転生令嬢の幸福論

はなッぱち

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第四章

酔っ払いを介抱してやりました。

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 私、何度か国を跨いだ旅に同行したことがございました。その時に乗った馬車とは比べようもなく粗末でございましたが、ユリア様が自分用にと山ほど私物を持ち込まれていましたので、比較的快適な道中です。でこぼこ道も成金様が用意して下さったクッションで、なんのそのでございます。

「うえぇ……は、吐くぅ」

 まあ、クッションに釣られてユリア様と同じ馬車に同乗してしまったのは、配慮が足りませんでしたね。出発前にしこたま飲んでおられたので、こうなることは予想すべきでした。

 今からでも遅くない。荷馬車の護衛に当たっている兵士の方に向かって、転がしてさし上げようかしら?

「ちょっとッ、うえっぷ……なに、物騒なこと、言ってくれてんの、よぉ!」

「声に出てましたか! 申し訳ありません。ユリア様にお気遣いを強要するようなことを言うだなんて」

「なんでアンタなんか気遣って馬車を飛び降りなきゃなんないのよ! 吐く時はアンタのスカートにぶちまけてやるんだからぁ……うっぷ」

 荷物の中から小さな桶を見繕い、ユリア様に手渡します。恨みつらみはあれど、壮年の女性が顔の穴という穴から汁を垂らす姿は、悲惨の極みで同情を禁じ得ません。
 
 見かねてユリア様の髪を束ね背中を擦りますと、床に転がった空き瓶の中身がお口から噴出しました。

「貴重なワインでしょうに……何をなさりたいのか理解出来ませんわ」

 桶から上がって来る酸っぱい臭いに顔を顰めつつ、私はユリア様の胃から第二波がやって来る前に、馬車から高級ワインの成れの果てを撒きます。

 聖女としての初仕事が、酔っ払いの介抱なんて……大変不安になります。大丈夫なのでしょうか。これでいいのか聖女伝説。まあ、いざとなればユリア様の懐から拝借した金貨を記者に握らせ、聖女の名にふさわしい記事を書かせましょう。

 ユリア様がグッタリと横になられてから、私は車内の清掃をすることにいたしました。乗り物酔いには滅法強い私は、少々床が足元が揺れていようと問題はありません。ユリア様の私物の中に何があるのかも、ついでに確認させて頂きます。

「お洋服にお化粧品、本? あらまあ、これはユリア様の日記ですね」

 几帳面な文字が、びっしりページを埋め尽くしています。他には、暇つぶし用にでしょうか、真新しい娯楽小説が数十冊……それから山のようなお酒とお菓子ですか。本当に旅行気分です。いいのでしょうか、教会関係者がこのような体たらくで。
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