁ」と思わず声が漏れてしまった。腹のど真ん中に手のひら大の内出血が出来ていた。
「あぁー見事なあおたんやなぁ。こりゃ痛いわぁ」
ジジィの気の毒そうな声が妙に身に染みて泣ける。先輩が隣に腰掛けてくれて、泣きそうなオレの背中を労るよう撫でてくれた。
「先輩、痛い。もう……すげぇいたい」
思わず先輩に泣き言を零してしまう。すると背中のちょうど腹の裏側を撫でていた先輩の手が、オレの頭を髪を梳くように撫でた。
「真山はこういうの手加減しないからな。でも、すごいと思うぞ。真山の鉄拳制裁を受けて倒れないなんて」
先輩に褒められた。でも、倒れなかったのは先輩が支えてくれたからだけど……いや……でも、だ。少なくともみっともなく胃の中のモノをぶちまけてぶっ倒れた笹倉には勝ったって事だよな。
「これねぇー、付ける薬ないんよぉ。当分は運動しちゃ駄目やから先生には言うとくわな。あとー暫くは普通の飯は無理やと思うから、食堂に粥でも作ってもろてか」
オレが虚しい自己満足に浸っていると、ジジィはオレの腹を撫でるような仕草をしながらそう言った。服を元に戻し視覚的な痛みを遮断すると、先輩がジジィにベッドを使ってもいいか聞いた。
「好きにしたらええよ。隣に居るから、なんかあったらすぐ呼びい。まあ、ここじゃあなぁーんも出来んけどもなぁ」
ジジィは無責任な笑い声を上げて、千鳥足で医務室を出て行った。先輩とオレと、あと二人を残して。
「今日はここで寝ような。多分、大丈夫だと思うけど万が一何かあっても、ここなら俺も一緒に居られるし、爺さんも隣の部屋で寝てるからさ」
隣の部屋にジジィが寝てようと、あの無責任な捨て台詞を聞いた後では全く安心など出来ないが、先輩と一緒の部屋で眠れるのは嬉しくて、一瞬腹が痛いのも忘れて思い切り立ち上がってしまい、胃の辺りにズンとした重い痛みが広がり再び呻いてしまう。
「大丈夫か、セイシュン! 俺が連れて行くから、無理するな」
誰も居ないせいか(二人ほど余計なのが寝ているが)先輩はオレを抱えるみたいに支えてくれる。先輩の肩口に頬を預けると、服に残っていたモノなんかよりずっと温かい、先輩の体温を感じて思わず目を瞑る。
腹が痛くて気分も最悪なのに、オレは自分が馬鹿みたいに惚けた顔をしているのをどうする事も出来なかった。先輩にそんな気持ち悪い顔を見られたくなくて、腹に力を入れて自力で立ち上がると、胃が痙攣するような痛みを訴え出し、目的は達する事が出来た。泣きそうになるのを通り越して、目が反射的に涙を滲ませる。
「ここには俺しか居ないだろ、無理する必要ないからな」
そう言うと先輩は、オレを半ば抱きかかえてベッドに連れて行ってくれた。
医務室にはベッドが合計四つあった。廊下側は笹倉が、窓側はスバルが使っており、それより以前に誰か使っていたのだろう、残りの二つの内一つは空いてはいたが誰かが使った形跡がある。
先輩はそちらではない、唯一誰も使っていないベッドへオレを横たわらせた。パリッとしたシーツが気持ちいい。けれど、オレは腹を庇いつつ起き上がる。
「先輩、オレそっちでいいよ」
掛け布団を用意してくれていた先輩に、ベッドを交換してくれるよう言う。付き添ってくれる先輩に不快な思いはさせられない。そう思って口にしたのだが、先輩はオレの上に掛け布団をそっと置いてくれた。
「変な気は遣わなくていい。別に俺は誰が使ってようと気にならないからさ」
先輩はそう言うと、隣のベッドに腰掛けて「それに」と照れたような笑みを浮かべて、視線でオレの向こう側のカーテンを指して見せた。
「俺としては、春日野の隣で寝るのは勇気が要るな。危険物は没収してあるとは言え、医務室って意外と物騒な道具が多いからなぁ。寝首を掻かれそうで、ちょっと遠慮したい」
それはオレが間に入ったからと言って大丈夫な事なのだろうか。オレがそう聞くと、先輩は気軽に大丈夫だろうと答えてくれたが、心配になってきた。もちろん一緒に寝たいが……一緒の『部屋で』寝たいが、先輩にこれ以上迷惑はかけたくない。
「先輩、オレなら大丈夫だから、その。部屋に……戻って、くれても……いいよ」
もっとスパッと言い切るつもりだったのに、未練たらたらだった。情けない。オレがそう言うと、先輩は少しおどけたような仕草をして見せた。
「つれないこと言うなよぉ。久し振りにベッドで眠れると思って喜んでるんだぞ、俺は」
ベッドを軋ませながら、先輩は器用に足を抱えてゴロゴロと転がる。長身の先輩には、医務室のベッドは少々サイズが小さいらしい。まあ、それでも、確かにあの部屋にあった寝袋よりは快適な寝具だろう。そんなふうに言って貰えるなら、こちらとしても願ってもない事だった。
「じゃあ、どうせだから一緒に寝る?」
気持ちが緩んだせいか、思わず本音が出てしまった! 自分で言ってて意味が分からん。一緒に寝てどうする気だ! 先輩もビックリしたように転がるのを止めてしまった。一瞬、部屋の中がシンと静まり返ってしまう。
「ほ、ほら! ベッド、その、先輩でかいじゃん。一個じゃ小さいだろ。二個くっつけたら、手足伸ばせるかなーって思ったんだよ。変な意味じゃないからな! か、勘違いすんなよ!」
慌ててフォローを入れると、先輩は笑ってくれた。
「俺の背丈じゃあ、二個くっつけても足らないかな。大丈夫だよ、セイシュン。俺ちょっとくらい足がベッドから出ても、気にならないから」
自分のベッドから立ち上がると、先輩はオレの羞恥で真っ赤になった顔を覗き込んだ。そして、オレの火照る頬を少し冷たい指先で軽く撫でてくれた。色んな所がくすぐったくて、恥ずかしさが上塗りされる。
「今日は疲れただろ、もうおやすみ」
先輩はベッドごとを区切るように設置されたカーテンに手を伸ばした。
「待って!」
オレもカーテンに手を伸ばす。咄嗟の動作は問答無用に腹に響いて辛いな。それが分かっていても、オレは閉められそうになったカーテンを押し止めるように握った。
先輩が不思議そうな顔でこちらを見ている。「どうした?」と声をかけてもらい、オレは痛みが顔に出ないよう注意しながら口を開いた。
「これ、開けててもいい?」
「ん、俺はかまわないけど、どうしてだ?」
先輩の疑問にどう答えるか即座に頭を回す。単純にせっかく先輩と同じ部屋に居るのに、姿が見えないのはもったいないと思ったからなのだが……馬鹿正直にそう答えたら、また絶句させてしまうのは目に見えている。
「その……この部屋、なんか出そう」
「なんかって、幽霊とかお化けとかか?」
そうずばり言われてしまうと、素直に頷くのが恥ずかしく思えてくるから止めて欲しい。別に本気でそう思っている訳ではないが、なんか不気味なのは本当で、方便のはずが割と本音だと自分で気付いた。オレが答えられず黙っていると、先輩は再びカーテンを閉めようとした。
「そうだよ! 悪いかよ! なんか古い病院みたいでここ恐いんだよ、馬鹿野郎!」
ガッとカーテンを掴むオレを見て、先輩は盛大に笑った。恥ずかしさについ睨んでしまうと、先輩はからかうような響きでドキッとするような事を言った。
「じゃあ、怖くないように一緒に寝てやろうか?」
冗談で言っているのは分かったが「うん」と思わず素直に頷いてしまった。まあ、当然こちらも冗談だと思われたらしく、先輩は笑いながらカーテンを元に戻して「なら、開けたままにしとくか」と自分のベッドで再び横になった。
電気はジジィが部屋を出て行く時に、ベッドのある辺りは消してくれていたので、眠気を誘う薄暗さの中でオレは先輩の方を向いた。
先輩は仰向けになり、膝を立てたまま静かに目を瞑っていた。穏やかな寝顔に見えたが、まだ横になって数秒だ。オレは小さな声で先輩を呼んでみた。すると、目を瞑ったまま先輩は「どうかしたか?」と答えてくれた。
「また迷惑かけて、ごめん」
なんか妙に疲れた声が出た。本当にオレって先輩にとって歩く迷惑だなと、改めて思ってしまったのだ。
「別にいいよ。俺は暇してるから、そこは気にしなくていいって」
そう言ってくれたが、先輩はオレの方へ顔を向けると少し怒ったような表情を見せた。
「それより、なんで談話室に居たんだ?」
オレは先輩に事のあらましを話した。黙って聞き終わると、先輩は気の毒そうな顔をしていた。オレも改めて寮長に申し訳ない気持ちで一杯になっていたので、きっとオレも似たような顔をしていたと思う。
「葛見はえらい災難だったなぁ」
「オレ、明日執事モドキに殺されると思う。だから、今のうちに言っとく。先輩、短い間だったけど、色々優しくしてくれてありがとう」
食堂で見た執事モドキの顔を思い出し、弱気になったオレは、今生の別れのような言葉を先輩に伝えた。先輩は力なく笑って「大丈夫だよ」と言ってくれた。
「葛見はそんな事させたりしないよ。でも、もう一度ちゃんと謝っとけな。かなり惨い仕打ちだと思うから」
そりゃ、寮長はさせようとはしないと思うけど、事実を知った執事モドキを止められるとは思えない。不安を思わず口にしてしまうと、寮長は執事モドキにオレとの事を話していないよと、先輩は教えてくれた。
「すごい顔でこっちを睨んでたんだぞ。もう知られてるよ」
鬼のような形相を思い出し、せっかく先輩が慰めてくれているのに反論してしまった。すると先輩は困ったように笑って、それも否定してくれた。
「山野辺が怒ってるのは、セイシュンのせいじゃなくて、俺や羽坂のせいだよ」
そう言われ、執事モドキが会長に向かって怒鳴っていた言葉が頭に浮かぶ。
「会長は寮長から何か盗んだの?」
オレがそう聞くと、先輩は少し意外そうな顔をした後、あぁと何か思い出したような声を漏らした。
薬の強烈な臭いに口へ放り込もうか二の足を踏んでいたオレの元に、スバルを寝かしつけた先輩が戻って来てくれた。ジジィは、手をシャッシャと上へと動かし、服を捲って見せてみろと言った。言われた通りに服を捲ると、自分の腹を見て「うわぁ」と思わず声が漏れてしまった。腹のど真ん中に手のひら大の内出血が出来ていた。
「あぁー見事なあおたんやなぁ。こりゃ痛いわぁ」
ジジィの気の毒そうな声が妙に身に染みて泣ける。先輩が隣に腰掛けてくれて、泣きそうなオレの背中を労るよう撫でてくれた。
「先輩、痛い。もう……すげぇいたい」
思わず先輩に泣き言を零してしまう。すると背中のちょうど腹の裏側を撫でていた先輩の手が、オレの頭を髪を梳くように撫でた。
「真山はこういうの手加減しないからな。でも、すごいと思うぞ。真山の鉄拳制裁を受けて倒れないなんて」
先輩に褒められた。でも、倒れなかったのは先輩が支えてくれたからだけど……いや……でも、だ。少なくともみっともなく胃の中のモノをぶちまけてぶっ倒れた笹倉には勝ったって事だよな。
「これねぇー、付ける薬ないんよぉ。当分は運動しちゃ駄目やから先生には言うとくわな。あとー暫くは普通の飯は無理やと思うから、食堂に粥でも作ってもろてか」
オレが虚しい自己満足に浸っていると、ジジィはオレの腹を撫でるような仕草をしながらそう言った。服を元に戻し視覚的な痛みを遮断すると、先輩がジジィにベッドを使ってもいいか聞いた。
「好きにしたらええよ。隣に居るから、なんかあったらすぐ呼びい。まあ、ここじゃあなぁーんも出来んけどもなぁ」
ジジィは無責任な笑い声を上げて、千鳥足で医務室を出て行った。先輩とオレと、あと二人を残して。
「今日はここで寝ような。多分、大丈夫だと思うけど万が一何かあっても、ここなら俺も一緒に居られるし、爺さんも隣の部屋で寝てるからさ」
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「大丈夫か、セイシュン! 俺が連れて行くから、無理するな」
誰も居ないせいか(二人ほど余計なのが寝ているが)先輩はオレを抱えるみたいに支えてくれる。先輩の肩口に頬を預けると、服に残っていたモノなんかよりずっと温かい、先輩の体温を感じて思わず目を瞑る。
腹が痛くて気分も最悪なのに、オレは自分が馬鹿みたいに惚けた顔をしているのをどうする事も出来なかった。先輩にそんな気持ち悪い顔を見られたくなくて、腹に力を入れて自力で立ち上がると、胃が痙攣するような痛みを訴え出し、目的は達する事が出来た。泣きそうになるのを通り越して、目が反射的に涙を滲ませる。
「ここには俺しか居ないだろ、無理する必要ないからな」
そう言うと先輩は、オレを半ば抱きかかえてベッドに連れて行ってくれた。
医務室にはベッドが合計四つあった。廊下側は笹倉が、窓側はスバルが使っており、それより以前に誰か使っていたのだろう、残りの二つの内一つは空いてはいたが誰かが使った形跡がある。
先輩はそちらではない、唯一誰も使っていないベッドへオレを横たわらせた。パリッとしたシーツが気持ちいい。けれど、オレは腹を庇いつつ起き上がる。
「先輩、オレそっちでいいよ」
掛け布団を用意してくれていた先輩に、ベッドを交換してくれるよう言う。付き添ってくれる先輩に不快な思いはさせられない。そう思って口にしたのだが、先輩はオレの上に掛け布団をそっと置いてくれた。
「変な気は遣わなくていい。別に俺は誰が使ってようと気にならないからさ」
先輩はそう言うと、隣のベッドに腰掛けて「それに」と照れたような笑みを浮かべて、視線でオレの向こう側のカーテンを指して見せた。
「俺としては、春日野の隣で寝るのは勇気が要るな。危険物は没収してあるとは言え、医務室って意外と物騒な道具が多いからなぁ。寝首を掻かれそうで、ちょっと遠慮したい」
それはオレが間に入ったからと言って大丈夫な事なのだろうか。オレがそう聞くと、先輩は気軽に大丈夫だろうと答えてくれたが、心配になってきた。もちろん一緒に寝たいが……一緒の『部屋で』寝たいが、先輩にこれ以上迷惑はかけたくない。
「先輩、オレなら大丈夫だから、その。部屋に……戻って、くれても……いいよ」
もっとスパッと言い切るつもりだったのに、未練たらたらだった。情けない。オレがそう言うと、先輩は少しおどけたような仕草をして見せた。
「つれないこと言うなよぉ。久し振りにベッドで眠れると思って喜んでるんだぞ、俺は」
ベッドを軋ませながら、先輩は器用に足を抱えてゴロゴロと転がる。長身の先輩には、医務室のベッドは少々サイズが小さいらしい。まあ、それでも、確かにあの部屋にあった寝袋よりは快適な寝具だろう。そんなふうに言って貰えるなら、こちらとしても願ってもない事だった。
「じゃあ、どうせだから一緒に寝る?」
気持ちが緩んだせいか、思わず本音が出てしまった! 自分で言ってて意味が分からん。一緒に寝てどうする気だ! 先輩もビックリしたように転がるのを止めてしまった。一瞬、部屋の中がシンと静まり返ってしまう。
「ほ、ほら! ベッド、その、先輩でかいじゃん。一個じゃ小さいだろ。二個くっつけたら、手足伸ばせるかなーって思ったんだよ。変な意味じゃないからな! か、勘違いすんなよ!」
慌ててフォローを入れると、先輩は笑ってくれた。
「俺の背丈じゃあ、二個くっつけても足らないかな。大丈夫だよ、セイシュン。俺ちょっとくらい足がベッドから出ても、気にならないから」
自分のベッドから立ち上がると、先輩はオレの羞恥で真っ赤になった顔を覗き込んだ。そして、オレの火照る頬を少し冷たい指先で軽く撫でてくれた。色んな所がくすぐったくて、恥ずかしさが上塗りされる。
「今日は疲れただろ、もうおやすみ」
先輩はベッドごとを区切るように設置されたカーテンに手を伸ばした。
「待って!」
オレもカーテンに手を伸ばす。咄嗟の動作は問答無用に腹に響いて辛いな。それが分かっていても、オレは閉められそうになったカーテンを押し止めるように握った。
先輩が不思議そうな顔でこちらを見ている。「どうした?」と声をかけてもらい、オレは痛みが顔に出ないよう注意しながら口を開いた。
「これ、開けててもいい?」
「ん、俺はかまわないけど、どうしてだ?」
先輩の疑問にどう答えるか即座に頭を回す。単純にせっかく先輩と同じ部屋に居るのに、姿が見えないのはもったいないと思ったからなのだが……馬鹿正直にそう答えたら、また絶句させてしまうのは目に見えている。
「その……この部屋、なんか出そう」
「なんかって、幽霊とかお化けとかか?」
そうずばり言われてしまうと、素直に頷くのが恥ずかしく思えてくるから止めて欲しい。別に本気でそう思っている訳ではないが、なんか不気味なのは本当で、方便のはずが割と本音だと自分で気付いた。オレが答えられず黙っていると、先輩は再びカーテンを閉めようとした。
「そうだよ! 悪いかよ! なんか古い病院みたいでここ恐いんだよ、馬鹿野郎!」
ガッとカーテンを掴むオレを見て、先輩は盛大に笑った。恥ずかしさについ睨んでしまうと、先輩はからかうような響きでドキッとするような事を言った。
「じゃあ、怖くないように一緒に寝てやろうか?」
冗談で言っているのは分かったが「うん」と思わず素直に頷いてしまった。まあ、当然こちらも冗談だと思われたらしく、先輩は笑いながらカーテンを元に戻して「なら、開けたままにしとくか」と自分のベッドで再び横になった。
電気はジジィが部屋を出て行く時に、ベッドのある辺りは消してくれていたので、眠気を誘う薄暗さの中でオレは先輩の方を向いた。
先輩は仰向けになり、膝を立てたまま静かに目を瞑っていた。穏やかな寝顔に見えたが、まだ横になって数秒だ。オレは小さな声で先輩を呼んでみた。すると、目を瞑ったまま先輩は「どうかしたか?」と答えてくれた。
「また迷惑かけて、ごめん」
なんか妙に疲れた声が出た。本当にオレって先輩にとって歩く迷惑だなと、改めて思ってしまったのだ。
「別にいいよ。俺は暇してるから、そこは気にしなくていいって」
そう言ってくれたが、先輩はオレの方へ顔を向けると少し怒ったような表情を見せた。
「それより、なんで談話室に居たんだ?」
オレは先輩に事のあらましを話した。黙って聞き終わると、先輩は気の毒そうな顔をしていた。オレも改めて寮長に申し訳ない気持ちで一杯になっていたので、きっとオレも似たような顔をしていたと思う。
「葛見はえらい災難だったなぁ」
「オレ、明日執事モドキに殺されると思う。だから、今のうちに言っとく。先輩、短い間だったけど、色々優しくしてくれてありがとう」
食堂で見た執事モドキの顔を思い出し、弱気になったオレは、今生の別れのような言葉を先輩に伝えた。先輩は力なく笑って「大丈夫だよ」と言ってくれた。
「葛見はそんな事させたりしないよ。でも、もう一度ちゃんと謝っとけな。かなり惨い仕打ちだと思うから」
そりゃ、寮長はさせようとはしないと思うけど、事実を知った執事モドキを止められるとは思えない。不安を思わず口にしてしまうと、寮長は執事モドキにオレとの事を話していないよと、先輩は教えてくれた。
「すごい顔でこっちを睨んでたんだぞ。もう知られてるよ」
鬼のような形相を思い出し、せっかく先輩が慰めてくれているのに反論してしまった。すると先輩は困ったように笑って、それも否定してくれた。
「山野辺が怒ってるのは、セイシュンのせいじゃなくて、俺や羽坂のせいだよ」
そう言われ、執事モドキが会長に向かって怒鳴っていた言葉が頭に浮かぶ。
「会長は寮長から何か盗んだの?」
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