圏ガク!!

はなッぱち

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圏ガクの夏休み

いきなりピンチ!

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 周りが敵ばかり、とは言え、たかが二十人ほどだ。どこまで鉢合わせずに済むか分からないが、馬鹿笑いを上げ、オレの横を通り過ぎていく連中をやり過ごしながら、変な緊張感が体から抜けているのに気が付いた。形振り構わなきゃ、教師の元に避難するという選択肢だってある。そう思うと、肩の力も抜けて、オレはそろりと歩き出す。

 辺りを確認しながら、校舎に辿り着くと、上階の窓に何人かの姿が見えた。そいつらの視界に入らない死角を縫うように、オレも校舎へと潜り込んだ。

 先輩の部屋がある特別棟は静まり返っており、あいつらの気配は感じなかったが、念のため由々式の身のこなしを真似て屈んだ状態で、素早く階段を駆け上がる。目的の階に着くと、窓際にしゃがみ込み廊下を這いながら進んだ。

 部屋の前に来て、少し窓枠から顔を出し向かい側を偵察する。さっき見た奴らがまとまって教室を出て行くのが見えて、オレは鍵を取り出し、奴らの背中を見送るや扉に飛びついた。

 ものの数秒で部屋へと滑り込み、しっかりと内側から鍵をかけると、ドクドクと心臓が大きく鳴っている事に気付いた。ズルズルと扉に背中を預けながら、その場に座り込むとドッと汗も噴き出してくる。

「……はあ、余裕ねぇな。オレ」

 ちょっと前まであった余裕は欠片も残っていなかった。閉めきった部屋は酷く蒸し暑いのに、指先が震えているような気すらしてくる。荷物を下ろして、ギュッとその場で膝を抱えて、震えが消えるのを待った。

 一ヶ月という長い間、こんな環境の中で過ごすのかと思うと、心細さで泣き言しか頭に浮かばず溜め息を吐く。扉に耳を付けて、外から物音がしないのを確認して、ようやくオレは腰を上げた。

 主が不在の部屋をぐるりと眺める。片付けをしたと言っていたが、普段とあまり変わらないように思えた。

 オレは先輩の勉強机の前に立って、壁に掛かったカレンダーを黙って見つめる。破ってしまった七月分がセロテープでくっつけてあるページをめくると、約束の日に大きな丸が付いている。オレは机の引き出しからペンを取り出し、今日の日付に大きくバツを入れた。

「先は長いな」

 約束の日までを指折り数えてみると、今月分だけで指を全て使ってしまい、改めて一ヶ月の長さを実感した。

 何度目かの溜め息を吐いた後、オレは椅子を引っぱり出し、先輩の机に並んでいる教科書を一冊手に取り捲ってみた。ここに教科書があるという事は、先輩は教科書を机に置きっぱなしにはしていないって事だ。もしかして、圏ガクでは珍しいかなりの優等生なのではと思い、教科書を広げてみたのだが、その予想は当たっていた。几帳面な字で、いたる所に書き込みがしてある。

 オレは教科書を机に置いて、もう一度ぐるりと部屋を眺めた。ドクドクとさっきと同じ音が胸で鳴っている。今の状況を頭が体が理解して、興奮が滲み出たのか、自然と上唇を舐めていた。

「先輩の部屋……先輩が生活してた場所なんだ、ここ」

 口に出してみると、恐いほど興奮が増した。オレは誘われるように先輩の私物が置いてある一角に引き寄せられ、畳まれた服を鷲掴みにして思い切り抱きしめる。汗が付くのも構わず、鼻を埋めて匂いを嗅ぐが、洗濯された服では思ったような匂いは感じず、オレは掴んだ服を放り投げ、洗濯していない衣類を探し始める。

 けれど、どれも冬物ばかりで、当然と言えば当然なのだが、ちょっと前まで着ていたようなシャツ一つ見つけられず、広げた服の上に倒れ込んだ。あわよくば先輩の下着を拝んでやろうと思っていたのに……。

「…………オレは変態か!」

 自分でツッコミを入れながらも、次はゴミ箱に目を付けていたりするのだから救いようがない。まあ期待していたような物どころか、ゴミ箱は空っぽで、またもオレのリビドーは不完全燃焼を起こし、無駄に床を転がり回った。

 たった数分で泥棒でも入ったような有様になった室内で、一人むくりと起き上がる。窓を開けられないせいで、サウナ状態の部屋の中、無駄に汗を流して、ようやく落ち着きを取り戻すと、コンロの側にミネラルウォーターが積んであるのが見えた。

 喉の渇きを覚え、少し飲ませて貰おうと思い近づくと、『使用禁止』と書かれた紙が貼り付けてあるコンロの横に、見慣れない電気式の湯沸かし器が置いてあった。

 旧館の食堂で使っているトレーに伏せられたマグカップと一緒に、スティック状のインスタントコーヒーが箱ごと用意されているのを見て、先輩の人のよさそうな顔が頭の中に浮かんだ。二つ並んだマグカップを見ていると、先輩のいない寂しさが押し寄せて来て、オレは慌てて視線を逸らせた。

「先輩」

 知らず自分の口から先輩を呼ぶ声が漏れる。この部屋は、先輩が残してくれた物で溢れていたから。

 視線を逸らせた先には、底を突いていたはずのインスタント食品が、山のように積まれている。残留の食事が缶詰だというのを知っての上だろうか、オレが飽きないようにか、ラーメンだけでなく、うどんやそば、スパゲティーなんてのもあった。パッケージからすでに食欲をそそる焼き鳥やおでんの、配給とは別次元の缶詰も一緒に並んでいる。

「……せんぱい」

 自分の中から沸き上がってくる感情を抑えられず、またすぐに視線を逸らせた。でも、どこを見ても何かがあった。

 いつもは殆ど空っぽの小さな冷蔵庫。その扉に『1日2本まで』と張り紙がしてある。開くと中には、容量いっぱいに紙パックのジュースが整列していた。野菜や果物のジュースが九割、残り一割は隠すように置かれたあの毒ジュース。

 オレは腹の底から込み上げてくる熱いモノを必死で押さえ、冷蔵庫の扉を静かに閉めると、広げまくった先輩の服を寄せ集め、簡単に畳んで積み重ねた。

「先輩が帰ってくる前に、ちゃんと洗濯しよう」

 罪悪感のせいか、誰に言うでもなく呟く。けれど、本当に反省しているのかは我が事ながら疑問だった。少し落ち着こうと椅子に戻る途中、ガラクタ……もとい自作のテントの横にある、先輩が使っていたであろう布団が視界に入り、目が釘付けになってしまったのだ。

 誘惑に勝てず、むしろ完敗して、オレは布団を引っぱり出し、枕に目がけてダイブする。

「…………」

 洗ったばかりのシーツ特有のさらっと乾いた肌触り、飛びついた枕すら、たらふく太陽の光を浴びているのが一瞬で分かった。憎たらしいくらいの清潔感に呻く。視線を少し横に向ければ『触るな 危険』の張り紙がしてあるテントが、オレに哀れみの視線を浴びせるよう鎮座している。

「匂いくらい置いてけよ、バカ野郎」

 布団を叩きながらぼやくと、視界が滲んできたので目を瞑った。そしてそのまま、クソ暑いのに布団に突っ伏して、まるで溶けるように眠ってしまったらしい。意識が戻った時には、既に決定的なまでの窮地に陥っていた。

 窓から入る日差しは夕暮れの色で、自分がどれくらい間抜けかを物語るように、思考は濁ったまま暫く現状を正確に把握出来なかった。

 閉めきった部屋で爆睡していたので、体の中の水分は全て汗として服に染みこんでいる。痛いくらい喉が渇いて、起き上がるのも辛い。

 ペットボトルの水を貰おうと布団から這い出て、部屋の隅を目指していると、それを咎めるように部屋が揺れた。理解が追いついていない中、オレは必死で水に口をつけた。乾いた体に染みこむよう水分が供給されると、ようやく頭がはっきりしてくる。状況が分かり、再び汗が吹き出した。

 揺れているように感じたのは、外から扉や壁を力任せに叩かれている音のせいだった。初めてこの部屋に転がり込んだ時を思い出させる、隣の部屋で机や椅子が飛び跳ねる音も聞こえる。

 残留組が全員集合しているだろう罵声怒声が、窓を揺らすように部屋中に響いていた。体の芯がどんどん冷えていく気がした。オレは初日からやらかしてしまった事を痛感しながらも、まだ甘い考えを自分の中から追い出せずにいた。

 鍵はちゃんと閉めてある。気配を殺して、外の連中が諦めて帰るまで待てばいい、と。今をやり過ごして、それからどうするか……どうしてか、そんな事ばかりが頭を占めていた。

 するとオレの希望が叶ったのか、廊下側の音がピタリと止んだ。後は隣の部屋の連中が去るのを待つだけだ、なんて現実逃避も甚だしい間の抜けたオレを呼ぶ声が、静まり返った廊下から聞こえてきた。

「夷川ー、出て来いよ。はは、別にお前を取って食おうって訳じゃないんだぜ。一夏、一緒に過ごすんだ。今までの事は水に流して仲良くやろうぜ」

 人を馬鹿にした作り物めいた声が聞こえるや、それに呼応し下卑た笑いが廊下で沸き上がる。聞き覚えのある声の主は、向田の金魚の糞をやっているデカブツの香月だろう。いつもニヤニヤと不気味に笑っている男で、向田の垂れ流す生徒会臭とでも言うべき雰囲気に、いの一番に飲まれた、いや飲まれに行った間違いなく笹倉たちの同類だ。

 先輩が拭い去ってくれたはずの不快感が、汗で濡れた肌の上に思い出し、手の甲で口元や首筋を強めに擦り必死で追い払う。

「出て来ないのかぁ? もしかして居ないのかぁ? なら、仕方がないな……この部屋をぶち壊して、お前が帰って来るのを待たせて貰うよ」

 ゾッと背筋が震えた。香月の声に答えるように、消火器で窓をぶち破るとか物騒な提案が聞こえ、オレは部屋を見回す。窓から逃げるなんて真似は相変わらず出来ない。いや、死ぬ気でやれば不可能ではないかもしれないが、そんな事をすればこの部屋は確実に荒らされる。

 無茶苦茶にされた部屋を一瞬想像して、オレは覚悟を決めた。
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