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圏ガクの夏休み
現実直視
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改めて被害を確認すると、食えなくなったインスタント食品二つ、ちょっと食べるのに苦労しそうな変形した缶詰三つ、あとは香月たちの私物らしい大破したビデオカメラが一台。
「ここ、こここの布団は金城先輩が戻ってくるまでに取り替えよう。確か旧館に予備の布団があったと思うから」
そしてオレの鼻血で汚れた布団一式。小吉さんが血痕を見て青ざめるので、隠すように畳み部屋の隅をと戻しておく。それから、先輩が買ってくれた非常食を並べ直し、まとめるだけで部屋をほぼ元通りに戻す事が出来た。
先輩が使っているのか、部屋の隅に置かれていた掃除道具で、床に散らばったレンズ? の破片を片付けていると、壊れたビデオカメラを弄っていた小吉さんが突然ギャーと悲鳴を上げた。
壊れた部分を握って、怪我でもしたのかと慌てたが、そうではないらしく、小吉さんは手にしたビデオカメラを遠ざけるように腕を伸ばし、ゴーヤを生で囓ったような顔をこちらに向けてくる。
「これ、壊れてなかった……えげつないのが再生されちまった」
撮影中に映像を確認する為の物か、ビデオカメラには小さなモニターが付いていた。どうやら、そこに本体のメモリーに記録されていた映像が再生されているようだ。
「うえぇー、これダメだ。見たらダメなやつだ」
止めてくれとビデオカメラを手渡され、小吉さんが悲鳴を上げた『えげつない』映像が目に入り、オレは思わず呻いてしまった。
コレがここにある理由を思い出すと、何が映っているのかは簡単に推測できた。わざわざ不快な思いをする必要もないので、すぐに停止しようとしたが出来なかった。操作方法が分からなかったからではない。映っている奴に見覚えがありすぎて、頭が上手く回ってくれず、ただ手の中の悲惨としか言えない映像を見ていた。
『向田君はもっと酷い事されてる。これだって絶対、向田君がやりたくてやった訳じゃないから』
いつか聞いた、狭間の声が頭の中で聞こえた気がした。
モニターの中では、向田が笹倉に掘られている。いや、笹倉たち、と言うべきか。それも仮装をした笹倉、あの冗談にしても質の悪すぎる、化け物としか形容できないメイド姿の奴が、こちらを見て大口を開けて笑っている。
ビデオカメラを操作して、再生されている音声を上げてみた。向田の泣き声と無数の嘲笑が聞こえてくる。それと一緒に聞こえてくる言葉に、一瞬で頭の中をグチャグチャにされてしまう。吐き気が込み上げてきて、その場に蹲ると、オレにビデオカメラを手渡し部屋の隅へと避難していた小吉さんが、心配そうに戻って来た。
「こんなん見てたら気持ち悪くなるぞ。止められないなら、このままゴミ箱に放り込もう」
不快感を押し殺した小吉さんが、オレの手からビデオカメラを取り上げた。オレが縋り付くように手を伸ばすと、小吉さんは不安にさせまいと無理矢理に笑って見せた。
「小吉さん、これ……この中でオレの名前が聞こえるんだ」
本当だったら言うべきじゃないのに、小吉さんに甘えてしまった。驚いた顔をした小吉さんは、悲鳴を上げるくらい嫌な映像を真剣な顔で見てくれる。
向田を殴り蹴りしながら、奴らは吐き捨てるように言っているのだ。「お前は夷川の代わりだ」と。向田に罵声を浴びせながら……何度も……何度も。
あのメイド服を常時着ている訳ではないだろう。先輩も日によって仮装は変わると言っていた。なら、ここに映っているのは、オレが初めて生徒会室に足を踏み入れた日に違いない。先輩が迎えに来てくれた、あの日。
「こいつ、友だちか?」
小吉さんが手元から視線を上げずに聞いてきたので、どうしてか掠れる声で「違う」と答える。
「クラスが一緒なだけ……なんか、入学式前から絡んで来て、めんどくさい奴」
あの日、オレらが向田を生徒会室に置いて帰ったせいだ。先輩は向田も連れて帰ろうとしたのに……。
「他の連中は、全員二年だな。それも生徒会の奴らばっかりだ」
向田がオレを目の敵にする理由なんて、考えもしなかった。オレのせいで、あんな悲惨な目に遭っていたなんて思いもしなかった。
真っ白になった思考が、罪悪感で塗りつぶされる。あの時、オレが適当に頷いたりしなかったら、先輩は向田も連れて帰ったはずだ。オレが頷かなければ、先輩はあの場に向田を残して帰ったりはしなかった……。
「夷川、大丈夫か」
冷たくなった指先が急に温かくなる。小吉さんの熱いくらいの手が、オレの手を掴んでいた。口を開いたら、頭の中を埋め尽くしているどうしようもない罪悪感が溢れそうで、頷くだけでそれに答えると、モニターの閉じられたビデオカメラを一瞥してから、小吉さんは頼もしさすら滲む先輩の顔を見せた。
「お前のせいじゃないからな。こいつは気の毒だと思うけど、絶対にお前のせいじゃないから勘違いすんなよ」
小吉さんの優しい言葉に、オレの頭の中は容量が一杯になってしまった。溢れた分が、洪水みたいに口から出て来る。
「違う! オレのせいなんだ」
一つ転がり出ると、後は雪崩のように全て吐き出してしまった。何度も同じような事を繰り返して言うオレに、小吉さんは何も言わず黙って付き合ってくれた。
「多分だけど、お前がこいつの代わりに笹倉たちの餌食にされても、その向田? とか言う奴は同じ目に遭ってたと思うぞ」
言うだけ言って、ようやく落ち着いたオレに言い聞かせるよう、小吉さんはゆっくりとした口調で続ける。
「生徒会の二年って大半が笹倉みたいな奴らばっかりだからさ。お前が知らないだけで、あいつらの被害に遭ってるのは、もっとたくさん居るんだ」
落ち着いているのに、どこか暗い声に、オレは小吉さんの顔をまじまじと見た。まさか、小吉さんもその被害に遭ってるんじゃあ……そう思ったのだが、オレの心配を察したのか、小吉さんは慌てて「ないない」と否定する。
「何度か、その、そういう場面を目撃しただけだ。あいつら、邪魔が入らないからって、一年寮を使いやがるからさ」
少々ご立腹な小吉さんに、聞き慣れない『一年寮』という単語について訊ねると、複雑そうな表情を浮かべて、その場所の事を教えてくれた。
新館が建つ前は、旧館を二年と三年が使い、一年は少し離れた場所にあるその『一年寮』で生活していたらしい。
「とは言っても、オレらも使ったことないんだけどな。山センたちの代で一年寮は、お役御免になったんだ」
小吉さんたちが一年の時は、阿呆みたいに広い運動場を半分近く埋めたプレハブの簡易寮があったようだ。夏場は蒸し風呂、冬場は極寒、そんな話を聞いてしまうと、どんなにボロだろうと真っ当な寮で生活出来ているオレらは、恵まれているのだなと変な悟りを開きそうになる。
「ガレージの前を通って、更に奥にちょっと行った所にあるぞ」
今まで存在すら知らなかった建物が、そんな近くにあるとは驚いた。
「行ってみたい」
好奇心をくすぐられ、ついそんな事を言ってしまうと、小吉さんに少し呆れた顔をされてしまった。
「お前、立ち直り早いな。まあ、しょげてるよりはいいか。でも、今は行かないぞ。さっき行って来たばっかりだからな」
そう言うと、側に置いていたトマトを持ち上げこちらに見せつける。
「小吉さんの畑もそこに?」
「おうよ! それでな、野菜の世話してたら、いつの間にか暗くなってて、なんか人の気配するなーと思って寮の方を覗いた時に見ちまったんだ」
ビデオカメラに視線をやり、心底嫌そうな顔で小吉さんは話してくれた。
「谷垣先生とかな、他にも色んな先生がタバコ吸いに来たりするから、普段は平和なんだけどさ。職員会議がある時は、誰もこっちには来ないんだ。それを狙って、あいつら来るんだよ」
喫煙所は車庫だけじゃあなかったのか。確かに車庫のスペースだけでは小さいか。
「先生たちも色々あるんだ」
訳知り顔の小吉さんは軽く頷くと、教師たちの事情には触れず先を続ける。
「あいつらも見境なく襲ってるって訳じゃないらしくてな、その、やられてる奴ってのは、こう、その後も、そういう感じなんだ」
ぼやかしすぎて、全く意味が分からない。
「だ、だからな、あいつらがターゲットに選ぶのって、その後、あの、その餌食になった後な、ほとんどの奴が生徒会に入ってるんだよ」
「生徒会に入りたい奴が、笹倉たちに目を付けられての事だって言いたいの?」
「うん、そんな感じ。向田とか言う奴もそうだろ? 生徒会の歓迎会とか言ってな、あいつらはあんなことをするんだ」
頭の痛くなる話だった。向田と生徒会の事を考えると、卵が先か鶏が先かみたいな話になってしまう。今の向田は完全に生徒会の人間だ。でも、そうなったきっかけが、笹倉たちに好き勝手やられた事だったのなら、その原因の一端はオレにあるんじゃあ…………。
「って、なんでオレが向田の事で悩まなきゃなんねぇーんだ!」
堂々巡りをしていた思考をぶち破るべく、声を荒げてそこを脱すると、予想出来なかったのだろう小吉さんをまた泣かせてしまった。
慰めてくれていた小吉さんは、早々に完全復活した後輩に、多少思う所があるような表情を向けてきたが、真っ赤な目をしながらも締め括るように口を開いた。
「そうだよ、別にお前が悩む必要なんてないんだからな。ここは圏ガクなんだぞ、何が起ころうが自己責任だ。人の事より自分の事だけ考えとけ。なんかお前危なっかしいから」
頷こうとしたけど、平和の象徴みたいな小吉さんが言うと説得力がなくて、ちょっとおかしかった。
先輩の部屋の空気を濁す、生徒会の歓迎会を一部始終おさめたビデオカメラを一刻も早く放り出したくて、思い切って窓から投げ捨てようとしたのだが「危ないだろ!」と小吉さんに止められたので、とりあえず見えない所、空っぽのゴミ箱の中へと放り込んだ。
その後、明日は園芸部の畑へ一緒に行く約束をして冷蔵庫に戻ると、どこから調達したのか山センたちが酒盛りを始めていた。早々に麻雀のメンツが足りないと酔っ払いに絡まれたのだが、小吉さんが引き受けてくれたので、オレは遠慮無く賑やかな部屋の隅っこで丸まって、先に休ませて貰った。
すぐに眠気はやって来たが、疲れているはずなのにぐっすりとは眠れず、浅い眠りの中で何度も嫌な夢を見てしまった。原因は夜中まで騒々しい山センたちではなく、見知った相手が陵辱される映像を見てしまったせいだろう。
「気持ち悪い」
男が男を犯す。それを初めて見た。見てしまった。思い出すと不快感で胸を掻きむしりたくなる、体が冷たくなる。アレが自分の身に降りかかっていたら、そう思うと吐き気がする。
しっかり着込んでいるのに寒くてたまらなかった。一度外に出て、この阿呆みたいな冷気から体を遠ざけたかったが、情けない事に恐くて一人で出歩こうとは思えず、震える体を抱えてやり過ごそうとしていると、バサッとオレの上に何かが投げ落とされた。
顔を上げると、視界が薄手の布団だろうか、何かで遮られており、どうやらそれを頭から被っているようだった。少し乱暴にそれを払うと、薄暗い部屋の中で誰かが自分の寝床に戻ろうとしていた。小吉さんかなと思ったが、皆元並の鼾は健在で、床に敷かれた布団へ寝転がった人影は意外にも稲継先輩だった。
「あの……ありがとう、ございます」
払い落とした布団を引き寄せ、一応声をかけてみたが当然のように返事はなかった。毛布の上から布団を被ると、温かさが染み込むみたいに体から震えは消えて、疲れに任せて熟睡する事が出来た。
「ここ、こここの布団は金城先輩が戻ってくるまでに取り替えよう。確か旧館に予備の布団があったと思うから」
そしてオレの鼻血で汚れた布団一式。小吉さんが血痕を見て青ざめるので、隠すように畳み部屋の隅をと戻しておく。それから、先輩が買ってくれた非常食を並べ直し、まとめるだけで部屋をほぼ元通りに戻す事が出来た。
先輩が使っているのか、部屋の隅に置かれていた掃除道具で、床に散らばったレンズ? の破片を片付けていると、壊れたビデオカメラを弄っていた小吉さんが突然ギャーと悲鳴を上げた。
壊れた部分を握って、怪我でもしたのかと慌てたが、そうではないらしく、小吉さんは手にしたビデオカメラを遠ざけるように腕を伸ばし、ゴーヤを生で囓ったような顔をこちらに向けてくる。
「これ、壊れてなかった……えげつないのが再生されちまった」
撮影中に映像を確認する為の物か、ビデオカメラには小さなモニターが付いていた。どうやら、そこに本体のメモリーに記録されていた映像が再生されているようだ。
「うえぇー、これダメだ。見たらダメなやつだ」
止めてくれとビデオカメラを手渡され、小吉さんが悲鳴を上げた『えげつない』映像が目に入り、オレは思わず呻いてしまった。
コレがここにある理由を思い出すと、何が映っているのかは簡単に推測できた。わざわざ不快な思いをする必要もないので、すぐに停止しようとしたが出来なかった。操作方法が分からなかったからではない。映っている奴に見覚えがありすぎて、頭が上手く回ってくれず、ただ手の中の悲惨としか言えない映像を見ていた。
『向田君はもっと酷い事されてる。これだって絶対、向田君がやりたくてやった訳じゃないから』
いつか聞いた、狭間の声が頭の中で聞こえた気がした。
モニターの中では、向田が笹倉に掘られている。いや、笹倉たち、と言うべきか。それも仮装をした笹倉、あの冗談にしても質の悪すぎる、化け物としか形容できないメイド姿の奴が、こちらを見て大口を開けて笑っている。
ビデオカメラを操作して、再生されている音声を上げてみた。向田の泣き声と無数の嘲笑が聞こえてくる。それと一緒に聞こえてくる言葉に、一瞬で頭の中をグチャグチャにされてしまう。吐き気が込み上げてきて、その場に蹲ると、オレにビデオカメラを手渡し部屋の隅へと避難していた小吉さんが、心配そうに戻って来た。
「こんなん見てたら気持ち悪くなるぞ。止められないなら、このままゴミ箱に放り込もう」
不快感を押し殺した小吉さんが、オレの手からビデオカメラを取り上げた。オレが縋り付くように手を伸ばすと、小吉さんは不安にさせまいと無理矢理に笑って見せた。
「小吉さん、これ……この中でオレの名前が聞こえるんだ」
本当だったら言うべきじゃないのに、小吉さんに甘えてしまった。驚いた顔をした小吉さんは、悲鳴を上げるくらい嫌な映像を真剣な顔で見てくれる。
向田を殴り蹴りしながら、奴らは吐き捨てるように言っているのだ。「お前は夷川の代わりだ」と。向田に罵声を浴びせながら……何度も……何度も。
あのメイド服を常時着ている訳ではないだろう。先輩も日によって仮装は変わると言っていた。なら、ここに映っているのは、オレが初めて生徒会室に足を踏み入れた日に違いない。先輩が迎えに来てくれた、あの日。
「こいつ、友だちか?」
小吉さんが手元から視線を上げずに聞いてきたので、どうしてか掠れる声で「違う」と答える。
「クラスが一緒なだけ……なんか、入学式前から絡んで来て、めんどくさい奴」
あの日、オレらが向田を生徒会室に置いて帰ったせいだ。先輩は向田も連れて帰ろうとしたのに……。
「他の連中は、全員二年だな。それも生徒会の奴らばっかりだ」
向田がオレを目の敵にする理由なんて、考えもしなかった。オレのせいで、あんな悲惨な目に遭っていたなんて思いもしなかった。
真っ白になった思考が、罪悪感で塗りつぶされる。あの時、オレが適当に頷いたりしなかったら、先輩は向田も連れて帰ったはずだ。オレが頷かなければ、先輩はあの場に向田を残して帰ったりはしなかった……。
「夷川、大丈夫か」
冷たくなった指先が急に温かくなる。小吉さんの熱いくらいの手が、オレの手を掴んでいた。口を開いたら、頭の中を埋め尽くしているどうしようもない罪悪感が溢れそうで、頷くだけでそれに答えると、モニターの閉じられたビデオカメラを一瞥してから、小吉さんは頼もしさすら滲む先輩の顔を見せた。
「お前のせいじゃないからな。こいつは気の毒だと思うけど、絶対にお前のせいじゃないから勘違いすんなよ」
小吉さんの優しい言葉に、オレの頭の中は容量が一杯になってしまった。溢れた分が、洪水みたいに口から出て来る。
「違う! オレのせいなんだ」
一つ転がり出ると、後は雪崩のように全て吐き出してしまった。何度も同じような事を繰り返して言うオレに、小吉さんは何も言わず黙って付き合ってくれた。
「多分だけど、お前がこいつの代わりに笹倉たちの餌食にされても、その向田? とか言う奴は同じ目に遭ってたと思うぞ」
言うだけ言って、ようやく落ち着いたオレに言い聞かせるよう、小吉さんはゆっくりとした口調で続ける。
「生徒会の二年って大半が笹倉みたいな奴らばっかりだからさ。お前が知らないだけで、あいつらの被害に遭ってるのは、もっとたくさん居るんだ」
落ち着いているのに、どこか暗い声に、オレは小吉さんの顔をまじまじと見た。まさか、小吉さんもその被害に遭ってるんじゃあ……そう思ったのだが、オレの心配を察したのか、小吉さんは慌てて「ないない」と否定する。
「何度か、その、そういう場面を目撃しただけだ。あいつら、邪魔が入らないからって、一年寮を使いやがるからさ」
少々ご立腹な小吉さんに、聞き慣れない『一年寮』という単語について訊ねると、複雑そうな表情を浮かべて、その場所の事を教えてくれた。
新館が建つ前は、旧館を二年と三年が使い、一年は少し離れた場所にあるその『一年寮』で生活していたらしい。
「とは言っても、オレらも使ったことないんだけどな。山センたちの代で一年寮は、お役御免になったんだ」
小吉さんたちが一年の時は、阿呆みたいに広い運動場を半分近く埋めたプレハブの簡易寮があったようだ。夏場は蒸し風呂、冬場は極寒、そんな話を聞いてしまうと、どんなにボロだろうと真っ当な寮で生活出来ているオレらは、恵まれているのだなと変な悟りを開きそうになる。
「ガレージの前を通って、更に奥にちょっと行った所にあるぞ」
今まで存在すら知らなかった建物が、そんな近くにあるとは驚いた。
「行ってみたい」
好奇心をくすぐられ、ついそんな事を言ってしまうと、小吉さんに少し呆れた顔をされてしまった。
「お前、立ち直り早いな。まあ、しょげてるよりはいいか。でも、今は行かないぞ。さっき行って来たばっかりだからな」
そう言うと、側に置いていたトマトを持ち上げこちらに見せつける。
「小吉さんの畑もそこに?」
「おうよ! それでな、野菜の世話してたら、いつの間にか暗くなってて、なんか人の気配するなーと思って寮の方を覗いた時に見ちまったんだ」
ビデオカメラに視線をやり、心底嫌そうな顔で小吉さんは話してくれた。
「谷垣先生とかな、他にも色んな先生がタバコ吸いに来たりするから、普段は平和なんだけどさ。職員会議がある時は、誰もこっちには来ないんだ。それを狙って、あいつら来るんだよ」
喫煙所は車庫だけじゃあなかったのか。確かに車庫のスペースだけでは小さいか。
「先生たちも色々あるんだ」
訳知り顔の小吉さんは軽く頷くと、教師たちの事情には触れず先を続ける。
「あいつらも見境なく襲ってるって訳じゃないらしくてな、その、やられてる奴ってのは、こう、その後も、そういう感じなんだ」
ぼやかしすぎて、全く意味が分からない。
「だ、だからな、あいつらがターゲットに選ぶのって、その後、あの、その餌食になった後な、ほとんどの奴が生徒会に入ってるんだよ」
「生徒会に入りたい奴が、笹倉たちに目を付けられての事だって言いたいの?」
「うん、そんな感じ。向田とか言う奴もそうだろ? 生徒会の歓迎会とか言ってな、あいつらはあんなことをするんだ」
頭の痛くなる話だった。向田と生徒会の事を考えると、卵が先か鶏が先かみたいな話になってしまう。今の向田は完全に生徒会の人間だ。でも、そうなったきっかけが、笹倉たちに好き勝手やられた事だったのなら、その原因の一端はオレにあるんじゃあ…………。
「って、なんでオレが向田の事で悩まなきゃなんねぇーんだ!」
堂々巡りをしていた思考をぶち破るべく、声を荒げてそこを脱すると、予想出来なかったのだろう小吉さんをまた泣かせてしまった。
慰めてくれていた小吉さんは、早々に完全復活した後輩に、多少思う所があるような表情を向けてきたが、真っ赤な目をしながらも締め括るように口を開いた。
「そうだよ、別にお前が悩む必要なんてないんだからな。ここは圏ガクなんだぞ、何が起ころうが自己責任だ。人の事より自分の事だけ考えとけ。なんかお前危なっかしいから」
頷こうとしたけど、平和の象徴みたいな小吉さんが言うと説得力がなくて、ちょっとおかしかった。
先輩の部屋の空気を濁す、生徒会の歓迎会を一部始終おさめたビデオカメラを一刻も早く放り出したくて、思い切って窓から投げ捨てようとしたのだが「危ないだろ!」と小吉さんに止められたので、とりあえず見えない所、空っぽのゴミ箱の中へと放り込んだ。
その後、明日は園芸部の畑へ一緒に行く約束をして冷蔵庫に戻ると、どこから調達したのか山センたちが酒盛りを始めていた。早々に麻雀のメンツが足りないと酔っ払いに絡まれたのだが、小吉さんが引き受けてくれたので、オレは遠慮無く賑やかな部屋の隅っこで丸まって、先に休ませて貰った。
すぐに眠気はやって来たが、疲れているはずなのにぐっすりとは眠れず、浅い眠りの中で何度も嫌な夢を見てしまった。原因は夜中まで騒々しい山センたちではなく、見知った相手が陵辱される映像を見てしまったせいだろう。
「気持ち悪い」
男が男を犯す。それを初めて見た。見てしまった。思い出すと不快感で胸を掻きむしりたくなる、体が冷たくなる。アレが自分の身に降りかかっていたら、そう思うと吐き気がする。
しっかり着込んでいるのに寒くてたまらなかった。一度外に出て、この阿呆みたいな冷気から体を遠ざけたかったが、情けない事に恐くて一人で出歩こうとは思えず、震える体を抱えてやり過ごそうとしていると、バサッとオレの上に何かが投げ落とされた。
顔を上げると、視界が薄手の布団だろうか、何かで遮られており、どうやらそれを頭から被っているようだった。少し乱暴にそれを払うと、薄暗い部屋の中で誰かが自分の寝床に戻ろうとしていた。小吉さんかなと思ったが、皆元並の鼾は健在で、床に敷かれた布団へ寝転がった人影は意外にも稲継先輩だった。
「あの……ありがとう、ございます」
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