圏ガク!!

はなッぱち

文字の大きさ
138 / 411
圏ガクの夏休み

日常カムバック

しおりを挟む
 先輩との関係を少しずつでも進展させる、その確かな手応えを得た日の夜。オレたちは危機的な状況に陥っている事に気付いてしまった。

 二人が昼夜の一日二食ずつ消費すると、数日中に備蓄食料が底を突く。先輩が帰って来るまでオレが食べられる用に用意してくれていたインスタント食品は、山センたち残留二年の夜食に食われ、その上オレと先輩二人が毎食のように食っていれば当たり前の事だが、すぐになくなってしまう。

 先輩と一緒なら三食缶詰でも大丈夫! 美味しいインスタントラーメンを食べながらなら自信を持って言えた台詞も、試しに三食缶詰で過ごしてみた日には、冗談でも言えない台詞になってしまった。

「昼には俺も合流するから、一緒に美味い昼飯を食おうな」

 クソまずい非常食の缶詰を必死で腹におさめた後、口直しにと美味しい焼き鳥の缶詰を開けながら言う先輩に泣く泣く同意する。いくら先輩と一緒に過ごせると言っても、一ヶ月近く残った夏休みを缶詰だけを食べて生きていくのは、不可能と言わざるを得ない。

 そんな事情があり、オレは奉仕作業に復帰する事になった。談話室の作業に参加せず奉仕作業に戻る事を担任に申し出ると、心なしかホッとした顔をされてしまった。先輩を奉仕作業に巻き込むという手もありかなと思ったのだが、談話室の作業を担任一人で行うのは大変だと分かっていたので、ワガママを言うのは諦めたのだ。

 一週間以上振りの四時起きはきつかったが、先輩が起こしてくれるというオプションのおかげで、ちゃんと小吉さんと一緒にバスに乗ることが出来た。

 残留一年が勢揃いした労働力を運ぶには、圏ガクにある一番大きなバスが必要ならしく、そのおかげで軽トラや小型のバスのような宙を舞う走行は回避され、道中は非常に穏やかだった。

「夷川、お前やっと学校から出られるようになったんだなぁ。心配したんだぜ、オレらが恐くてあのデカブツの側を離れられないのかと思ってさぁ」

 そのせいで、背後から聞こえる香月たちの馬鹿笑いが逐一耳に入ってきて、気分は最悪だったが。

「き、ききき気にすんなよ。あ、あいつらとは、一緒じゃないからな。だいじょう、だいじょうぶだから!」

 小吉さんがオレの隣で震えながら励ましてくれる。言われたい放題の自分が情けなくて、つい舌打ちすると、オレを見て小吉さんが号泣してしまったので、自分の強ばった顔をなんとかほぐし、心を無にして背後の雑音を遮断した。

「村主さんと、あのごはんのおばちゃんの人な、お前が来なくなって心配してたから、きっと喜ぶと思うぞ」

 平静を取り戻したオレに、小吉さんはそんな事を言う。オレは二人の顔を頭に思い浮かべ、どう挨拶をするべきか悩み、少し憂鬱になってしまった。

 随分と久し振りに思える外の景色は、当たり前だが特に変わった所はなく、早朝の過ごしやすい気温と相まって爽やかな心地がした。完全に背後の騒音をシャットアウト出来てしまう、適応能力の高さに我が事ながら驚く。窓から入る乾いた風に、これから容赦なく上がるであろう気温を思い溜め息を吐くと、見慣れた建物にバスは吸い寄せられていった。

 駐車場の隅に白線をはみ出す大きなバスが停車する。引率の木刀教師野村に怒鳴られ、オレらがぞろぞろと外に出ると、遠くから派手なエンジン音が聞こえてきた。音の鳴る方へ視線を向けると、音は瞬く間にボリュームを上げ、その元凶は猛スピードで半ばドリフトしながら公民館に突っ込んで来る。

「よしっギリギリセーフね! 危なかったわ」

 駐車場を横断して公民館入り口に向かう残留一年の列に正面から突っ込む寸前、本気でギリギリあと一秒でも遅ければ大惨事という場所で急ブレーキをかけたド派手なスポーツカーから、今日の空模様を思わせるカラッとした顔の村主さんが姿を見せた。腕時計を見て安堵の声を上げる村主さんに、ギリギリなのはそこじゃあないと誰か教えてやって欲しい。

 田舎では荒っぽい運転がデフォルトなんだろうか、どよめく生徒など気にも留めず、野村と村主さんはいつもと変わらぬ挨拶をしている。理不尽には慣れてしまった発言権のない労働力であるオレら残留一年は、ぶつくさ文句を言う程度で、躾された家畜のごとくブイブイ鳴きながら公民館へと列をなす。

「あら、珍しい顔が見えるわ。ようやく復帰する気になったみたいね、夷川君」

 他の奴らに倣い黙って公民館に入ろうとしたオレを村主さんは目ざとく見つけ、わざとらしく大きな声をかけてきた。一緒にいた小吉さんが元気よく挨拶をしてくれるので、オレもそれに便乗すると、素通りはさせて貰えないらしく、しっかりと引き止められてしまった。

「元気そうね。謹慎が終わっても出て来ないから、みんな心配してたのよ」

 変に気を遣われたみたいで、野村と小吉さんは先に公民館へと入ってしまった。そこまでお膳立てして貰い、オレはようやく覚悟を決めて、憂鬱だった事柄を解消するべく口を開いた。

「色々とご迷惑おかけしました。窓ガラス割ったりして、その、弁償とか、ちゃんとするんで……本当にすいませんでした!」

 勢いよく頭を下げると、呆れたような溜め息が聞こえてきて、オレはギュッと目を瞑った。窓ガラス代、あいつらが送ってきた十万で足りるだろうかと、弁償代の工面に必死で頭を使っていると「本当に大変だったのよ」と実にらしくない疲れた村主さんの声が聞こえてしまい、ゆっくりと顔を上げる。

「響先生には怒られるし、谷垣先生には謝られるし、由々式さんには泣かれるしで、本当に大変だったんだから」

 迷惑だと顔に書かれてあるのを承知で、村主さんを見ると、どうしてか優しい表情を向けられていて、不意打ちのように胸が熱くなってしまう。

「私も謝らないとね。君たちの事をちゃんと把握出来てなかったのよ。そのせいで夷川君には怪我をさせてしまった。本当にお詫びの言葉もないわ」

「いや……あれくらい、ほんと普通なんで気にしないで下さい」

 監督責任とかいうのがついて回るのだろう。山を下りてしまえば、圏ガクの常識は通用しない。例え外部に危害を加えるのでなくとも、暴力は暴力、世間がどう見るかは言わずもがな。奉仕作業中にドジを踏めば、自分が痛い目に遭うだけでは済まない事を痛感する。

「何はともあれ、また元気な姿が見られて安心したわ」

 村主さんはオレの腕をポンと叩くと、空気を換えるように豪快に笑った。

「窓ガラスって結構するのよね~。弁償する覚悟はあるみたいだし、また今日からしっかり働いてもらうわよ。窓ガラス代を上乗せしたちょっとハードなお仕事をバシバシ割り振ってあげるから、任せときなさい」

 ちょっとハードとはどの程度なのか、村主さんの胆力を思うと不安になったが、憂鬱が解消されたおかげで、気持ち良く返事する事が出来た。それから、小吉さんの後を追いかけようとした所に、久し振りのパンが、朝食を届けに来たパン屋の車が公民館に入って来たので、そのままパンを運ぶ手伝いから、復帰第一日目の奉仕作業は始まった。

 担任や小吉さんが言っていた通り、その日からの仕事は最初にやった草刈りとは違い、香月たち残留一年とは別の仕事を割り振られた。

 内容は、家人が手入れ出来ない荒れ果てた居住区以外の清掃。要するに同居する家族のいない老人宅の庭掃除。

 家の中はヘルパーとか、ちゃんとした資格のある人がやってくれているのだが、外までは手が回らないそうだ。知らない人間の家を掃除するという未知の仕事に、不安以外の気持ちを見出せずにいると「初日にやった響病院の庭掃除と同じ」と小吉さんは説明してくれた。

 あの『根っ子から引き抜いても、すぐに生えてくる』という不毛な仕事が待っているのだとしても、久し振りに食べるパンは美味しくて、舌や腹が、勝手にオレのテンションを上げる。仕事は小吉さんと二人一組で行うというのも心強く、先輩と合流するまでの仕事にも気合いが入った。軽く片付けて、先輩と美味しい昼飯を食うんだ……そう、意気込んで向かった先でオレは地獄を見た。

 雑草だらけの響病院の庭は、あれでもちゃんと手入れされていた庭だったんだと思い知らされたのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

狂わせたのは君なのに

一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※この物語はフィクションです。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。 ■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。 ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...