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圏ガクの夏休み
悪運
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いまだ布団から顔を上げられず、仕方なく音で状況を把握しようと耳をすませば、廊下側からいくつも呻き声が聞こえてくる。仲間内で揉めたにしては、数が多い。オレの周りに居る奴らからも、一様に緊張している気配を感じた。
「ここに足を踏み入れたら、どうなるか……分かってんだろうな、てめぇら」
聞き覚えのある声が、この場に居る全員を恫喝するよう響く。一歩、その声の主が足を進めたのだろう、さっきまで威勢のよかった数人が同じく一歩、後退る。一瞬で圧倒された取り巻き共と違い、ようやくオレの頭から手を離した香月は、闖入者に真っ向から対峙し、不適な笑い声を上げながら慇懃に口を開いた。
「すみません、いらっしゃるとは気付きませんでした。なんせ『たった四人』しかいない先輩ですから……気を遣う必要もないかと思いましてね」
香月の声に奮起したのか、何人かが一斉に動く気配がした……と同時にオレの方へ、必死に起き上がろうと布団で藻掻いているオレの真横に、殴られ気絶した奴らが投げ捨てられた。奮起虚しく一瞬で返り討ちに遭ったらしい。
「家畜の始末に四人もいらねーよ」
獰猛な声に、姿の見えていないオレも、周りと同じくビクッと体が知らず反応する。
「分かったなら、今すぐに出て行け。二度目はない」
有無を言わせぬ言葉に、香月は軽く舌打ちすると、相手の要求通り、周りにそう指示を飛ばす。
降って湧いた逃げ出す絶好のチャンスだと言うのに、オレはまだどんくさい事をやっていた。蹴られすぎたせいか、上手く足に力が入らず起き上がれないのだ。
ゾロゾロと部屋を出ようとする奴らに「ゴミも片付けろ」と追い打ちのような言葉がかけられる。
足が無理ならと、肩を使ってようやく起き上がれそうになったオレの腕を誰かが思いきり引き上げた。そいつを見上げると、逃がさないと言いたげな表情を浮かべた香月と目が合ってしまう。
「大丈夫だ。心配するな。場所を変えるだけだよ」
まるで励ますような声でそう言うや、香月はオレを引きずり起こし、強引に肩を組むようガッチリ首を拘束した上で歩き出した。押しつけられたじっとりと汗ばんだ香月の体が、無数にある痛みを軽く上回る不快感を与えてくれたおかげで、脇腹を走った激痛に声を漏らさずに済んだ。
興奮を隠せていない香月の気色悪い顔を視界から追い出す為、オレは威圧感の発生源へと視線を向ける。そこには、ぼんやりと思い浮かんでいた人物が立っていた。扉の横で睨みを効かせていたのは、確かに聞き覚えのある声の主、多少の面識はある二年の稲継先輩だった。
面識があるとは言っても、先輩を謹慎処分にさせてしまった一時、少し世話になった程度で、正直な所、相手がオレを認識している自信はない。状況を考えるに、一年が番長のテリトリーであるこの階に足を踏み入れている事へご立腹の様子。オレも残留している一年という、香月たちと一括りにされているだろう事を思うと、馬鹿正直に泣きついて助けを求めるべきか、即座に判断を下せなかった。
いや、それは甘いか。むしろ、こいつを一暴れさせて、場を掻き回してもらう方が賢明だな。実際に見た訳ではないが、この人数を従えている香月に引かせたのだ。実力はそれで十分すぎるくらい証明されている。
「誰がこの部屋にあった物を持ち出していいと言った」
この場を脱する細い道をようやく見つけたオレが、声を出せるよう喉に絡みついた血を痰のように床に吐き出した時、いきなり稲継先輩が怒気を孕んだ声で一喝した。
声の向けられた、先輩が用意してくれた食料が積んである辺りで、それらを当然のように持ち出そうとしやがった奴らが居たようだ。有無を言わせぬ身を切るような視線から逃れようと、そいつらは缶詰やカップ麺を床に投げ捨てた。
「あぁ」
精一杯の抵抗とばかりに嫌がらせだろう、床に撒かれた数分前まで行儀良く並んでいた食料が、ワザと蹴り飛ばされ踏み付けられるのを目の当たりにして、頭が真っ白になってしまった。致命的なまでの思考停止。それをやってしまった。
稲継先輩にこの場で暴れて貰えるよう、安っぽいけれど決定的な売り言葉を吐き出すはずのオレの口は、何かに堪えるよう固く結ばれてしまう。
悔しくて不甲斐なくて、けれどそれ以上に悲しくて堪らなかった。
先輩の顔が頭に浮かんで、オレはただ胸中でひたすら謝り続ける。
先輩が用意してくれた物を守れなかった。この場を逃げ出す道しかなかったんだ。遅かれ早かれ、そうなるとは分かっていたが、予想以上のショックで本当に身動きが取れなくなる。
気付いた時には、香月にされるがまま引っ張られ、稲継先輩の横を黙って通り過ぎてしまった。
このままではヤバイ。我に返ったオレは、慌てて振り返ろうとしたが、その前に腕を誰かに掴まれてしまう。そしてそのまま、香月から引き剥がすように強く引かれたせいで、香月の腕がグッと更にオレの首を絞め上げた。
「どういうつもりですか?」
香月の血走った目が、オレを通り越した先に睨み付けるよう向けられる。なぜかオレの腕を掴んだ、稲継先輩へと。
「この部屋にあった物は置いていけと言ったはずだ」
さっきのような有無を言わせぬ迫力は欠けた、言っている本人も少し戸惑ったような声に対して、香月はハッと鼻で笑い、オレの首を更に絞めた。
「今から遊ぶつもりだったんですがねぇ……夷川はこの部屋の備品扱いなんですか?」
状況について行けず、何も言えないまま稲継先輩を見ると、戸惑ったような目と目が合ってしまう。逸らすのも躊躇われ、相手が何を考えているのか読み取ろうとジッと見つめていると、見る見る内に戸惑いが怒りに取って代わった。その矛先は、紛れもなくオレにも向けられていて、ゾクッと背筋が震える。
「おれは、あまり気が長い方じゃない。早く、消えろ」
睨み合う香月と稲継先輩。二人に挟まれ無駄に緊張を強いられたが、耳元で舌打ちした香月の腕が外れ、稲継先輩の方へと思い切り突き飛ばされた。もちろん、受け止めてくれるはずもなく、当然のように避けられたオレは、盛大につんのめって壁に激突する。
痛みに耐えるよう、その場で蹲っていると、ゾロゾロと出て行く残留組の足音が遠ざかり、オレは人気のなくなった部屋の中で、命拾いをしたんだと実感した。
気が抜けたせいだろう、体中の痛みが一気に押し寄せて来て、泣きそうだったが、泣いている暇はない。そろりと顔を上げると、怒りという名の矛を下ろしてはくれない稲継先輩が、どう自分に都合良く解釈しても友好的とは思えない表情で、こちらを見下ろしている。
例え返事が言葉ではなく、蹴りや拳といった二年特有の暴力言語だろうと、ここは口を開かなければならない。どういうつもりかは全く分からないが、助けて貰ったのは間違いないからだ。
「…………一緒に来い」
素直に「ありがとうございました」と礼を言おうとしたが、その前に稲継先輩は不機嫌な声でそう吐き捨てるように言うや、一人で部屋を出て行ってしまった。
もちろん、無視する訳にもいかない。ふらふらの体に鞭を打ち、立ち上がろうとしたのだが、足下に転がっていた缶詰を踏み付けてしまい、これまた盛大にその場ですっころぶ。腕が手が使えないだけで、こうも人間駄目になるのかと、まるで緩む気配のないベルトを恨めしく思いながら、状況全てにうんざりした。
起き上がる気力なんて、今のオレの中には残っていないのだろう。体が弛緩してベッタリと床にへばり付く。知らず溜め息が漏れ、視界がぼんやりとなり、意識が遠くなっているような気がした。重くなった瞼を一度だけ、抵抗するように持ち上げると、先輩の心遣いが蹂躙された目を背けたくなるような光景が、視界いっぱいに広がる。
「なさけねぇ……クソ! 動け、動け、動け!」
目の前にある踏み付けられたインスタント食品が、オレの意識をぶん殴ってくれる。こんな情けない姿、先輩には見せられねぇ。
さっき壁に激突したせいで肩もかなり痛い。どこもかしこも使えない自分に腹が立つ。それでも、なんとか上体を起こし、立ち上がるのにもう少し踏ん張ろうとした時、廊下から軽快な足音が聞こえてきた。一年の誰かが戻ってきたのかと身構えたが、
「おわぁっ! お前、大丈夫か! すごい怪我じゃないか! うわぁっ! しかもベルトで縛られてんのかよ! ちょちょちょちょっと待ってろよ……すぐに外してやるからな!」
部屋に転がり込んで来たのは見知らぬ顔だった。オレの姿に目を剥きつつも、大声で騒ぎながら器用とは言い難い手つきで、腕の拘束を解いてくれる。ベルトの形に真っ赤になった腕を見て、そいつは大袈裟に痛そうな顔をしたかと思うと、オレの顔を見て、再び顔色を変えて騒ぎ出す。
「鼻血で顔がドロドロだぞ。ちょちょちょちょっっと待ってろ……血は、止まって、るのか? おぉ止まってるな。よし、よしよし、じゃあコレで拭けばいいな」
そいつの取り出した手ぬぐいで、固まった鼻血をガシガシと拭われる。遠慮がないせいか、強く擦られ痛いくらいだ。その上この手ぬぐい、なんか土臭い。我慢するのも妙なので、自由になった手でそいつを払いのけ、改めてその見知らぬ顔と向き合った。
「あの、ありがとう、ございます。助けてくれて」
今度はちゃんと先に口を開けた。オレが礼を言うと、そいつは「へ?」と間の抜けた声を上げて一瞬ポカンとしたが、何かに思い当たったのか照れ臭そうに笑い、顔の前でヒラヒラと手を振って見せた。
「違う違う。お前を助けたのは稲っちだ。おれはお前を迎えに来ただけだから」
迎えに? 相手の言葉をオウム返しに呟くと、そいつは人の良さそうな顔でニッと笑い、
「夏休み限定のフロアマスターの所に行くぞ。あはは、アレだ。番長代理って感じかな」
ゲームみたいなふざけた名前に顔を顰めると、肩をポンと叩かれた。行くぞと言いたげな表情で、ようやく一人で立ち上がれたオレを見届けると、そいつは少し歩いた先で振り返り、
「この夏、お前がお世話になる人だからさ。ちゃんと挨拶しとけ、な」
状況の分からないオレに不安を煽るような事を言った。
「ここに足を踏み入れたら、どうなるか……分かってんだろうな、てめぇら」
聞き覚えのある声が、この場に居る全員を恫喝するよう響く。一歩、その声の主が足を進めたのだろう、さっきまで威勢のよかった数人が同じく一歩、後退る。一瞬で圧倒された取り巻き共と違い、ようやくオレの頭から手を離した香月は、闖入者に真っ向から対峙し、不適な笑い声を上げながら慇懃に口を開いた。
「すみません、いらっしゃるとは気付きませんでした。なんせ『たった四人』しかいない先輩ですから……気を遣う必要もないかと思いましてね」
香月の声に奮起したのか、何人かが一斉に動く気配がした……と同時にオレの方へ、必死に起き上がろうと布団で藻掻いているオレの真横に、殴られ気絶した奴らが投げ捨てられた。奮起虚しく一瞬で返り討ちに遭ったらしい。
「家畜の始末に四人もいらねーよ」
獰猛な声に、姿の見えていないオレも、周りと同じくビクッと体が知らず反応する。
「分かったなら、今すぐに出て行け。二度目はない」
有無を言わせぬ言葉に、香月は軽く舌打ちすると、相手の要求通り、周りにそう指示を飛ばす。
降って湧いた逃げ出す絶好のチャンスだと言うのに、オレはまだどんくさい事をやっていた。蹴られすぎたせいか、上手く足に力が入らず起き上がれないのだ。
ゾロゾロと部屋を出ようとする奴らに「ゴミも片付けろ」と追い打ちのような言葉がかけられる。
足が無理ならと、肩を使ってようやく起き上がれそうになったオレの腕を誰かが思いきり引き上げた。そいつを見上げると、逃がさないと言いたげな表情を浮かべた香月と目が合ってしまう。
「大丈夫だ。心配するな。場所を変えるだけだよ」
まるで励ますような声でそう言うや、香月はオレを引きずり起こし、強引に肩を組むようガッチリ首を拘束した上で歩き出した。押しつけられたじっとりと汗ばんだ香月の体が、無数にある痛みを軽く上回る不快感を与えてくれたおかげで、脇腹を走った激痛に声を漏らさずに済んだ。
興奮を隠せていない香月の気色悪い顔を視界から追い出す為、オレは威圧感の発生源へと視線を向ける。そこには、ぼんやりと思い浮かんでいた人物が立っていた。扉の横で睨みを効かせていたのは、確かに聞き覚えのある声の主、多少の面識はある二年の稲継先輩だった。
面識があるとは言っても、先輩を謹慎処分にさせてしまった一時、少し世話になった程度で、正直な所、相手がオレを認識している自信はない。状況を考えるに、一年が番長のテリトリーであるこの階に足を踏み入れている事へご立腹の様子。オレも残留している一年という、香月たちと一括りにされているだろう事を思うと、馬鹿正直に泣きついて助けを求めるべきか、即座に判断を下せなかった。
いや、それは甘いか。むしろ、こいつを一暴れさせて、場を掻き回してもらう方が賢明だな。実際に見た訳ではないが、この人数を従えている香月に引かせたのだ。実力はそれで十分すぎるくらい証明されている。
「誰がこの部屋にあった物を持ち出していいと言った」
この場を脱する細い道をようやく見つけたオレが、声を出せるよう喉に絡みついた血を痰のように床に吐き出した時、いきなり稲継先輩が怒気を孕んだ声で一喝した。
声の向けられた、先輩が用意してくれた食料が積んである辺りで、それらを当然のように持ち出そうとしやがった奴らが居たようだ。有無を言わせぬ身を切るような視線から逃れようと、そいつらは缶詰やカップ麺を床に投げ捨てた。
「あぁ」
精一杯の抵抗とばかりに嫌がらせだろう、床に撒かれた数分前まで行儀良く並んでいた食料が、ワザと蹴り飛ばされ踏み付けられるのを目の当たりにして、頭が真っ白になってしまった。致命的なまでの思考停止。それをやってしまった。
稲継先輩にこの場で暴れて貰えるよう、安っぽいけれど決定的な売り言葉を吐き出すはずのオレの口は、何かに堪えるよう固く結ばれてしまう。
悔しくて不甲斐なくて、けれどそれ以上に悲しくて堪らなかった。
先輩の顔が頭に浮かんで、オレはただ胸中でひたすら謝り続ける。
先輩が用意してくれた物を守れなかった。この場を逃げ出す道しかなかったんだ。遅かれ早かれ、そうなるとは分かっていたが、予想以上のショックで本当に身動きが取れなくなる。
気付いた時には、香月にされるがまま引っ張られ、稲継先輩の横を黙って通り過ぎてしまった。
このままではヤバイ。我に返ったオレは、慌てて振り返ろうとしたが、その前に腕を誰かに掴まれてしまう。そしてそのまま、香月から引き剥がすように強く引かれたせいで、香月の腕がグッと更にオレの首を絞め上げた。
「どういうつもりですか?」
香月の血走った目が、オレを通り越した先に睨み付けるよう向けられる。なぜかオレの腕を掴んだ、稲継先輩へと。
「この部屋にあった物は置いていけと言ったはずだ」
さっきのような有無を言わせぬ迫力は欠けた、言っている本人も少し戸惑ったような声に対して、香月はハッと鼻で笑い、オレの首を更に絞めた。
「今から遊ぶつもりだったんですがねぇ……夷川はこの部屋の備品扱いなんですか?」
状況について行けず、何も言えないまま稲継先輩を見ると、戸惑ったような目と目が合ってしまう。逸らすのも躊躇われ、相手が何を考えているのか読み取ろうとジッと見つめていると、見る見る内に戸惑いが怒りに取って代わった。その矛先は、紛れもなくオレにも向けられていて、ゾクッと背筋が震える。
「おれは、あまり気が長い方じゃない。早く、消えろ」
睨み合う香月と稲継先輩。二人に挟まれ無駄に緊張を強いられたが、耳元で舌打ちした香月の腕が外れ、稲継先輩の方へと思い切り突き飛ばされた。もちろん、受け止めてくれるはずもなく、当然のように避けられたオレは、盛大につんのめって壁に激突する。
痛みに耐えるよう、その場で蹲っていると、ゾロゾロと出て行く残留組の足音が遠ざかり、オレは人気のなくなった部屋の中で、命拾いをしたんだと実感した。
気が抜けたせいだろう、体中の痛みが一気に押し寄せて来て、泣きそうだったが、泣いている暇はない。そろりと顔を上げると、怒りという名の矛を下ろしてはくれない稲継先輩が、どう自分に都合良く解釈しても友好的とは思えない表情で、こちらを見下ろしている。
例え返事が言葉ではなく、蹴りや拳といった二年特有の暴力言語だろうと、ここは口を開かなければならない。どういうつもりかは全く分からないが、助けて貰ったのは間違いないからだ。
「…………一緒に来い」
素直に「ありがとうございました」と礼を言おうとしたが、その前に稲継先輩は不機嫌な声でそう吐き捨てるように言うや、一人で部屋を出て行ってしまった。
もちろん、無視する訳にもいかない。ふらふらの体に鞭を打ち、立ち上がろうとしたのだが、足下に転がっていた缶詰を踏み付けてしまい、これまた盛大にその場ですっころぶ。腕が手が使えないだけで、こうも人間駄目になるのかと、まるで緩む気配のないベルトを恨めしく思いながら、状況全てにうんざりした。
起き上がる気力なんて、今のオレの中には残っていないのだろう。体が弛緩してベッタリと床にへばり付く。知らず溜め息が漏れ、視界がぼんやりとなり、意識が遠くなっているような気がした。重くなった瞼を一度だけ、抵抗するように持ち上げると、先輩の心遣いが蹂躙された目を背けたくなるような光景が、視界いっぱいに広がる。
「なさけねぇ……クソ! 動け、動け、動け!」
目の前にある踏み付けられたインスタント食品が、オレの意識をぶん殴ってくれる。こんな情けない姿、先輩には見せられねぇ。
さっき壁に激突したせいで肩もかなり痛い。どこもかしこも使えない自分に腹が立つ。それでも、なんとか上体を起こし、立ち上がるのにもう少し踏ん張ろうとした時、廊下から軽快な足音が聞こえてきた。一年の誰かが戻ってきたのかと身構えたが、
「おわぁっ! お前、大丈夫か! すごい怪我じゃないか! うわぁっ! しかもベルトで縛られてんのかよ! ちょちょちょちょっと待ってろよ……すぐに外してやるからな!」
部屋に転がり込んで来たのは見知らぬ顔だった。オレの姿に目を剥きつつも、大声で騒ぎながら器用とは言い難い手つきで、腕の拘束を解いてくれる。ベルトの形に真っ赤になった腕を見て、そいつは大袈裟に痛そうな顔をしたかと思うと、オレの顔を見て、再び顔色を変えて騒ぎ出す。
「鼻血で顔がドロドロだぞ。ちょちょちょちょっっと待ってろ……血は、止まって、るのか? おぉ止まってるな。よし、よしよし、じゃあコレで拭けばいいな」
そいつの取り出した手ぬぐいで、固まった鼻血をガシガシと拭われる。遠慮がないせいか、強く擦られ痛いくらいだ。その上この手ぬぐい、なんか土臭い。我慢するのも妙なので、自由になった手でそいつを払いのけ、改めてその見知らぬ顔と向き合った。
「あの、ありがとう、ございます。助けてくれて」
今度はちゃんと先に口を開けた。オレが礼を言うと、そいつは「へ?」と間の抜けた声を上げて一瞬ポカンとしたが、何かに思い当たったのか照れ臭そうに笑い、顔の前でヒラヒラと手を振って見せた。
「違う違う。お前を助けたのは稲っちだ。おれはお前を迎えに来ただけだから」
迎えに? 相手の言葉をオウム返しに呟くと、そいつは人の良さそうな顔でニッと笑い、
「夏休み限定のフロアマスターの所に行くぞ。あはは、アレだ。番長代理って感じかな」
ゲームみたいなふざけた名前に顔を顰めると、肩をポンと叩かれた。行くぞと言いたげな表情で、ようやく一人で立ち上がれたオレを見届けると、そいつは少し歩いた先で振り返り、
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