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新学期!!
圏ガク流ティータイム
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持つべきものは頼れる身内だなと、皆元の言葉に甘え、オレはその日の放課後、鬼門となった生徒会の呼び出しに応じる事にした。
先輩と付き合う事になった以上、いずれ生徒会から呼び出しはあるだろうと思っていたので、覚悟は出来ている。
詳しくは知らないが、笹倉の件であれだけ派手に(生徒一人を消してしまうような)動いた会長が、オレらの事を静観するとは思えないからな。
「先輩は部屋から逃げ出すくらい苦手らしいけど、向こうは『心の友』とか思ってる訳だしな」
先輩を守ろうとした会長の顔は、どこまでも真剣だった。先輩を危険に晒したオレへの敵意は、紛れもなく本物で本気だった。
本当なら今回の呼び出し、先輩に相談してから動くのが常道だろうが、今のオレは単なる後輩ではなく恋人なのだ。頭のネジがぶっ飛んだ連中が相手でも、怯んでる場合ではない。守って貰うばかりの後輩から、先輩を守ってやれる恋人にならねば!
鼻息荒く意気込み、その日の放課後、オレは生徒会室へと向かった。
「あれ? 開いてないな」
来るなら来やがれ! と、化け物共の巣になっていた生徒会室の扉に手をかけたのはいいが、鍵がかかっているらしく、扉は開かなかった。
「呼び出しといて、いないのか?」
怪訝な顔をする皆元の横から、スバルが扉を蹴りつける。
「はぁ? ふざけてんのか、開けろッ!」
多分、数分もしない内に扉を破壊するであろうスバルの蹴りは、放課後の廊下に情け容赦なく剣呑な音を響かせ、オレの背中には嫌な汗が流れた。
「騒がしい人に、おやつはあげませんよ」
借金の取り立てみたいな罵声怒声で、ガキみたいにおやつを要求するスバルの声を一刀両断する、その声は隣の部屋から聞こえてきた。
「お友達は何を興奮しているのですか、夷川君」
声を無視して扉を破壊しようとするスバルを皆元が取り押さえ静かになると、落ち着き払った様子で声の主は隣の部屋から姿を現す。
「…………いい趣味だな」
皆元の呆れた声が聞こえてくる。隣の部屋からふわっと漂ってくるのは、凶悪な顔をしていたスバルの目を無邪気に輝かせる甘い匂い。普通ならオレだってスバルと同じ反応をしてしまう所だが、目の前に現れた男の姿がそれを阻んだ。
「何事も形が大事ですから」
ピンク色のフリフリがいっぱい付いた少女趣味全開なエプロン姿の男は、同じくレースをあしらった三角巾を外しながら、近づいて来る。
「ッ……こ、この手紙を寄越したのはお前なのか」
名前は忘れたが、顔は覚えている。手のひらに残る傷跡を握り締め、女装を連想させる出で立ちに面食らいつつも、持って来た手紙の束を突きつけた。
「そうです。君を呼んだのは僕ですよ」
男は手紙とオレの同行者を一瞥すると、小さく息を吐いてクルリと背中を向けた。
「廊下で立ち話する内容ではありませんので、執務室を開けます。少々お待ちを」
呼び出しておいて放置かと、男の背中に投げかければ、冗談みたいな格好をしているのに、実に真っ当に対応されてしまった。
匂いの元へ走り出そうとするスバルを引き止めながら、廊下で待っていると、生徒会室の中から鍵を開ける音が聞こえ、中からエプロン姿の男が扉を開けた。
「さて、どうしましょうか。僕が呼んだのは夷川君だけなのですが」
何故エプロンを外さないのだ、この男は。まさか、今日はエプロンの日なのか? それとも本気でこういう趣味なんだろうか。
「連れがいるとまずい事でもあるのか?」
オレが男のエプロン姿に心の中でツッコミを入れていると、皆元がスバルを押さえ込みながら問いかけた。
「話というのは夷川君の個人的な事情についてですので、僕は君たちが同席する事に関して異論はありません」
男がオレの顔をジッと見つめてくる。言いたい事は分かっているなと、念を押すような目だ。
「夷川君が構わないのであれば、どうぞお友達もご一緒に入室して下さい」
オレの個人的な事情……オレにこの男と個人的な事を話す理由はない、咄嗟にそう思ったが「おやつよこせ」とスバルが騒ぎ出した事で、オレは男が意図した事をようやく察する。
話というのは、間違いなく、先輩との事……先輩と付き合いだした事についてだ。
自分の馬鹿さ加減に呆れる。どうして先に気付けないんだ。いくら頼もしくとも、皆元やスバルの前で先輩の事は話せない。
「あんた一人か?」
「はい、僕一人です。人払いをしていますので、今日は他に誰も来ません」
動揺するオレに気付いているのか、皆元は室内を軽く覗いた。
「そうか……なら話が終わるまで、おれらは外で待つ。夷川、それでいいか?」
ハッとして皆元の顔を見れば「心配するな。何かあれば叫べ。すぐに飛び込む」と何とも言い難い提案をしてくれる。すると、皆元の手から逃れたスバルが、オレの背中に飛び乗ってきた。
「もっさん冷てぇー! でも、えべっさん心配いらねーから! オレっちは一緒に行ってやるもんね」
「お前もおれと一緒に廊下で見張りだ」
「はぁ? ふざけんな、オレっちもあのキモイのぶっ殺すんだかんな……って、もっさん離せッ!」
慣れた調子でスバルを引き剥がしてくれる皆元は、いつもと変わらない穏やかな顔で言う。
「なんの話か知らないが、とっとと終わらせてこい」
「悪い……すぐに済ませる」
皆元に首根っこを掴まれ、手足をばたつかせるスバルは無視して、オレは一人で生徒会室の中へ足を踏み入れた。廊下に話し声が漏れないよう、気休めだが扉をしっかり閉め、エプロン男へと向き直る。
悪趣味な内装は相変わらずだが、悪臭を放つ奴が不在のせいか、以前に訪れた時の鼻孔に問答無用で突き刺さるような異臭はなかった。
「どうぞ、座ってお待ちを。今、お茶を用意します」
おおよそ学校の備品には見えない豪奢な椅子を勧められるが、長居する気は毛頭ない。手紙の束をテーブルに叩きつけ、気持ち声量を抑えながら「オレに何の用だ」と短く問う。
「そう恐い顔をしないで下さい。執務室は会長が過ごされやすいよう、しっかりと防音設備が整っていますから、心配せずともお友達の耳に僕らの会話は届きません」
内心ビビっている事を言い当てられ、一瞬たじろぐ。
「先ほども言いましたが、人払いはしてあります。話はお茶を飲みながらしましょう」
オレにはお前と話す事なんてない! そう啖呵を切るつもりが、すっかり相手のペースに飲まれて、言葉はしどろもどろになる。エプロン男は、そんなオレに再度座って待つよう言い残し、隣の部屋に繋がっているのだろう、室内にある小さな扉から出て行ってしまった。
防音されているというのは本当らしく、一人残された部屋の中は、放課後の喧騒すら微塵も存在せず、ただただ静謐とした空気が満ち、居心地は最高に悪かった。
完全にアウェー。今のオレは、さながらまな板の鯉だ。
「……てか、防音されてたら、いくら叫ぼうが助けなんて呼べねーじゃん」
ゾクッと背筋が震えた。夏休みに見た向田の悲惨な姿と、胸糞悪い笹倉の声が、脳裏に浮かび、以前よりも鮮明な嫌悪感に襲われる。
「先輩以外の奴にヤられるなんて……絶対に嫌だ」
エプロン男が帰ってくる前に退路は確保しておこう、そう思い入って来た扉がちゃんと開くか(自動で鍵が閉まるような仕掛けがないか)実際に扉を開ける事で確認しようと試みる。
もし開かなかったら、窓に椅子を叩きつけて分厚そうなガラスを割ってでも逃げてやる。
無駄に焦って扉に飛び付いたのだが、オレの焦りを鼻で笑うように、扉は閉じた時と同様にすんなりと開いてくれた。
「おや、どうしました?」
そして、そんなオレを放課後の喧騒の中で浮きまくる三人が暢気に出迎えやがった。
先輩と付き合う事になった以上、いずれ生徒会から呼び出しはあるだろうと思っていたので、覚悟は出来ている。
詳しくは知らないが、笹倉の件であれだけ派手に(生徒一人を消してしまうような)動いた会長が、オレらの事を静観するとは思えないからな。
「先輩は部屋から逃げ出すくらい苦手らしいけど、向こうは『心の友』とか思ってる訳だしな」
先輩を守ろうとした会長の顔は、どこまでも真剣だった。先輩を危険に晒したオレへの敵意は、紛れもなく本物で本気だった。
本当なら今回の呼び出し、先輩に相談してから動くのが常道だろうが、今のオレは単なる後輩ではなく恋人なのだ。頭のネジがぶっ飛んだ連中が相手でも、怯んでる場合ではない。守って貰うばかりの後輩から、先輩を守ってやれる恋人にならねば!
鼻息荒く意気込み、その日の放課後、オレは生徒会室へと向かった。
「あれ? 開いてないな」
来るなら来やがれ! と、化け物共の巣になっていた生徒会室の扉に手をかけたのはいいが、鍵がかかっているらしく、扉は開かなかった。
「呼び出しといて、いないのか?」
怪訝な顔をする皆元の横から、スバルが扉を蹴りつける。
「はぁ? ふざけてんのか、開けろッ!」
多分、数分もしない内に扉を破壊するであろうスバルの蹴りは、放課後の廊下に情け容赦なく剣呑な音を響かせ、オレの背中には嫌な汗が流れた。
「騒がしい人に、おやつはあげませんよ」
借金の取り立てみたいな罵声怒声で、ガキみたいにおやつを要求するスバルの声を一刀両断する、その声は隣の部屋から聞こえてきた。
「お友達は何を興奮しているのですか、夷川君」
声を無視して扉を破壊しようとするスバルを皆元が取り押さえ静かになると、落ち着き払った様子で声の主は隣の部屋から姿を現す。
「…………いい趣味だな」
皆元の呆れた声が聞こえてくる。隣の部屋からふわっと漂ってくるのは、凶悪な顔をしていたスバルの目を無邪気に輝かせる甘い匂い。普通ならオレだってスバルと同じ反応をしてしまう所だが、目の前に現れた男の姿がそれを阻んだ。
「何事も形が大事ですから」
ピンク色のフリフリがいっぱい付いた少女趣味全開なエプロン姿の男は、同じくレースをあしらった三角巾を外しながら、近づいて来る。
「ッ……こ、この手紙を寄越したのはお前なのか」
名前は忘れたが、顔は覚えている。手のひらに残る傷跡を握り締め、女装を連想させる出で立ちに面食らいつつも、持って来た手紙の束を突きつけた。
「そうです。君を呼んだのは僕ですよ」
男は手紙とオレの同行者を一瞥すると、小さく息を吐いてクルリと背中を向けた。
「廊下で立ち話する内容ではありませんので、執務室を開けます。少々お待ちを」
呼び出しておいて放置かと、男の背中に投げかければ、冗談みたいな格好をしているのに、実に真っ当に対応されてしまった。
匂いの元へ走り出そうとするスバルを引き止めながら、廊下で待っていると、生徒会室の中から鍵を開ける音が聞こえ、中からエプロン姿の男が扉を開けた。
「さて、どうしましょうか。僕が呼んだのは夷川君だけなのですが」
何故エプロンを外さないのだ、この男は。まさか、今日はエプロンの日なのか? それとも本気でこういう趣味なんだろうか。
「連れがいるとまずい事でもあるのか?」
オレが男のエプロン姿に心の中でツッコミを入れていると、皆元がスバルを押さえ込みながら問いかけた。
「話というのは夷川君の個人的な事情についてですので、僕は君たちが同席する事に関して異論はありません」
男がオレの顔をジッと見つめてくる。言いたい事は分かっているなと、念を押すような目だ。
「夷川君が構わないのであれば、どうぞお友達もご一緒に入室して下さい」
オレの個人的な事情……オレにこの男と個人的な事を話す理由はない、咄嗟にそう思ったが「おやつよこせ」とスバルが騒ぎ出した事で、オレは男が意図した事をようやく察する。
話というのは、間違いなく、先輩との事……先輩と付き合いだした事についてだ。
自分の馬鹿さ加減に呆れる。どうして先に気付けないんだ。いくら頼もしくとも、皆元やスバルの前で先輩の事は話せない。
「あんた一人か?」
「はい、僕一人です。人払いをしていますので、今日は他に誰も来ません」
動揺するオレに気付いているのか、皆元は室内を軽く覗いた。
「そうか……なら話が終わるまで、おれらは外で待つ。夷川、それでいいか?」
ハッとして皆元の顔を見れば「心配するな。何かあれば叫べ。すぐに飛び込む」と何とも言い難い提案をしてくれる。すると、皆元の手から逃れたスバルが、オレの背中に飛び乗ってきた。
「もっさん冷てぇー! でも、えべっさん心配いらねーから! オレっちは一緒に行ってやるもんね」
「お前もおれと一緒に廊下で見張りだ」
「はぁ? ふざけんな、オレっちもあのキモイのぶっ殺すんだかんな……って、もっさん離せッ!」
慣れた調子でスバルを引き剥がしてくれる皆元は、いつもと変わらない穏やかな顔で言う。
「なんの話か知らないが、とっとと終わらせてこい」
「悪い……すぐに済ませる」
皆元に首根っこを掴まれ、手足をばたつかせるスバルは無視して、オレは一人で生徒会室の中へ足を踏み入れた。廊下に話し声が漏れないよう、気休めだが扉をしっかり閉め、エプロン男へと向き直る。
悪趣味な内装は相変わらずだが、悪臭を放つ奴が不在のせいか、以前に訪れた時の鼻孔に問答無用で突き刺さるような異臭はなかった。
「どうぞ、座ってお待ちを。今、お茶を用意します」
おおよそ学校の備品には見えない豪奢な椅子を勧められるが、長居する気は毛頭ない。手紙の束をテーブルに叩きつけ、気持ち声量を抑えながら「オレに何の用だ」と短く問う。
「そう恐い顔をしないで下さい。執務室は会長が過ごされやすいよう、しっかりと防音設備が整っていますから、心配せずともお友達の耳に僕らの会話は届きません」
内心ビビっている事を言い当てられ、一瞬たじろぐ。
「先ほども言いましたが、人払いはしてあります。話はお茶を飲みながらしましょう」
オレにはお前と話す事なんてない! そう啖呵を切るつもりが、すっかり相手のペースに飲まれて、言葉はしどろもどろになる。エプロン男は、そんなオレに再度座って待つよう言い残し、隣の部屋に繋がっているのだろう、室内にある小さな扉から出て行ってしまった。
防音されているというのは本当らしく、一人残された部屋の中は、放課後の喧騒すら微塵も存在せず、ただただ静謐とした空気が満ち、居心地は最高に悪かった。
完全にアウェー。今のオレは、さながらまな板の鯉だ。
「……てか、防音されてたら、いくら叫ぼうが助けなんて呼べねーじゃん」
ゾクッと背筋が震えた。夏休みに見た向田の悲惨な姿と、胸糞悪い笹倉の声が、脳裏に浮かび、以前よりも鮮明な嫌悪感に襲われる。
「先輩以外の奴にヤられるなんて……絶対に嫌だ」
エプロン男が帰ってくる前に退路は確保しておこう、そう思い入って来た扉がちゃんと開くか(自動で鍵が閉まるような仕掛けがないか)実際に扉を開ける事で確認しようと試みる。
もし開かなかったら、窓に椅子を叩きつけて分厚そうなガラスを割ってでも逃げてやる。
無駄に焦って扉に飛び付いたのだが、オレの焦りを鼻で笑うように、扉は閉じた時と同様にすんなりと開いてくれた。
「おや、どうしました?」
そして、そんなオレを放課後の喧騒の中で浮きまくる三人が暢気に出迎えやがった。
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